過去の僕は懴悔したい2 sideセヴァン
まとめて投稿しようとおもったのですが、長くなりそうでしたので分離しました。
ルファイナは努力家だった。
決して器用な方ではないが、試行錯誤しながら練習して難題をこなしていった。
そしてその努力を全力で継続し続ける子でもあった。
「セヴァン殿下に相応しい完璧な淑女になれるように頑張りますわ」
と言って、次々と勉強をこなし社交的に振舞うようになっていった。
僕の為に頑張ってくれるのは嬉しかったし、ルファイナにとっても将来役に立つはずだ。
僕はそれを応援しながら、僕自身も負けないようにしようと思った。別に王位等どうでもいいが、ルファイナに良いところを見せたかっただけだった。
あれだけ無意味に感じていた教育にも力を入れられるようになり、忙しいながらも充実した日々を送っていた。
ルファイナは女性としても急速に成長していき、開花するように美しさに磨きがかかっていった。
麦色の髪は美しく輝く金色に変化していき、幼い表情はなりを潜め綺麗な顔立ちがより強調された。身体も魅惑的な肢体に成長していき、誰もが振り返る美しさは輝く宝石のようだった。
年齢よりも幼い印象のあったルファイナはいなくなり、完璧なマナーを身につけた淑女としての姿がそこにあった。
それでも、その内面の純粋さはそのままだった。僕を見つけると満面の笑みで迎えてくれて、態度の一つ一つで好意を示してくれる。
休息日と称した二人の休みが合う日には一緒に森に遠乗りに出かけて、忙しい日々を忘れてリラックスして過ごした。
歳を追う毎にますます惹かれていった。
幸せだった。こんな日々がずっと続いて欲しかった。
中等部に入り、ルファイナの妃教育が始まった。少しでも会える機会があればと登城での教育に賛成した。
僕は初恋に完全に浮かれていた。自分の置かれた状況を正確に把握できていなかった。
ルファイナが登城してから、幸せだった状況が一変し始めた。
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「ルファイナが、王妃殺害に手を貸した?」
「えぇ。といっても恐らくそう見えるように細工されただけでしょうね。分かりやすい証拠を残してくれたわ。私の毒殺は未然に防げましたし、唯の脅しよ」
母上が忌々しげに顔を歪めた。
「当たり前です。ルファイナがそんなことするはずありません」
王城での諍いにルファイナの名が出てきて、背筋が凍りついた。
彼女は数日前から登城を始めたばかりだ。まさかこんなに早く巻き込まれるとは思わなかった。
「そうね、私を亡き者にしたところで彼女には何のメリットもありませんもの。恐らく第二王子が力をつけ過ぎることを危惧した一派がルファイナの存在に焦って馬鹿なことをしたのでしょうね。彼女にはこのまま泳いでもらうわ。くれぐれも内密にするのよ」
「そんな! 反対です! 彼女が危険です! すぐに登城をやめさせてください!」
「これは王命よ。反論は許さないわ。今の貴方が騒いだ所で何もできないことは分かっているでしょう。それに、私は助言したはずよ。あの子はあの調子でいさせよと」
母上が冷ややかな表情で冷淡に言う。
ルファイナは実力を持ち過ぎたのだ。美しい見目に高い教養、貴族社会を渡るための社交性とカリスマ性。高い身分も相まって、王妃に望まれる器をもってしまった。何もできないままでいさせればよかったのだ。
いまや注目の的だ。早めに芽を摘もうとする奴等が現れるのも必然だ。
僕がルファイナの避難を嘆願したところで焼け石に水だ。必死に他の理由を探すべく頭を巡らせた。
「ですが......公爵が! ランベルグ公爵が納得するはずがありません!」
「大丈夫よ。そのランベルグ公爵自らが犯人検挙に乗り出したわ。間もなくこの件は終息するわ。ランベルグ公爵を怒らせたんですもの、相応の報いを受けるでしょうね。ただね、なんだか嫌な予感がするの」
背筋に嫌な汗が流れた。ドクドクと全身の血が騒ぎだし、動悸が早くなる。
「確かに表向きの王妃たるべき資質を持ったルファイナの存在が知れて、第二王子派の動きが活発になってきているわ。けど、それ以上に得体の知れぬ影を感じるのよ。証拠も痕跡も一切残さない、恐ろしい存在がいる気がするの。用心なさい」
それだけ言い残すと母上は去っていった。
僕はその場で唖然と立ち尽くすことしかできなかった。
表向きは王妃の資質がある、つまり王妃として国民に受け入れられやすい資質があるということだ。けど、それは表向きだけ。内側の利権と悪意と思惑が渦巻きく王城の内政に向いている訳では無い。
王城内は権力と金を巡って争う野獣達が溢れている。
そして野獣達は気づいている。どれだけルファイナが豪華に着飾った鎧を着たところで、その中身が実に純粋で操りやすいことを。
特に第二王子派にとっては操りやすく国民に対して見栄えのいい王妃は最高の獲物だ。
それだけではなく第一王子派には邪魔な存在になるし、僕が目の上のたんこぶである第三子以下の王族にとっても邪魔に変わりは無い。
その後間もなく王妃殺害の容疑者が捕まった。第三王子の支援者の一人が主犯だった。
王妃に国立事業の斡旋をすげなく断られて恨みに思っていた所にルファイナの姿を見たのだという。
本当なら自分の娘が僕の婚約者になるはずだったとうそぶき、自分の娘を選ばなかった僕よりも第三王子が王候補として立つべきだと支離滅裂なことを叫んでいた。
僕は大抵のことは苦もなくこなすことができた。
兄上には遠く及ばないながら、学術も武芸も社交性も第二王子として、王のスペアとして優秀だったと思う。
順調にいけば高等部を卒業する頃には教育も全て終わり立場も盤石になるはずだった。だから今さら他の王族を代わりに立てようとする奴がいるとは思わなかった。
人より少しできることが多いから、ルファイナのことも守れると思っていた。
驕った考えを打ち砕かれた気がした。
自分自身が未だランベルグ公爵の後ろ盾無しに生きていけない状態なのに、何を考えていたのだろうか。
結局僕は何もできない。
実質王城でルファイナを守っているのはランベルグ公爵だ。公爵の配下が下心を持つ者を寄せ付けないように常に目を光らせている。それでも陰で接触しようとする奴は後を絶たない。
今の僕ではどう足掻いてもルファイナを守れない。
一応僕にも従者はいるが僕に与えられた仕事をこなすことで精一杯だし、騎士は僕の意思では配置換えできない。現状、従者も騎士も王からの命で僕についているからだ。
裁量を持たされるのは学園を卒業するか王の教育を終えてからだ。
その他は、僕の周りを固めているのは敵である第二王子派がほとんどだ。
僕は恥を偲んで母上と兄上の婚約者であるセリーナ様に助けを求めた。二人は了承してくれた。
特にセリーナ様は同じ立場で気持ちが分かるからと同情的で頻繁に様子を見てくれると仰ってくださった。
しかし、ルファイナは登城するようになったことで張り詰めた雰囲気になり完璧主義に拍車がかかっていった。
どこか苦しそうな姿を見るのは胸が痛んだが、力をつけなければこの先やっていけない。すぐに足元をすくわれてはならないのだ。
そのことを自覚して緊張しているのかもしれない。ルファイナには無理を強いてしまっている。
このまま順調に兄上が王位について、子をもうけてくれればいい。
ただ、少し気になるのが兄上があまりセリーナ様に興味を示さないことだ。
兄上は命の危険でいうと僕の上をいくはずだ。僕と同じで後ろ盾を理由に選んだのだろうか。
水面下では緊張状態が続いているが、表向きは順調に進んでいた。
だが第二王子派の傀儡である僕には周りの鬱憤が蓄積していっていることを感じていた。
僕は現王派閥に押さえつけられている第二王子派が我慢できずに暴れ出すのでは無いかと危惧していた。
そして、ついに恐れていたことが起こってしまった。
ルファイナの最愛の母親であるティアナ公爵夫人が亡くなった。
馬車の転落事故だった。
国の重要人物である公爵家の専用馬車が起こすはずの無い事故だ。
しかも、本当なら公爵が乗るはずだった馬車だ。
僕は夫人の訃報を聞くとともに公爵家へと飛んで行った。
公爵邸は暗く沈んでおり以前の柔らかな雰囲気は無くなっていた。
ルファイナは泣き崩れ、公爵は生気の無い暗い目の下に深い隈をつくり真っ青な顔は表情が抜け落ちていた。
僕は塞ぎこむルファイナを励まし、泣いた時は落ち着くまで側にいた。
葬儀が終わると公爵はフラリといなくなっていた。
悲しみに泣き崩れるルファイナの肩を抱いて慰めようとしたが、上手く言葉が出てこなかった。
「私、セヴァン殿下に選んでもらえて幸せです。セヴァン殿下が側にいてくれてよかったですわ」
細い肩を震わせながらルファイナは言った。
違うんだ! 僕が君の側にいるから、起こったことなんだ!
僕が君を選ばなければ! 君は最愛の母親を亡くして泣くことはなかった! 幸せを奪ったのは、君を悲しませているのは僕なんだ!
ルファイナの震えて涙を流す細い身体を抱きしめて、叫び出したい衝撃に駆られた。
本当は分かっていた。気づかない振りをしたかっただけだ。この未だ権力が入り乱れ荒れている王城内の諍いに第二王子の婚約者が巻き込まれないはずが無い。
苦しい。
僕が第二王子でなければ、よかったのに。
僕はあの時、選択を間違った。僕自身を見てくれる人ではなく、僕の権力と財力を目当てにする令嬢を選ぶべきだった。
もし、それができないなら母上が言っていたようにルファイナをあのままの何もできない少女でいさせるべきだった。
公爵家で囲い、外の世界に興味を示さない何の力も影響も持たないままでいさせれば良かったんだ。
けど、もう遅い。社交デビュー前であるにもかかわらず、ルファイナは王城でもその美貌と教養の高さが周知されている。
ルファイナに事情を話したかったが、そのままにしろと王妃から命が下っているし、もし知ってしまったら僕を助けようと動いてしまうかもしれない。
ルファイナが自ら動いてしまったら余計に危険が増す。公爵が陰から手を回して危険な人物を遠ざけているのに自ら飛び込むようでは公爵も守りきれない。
僕にできるのは離れることだけだ。
僕はルファイナから徐々に距離をとった。
まず、王城では一切接触しないようにした。強制的についてくる僕の取り巻きが接触するのを避けるためだ。
学園でも自分からの接触を避け、話しかけられても最低限の反応しか返さない。
最初は周りも戸惑っていたが、さり気無くルファイナと上手くいっていない風を装った。
婚約者を他者に変更しようか迷っていると漏らすとここぞとばかりに自分達の縁故の令嬢を紹介してきた。
そこは公爵の名前を出し、今はまだ公爵の娘を蔑ろにして他の娘を優遇できないと躱し続けた。
ルファイナは最初戸惑い、寂しそうにして事情を聞いてきたが冷たい態度を崩さない僕に諦めたのかあまり話しかけに来なくなっていった。
それでも、ルファイナは僕を見つけると嬉しそうに目を細め微笑んでくれた。僕との不仲は周知の事実なのにたまに手紙をくれて、厳しい妃教育も頑張り続けてくれた。
手紙は季節の挨拶と教育の進行状況、王妃やセリーナ様等のことや日常の他愛無いことが書かれていた。
また一緒に遠乗りに行きたいと待っていると書かれた時は涙が滲んだ。
何も知らないルファイナは僕の被害者だ。周りから狙われ、原因である僕には婚約者に選んで持ち上げておきながら冷遇されている。
いっそ嫌われた方が彼女を苦しめずに済むのかもしれない。けど、その勇気も無い。これだけのことをされてもまだ想ってくれていることに安堵する自分がいる。
手紙が送られてくるたびに喜び、自虐的な笑みが漏れた。
自分勝手だ。
ルファイナに義弟だとレンを紹介された時は頭が沸騰しそうになった。
公爵が時期公爵家を継がせる為に選んだ人間。
見目よく、頭の回転が速く機転もきき、身分が急激に変わっても対応できて渡り合える度胸を持つ同い年の青年。
不遇の生活を強いられてきたにも関わらず、悪意に染まらず権力への執着も無い。
まともな教育を受ければじきに誰も追いつけなくなるだろう。
何より彼がルファイナを大切にしていることがすぐに分かった。
公爵がルファイナの婿として用意した青年。
僕がこのままだったら、公爵は決して結婚を認めないだろう。
もしかしたら、僕が彼女の為に婚約破棄をすることも想定しているのかもしれない。
張り詰めた生活を強いられている彼女は、レンの前ではとても自然体でリラックスしているように見えた。
当然のように側にいて、お互いに気安く接しているのを見るのは胸が傷んだ。
彼女に何かあれば心配し、励ましている。僕が彼女にしたかったことを当然のようにしている彼が羨ましい。
けど、彼は絶対的な彼女の味方だ。
僕は彼を側近候補にして、鍛えることにした。彼は枯土が水を吸収するように成長している。
将来は公爵に負けるとも劣らない宰相になることができるだろう。
彼女の最高の盾になる。
僕の立場が安定して、彼が成長すればなんとかなると思っていた。
だが、高等部に入ってから何処かで歯車が狂い始めた。
ここまで読んでくれた方に感謝いたします。
もし少しでも楽しんでいただけましたら⭐︎をお願いします。励みになります。
誤字脱字があるかもしれません、ご指摘いただきましたらありがたいです。
拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。