(閑話?)過去の俺は認められたい sideレン
ここに挟むのもどうかと思ったのですが、セヴァン編がながくなったのでレン編です。
レンは苦労人枠です。
僕は投資に失敗して没落した末端ライダン伯爵家の庶子として生まれた。
ライダン伯爵は昔は美丈夫として有名で散々遊びまわった挙句、男爵家で地位が低く抵抗できない母に手を出して僕が生まれた。
母さんは一人で平民に紛れて僕を産んで育ててくれていた。だが、ライダン伯爵家には息子が一人しかいなかった為に僕は母さんごと伯爵家に連れていかれた。
一応兄貴のスペアとして貴族としての教育だけは見栄と世間体の為に受けさせてくれたが、他は散々だった。
離れの小さなボロ小屋のような部屋を与えられ、正妻の嫌がらせを散々受けた。まさしく泥水を啜るような生活だった。
投資に失敗したせいでアルコールに溺れるようになった親父は泥酔すると憂さ晴らしに俺を殴りにくるようなクソ野郎だ。金は無いのにプライドだけは高い。
親父は世間体を気にして母さんが外に出るのを許さず閉じ込めていた。
唯一、歳の離れた兄貴だけは俺達母子を助けてくれた。飯をくれ、古着を運んでくれた。俺も目を盗んでは抜け出して市井で小銭を稼いだが、兄貴がいなければ小屋で母子ともにのたれ死んでいたかもしれない。
そしてある日、兄貴が言った。
「レン、お前は飛び抜けて優秀だ! 自慢の弟だ! 立派な公爵になれる!」
「は? 兄貴、何を訳のわからないことを言ってるんですか?」
兄貴は度々親父達の目を盗み、こっそりと小屋に物資を届けてくれる。
だが、その日はいつも冷静な兄貴が興奮した様子で小屋に入ってきて、俺を抱き締めん勢いで訴えてきた。
「ランベルグ公爵閣下! この国の宰相を務め歴史有る公爵家の御当主様だ! その最高の権威をお持ちの閣下が、君を養子にしたいと申し出てくださった!」
「は? え?」
いきなりの事で理解が追いつかない。
母さんも隣で驚いた表情をしている。いきなりの事に言葉も出ないらしい。
「サナリーさんが公爵家宛に送った手紙が公爵閣下の目に止まったんだ。それで、今日僕をお呼びになられた。雲の上のお方に声をかけられて、夢かと思ったよ!」
「私が送った手紙って......もしかして、ティアナ様へのお悔みと感謝の手紙のことかしら? まさか、ランベルグ公爵閣下があの手紙に目を止めてくださるなんて! けど、あの手紙でどうしてそんな話に?」
母さんは不思議そうに言った。
聞けばまだ男爵令嬢だった時代にパーティーでランベルグ公爵夫人のティアナ様に大変お世話になったらしい。身分の差を超えて友情を結ぶほど仲良くなったが、僕を妊娠して社交会を退いてからは疎遠になっていた。
そのティアナ様の訃報を知り、居ても立っても居られずに親父の目を盗んでお悔みと今までの感謝を手紙に書いて送ったのだと言う。
「その手紙を読んだ公爵閣下がサナリーさんの現状を気にされて、僕に声を掛けてくださったんだ。僕がサナリーさん達の様子や現状を全て正直に話したら、閣下が母子共引き取って助けてくれると仰ってくれたんだ!」
「そんな! まさか!」
そんな奇跡が起こるとは思っていなかった。けど兄貴はどう見ても嘘をついているようには見えない。
「だから僕は君達をこっそりとこの屋敷から出そうと思う。公爵家に保護してもらえれば、もう大丈夫だ! 父上達に見つからないうちに逃げるんだ!」
公爵家の馬車が迎えに来ているらしく、直ぐに小さな荷物をまとめ兄貴に案内されて屋敷から抜け出した。屋敷から少し離れた場所に見たことも無い立派な馬車が止まっており、俺達は急いで馬車に乗り込んだ。
兄貴は餞別にと金銭の入った自分の財布を俺に持たせた。いきなりだったから、これしか渡せるものを持ち合わせていないと笑っていた。
「兄貴! 兄貴はこんなことして大丈夫なのか?」
あのプライドの高い両親が家の恥を外部に漏らしたことを許すとは思えない。
「僕は大丈夫だ、公爵閣下が父上から僕に家督を譲るように働きかけてくれるそうだよ。次に会う時は僕は伯爵になっているかも知れない。気にせずに、早く行きなさい! 今まで辛い思いをさせて悪かったね、どうか元気で!」
馬車の外から笑顔で手を振る兄貴が涙で滲んで見えた。
伯爵家と言えども借金だらけの泥舟みたいなものだ。兄貴はこれからも苦労するに違いない。
これだけ良くしてもらったのに、何も返せないことが悔しかった。
それからは公爵家の別荘に保護され、俺が公爵家を継ぐに相応しい能力を持っているのかを試された。俺はそれを全力で取り組んだ。
今まで貴族は嫌いだったし、権力に興味もなかった。けど、兄貴や母さんを助ける力が欲しかった。
何もできずに力無いままでいるのが嫌だった。
公爵からの課題は厳しかったが、なんとか及第点をもらえたらしい。
形式上は母さんとの再婚として、俺達は公爵家の屋敷に迎えられた。
今まで見たどんな屋敷よりも大きく立派な屋敷だった。門を潜ってからも馬車で移動をするほど敷地も広く、大きな庭園は丁寧に手入れがされて美しい花が咲き誇っていた。
こんな大きな屋敷なのに住んでいるのは使用人以外公爵と俺と同じ歳の娘だけだ。
公爵の命令で俺達が何より優先するべきは「娘のルファイナを守ること」だった。
俺達はこのお姫様の為に引き取られたのだ。
お姫様はこの大きな屋敷で寂しく過ごしているから、多忙な公爵の代わりの慰め役だ。
どんな我儘姫がいるのかと溜息をつきたくなった。
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義姉さんを初めて見た時は、こんな可憐な少女がいるのかと驚いた。何処かの宗教画から抜け出てきた天使のような美しい顔と肢体。
絹糸のように柔らかそうな髪は美しい金色に輝き、長い睫毛に縁取られた翠の瞳は輝いていた。
思わず見惚れてしまった。
義父から娘に万が一でも手を出したら去勢するとドスの利いた声で脅された。母さんも隣で頷いている。
脅しじゃ無い、この人達は本気でする。俺は俺の息子がいなくなることを想像して、震え上がった。
使用人曰く、義姉さんは中等部に入った頃から穏やかだった性格が変わっていったらしい。完璧主義になり、性格がきつくなったとおしえてくれた。
義姉さんは俺達が突然公爵家にやってきたことが気に入らないらしい。
母さんに嫌味や嫌がらせをしている様だった。だが、所詮蝶よ花よと育てられた生粋の公爵令嬢。
懸命に嫌がらせをしているつもりのようだが、
「貴方に高貴な花は相応しく無いですわ!」
と母の部屋の花瓶の花を抜き取った後、空いた花瓶が気になるのか違う花を生けていた。
「貴方に高貴なお茶を飲む資格は無いですわ!」
と母の部屋の茶葉を安物に変えた、といっても十分な高級な茶葉だ。
その後、「お茶の淹れ方が全くなっていませんわ! 嘆かわしい!」と言いながら、完璧な茶器捌きでお茶を淹れていた。
俺はお茶の淹れ方一つでこんなに風味が違うのかと驚愕した。
こっちは生きるか死ぬかの虐待のような生活を強いられてきたのだ。こんな生温い行為は嫌がらせの内に入らない。
母さんは微笑ましい者を見るような視線でいつも義姉を見ている。
「父様を誑かして、この公爵家を乗っ取ろうとしていることは分かっているのよ! この、この、えっと...泥棒猫!」
罵倒の語彙力の無さ! この前も同じようなことを言っていた。普段使う言葉が上品なだけにレパートリーが少な過ぎる。
俺だったら百倍の汚ない言葉で罵倒できるわ! まぁ、そんなことしたら母さんにシメられるからしないけど。
母さんが目に涙を溜めて、吹き出すのを我慢している。義姉はそれを満足そうに見て、ふんっと鼻をならした。
母さんが顔を手で覆って、萌えている。
ティアナ様そっくりの義姉さんが可愛くて仕方ないらしい。
数ヶ月先に産まれたというだけで、姉だと威張っているが感覚的には見守らないとならない妹のような感じだ。
だが、こと作法や教養、社交性に関してはさすが公爵令嬢というべきか。他を圧倒するほど群を抜いて良くできた。
よく観察してみると実力に比例するように常に努力を怠っていなかった。関心する程に何事も真剣に取り組んでいた。
それが周りからは完璧主義に感じるのだろう。
義姉さんは俺にも嫌がらせのつもりか、突っかかってきた。
「まぁ! そんなことも知らずにこの公爵家を乗っ取ろうというの! 片腹痛いですわ!」
完璧主義の義姉は周りにもそれを求めてくる。
毎回罵倒? した後にご丁寧に回答方法を教えて満足すると去っていく。本人はそれを俺を馬鹿にして虐めてやったと思っている様だった。
本当に面白い人物だ。
義姉さんはよく俺達を公爵家を乗っ取りに来たと斬罪しに来るが、義父の匙加減ひとつで俺達は元の生活に元通りだ。
そもそも義姉さんは義父の恐ろしさを分かってない。あんな怪物相手に俺達が出し抜ける訳がないだろう。
さらに義姉さんは匙より重いものを持ったことが無いかの様な細腕で、乗馬もこなしていた。しかもかなりの実力だ。いつかまた遠乗りに出掛けたいからと寂しそうに言っていた。
「公爵家たる者、乗馬すらできないようでは王家が危険な時に駆けつけられませんわ」
と、今まで馬に触れる様な生活をしてこなかった俺は乗馬も義姉さんから教えられた。
守るべき人物に何もかも負けていて、更に教えられなければならない現状に不甲斐無さが積もった。
俺は今まで努力しなくても知識も体術も周りの奴等に負けたことが無かったし、世渡りも上手かった。だから公爵家に行ってもなんとかなると楽観視していた。
甘かった。求められる高いレベルに到達できていない。さらに隣の妹のような存在は求められる以上のことをこなしている。
俺の負けん気に火がついた。
それからは義姉に挑戦するように毎日貴族としての知識を学び、勉強に勤しみ、身体を鍛えた。
義父もできる限り義姉さんの様子を見に帰ってきていたが、深刻そうに何かと戦っているようだった。
義姉さんは見た目は儚げな美少女だが、ぶつかれば倍にして返してくる。他の御令嬢には無い強さと気安さで遠慮がいらず、側にいるのは居心地よかった。
憎からず思ってはいたが、その気持ちにはすぐに蓋をした。
義父が怖いこともあるが、義姉さんの心に俺の入り込む余地がなかったからだ。義姉さんは分かりやすい。行動も努力も全てその人の為だった。
俺は王都の屋敷に引き取られてすぐにベルマール学園中等部に入学させられた。貴族ばかりが通う上流階級の学園は堅苦しかった。
そんな学園でも馬鹿はいるもので、公爵家の養子になったやっかみで絡んでくる奴等もいた。もちろん倍返しで返り討ちにしてやった。
返り討ちにしたところで公爵家には文句が言えないから楽でいい。
義姉さんは学園では淑女の見本として尊敬を集めていた。美しい容姿に流れるような所作、流行や美容の知識も広いため義姉さんが身に着ける物は瞬く間に学園中に流行した。
そんな義姉さんに衝撃的な人物を紹介された。
義姉さんの婚約者であるセヴァン殿下だった。王族であるセヴァン殿下は美しい銀髪に端正な顔立の人形のような方で、背も高く筋肉もついた身体は美しいのに男性的な魅力にも溢れていた。
笑顔で俺に挨拶してくれた。
挨拶の時に一瞬冷ややかな目線で見られた気がしたが、すぐに笑顔に戻っていた。
セヴァン殿下はとにかく凄かった。成績や剣術、武術等何においても常にトップで義姉さんでさえ超すことはできなかった。
立ち振る舞いは気品に溢れ、物腰柔らかく常に笑顔で分け隔て無く人に接して皆から慕われていた。
完璧な王子様だった。
しかしセヴァン殿下は誰にでも優しいのに、何故か婚約者である義姉さんにだけは冷たかった。冷たいというよりは避けているというべきか。
極力関わろうとしないし、目も合わせない。
あれだけ慕われているのにもかかわらず、何故そういうことをするのか理解できなかった。
中等部では二人が不仲であることは周知の事実だった。
義姉さんもそれを理解していて、寂しそうにしながらも近寄ろうとはしなかった。
暫くすると俺はセヴァン殿下から目をかけられて側近候補として側にいることが多くなった。
殿下は沢山の知識を教えてくれ、俺を鍛えようとしてくれた。俺はそれに応えようと懸命に食らいついていった。
セヴァン殿下は知れば知るほど不思議な人だった。
俺は今まで親父達の顔色を窺いながら生きてきたから、セヴァン殿下が笑顔の奥に暗闇を宿していることに気がついていた。そして、何事にも興味が無いのか全て適当に流しているようだった。
そして物腰柔らかく人当たりはいいのに、自分の心の内を一切悟らせることはない。
優秀で輝くような気品があるのに目立つことを望まない、夜の空に浮かぶ月のような人だ。
滅多に心動くことは無いが、偶に遠くから義姉さんを見つめている時は哀しそうな苦しそうな表情をしていた。
そして時々俺に冷たい視線を向けてくる。
俺は拗れた二人の様子に内心溜息を吐いた。
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ベルマール学園の高等部に入学してからは、義姉さんの性格が急激に変わっていった。
元々完璧主義で気位の高い面もあったが、面倒見がよく理不尽なことは一切しなかったのに、何かに操られたように苛烈な言動を頻繁に繰り返すようになっていった。
そんな義姉さんに俺は大いに戸惑っていた。
周りの人達もまるで腫物を扱うように遠巻きにしている。このままでは義姉さんが孤立してしまうのは目に見えていて、俺は頭を抱えていた。
そんな時にエリス・クローバー男爵令嬢に出会った。
ピンクブロンドの髪に愛らしい顔つきの令嬢だった。元は庶民として生活していたらしく、一緒にいても堅苦しさが無くてよかった。
そして時々俺の過去を見透かしたような心に響く言葉を話し、その度にドキリと胸が高鳴った。
ただ、元々庶民に紛れて生活していた俺といると気が抜けるのか、変わった言動も多かった。
「ゲームで出てくるセリフは分かるんだけど、普段の生活会話ってゲームに出てこないから難しいのよね。勉強も面倒くさいし、何かマニュアルないかしら」
等の謎の発言をしたり、いきなりあそこに行かなきゃと駆け出したりしていた。
そういう発言を聞くたびに高鳴った胸は冷めて冷静になった。あれは何なのだろうか、催眠術の一種なのかと考えて怖くなったから考えるのを止めた。
エリスはやたらとセヴァン殿下を始めとする高位貴族男性に気軽に話しかけに行っていた。俺は元々の生活がああだったし婚約者もいないから気にしないが、他の貴族は皆婚約者がいる。正直大丈夫なのかとハラハラしていた。
まぁ、予想通り大丈夫ではなかった。
婚約者の中でも一番高位な義姉さんが矢面に立ってエリスに抗議する場面が多くなった。エリスはその度に泣いて、言動の激しくなった義姉さんが虐めているようにしか見えない。
さすがに周りの印象が悪くなるから、その場面を見つける度に駆けつけて止めに入るように頑張った。セヴァン殿下も見かねたのか、止めに入るようになり、他の側近でもあるエルヴィとダンにも止めに入るように頼んでいた。
しかし、回数が多い。
こちらも生徒会に入って忙しいというのに引っ張り出される身にもなって欲しい。
苛烈に罵る義姉さんを落ち着かせて、泣いてるエリスを慰めるのがセットになっていて時間がかかる。
それにエリスの場合は相手は義姉さんだけではなく、エルヴィの婚約者やダンの婚約者からも敵意を向けられていた。
自分の婚約者にちょっかいかけてるのだからエリスが悪いのではっと俺は少し思ったが、エルヴィとダンはエリスを気に入っているらしく憤っていた。
仕方ないのでエリスは生徒会手伝いとして保護することになった。
まぁ、保護したところで自分から飛び込んでいくのだからあまり意味がないのだが。
その日も義姉さんがエリスに呼び出されていたとクラスメイトに聞いてセヴァン殿下と探していた。身分の下の者が高位の者を呼び出すなどありえないことだが、彼女に常識は通用しない。
聖堂に差し掛かったところで何やら騒がしい声が聞こえてきた。急いで聖堂に行くと激高した義姉さんがエリスに手を振り上げていた。
俺が思わず「やめろ!」と叫ぶと、義姉さんの動きが止まった。
すぐに駆け寄って蹲って泣き始めたエリスを背にして立ちふさがった。こんなことをしては駄目だ。身分の下の者に手を上げてはどんな言い訳をしても悪人になってしまう。
「義姉さん! 貴女という人は! 自分より下の身分の抵抗できない相手を打とうとするなんて! いくら何でもやり過ぎです!」
俺はいつものように威勢のいい反論を覚悟したが、義姉さんは暗い瞳で睨みつけ「貴方に何が分かるのよ」と呟いただけだった。
その後セヴァン殿下が追いかけてきてくれてエリスを連れて聖堂を出たが、先程の義姉さんの様子が気になった。
エリスに何を言われたのかは分からないが、こんなことをする人ではなかった。俺は義姉さんの性格の変わりように何か得体のしれない影を感じて背筋がゾッとした。
エリスは聖堂を出るといつも通りにセヴァン殿下にべったりとくっついていたが「次のイベントへ行かなきゃ」と去っていった。こちらはいつも通りだ。
それから数日後、いきなり義姉さんが屋敷の部屋に引きこもってしまった。扉の前で母さんといくら呼びかけても出てこようとしない。仕方がないのでメイドには定期的に飲み物や食事だけ運ばせる手配をして様子を見ることになった。
一週間後、館に帰ると興奮した母さんが「ルファイナさんがお母様と呼んでくれた!」と歓喜していた。
義姉さんはどうやら復活したらしい。
だけど、以前とは全く様子が違った。
まるで憑き物が落ちたように穏やかになり、学校も休んでのんびり散歩をしたりお茶をしたりゆっくりと過ごしていた。けど、時々心許ない淋しそうな表情をしては溜息をついていた。
母さんとも自分から友好的に話すようになった。俺には多少憎まれ口をきくが、それはお互い様だ。
恰好も変わった。きつく縦巻きにしていた金色の髪は降ろされ、豪奢なドレスは動きやすいドレスになり、自身を飾り立てていた装飾品は付けなくなった。
着飾っていない分本来の素材の良さが目立ち、義姉さん自身が宝石のように輝いて見えた。
使用人曰く、昔の義姉さんはこのような恰好をよくしていたという。
行動も変わった。
民間書を読み漁り、頻繁に修道院や孤児院に赴き、生活を知る為だと自ら手伝いをし始めた。
庶民の暮らしにも興味を持って、度々俺に買い物の仕方や宿のとり方等を聞いてきた。
更に庶民の服装に変装して、城下町を探索しているらしい。城下町は賑やかで人も多く、貴族がお忍びで遊びに行くことも多いがあの容姿と瞳の色だ。よく目立っているらしい。
義父の用意した屈強な平民服を着た騎士が、分かりやすく睨みを利かせているからいたって平和だ。害意の無い人達と交流を深めているらしい。
平和で無いのは学園の方。特にエリスだ。
何故義姉さんが来ないのかをやたらと聞きにくる。公爵家の中のことなど話すはず無いのに。
適当に濁していると、俺に説得して連れてこいと必死でうったえてきた。私の為にそれぐらいするべきだと。
エリスは俺を何だと思っているのだろう。俺、一応次期公爵だよ? 付き合ってられない。
エルヴィとダンとも上手くいっていないようなので、生徒会から追い出した。
そしたら、いつの間にか学園からもいなくなっていた。静かでいい、平和が一番だ。
調べた結果、義姉さんはどうやら東の修道院に逃げるらしい。
義父に相談するとそのまま秘密裏に護衛を付けて修道院まで安全に送るようにと命令を受けた。修道院には手厚く保護してもらえるように手配済みらしい。
何故そのようなことをするのか、俺には教えてもらえなかった。
義父からセヴァン殿下にも伝える様に命を受け、セヴァン殿下にお伝えしたら一瞬目を細めた後、いつも通り穏やかな表情に戻って
「そうか」
と呟いただけだった。
最近よく眺めていた小さな宝石箱を片手に何かを考えている様だった。
義姉さんが出発する日になった。ルートも手段も事前に把握済みだ。義姉さんは孤児院に渡すものだと分かりやすい嘘をつきながら、かばんを二つも積んでいた。
義姉さんのことは護衛隊に任されているので、俺はあくまで見学として付いていくことにした。
甘いかもしれないが、これから長い間会えないのだ。無事に到着するまでは見届けたい。
母さんも涙ぐみながら見送っていた。
義姉さんは何故気づかない?
予定通りの街に着いて乗り換える時、遠目に見える義姉さんの姿に違和感を覚えた。帽子を深く被り少しのぞいた金髪や背格好は似ているが何かが違う。
俺は急いで駆け寄り、義姉さんの帽子を奪った。隠れていた金髪は義姉さんの美しい髪とは全然違う。
義姉さんとはまったく違う女性が驚いた表情でこちらを振り返った。
何者かに出し抜かれた!
義姉さんは貴族社会を出れば何の力も持たない少女だ。生活の知識も乏しい上にあの美しい容姿だ。悪人に利用されればひとたまりも無いだろう。
俺はそれを想像して、真っ青になった。
ここまで読んでくれた方に感謝いたします。
もし少しでも楽しんでいただけましたら⭐︎をお願いします。励みになります。
誤字脱字があるかもしれません、ご指摘いただきましたらありがたいです。
拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。