現在の私は料理がしたい
語呂合わせ的に現在と読んでください。
現在編が始まりました。お付き合いいただけると嬉しいです!
誤字脱字の御指摘誠にありがとうございました!嬉しいです、非常に助かります!
私が逃げ出して行方不明になってから三年が過ぎた。
最初はセヴァン殿下と離れて身が引き裂かれそうな寂しさが襲うことがあったが、今は寂しさと折り合いがついて心は平穏だ。
あれだけセヴァン殿下中心に生活していたのに、時間の流れとは偉大だ。
時々店のお客様が話しているセヴァン殿下の噂話を聞くことが唯一の接点だ。
『聞いたか? 第二王子が国中の娼館を制覇したらしいぞ』
『すげぇな、何も娼館なんて行かなくても王子なら綺麗な美女がよりどりみどりだろうに』
ランベール語の会話だ。
この街は国境が近いこともあり、別の国の者が立ち寄ることも多い。
皮を剥こうと持っていたジャガイモを思わず落としてしまった。
セヴァン殿下の噂だと心躍らせながら厨房で耳を澄ませていたら、とんでもない話だ。
この辺境の地にまで届く位の噂だ。国中が知っているのではないだろうか。
セヴァン殿下はそんな方じゃない! と声を大きくして訂正して回りたいが、それもできない。何より今のセヴァン殿下がどうしているのか、まったく分からないから反論もできない。
『まぁ、悪魔の第二王子も人の子だってことだ。女の好みはそれぞれだしな、手慣れた女のがいいんだろ』
違いますわ! セヴァン殿下は運命の方と幸せになるのだから、娼館なんて行くはずない!
と心の中で必死に反論する。
『あら、国の英雄様に対して酷い言い草ね。貴方達ダンベール国の人には分からないかもしれないけど、内の国では人気があるのよ? 食べ終わったなら変な話してないでお会計してちょうだい』
リザさんがお客様の元に行き、流暢なランベール語で牽制した後不機嫌そうに伝票を突きつけている。店から追い払うように出してしまった。
可憐な見た目に反して気が強いのがリザさんの魅力だ。
ロイバースの中央都市であるこのサガリアは他国の流通も活発なので、多くの人が多言語話せて識字率も高い。治安も驚くほどいいし、本当にここに流れ着いて運がよかったと今も感じでいる。
セヴァン殿下の噂は両極端で悪魔と言う人物もいれば英雄と言う人物もいる。
殿下が国の治安維持に貢献しているという話に由来してるのかもしれない。
王都の治安が大幅に改善されたのは事実らしい。一部ではその容赦ない手腕から悪魔とも噂されているが、それ以上に英雄扱いする人も多い......らしい。
なんせ王都と距離の離れたこの地では曖昧な噂話くらいしか入ってこない。
さらに私は基本的に厨房に引きこもっていて旅人と接することも少ない。王都から来た貴族や商人だと私の顔を知っている可能性があるから隠れているのだ。
偶に頼まれてホールに出ることもあるが、一ヶ月に二度程度夕方から夜にかけての一時間だけだ。
最初の接客は緊張したが、この街の人達は皆いい人ばかりだからすぐに打ち解けた。偶に口説いてくる人もいるが、ダンドさんがすぐに追い出してくれる。
王都の話でよく聞くのは王太子殿下とセリーナ様の革新的な改革の話がほとんどだ。全国に配られる広報誌にも御活躍がよく記載されている。
王都の道路や衛生整備、王家手動で銀行という制度を立ち上げ商業を活性化させていっている。
近々平民にも広く学業を広める為に各地に学校を設けて識字率を向上させて、研究職にも支援を強化して国を活性化させていくらしい。
お二人の御尽力の元、破竹の勢いで国力が向上していっている。他国も驚き、脅威にすら思っているらしい。
本当に素晴らしい方達だ! さすがアラント王国の若き太陽! 王太子殿下とセリーナ様が後を継いでくださればこの国はさらに発展して豊かになっていくだろう。
そんなお二人とも、もうお会いできないだろう。セリーナ様によくしていただいた思い出が遠く感じてしまう。
セヴァン殿下の話題は噂話で聞くことがほとんどだ。その大半は国の裏側の話だ。公に広報誌に載せれるものではないのかもしれない。
密売組織を摘発したとか、奴隷オークションを壊滅させたとか、どこかの貴族を潰してまわったとか嘘か真か分からないものが大半だ。
私の知っているセヴァン殿下とは別人のようだ。
セヴァン殿下は悪魔どころか天使だ。あんなに優しい殿下が悪魔呼ばわりされているのは納得できない。
私はセヴァン殿下をずっと見てきたのだ。あの優しさが弱さではなく内面の強さからくることくらい知っている。
王家の重圧からか、いつもどこか苦しそうにしてたけど他人にそれをぶつけたり驕ったりすることはなかった。誰に対しても優しく紳士的だった。
何故か私の一番待ち望んでいる「セヴァン殿下が運命の人と結ばれて幸せになった」という話は聞かない。
それどころか新しい婚約者の話もないのだ。広報誌が街に届いたら図書館に毎回読みに通っているから見逃していることはないと思う。
あるのは噂だけで本当かも分からないのが多く、中にはセヴァン殿下が裏組織と通じているとか娼館通いが激しい女好きだという酷いものまである。
王都を離れて三年経ったが、私はずっとセヴァン殿下が大好きだ。どんな噂を聞いても、それは微塵も揺るがない。たぶんこれからもずっとそうなのだろう。
なので私は他の男性とお付き合いすることは考えられない。
ダンドさんの弟のテッドさんがこの間私に告白してくれた。テッドさんは私には勿体無いくらい優しくて素敵な人だ。そんな素敵な人でも私の気持ちは全く揺らがなかった。
テッドさんには忘れられない人がいると正直に話してお断りすると、そうだと思ったと言って笑ってくれた。そんなことがあっても私への態度はまったく変わらない。
こんなに良い人に応えられないことが申し訳なかった。
きっと私は一生独身なのだろう。
独りで生きていく覚悟は行方不明になる時にできている。
今更公爵家に帰ってもレンの邪魔でしかない。さらに学園の悪女で自ら行方不明になって婚約破棄された令嬢なんて公爵家の醜聞以外何物でもない。
そしてこの自由な平民の生活は私の性に合っていたみたいだ。周りの人達のお陰で楽しく充実した日々を送れている。
平民として生活することが不安で仕方なかった行方不明前の自分に伝えたい、意外とやってみればなんとかなると!
これからもこの街でひっそりと生きて、セヴァン殿下の幸せを見届けたい。
その為には手に職が必要だ。
一念発起した私は目下料理人になる為にロダン亭で修行中だ。
最初は生の食材を触ることも包丁をにぎることも食器を洗うことさえ初めてだったが、やり方を教えてもらうとすることができた。
包丁も始め怖かったがよく考えると短刀で刃物は比較的慣れていたからか数日すれば慣れた。
もともと刺繍の手習のお陰で手先は器用な方だから、細かい作業も好きだ。
料理は私が思っていた以上に奥が深い。
私は公爵家で一流の料理人の御馳走を食べて育ったし、なんなら王城でコース料理を味わったこともある。もちろん毒見役が付いていたし、そのせいで少し冷めていたが美味しいものを食べ慣れていた。
そうなると当然舌も肥えるし、拘りも強くなる。
いかに美味しい料理を作るかに燃えた。もともと努力を苦と思わなかったので、早朝や夕方自宅に戻ると包丁の練習をし、休日には美味しいと評判の店に出向いたり図書館で料理本を読み漁ったりしている。
このロダン亭に拾ってもらった以上、料理人として役に立ちたい。
料理への興味もあったが、自分の為に努力することに充実感も覚えていた。
なによりセヴァン殿下や父様、義母様、セリーナ様、王妃様、ついでにレン。皆のことを思い出すと胸が締め付けられるように寂しくなったが、何かにうちこんでいるとその間は考えなくてもすんだ。
最初はリザさんに教えてもらっていたが、今ではお墨付きをもらってロダン亭の昼間は厨房に立たせてもらっている。
リザさんは接客の方が好きらしく嬉々として厨房を任せてくれた。
ダンドさんは昼間は別の力仕事があるらしく夜になったら厨房に立つ。ダンドさんは一流の料理人だ。
この食文化の進んだ街でもファンが多くて連日賑わっているし、昔いろいろな国の料理を食べ歩いて知識を磨いたと言っていた。
今も偶に他国に出張することがある。作る料理も今まで食べたことの無い多国籍の美味しい料理が多い。
ダンドさんは私の師匠で憧れだ。
「あれ? また米の価格が高くなりました?」
「そうなんだよ〜。米だけで無くランベール国の作物も軒並み価格が上がっていてまいるよ」
乾物屋のおじさんが困った表情で眉根をよせた。
ロイバースではランベールの食材も手に入りやすい。米はランベールの専属特産品だ。因みにアラント王国の主食はパンで小麦農作が盛んだ。
ロイバースに来て初めて米を食べた。
ダンドさんに初めて食べさせてもらった時はほのかに甘くてもっちりした歯応え、粒々が不思議な食感だった。
その米に塩をまぶして握ったオニギンという料理を食べた時に衝撃を受けた。ただ塩を振って握っただけでこんなに美味しくなるのかと感動した。
その他にも具を変えたり、味の濃いめのおかず相性が良かったりと万能だ。
その美味しさと料理の多様性にすっかり魅了されてしまった。
ランベール国の一部では米を主食にしている地域もあるらしい。羨ましいかぎりだ。
「そうですか、そんなに高いとなかなか買えないですね」
米はランベール国の専属国産品、ライバルがいないうえに国境を超えてきているので高額だ。
私はお給料が入るとご褒美とばかりに買いに来ていたがここ数ヶ月でいきなり価格が高くなった。
お給料は少なくはない。むしろ私のような小娘がこんなに貰っていいのかと遠慮したくなるくらいだ。ロダン亭は繁盛している店だから問題ないと言ってくれた。
しかし、生活をするにはお金がいる。毎日の食費に日用雑貨、衣類や他にも細々とした出費が必要だ。それにいざという時の為の貯蓄もしておきたい。
もし将来私が働けなくなった時の蓄えだ。一生独り身で過ごすのだから重要なことだ。
公爵家にいた頃は宝石や流行のドレスを普通に買っていたし、生活費のことなど考えもしなかった。何も気にせずに過ごしていたが、平民になってから改めてお金の大切さが身に染みた。
もう以前のようには戻れそうにない。
「そうなんだよ、俺達も困っててな。ランベール国の内政争いが悪化してるらしいから、治まればまた価格も下がると思うんだが。ルーナちゃん、そんな悲しそうにしないでくれよ! このアラント王国産の小麦あげるからさ!」
そう言うとおじさんは小さな小袋に小麦を入れて差し出してくれた。
「いえ、そんな、悪いですよ! ちゃんとお支払いします!」
「いいからいいから! 王太子御夫妻が流通を整備してくれたおかげでアラント王国の農作物は価格が大分安くなったから大丈夫だ! 若き太陽様々だな!」
おじさんは豪快に笑いながら小麦を握らせてくれた。この街は本当に良い人が多い。
「ありがとうございます!」
お礼を言って乾物屋を出たら、次は夕食の買い出しだ。少し足を伸ばして遠くまで乾物屋巡りをしてしまったから日が暮れる前に家に帰りたい。
サガリアは治安の良い街だから多少遅くなっても大丈夫かもしれないが、治安の良くない王都で育った私は夜に街を出歩くのは考えられない。
私は帽子を被り直して足早に夕食の買い出しに急いだ。私は外に出る時は念のために帽子と伊達眼鏡をしている。
慣れている街のみんなは私だと分かってくれるから問題ない。
ふと前を見るとロダン亭の常連さんが二人歩いているのが見えた。挨拶をしようと駆け寄るがこちらに気付いていないようで建物を曲がってしまった。私も追いかけるように曲がるとそこは来たことの無い道筋で店の看板が立ち並んでいた。
常連の二人は建物に入ったのか見当たらない。
一本筋を入っただけなのに賑やかな大通りにはない独特の雰囲気を放った建物が並んでいた。
私はふとダンドさんから近寄らないようにと注意を受けた場所だと思い至った。
サガリアの娼館通りだ。
まだ娼館は開店前なのか着飾った綺麗な女性が行き交っている。
サガリアは屈強な男性の多い街だから、お店も遅くまで開いているし、娼館もそれなりに多い。
私は慌てて踵を返して、大通りに戻ろうとした。
するとドンと衝撃を受けて、尻餅をついてしまった。慌てて走り出そうとして後ろに歩いてきていた男性にぶつかってしまったのだ。
「す、すみません! 急いでまして......」
襲撃で落としてしまった伊達眼鏡を拾って謝りながら男性を見上げると、美しいロイヤルブルーの瞳と目があった。瞳を見開いて驚いている。
美しい銀色の長い髪が赤い夕陽を受けてキラキラと輝き、一瞬見惚れてしまった。
目の前にいるのは三年の時を経て精悍さが加わり凛々しく成長したセヴァン殿下だった。
私が言葉も出ずに唖然と見上げていると、驚きに固まっていたセヴァン殿下が優しく微笑んで手を差し伸べてくれた。
「ルファイナ、久しぶりだね。会いたかったよ」
大好きな落ち着きのあるセヴァン殿下の声だ。
まさか、こんなところでいきなり再会するとは予想してなかった。
差し出された手をどうしよいか考えていると、セヴァン殿下の後ろからレンの声も聞こえてきた。
「セヴァン殿下! いきなり、どうされたのですか? 早くこちらに......って、義姉さん! どうしてこんな所に!」
レンも駆け寄ってくる。
どうしよう、別人のふりをしたいけど誤魔化しようがない。
街が夕陽で赤く染まる中、私は途方に暮れた。
ここまで読んでくれた方に感謝いたします。
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誤字脱字があるかもしれません、ご指摘いただきましたらありがたいです。
拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。