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僕のための古本屋

作者: 笑う正論

カラン。カラン。ニャー。おいおい。人間はいないのかよ。真冬でも恋しくなる風鈴の音も、俺の店だと言わんばかりのペルシャ猫もいつもどおり。足りないモノは…まぁ、こいつもいつもどおりか。

「毎回思うけどさ、店長。客が入ってきたら挨拶の1つや2つはあるもんだろ。」

「そんなのはどんな客が来たか確認するためだ。客がお前しかいないようなこの店にゃそんなもんはいらねぇんだよ」

絶句。そこまで開き直られると声も出ない。そこで首鈴ならしてるやつに愛想でも分けてもらえ。

ここに通い詰めて7年。自分以外に客がいるのを見たのは、10回…いや、そんなあっただろうか。こんな田舎の水袋町にも「ブックオフ」なんて施設が出来て、個人の古本屋なんてほぼ稼働していない。ここ、「古本屋 ウォーター・バック」もその一つだ。町名とマッチしたこの店は売り物の本にほこりがかぶるほど、閑古鳥が鳴いている。いや、正確には「バッグ」か?看板が汚れすぎでその区別すらつかない。まぁどっちでもいいが。

「お前、もう高3だろ。進路とかはどうすんだ。」

7年も通い詰めれば、いまや気安い間柄。就職氷河期の煽りを受け、仕方なくこんな店を開いたこの店長は人一倍、進路を気に掛けているのかもしれない。

「東京いく。小説家になるんだ。あの人みたいな」

「またそいつか。そんなにやつの本がおもろいか?」

そいつ―そう、僕をこの道へと向かわせた憧れの人―7年前、初めてここに来たときの事が思い出される。あのときは、まだ俺も小学生か。


カラン。カラン。「すみません。ここに古本屋があると聞いたのですけど…」

あまりにもみすぼらしい店内に流石に怖じ気づく。

「すいません。ここじゃないですよね。しつれいし…」

「ここだよボウズ。入ってきな。」

ドスのきいた声、無精髭、室内でもサングラス。古本屋の店主というとり、ヤクザといった方がしっくりくる風貌。逃げ出すタイミングを逸し、中に入る。

(一応本屋だ。何か読んでいないと…)

目に入ったのは大好きな作家のミステリーシリーズ。心を落ち着かせるにはもってこいだ。

パイプイスに座って、10分たっただろうか。ショートミステリーはクライマックスに…

「おいボウズ。」現実に戻された。しかもにらまれている。

「ハイ。スグカイマス」

「そういう事じゃねぇ。ボウズはどんな本が好きなんだ?」

立ち読みをとがめられるのかと思ったぁ。少し落ち着いた声が出る。

「えっと、この覆面作家の水後太郎さんの作品が好きです。このシリーズの本好き名探偵の決め台詞が特に好きで…」

「わっかた。もういい。邪魔してすまなかったな。」

(自分から聞いたくせに。)

だが本の話を聞くときの目は、ヤクザではなく、本好きを思わせる目だと、子供心に思った。結局、その本を買った。そこからの腐れ縁である。


「小説家はそれだけで生きていくのに時間がかかる。他もしながらの方がいいだろ」

「そんな生半可な気持ちじゃプロになんかなれないよ。覚悟持って東京行くんだ。」

その日はそこで店を後にした。ニャー。ニャー。呼び止める声も無視して。


数日後、本好きにはたまらない時期がやってくる。直木賞、芥川賞の候補作品の発表だ。しかも、水後氏の作品が直木賞の候補作!この話題を共有しようと、ウォーター・バックへと向かう。しかしそこにあったのは..

「閉店?うそだろ?」

(閉店のお知らせ 今月をもちまして、当店「ウォーター・バック」は閉店することといたしました。長い間足を運んで頂きありがとうございました。 敬具)

長い間足を運んだのは俺だけだろう。いや、そんなことを言っている場合ではない。

「おい店長!」

「なんだお前か」

完全に本が減っている。かたづけているのだろう。

「なんで店閉めんだよ。こんな状態で7年もつづけてきたじゃんか。」

「お前、東京行くんだろ。唯一の客がいなくなる店に、もう用はねぇよ。それに俺だって急に忙しくなることだってあるんだ。一生暇人だと思うなよ。」

「でも..」そこから先の声は出さなかった。いや出せなかった。くつが湿り出す。

「あの袋、お前の好きな作家の本の山だ。片付かねぇからもってけ。」

もう声は出せない。黙って袋を取り、ドアへ向かう。

「ボウズ。その本達がな、お前を、心の旅に招待してくれるぜ」

地面にも水滴が垂れた。その言葉は、偶然にも水後ミステリーの名探偵の決め台詞であった。


閉店から数日後、水後太郎が、直木賞を受賞したという報道が入った。世間が注目したのは公表されている経歴である。「自営業から、直木賞へ。遅咲きのNEW FACE」

確かに水後ミステリーは注目されていなかったが、遅咲きと言われてしまうのかぁ。 ん?自営業?まだ開くことの出来ていないあの紙袋を急いで開ける。そこにあったのはあの今年の直木賞作品であった。頭の中を、あの店長、あの看板が駆け巡る。しかし、急造の仮説を立証する術は、俺にはもうなかった。


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