転生
暗転は一瞬だったのだが、強烈な立ちくらみに似た症状に襲われて、その場に座り込んでしまった。
「気持ち悪い…」
徐々に内蔵が上へとせり上がってくる感覚がする。
「オエッ…カハッ…」
空腹のせいか何も口から出てこないのがせめてもの救いかもしれない。
しばらく嘔吐を繰り返すと、何も出していないとはいえ楽になってきた。
大きく息を吐き、座り込んだまま辺りを見渡す。
確か女神様は神殿か街の近くに飛ばされるとか言っていたけど、どう見ても今俺が居るのは瓦礫の山と化した廃墟の中心だ。
「確か転生と同時に色々なスキルや特典が貰えているんだっけな」
俺は女神様から渡された袋を開ける。
『よくわかる 異世界転生』と書かれた文庫本ほどの厚みと大きさのガイドブックらしきものを取り出す。
とりあえずこれを読まないとわからなことだらけだ。
ガイドブックをパラパラと流し読む。
最初の数ページは漫画が書かれており、「これ、ガイドブックで見たやつだ」など、学生向け通信学習講座の様なストーリーが展開されている。
ストーリーはイマイチだが、異世界転生についてのおおよその事が把握出来るので、通信学習講座の漫画よりは数段上かもしれない。
漫画より後ろのページには異世界の歴史や習慣、動植物図鑑などが収録されており、さながら百科事典といったところである。
だが、一つ不思議なところがある。
どう考えてもページ数と本の厚みが合わないのだ。
同じ位のサイズである漫画の単行本は平均200ページ、小説でも300ページ前後という事を考えると、このガイドブックのページ数は異常である。
「まあ女神様がくれたもんだし、何か不思議な力がかかっているんだろうな。」
ペラペラと捲っていくと最後のページに担当女神の署名と、妖しく光を放つ模様が書かれていた。
どうやら回数制限があるが、ダンジョンなどからの緊急脱出が出来る魔法陣の様だ。
一通りそれとなく読んだ後、とりあえずインストールされたスキルを試してみる。
「ステータスオープン」
目の前にステータス画面が出て来るものだと思っていたら、頭の中に情報が流れ込んできた。
名前=イセ・カイ
年齢=34歳
種族=人間
職業=転生者
状態=健康(空腹)
スキル=”転生者”
属性=光? 闇? 炎? 水? 風? 地?
耐性=光? 闇? 炎? 水? 風? 地?
適正=徒手D 片手武器C 両手武器G 射撃武器G
「頭が痛い…」
まだステータスの項目は続いているが、頭の中で併行して表示されているので、脳の処理が追いついていないためなのか頭痛が段々と酷くなっていく。
毎回頭が痛くなるようなら、頻繁には確認できない。
ステータスを確認するときは宿屋などでの休息時のみにしておこう。
それよりも気になったのがスキル”転生者”だ。
「転生者、転生者っと…」
ガイドブックの百科事典で調べてみる。
普通の辞書とは違い文庫本ほどの厚みしかないので、索引などは見当たらないが、ページをめくるといきなりお目当てのページが出てきた。
《転生者異世界よりの転生者に女神によって付与されるスキル。”言語” ”識字” ”浄化” ”鑑定” ”空間収納”の5つが使用できる。》
なるほど、初心者に必須のスキルセットみたいなものか
しかし、腹が減った。
まずは”鑑定”を使って、食べられるものがあるかどうか調べてみよう。
「鑑定。」
そう言うと、周囲の物体の前に半透明の画面が表示される。
「鑑定は画面が表示されるのか…あ!」
”鑑定”スキルもステータスの様に表示されてしまう可能性をすっかり忘れていた。
「まあ、結果オーライってとこかな」
とりえず表示されている画面を確認していく。
[瓦礫]
[瓦礫]
[瓦礫]
[雑草]
[木の枝]
[石]
俺は、そっとスキルを解除した。
…これは、意味が全く無い。
なんだったら目視の方がキチンとわかるぞ。
いや、もしかしたら何かコツや見逃した事があったのかも知れない。
例えば、画面をスクロール出来たり、解析の為に時間を掛けなければいけないスキルなのかも…
そう考え、同じ場所にもう一度スキルを使ってみる。
「鑑定。」
前回と同じ様に、それぞれの物体の前に画面が表示されていく。
[瓦礫]
[石の瓦礫]
[石の瓦礫]
[黄色の花の草]
[広葉樹の枝]
[石]
「最初の瓦礫は瓦礫のままだが、どう見ても近くの石の瓦礫と同じだよな。」
考える必要がないくらい単純だった。
スキルのレベルが低いのだ。
そうとわかればスキルを使い続けるのみだ。
「鑑定。」
「鑑定。」
「鑑定。」
俺は手当り次第にスキルを使用していく。
最初は[瓦礫]しか表示されなかったものが[石の瓦礫]になり、[大理石の瓦礫]になり、次は大理石の重さが追加表示される様になったりと、スキルのレベルアップが実感できる。
俺は成果が簡単に実感できるので、夢中になってスキルを使用し続けた。
「鑑定。」
[大理石の瓦礫:384kg 神殿入口に設置されていた大理石の柱の一部。売値2/kg]
[ヤマオニオン:192g 山間部にかけて自生する植物。黄色の花を咲かせる。 売値3/100g〈食用〉]
[コルノキの枝:292mm 温暖な地帯に自生する広葉樹の枝。辛味の強い房状の小粒な実が付いている。 売値5/10g 〈一部食用〉]
[石:144g 丸みを帯びた石。手頃な大きさで投げやすい。 売値0]
鑑定スキルのレベルが上がって色々な事がわかったが、大事な事を忘れていた。
そう、一番大事な事だ。
「腹が減った…」
夢中になるのは良い事だし好きな事ではあるが、空腹は容赦なく現実に引き戻してくる。
例え一度退けたとしても、良いタイミング…いや、最悪なタイミングで帰ってくる。
「あ、袋だ。忘れてた!」
夢中になり過ぎて、女神様から貰った袋の存在を忘れていた。
これは、空腹に感謝である。
「何か食い物でも入って無いのかな…」
袋の中身を平らな瓦礫の上に広げていく。
ガイドブックに刃渡り15cm位のナイフ、堅く焼き締められてズッシリ重いパンが3つ、500mlサイズの瓶が油と水の各3本、岩塩の塊と干し肉少々、それとこの世界のものであろう硬貨が10枚ほど
あとは、火を点けるものや地図とか欲しかったのだが、必要最低限は揃っているのでこれで良しとしよう。
まずは、中世の世界を舞台にした映画や小説で必ずと言って登場する人気者、干し肉を食べよう。
子どもの頃から憧れていた食材との対面に、興奮が抑えきれない。
一応、鑑定はしておこうかな。
「鑑定。」
[干し肉:30g スボイフの肉を塩漬けと塩抜きをした後、風通しの良い場所で乾かした物。安価な保存食として人気。売価0.4/g〈食用〉]
スボイフとは何かわからないが、この世界の家畜か何かなのだろう。
肉には変わりはない。
10cmくらいの欠片を手に取る。
それでは、実食!
「いただきます。」
硬い、そしてなかなか噛み千切れない。
「ぐぎぎ…ぐぎぎぎぎぃ…」
バツンッ。という食べ物が出したとは思えない音と共に、少量の肉片が口の中に収まる。
全ての干し肉を消費する前に、いつか頭の血管が千切れそうだ。
味は、想像よりも美味しくなかった。
ただただしょっぱいだけで、筋張って獣臭くてなかなか飲み込めない。
クッチャクッチャクッチャクッチャ…
これはもうガムだ。
獣風味で塩味のガムに違いない。
クッチャクッチャクッチャ…
ずっと思い続けていた憧れの人は、野性味溢れるしつこい人でした…
ゴクリと半ば強引に干し肉を呑み込む。
この感じじゃ、パンもとんでもないシロモノなんだろうな。
だが、腹が減っているのにそんなワガママは言っていられない。
ずっしり重いパンを、ナイフでスライスする。
「フギィィィィィ…」
硬い、堅い、固い、カタイ、硬すぎる。
え、何これ?鈍器?鈍器なの?
女神様ってば、パンと間違えて鈍器入れちゃった感じなの?
確かに少し細長いのもあるから、持ちやすくて鈍器として使えるかも知れないけど、鈍器じゃないよね?
現実のパンってこんなにすごいのか
そりゃ、水にジャブジャブ浸して食べたり、嫌そうに食べる描写が多いはずだ。
とりあえず食べないことには何も始まらないので、瓶の水を少し掛けてみる。
だが、中身が詰まり過ぎていてなかなか水を吸ってくれない。
しばらく浸しておかないと無理そうだ。
「どこかに都合よく鍋とかお皿なんて落ちてないよな…」
仕方がないので、瓦礫の凹みに水を入れてパンを浸そうか
そう思い、大理石の瓦礫のホコリを払う。
あれ?そういえば確かこいつは
「鑑定。」
[大理石の瓦礫:384kg 神殿入口に設置されていた大理石の柱の一部。売値2/kg]
神殿入口の柱。
廃墟となり、瓦礫の山になってしまっているが、ここは神殿だったんだ。
「この規模の神殿だと、教徒や来訪者の為の調理場とか食堂みたいなのが絶対にあるよね。」
あるとすれば、場所は入口付近には来訪者向けの食堂が、神殿の奥には、奉仕者や僧侶などの為の調理場や食堂があるはずだ。
とりあえず、当面の空腹を誤魔化すために、干し肉をナイフで板ガムくらいの大きさにカットしていく。
これくらいの大きさなら、呑み込むのも楽だろう。
カットした干し肉の一枚を口に放り込み、探索を始める。
まずは神殿のおおよその構造把握のためにブラブラしてみる。
瓦礫が多いとは言え、屋根が残っているエリアもあり、内装が比較的新しい部屋もあった。
もしかしたら、最近まで機能していた神殿なのかも知れない。
これなら無事な調理器具や、もしかしたら食料も期待出来そうだ。
だが、屋根があるといいうことは、陽の光が差し込まないということである。
真っ暗なエリアも多い。
「何か明かりが無いと、危なくて進めないな。」
半壊状態の建造物である。
明かりのないまま手探りで進んで、倒壊してしまう危険性だってあるのだ。
ひとまず暗闇のエリアは離れて、比較的明るい建物の外周部の探索を続けよう。
ここで、干し肉を新たに一枚口に放り込む。
クチャクチャクチャクチャ…
やはりこの独特な獣臭さは馴れそうにない。
いくつかの部屋らしき扉を発見したが、どの扉も重厚な作りで鍵がかかっているのかびくともしない。
例え鍵が開いていたとしても、瓦礫が引っかかっていたり
、枠が歪んでしまって扉が開かなかった。
そんな扉が並ぶ廊下を抜けると、やや古びた扉を見つけた。
何かギィとかガチャとか音が鳴るのかと思ったが、すんなりと滑らかに開いたので、ちょっと拍子抜けしてしまった。
「お邪魔します」
扉の向こうはやや暗いが、奥には外への出入口らしき
ものが見える。
「頑張ればあそこまで行けそうだ。」
出入口らしき扉からは光が漏れているので、開ければこの部屋の探索がしやすくなるだろう。
目を凝らしながらゆっくりと進んでいく。
ガシャコーンッ
何か金属的な物を蹴飛ばしてしまい、突然の音に一瞬心臓が止まるかと思ってしまった。
「油断したぁ…」
こんなに驚いたのは何年ぶりだろうか。
小学生の頃はビビリで、よく幼馴染に驚かされていたな。
大学に入ってくらいから疎遠になってしまったけど、今頃あいつは何してんのかな。
そんな哀愁に浸っている内に、目的の扉までやってきた。
扉にはカンヌキが掛かっているのが薄っすらと見える。
「よいしょっと」
扉のカンヌキを外す。
少し重たい扉がゆっくりと開く。
それと同時に、外の光が部屋の中に差し込んできた。
調理場だ。