現在の私は料理がしたい2
過去編が思ったよりも長くなったので現在編はサクサク進めたいです(希望)
場所は見慣れたロダン亭。
対面に座るのはずっと会いたくても会えなかったセヴァン殿下。とその隣にレン。
三年の間にずいぶんと雰囲気が大人っぽくなった。その姿を見るだけで心臓が高鳴る。
視線が合うと綺麗な笑顔を返されて顔に血が昇って思わず視線を逸らしてしまった。だけど、やはりセヴァン殿下を見たくてチラリと視線を向けるとニコニコと嬉しそうに笑っている。
三人が何故ロダン亭にいるかというと、セヴァン殿下を前に固まる私の側に大男がヌッと現れた。ダンドさんだ。
「あらまぁ、見つかっちまったなら仕方がない。とりあえず、こんな所にいるのも何だしロダン亭に行こうぜ」
と驚きのあまり腰の抜けた私を担いで、ロダン亭まで運んでくれたのだ。
セヴァン殿下が自分が運ぶとダンドさんに言ってくれたが、私はとんでもないと全力で遠慮してしまった。
「久しぶりだね、ルファイナ。会えて嬉しいよ。三年も行方不明になっていて、とても心配したんだ。けど、元気そうでよかった。今どうしてるんだい?」
テーブルに着くと、セヴァン殿下が輝かしい笑顔で言ってくれた。
行方不明になる前にセヴァン殿下にも手紙を出していた。翌日に着くようにだ。
もうお会いすることも無いと思ってその手紙には今回勝手なことをする謝罪と私がいかにセヴァン殿下をお慕いしているか、セヴァン殿下がどれほど素晴らしいかをツラツラと書き連ねて、「最後に運命の人と幸せになってください。もうお会いすることはありませんが、私は遠くから見守っています」で締めくくった。
今思い返すと恥ずかしい! 会わないこと前提で思いつくまま書いたのに、こんな形で偶然再会してしまうとは。
隣に座るレンにもチラリと視線を送る。非常に複雑そうな表情でこちらを睨んでいる。
端正で整った顔立ちに男らしさが加わり、貴族教育の賜物か気品さえ漂わせた美青年に成長していた。元々何でも良くできたし、社交界ではかなり人気があるのではないだろうか。
レンへの手紙の内容も思い出した。勝手なことをすることの謝罪と私は安全な所にいるから大丈夫な旨とレンのことは実は認めているので公爵家と父様と義母様をこれからも助けてあげてほしいと締めくくった。
なんというか、もう会うことは無いと思っていて、いざ会うと反応に困ってしまう。
セヴァン殿下とレンには再び会えたことは嬉しい。嬉しいがよかったのだろうかと疑問が擡げる。
確かにもう行方不明になってから二年以上経っている。婚約解消もなされているはずで、レンも立派に公爵を継いでいることだろう。
二人には醜聞を抱えた私のことは王都で黙っていて貰って遠慮せずに偶然会えたことを喜んでもいいのだろうか。
ただ、なんというか素直に再会を喜ぶには雰囲気が些か重い。
「えっと、お久しぶりですわ。セヴァン殿下、レン。御健勝のようで何よりです。私もお会いできて嬉しいですわ。私は今はこのロダン亭で料理人をしておりますの」
二人を前にするとつい以前の令嬢だったころの口調が戻ってしまう。
「料理人......だって! 義姉さん! 一体何を考えているんだ! 三年も行方不明で! 俺やセヴァン殿下がどれだけ心配して探し回ったか! 元気で無事だったのは良かったけど、無事なら無事で知らせるとか! いろいろあるだろぉ!」
堰を切ったように話し出したのはレンだ。次第に涙ぐんで怒鳴りながらもボタボタ涙が溢だしている。
まさかこんなに心配をかけてしまっていたとは。申し訳なさで胸が締め付けられる。
「ご、ごめんなさい。え、でも、ちゃんと手紙には安全な所にいるから安心してと......」
「あんな手紙で安心できるわけないだろ! そもそも、結局拐かされて修道院に行って無いじゃないか! ドレスも髪もあんな状態で見つかって、心配するなって方が無理だろぅが!」
「え? レン、どうして私が拐かされたこと知ってるの?」
「え? そこから?」
私の当初の行方不明計画は確かに失敗した。まさか途中で拐かされるとは予想外だった。けど行き先を告げずに出たから潜伏先が修道院でもここでも周りにとっては同じことと思っていた。
レンの口調からして、修道院に逃げることがばれていたのだろうか。
「セヴァン殿下、レン。御心配と御迷惑をかけたことは申し訳なかったですわ。一応ここに着いてからも公爵家には定期的に連絡してたのよ?」
「は?」
私の目的は行方不明になることだったが、父様義母様に心配かけることは本意では無い。
ここに落ち着いてからは元気にしているから安心してほしいと定期的に公爵家に手紙を送っている。
もちろん発送先がロイバースだと分からないようにダンドさんが出張の時に様々な出先で手紙を出してもらった。
私の言葉を聞いたレンが驚きので目を見開いた。涙も止まった。
レンが悔しそうにドンと机を叩いた。突っ伏した格好でフルフルと怒りに震え、悔しそうな声を絞りだした。
「あ......あの! たぬき親父! 俺達がどれだけ心配して探し回ったと思ってるんだ!」
「落ち着け、レン。ランベルグ公爵はたぬきというより狐だ」
「セヴァン殿下も! どうしてそんなに落ち着いてられるんですか? なんですか、この状況は?」
「いや、私だって驚いてるよ。けど、冷静に考えてみればいくらレンが捜査を自分にさせて欲しいと土下座したところで、あの方が御自分でルファイナを探さない訳がなかったんだ。まんまと踊らされてしまったな。けどそのお陰でお兄さんを助けることができただろ?」
怒り狂うレンとは反対に、セヴァン殿下は困ったように眉を下げて笑っている。
「そうですけど......うー、くそぉ! 絶対後で抗議してやる!」
「止めとけ、ぼうず。ルーファスに抗議したところで鼻で笑われて終わるぞ。がははは、たしかにルーファスは狐だな」
ダンドさんが豪快に笑いながらレンの背中を叩いている。レンは不貞腐れたような表情でそっぽを向いた。
「ダンドさん! 父様のことを知っているのですか?」
ルーファス・ギル・ランベルグ、父様の名前だ。親しげに呼んでいる名前に驚いてダンドさんに訪ねた。
「知っているも何もルーファスは俺の親友だ。なんならティアナ様とも旧知の仲だったんだぞ。ティアナ様の葬儀にも閣下の代理で参列したんだが、ルーナはそれどころじゃ無くて覚えてなかったみたいだな」
「そうよねぇ。私この街でたまたまルーナを見かけて驚きすぎて陣痛きちゃったもの」
リザさんがお茶を持ってきてテーブルに置いてくれた。
え? あの突然の陣痛って私のせいだったの?
「いやぁ、あの時は驚いたな! 赤子を抱いてよく見たらティアナ様が目の前にいるんだもんなぁ! まさかルーナが自力でこの街に逃げてくるとは思わなかった! まぁ、これも運命ってやつか」
「そうね、因みにルーナを保護してすぐに速達をルーファスに送っているわよ。暫く匿って欲しいと頼まれちゃったら断れないわよねぇ。私達としてはルーナが来てくれるのは大歓迎だしね! 頑張り屋ですぐに料理もできるようになって助かってるわ!」
レンは更に怒りで震えてセヴァン殿下は苦笑いを浮かべている。
よく分からないが私は一人で逃げたつもりだったけど、実は父様の掌の上だったってことなのだろうか。
「だが拐かされたのは本当だ。ルーファスが心労で死にそうだったぞ! 気をつけろよ、ルーナ」
ダンドさんが大きな掌で頭をポンポンと撫でた。まさかダンドさんが父様の親友とは思わなかった。
確かに昔父様がロイバースで過ごしたことがあると言っていたことを思い出した。母様とそこで出会ったと嬉しそうに笑っていた。
「そうですね、確かにルファイナを隠すなら貴方の元が最適だ。ダンド・スー・ロダン軍隊長殿」
セヴァン殿下がそう言うとダンドさんはニヤリと笑った。
「あぁ、この街以上にルーナの安全な場所は無いぞ。なんせこの街の男の半数以上はロイバース軍兵だからな。ロイバース辺境伯閣下の大切な人を危険に晒す奴がいたら、この街の人間が容赦しねぇ」
「え! ダンドさん、軍人だったんですか? 料理人じゃなかったんですか?」
私は驚きに声を上げた。
「義姉さん......こんな厳つい料理人見たことないよ。どう見ても軍人でしょ」
レンは呆れた表情でこちらを見ている。確かに最初見た時は迫力がありすぎて腰が抜けそうだったが、ダンドさんの包丁捌きは本物だ。
「いや! 俺は一流の料理人だ! 軍の遠征時に各国まわって料理の修行もした。なんなら宮廷料理もつくれるぞ」
ダンドさん曰くこの国防の砦であるロイバースで生まれた殆どの男性は軍事訓練を受けて育つ。その際に言語や文字も勉強するので、識字率が高いのだそうだ。
そして希望者は軍に所属することになるのだが、大半は所属して定期的な訓練や有事の際に活躍する。専属軍人もいるが半分はダンドさんのように他の職や店を持っているらしい。
特にロイバースの中央都市であるこのサガリアは家庭を持っている軍人の住宅地であり、ロイバース辺境伯のお膝元なのだそうだ。
どうりで驚くほど治安が良く、夜の街も賑わっているわけだ。
「ということは、私がここにいることはお爺様もご存知なのですか?」
「もちろん! ルーナもよく知る人物だ。先程追いかけていただろ?」
「まさか! ローレンおじさん?」
先程追いかけていたのは常連のローレンさんとラクトさんだ。ラクトさんはお爺さんというには若すぎるからローレンさんしかいない。
確かに白髪ではあるががっしりした身体つきと渋みのある端正な顔つきで一見すると迫力があるが常に表情が優しげで怖さを感じさせないおじさんだ。見た目では祖父と思えないくらいに若々しい。
夜の給仕の際にしょっちゅう一緒のテーブルに誘ってきてくれる陽気なおじさんだ。その度にダンドさんに店から出されているが、そんなことしてダンドさんは大丈夫なのだろうか?
「大丈夫だ、そんなことで怒るほど総督閣下は器が小さくない。あの人はルーナに会えることが嬉しくて燥いでるだけだ。ルーファスから頼まれてるからな。総督閣下とはいえルーナを酒の席につけるわけにはいかん。そもそもルーナが自分達に気づくまで秘密にしろと言ったのは総督閣下だ。扱いは同じだ」
私の表情を読んだのかダンドさんが笑った。
よく考えてみれば私が夜の給仕を頼まれてお店に出たときには必ずいた。それに夜来ていたのは屈強な男性ばかりだ。
私は夜に出歩いたことがないから夜の街の状態は知らない。男性が多いのは単純に夜に出歩く女性がいないからだと思ってた。
「もしかして、夜の給仕の時のお客様って......」
「ようやく気づいたか。あいつらは総督閣下の認める精鋭ばかりだ。ルーナの婚約者候補だな。必死で口説いてきてただろ。しつこい奴は俺が追い払ったがな。
ちなみにルーナの尻をしょっちゅう付け狙ってたのは軍の副隊長だ。あいつは人の顔が分からないから女は尻で見る。ルーナの尻に惚れ込んだらしいぞ」
「夜の給仕って! 義姉さんに何をさせてるんですか?」
楽しげに話すダンドさんにレンが怒った様子で横槍を入れた。
「仕方ないだろ? あいつらは夜しかこれないんだから。夜の給仕といっても一時間ほどだ。それに、今ここにいる娘はルーナ・フォント。ただの平民の娘だ。誰が口説いても問題ないだろ?」
「ルファイナは私の婚約者だ。そのような勝手なことは止めてもらいたい」
黙って皆のやり取りを聞いていたセヴァン殿下が口を開いた。
いつもより幾分か低い声だ。その顔に笑顔はなくロイヤルブルーの瞳が底冷えする光をたたえてダンドさんに向けられる。一瞬背筋が凍る心地がした。
だが、私と視線が会うとまたいつもの笑顔に戻っていた。今のは見間違いだろうか。
「怖いねぇ、影の英雄様は」
「ルーナが行方不明になって三年。婚約は自然解消されているはずですよ。第二王子殿下」
ダンドさんがセヴァン殿下の視線を受けてニヤリと笑っていると、扉の方から声が聞こえた。
振り返るとテッドさんが立っていた。
「私は婚約解消していないですよ」
その言葉に私は衝撃を受けた。とっくに婚約解消されているとばかり思っていた。
セヴァン殿下はまだ私を婚約者だと思っているということだろうか。傲慢な私に愛想をつかして運命の人と共に過ごしていると思っていた。
「確かに相手が行方不明の場合、二年経てば希望を出して婚約解消できるようになる。更に三年経っても見つからなければ強制解消だったはずですよ。まさか婚約者に逃げられた王子様がこのような場所にいるとは驚きですね」
テッドさんが茶色の髪をかきあげてにっこりと微笑み店に入ってきた。
セヴァン殿下が鋭い視線でテッドさんを見たあと、にこりと微笑んだ。
「まだあと三ヶ月あります。その前にルファイナを見つけましたよ。婚約解消ではありません」
「では三ヶ月経つまでにルーナが自分をルファイナと認めなければ、晴れて婚約解消ですね。待ち遠しいですね」
セヴァン殿下とテッドさんがお互い笑顔で話し合っている。けど何故か背筋が寒くなり空気が冷たい気がする。
レンの顔色も心なしか青い。
「テッドさん、今日も教師のお仕事お疲れ様です」
いつものようにテッドさんに挨拶をしたら、テッドさんが笑いかけてくれた。
「ありがとう、ルーナちゃん」
「もしかしてテッドさんも軍人なんですか?」
「そうだよ。僕は教師は教師でも軍事教官なんだ。さぁ、もう時間も遅くなるし、家まで送って行くよ」
軍事教官、私の思っていた教師ではなさそうだ。こんなに優しいテッドさんが屈強な軍人を鍛え上げる軍事教官とは想像がつかない。
なんだか今日はいろいろな情報が溢れすぎて許容量が一杯だ。確かにもう休みたい。
「いや、ルファイナ......ルーナは私が送っていこう。いいかな? ルーナ」
椅子を立とうとした手を引かれてセヴァン殿下が側に来ていた。側に来ただけでも心臓が跳ねて顔に血が昇ってしまう。
なんだかセヴァン殿下は三年で体格がよくなったからか気品だけでなく色気も増した気がする。
「はい! もちろんですわ、セヴァン殿下!」
緊張で少し声が裏返ってしまう。
私の気持ちは三年前から変われない。多分これからも変わらないのだろう。どんな状況でもセヴァン殿下が大好きなのだ。
ここまで読んでくれた方に感謝いたします。
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誤字脱字があるかもしれません、ご指摘いただきましたらありがたいです。
拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。