動物園のトカゲ
私は動物園のトカゲだ。
私にも、学者が付けた仰々しいラテンの名前がある。
でも動物園の客にとっては私はただの「トカゲ」だ。
私の隣にはサルやオウムがいる。
彼らはとてもお喋りだ。
ライオンが別のメスと付き合い始めた。
キリンを見る人が減った。
隣の檻にパンダが来たらしい。
そしてその合間合間に、トカゲを馬鹿にする。
オウムは言う。
「それにしてもなんだって、うちの園長はトカゲなんて飼っているのかしら。」
「あんなに陰険な動物、いなくなったって誰も困らないでしょう。」
「こうやって隣で悪口を言われているのに、よくもまあ野菜なんか呑気に食っているね。」
サルは言う。
「あんなショボい餌しか食べないあいつはきっと病気に違いない。」
「違うぞ、客に餌を投げてもらうこともないからだろう。」
「あんな奴が隣に居るだけでこっちの人気が落ちるから、早く寿命が来たらいいんだ。」
私の檻の前に園長が来たことがある。
「なんだって、こんな陰気な動物を飼って置かなければいけないんだ。
こっちだって商売なんだから、もっとスペースを有効活用しなければいけないんだ。」
隣のスーツの男が言った。
「しかし、様々な動物の保全が現代の社会のルールでありますから。
利益が出なくても置かなければ、うるさい団体がいるのですよ。」
私は誰に何を言われても、ずっと黙っていた。
そのせいで私は余計に陰気な動物と言われる。
しかし本当は大きな声で鳴きながら、草原で虫を追いかけるのが好きだ。
客や餌の量を競うだなんて、何が楽しいのか分からない。
こんな檻に入れてくれと誰に頼んだ覚えもない。
そして私が檻に入っていて、喜ぶ奴など一人もいない。
しかし人間は私の言葉が分からない。
他の動物に言ったところで、何の解決にもならない。
笑われて不快になるだけだ。
時々、私の飼育員は言う。
「いずれお前の良さを皆分かってくれる。」
「今我慢していれば、もっと大きな檻に入れてもらえる。
たくさん餌をもらえる。」
彼らは私を慰めているつもりらしい。
しかし、私にはそれの何が良いのかさっぱり分からなかった。
私は眠るのが好きだ。
私はずっと寝ていられる。
寝ていれば、煩わしい声も聞こえてこない。
夢の中では私は草原のトカゲでいられる。
太陽が見える。
柔らかい土が見える。
そして辺り全部が、私と同じくらい高い草の森だ。
夢の中なのに私はため息をつく。
ああ、なんて美しい光景なんだ。
これが私の遺伝子に刻まれた故郷だ。
例えどんな檻にいても、私はこの景色を忘れたことはない。
草原には隣に他の動物はいない。
ただ空高く飛ぶ猛禽が見えるだけだ。
あるいは、私より何倍も大きなシカだ。
彼らは私のことについて、微塵も興味を持たない。
それどころか、食べられそうになったり、うっかり踏まれそうになったりする。
でも私はそれでも良いのだ。
彼らに殺されそうになっても、動物園の奴らよりもよっぽど好きになれる。
私は冬になるとずっと眠ることができる。
その間、私はずっと自由なトカゲだ。
ああ、ここがずっと冬ならいいのに。
餌も要らない、檻から出られなくてもいい。
そのまま凍りついて二度と目覚めなくなってしまってもいい。
私はもう目覚めたくない。
体が冷たくなっても、夢の中の太陽は決して消えはしない。
私の体が消えてしまっても、私の幸せは消えはしない。
檻から絶対に出られないであろう私の生命にとって、これが最高最善の選択なのだ。
今日も私は眠っている。
誰も見に来ない。小さな檻の中で。