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八月五日の朝の出来事

作者: 宵宮祀花

 何処かでサイレンが鳴った。

 夏を忘れた空がとても高くて。

 白い飛行機雲がまた一つ、街を壊した。


 ラジオから流れるニュースはいつだって八月五日の朝の出来事。

 何処かの動物園で、可愛い●●の赤ちゃんが生まれたらしい。何の動物なのかは、ノイズがひどくて聞き取れない。けれど場所はわかっていたから、ある日暇つぶしに見に行ってみた。

 ニュースでは動物園が名前の公募をしていることも伝えていたけれど、赤ちゃんの名前が送られることは終ぞなかった。


「だってみんな、滅んじゃったからね」


 足元で眠る『可愛い●●の赤ちゃん』に語りかける。謎の動物は、黒豹だった。

 しなやかで天鵞絨のような毛並み。猫ちゃんと全く同じシルエットなのに、嫌でも大型肉食獣だと知らしめるかのような鋭い爪とそれを支える立派な脚。牙も太くて、きっと顎の力も強い。

 けれどこの赤ちゃんは私を食肉と見做したことは一度だってなかった。

 動物園に残っていたミルクを調合して、与えて、寒い夜は一緒に毛布を集めて体を寄せ合って眠ったからだろうか。仕草は甘えたな猫ちゃんそのものだ。

 動物園の食べ物が少なくなったら、私たちは無人の檻を出て旅を始めた。

 何処にだって行けるけれど、何処へ行っても誰もいない世界。

 もしかしたら自分と同じような人がいるかも知れないと思っていた時期もあった。でもいまは、誰がいてもいなくてもどうでもいい気がしている。

 誰かが使っていたのか、店から転げ出たのかもわからない旅行用の大型キャリーを引いて、中には毛布と猫ちゃんのごはんと、私の食べ物を詰めて。

 週末は旅行に行こうキャンペーンを大手旅行会社が打ちだしていたのは、果たして何年前だっただろう。終末違いの旅行は、随分気儘なものになった。


 ある日突然、人類は絶滅しました。

 SFの出だしなら、もう少し捻りましょうとお叱りを受ける冒頭だ。

 実話の場合は、どう書き出せばいいんだろう。居もしない編集さんのお叱りを想像しては、どうしようねと語りかける。猫ちゃんは答えない。

 いまならきっと何だって出来る。

 他人の家に無断で入ることも。お店のものを勝手に盗むことも。硝子ケースの中の宝石を持ち出すことも。

 出来るのに、いつでも出来ると思うと、案外人はやらないものらしい。それとも、私は案外倫理に縛られている人間だったのだろうか。

 動物園の食べ物は勝手に食べたのにね。世界から境界線が消えたのに、私は未だに私の中にある境界線をはみ出さないよう歩いている。


「さあ、次は何処に行こうか」


 猫ちゃんは答えない。

 ラジオからは、八月五日の朝の出来事が流れた。

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