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現在の私は料理がしたい3

誤字脱字報告ありがとうございます!多くてすみません、助かっています!


最近忙しくてなってきたので更新不定期です。

 周りの人達は物珍しそうに一人を見つめていた。

 視線の先にいるのは、一人の男性。美しい銀髪を優雅にたなびかせて、食事をとっている。

 大人しい色合いの服装に身を包んでいるが、隠しきれない高貴さが全身から滲み出ている。


セヴァン殿下はあれから、数日置きに私の店にやってくるようになった。もちろんお客様として。


「ルーナの作るご飯は美味しいね。まさかルーナにこんな才能があるとは思わなかったよ」


 美しい所作で優雅に食事を口に運ぶ姿は一見すると王宮料理を口に運んでいるように見える。だが実際食べているのは焼魚定食だ。

 しかもここは定食屋。セヴァン殿下も体格は良いが周りの厳つい雰囲気の男性とは毛色が違うので注目を浴びてしまっている。

 昼間は女性のお客様も多い。セヴァン殿下の美しい姿は目の保養になるそうだ。





 あの日、徒歩十分の自宅までゆっくりと時間をかけて歩いた。

 日も暮れて薄暗くなり、家の温かな明かりが灯り始めた。

 いきなり二人きりになるとは心構えができてなかった。緊張する。昔は自然に会話していたはずなのに、どんなことを話していたのか思い出せない。

 沢山聞きたいことがあるのにいざとなると何から話して良いのか頭が回らなくなった。


「ルーナは今まで元気だったかい?」


 私が悶々としていたことに気付いたのか、セヴァン殿下から話しかけてくれた。

 目が合うと殿下は昔と変わらない笑顔で微笑んでくれて、ホッとする安堵の気持ちと懐かしい気持ちが混じりあった。


「はい、この街についてからは本当に皆さんに良くしていただいて。元気にしています」


「そうか、よかった。......けど、その髪......拐かされた時は恐ろしかっただろ?」


 セヴァン殿下がそっと私の髪にそっと触れた。私の髪はあの時に切られてから随分伸びた。ただ、バッサリ切られてしまったので整えながら伸ばしたらまだ肩を過ぎた位の長さだ。

 髪はあれからずっと茶色に染めている。


 セヴァン殿下は少し眉を寄せて心配そうにこちらを見た。ブルーの瞳に見つめられて、私はいきなり恥ずかしくなった。

 着回している動きやすい平民服に化粧っけの無い顔、髪もセットせずに一つに纏めている。綺麗だって言ってもらった金髪も今は無い。

 以前はセヴァン殿下の前では殊更容姿に気を遣っていたのに今はどうだ。特に周りの目も気にせず機能性重視の格好だ。

 セヴァン殿下のことは吹っ切って諦めると決めたのに、目の前にいると少しでも良く見られたいと浅ましい願望が湧いてくるのだ。


 浅ましい自分が恥ずかしくて頭に血が上り泣きそうになってしまった。

 急いで視線を逸らして、涙が溢れないように懸命に我慢した。


「すみません、私......こんな格好で」


「ルーナが謝ることじゃ無いよ。こちらこそごめん。嫌なことを思い出させてしまったね。大丈夫だよ。ルーナはとても綺麗だ」


 顔を見れずに俯いていると、柔らかい声でそう言って頭を撫でてくれた。

 ダンドさんに撫でられる時とは全く違う。緊張するのに凄く嬉しい。心臓が破裂しそうだ。

 見上げるとセヴァン殿下の顔が近くにあり、目が合うと形の良い口の端を上げて安心させるように微笑んだ。

 頭を撫でていた手が髪を一房すくい上げて髪に口付を落とした。


「何時だってルーナは綺麗だ。この服装も動きやすそうだし可愛いね。よく似合ってる、素敵だよ」


 美しい顔が間近にある。セヴァン殿下の色気というのだろうか、絡め取られそうな妖艶な笑みにますます顔が熱くなった。ロイヤルブルーの瞳から目が離せなくて目眩がする。心臓が早鐘を打って倒れてしまいそうだ。

 先程まで雑なこの姿が恥ずかしかったのに、今は好きになってしまった。私は単純すぎる。


「あっあの、えっと、あ、ありがとう、ございます」


 あまりの光景に頭が回らない。緊張と動揺でまともに返事もできないでいると手を引かれて歩いた。私の手がすっぽり収まるような温かくて大きな手だ。

 握られると緊張すると同時に安心してしまう。昔はよくエスコートする為に手を握ってくれた。けど今はその時以上に心が幸福感で一杯になってしまう。


「ほら、着いたよ」


 そう言われて見上げると自宅にたどり着いていた。

 先程までは道のりが長く感じたのにたどり着いてしまえばあっという間だ。

 名残惜しく感じてしまう私は相変わらず未練がましい。


 自宅はロダン亭から十分程先の二階建ての建物だ。二階の部屋を借りていて一階は管理人さんの自宅だ。ダンドさんからは空き家だったから家賃はいらないと言われたが、もしかしたら父様から頼まれた家かもしれない。

 管理人のおばさまは優しくてとても良くしてもらっている。

 元貴族の私が今の生活に馴染むことができたのも皆の支えがあったからだ。


「ありがとうございます、セヴァン殿下」


「ルーナ、できれば僕にもレンに話すみたいに砕けた口調で話して欲しいな」


「そんな! セヴァン殿下に敬語を使わないなんてできませんわ!」


 いくらなんでも王族相手に不敬だ。

 私が首を横に振るとセヴァン殿下は悲しそうに眉を下げた。


「今は平民のルーナなんだろ? 僕だけ口調を変えられると悲しくなるよ。お願いだ」


「は、はい」


 お願いと言いながらその視線と口調には有無を言わせぬ強さがある。

 私は戸惑いながらも頷いてしまっていた。


 セヴァン殿下は昔から滅多に私に頼み事をしてくれない。もちろん、頼まれれば全力で頑張るつもりだ。ましてやお願いを断ることなどできるはずがない。


「あと、しばらくロイバースに滞在する予定なんだ。またルーナに会いにお店にいってもいいかい?」


「はい......じゃない、うん。もちろんいいよ。セ、セヴァン......様」


 そう返事をするとセヴァン殿下は綺麗な笑顔を見せた。






 思い出したら顔が赤くなってしまう。

 この一ヶ月夕方の人気の無い時間に来て食事をして、家まで送ってくれるのが一対になっている。


 セヴァン様と定食。なんとも表現し難い組み合わせだが、セヴァン様が目を輝かせて美味しそうに食べているのだからそれでいいのだ。

 しかも私の作った料理。今まで料理の練習をしてきたことが報われている。セヴァン様に美味しいものを食べてもらいたくて、いつも以上に気合が入ってしまう。


 私としては会いに来てくれるのは凄く嬉しい。嬉しいのだが、やはりこれでいいのかと疑問が頭をもたげる。

 逃げた目的は傲慢悪役令嬢である私からセヴァン様を解放して運命の人と一緒になってもらうためだ。

 なのに私はついつい殿下の優しさに漬け込んで甘えてしまっている。

 もし恋人がいるなら過去の婚約者なんて邪魔者でしか無い。


 けど、この前婚約解消はまだしていないと言っていた。

 もしかしたら、まだ私と婚約者でいたいと思ってくれているのかもと微かに希望が膨らむが、傲慢だった頃の自分を思い出すとその希望が霧散する。

 今の私はただの平民の娘。もう傲慢だった頃の振舞いはできそうにない。どうしてあんなことができたのか疑問に思うくらいだ。


 優しいセヴァン様にのことだから行方不明者相手に勝手に婚約解消できなかったのかもしれない。それで私を探してくれたのなら納得できる。

 双方合意の上で婚約解消が一番誠実だ。

 だけどセヴァン様に聞く切っ掛けと勇気がなかなか出ない。

 初めてセヴァン様が一人で店を訪れた時、勇気を振り絞り聞こうとしたがその前にはぐらかされてしまった。


「ルーナはここに来ても沢山がんばってるんだね」


 セヴァン様をカウンターからチラリと盗み見ると上機嫌な声で話しかけてくれた。この時間はお客様はほとんどいない。


「ルーナ、君に何か贈り物したいんだけど何がいいかな?」


「え? そんな、私贈り物もらえるようなことしてないです!」


 いきなりの提案に思わず頭を振った。以前は婚約者の義務としてプレゼントをしなくてはならなかったかもしれないが、今はそんな気を使わなくていい。

 特別な日というわけでは無いし、贈り物の意味も分からない。


「出会った記念の贈り物がしたいんだ。ただ私があげたいだけだから、ルーナは気を使わなくても大丈夫だよ。どんなものがいい?」


 セヴァン様は私の返事に困ったような少し拗ねた表現になった。


 セヴァン殿下は今も変わらず優しい。だが以前よりも感情が表に出やすくなったように感じる。

 困った顔や拗ねた顔、たまに見せる少し意地悪そうな表情。

 その新しい一面を見る度にさらに魅力的に見えてくるから困る。


「もちろんセヴァン殿下がくれるものなら全部宝物です!」


「そう言ってくれるのも可愛いけどね、ルーナが本当に欲しいと思うものをあげたいんだ。恥ずかしい話だが、私が思いつくものは宝石位なんだがネックレスや髪飾りはどうだろうか?」


 その言葉に以前もらっていた宝石の沢山ついた豪奢な贈り物を思い出した。いずれも売れば平民が数年は余裕で暮らしていける代物だ。

 贈り物をくれるというセヴァン様の気持ちは嬉しい。嬉しいがそんな高価な物を貰うわけにはいかない。


「でしたら、私は米がほしいです!」


「米? 米とはたまにロイバースで見かける食べ物のことかい?」


「はい。最近価格が高騰しているので、できればでいいんですけど......」


 セヴァン様にも美味しいオニギンを、美味しい米料理を食べてもらいたい! 

 もちろん私が料理して、いつものように美味しいねと笑ってくれたら最高だ。


「......価格が高騰。そうか、分かった。米を送らせてもらうよ」


 少し考える仕草をした後、頷いてくれた。


 扉の開く音がして見るとテッドさんが驚いた表情で立っていた。


「セヴァン殿下、またいらしてたのですか? 強化訓練を追加したはずなんですが?」


「あぁ、テッド教官おつかれさまです。勿論全て終わらせてきましたよ。ルーナに会いたかったからね。教官は今日は早いようですね」


 セヴァン殿下はロイバースに滞在している間、今取り掛かっている仕事の他にロイバースの軍事訓練にも参加しているようだった。

 学園にいた頃のセヴァン様は剣術武道会で優勝したり、格好良かった。あの頃は避けられていたから、遠くから見守るだけだったがかなりの腕前だった。


「今日は兄さんが遅くなるみたいなのでルーナを早めに送ろうと思いましてね。セヴァン殿下はかなりお忙しいでしょう? 帰って頂いて大丈夫ですよ」


「ルーナは私が送ります。仕事は後でもできますし、心配にはおよびませんよ。教官の方がお忙しいでしょう。私が送ってもかまわないよね? ルーナ?」


 二人はにこやかに会話しているのに目が笑っていない。そして毎回のことながら空気が冷たい気がする。


 セヴァン殿下から話を振られてしまったが、私の家はここからたった十分。さすがにもう送られなくても迷子になることはない。

 手を煩わせるのも申し訳ないから断ってもいいのだろうか? けど、なんだが断りづらい雰囲気だ。

 私が二人のやりとりに戸惑ってリザさんに助けを求めるように視線を送ると面白そうに笑っていた。


「えっと、はい。お手数でなければ、よろしくお願いします」


 そう伝えるとセヴァン様は嬉しそうに微笑んだ。


 そんな嬉しそうにされては、勘違いしてしまうからやめて欲しい。贈り物のことといい、自分がセヴァン様から特別に想われているのかと誤解して調子に乗ってしまいそうだ。

 今だって少しでも長く一緒にいれることに心躍ってしまっている。

 王都の頃にはなかった気軽なやり取りや大人になって少し雰囲気の変わったセヴァン様に私はもっと惹かれている。

 離れたくなくなっている。あれだけ決心して逃げ出したというのに、もう自分からは離れることができないかもしれない。


 この幸せもセヴァン様が王都に帰るまでの短い間だと分かっている。

 優しく温かな人達とセヴァン様のいるこの幸せな優しい時間が少しでも長く続くことを祈った。




ここまで読んでくれた方に感謝いたします。


もし少しでも楽しんでいただけましたら⭐︎やいいねをお願いします。励みになります。


誤字脱字があるかもしれません、ご指摘いただきましたらありがたいです。


拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

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