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ストーカー令息と変態令嬢の話

ストーカーには公爵令嬢がお似合いだ

作者: 白澤 睡蓮

 呼び出されたリーライ公爵家の応接室で、僕は止まらない冷や汗を拭った。シュトライン侯爵家の一人息子である僕、ジャック・シュトラインを呼び出したのは、リーライ公爵家の次女アルス・リーライ様だ。


 僕と彼女は同じ王立学園の二年生で、一、二年共に同じクラスだったが、一度も話したことは無い。本来なら、こんな風に呼び出されるような間柄では無いのだ。


 でも僕には、一つだけ大きな心当たりがある。呼び出された理由は、それ以外考えられない。社会的に殺されてもおかしくないような超級の爆弾を、僕は今抱えている。最悪だ。謝れば許してくれるだろうか。土下座の方が確実だろうか。


 断罪の時が刻一刻と近づいている。


「お待たせして、ごめんなさい」


 謝罪の言葉と共にアルス様は現れた。普段はまっすぐ艶やかな金髪に目が行くのだが、今日はがばっと開いた胸元に、僕の視線は吸い込まれた。普段の彼女はこんなに胸元が開いた服は着ないので、かなり新鮮だ。あまり胸ばかり見ていては失礼なので、慌てて視線を挙げると、僕と目があったアルス様はうっとりとした表情をした。


 え、うっとりってどういうこと。


「今日は大事な話があって呼んだのよ」


 抱いた疑問をかき消して、嫌な汗が再び出てくる。やっぱりあれだ。間違いなく。


「ど、どんな処罰でも受ける覚悟だから、公にするのだけは」

「何か勘違いしていない? 私からの話というのは」


 彼女は一枚の紙とペンを、僕の前に差し出した。


「じゃーん、私と婚約しましょ?」

「え、なんで僕」


 あれ、許された?


「貴方が私のストーカーだから」


 許されてなかった! アルス様は満面の笑みだが、明らかに満面の笑みで言う言葉ではない。これはきっと、新手の精神攻撃だ。


 黒髪の癖毛に眼鏡という冴えない見た目。勉強、魔法、武術、そのどれでも一番にはなれない、パッとしない成績。そんな僕は一年前から、アルス様に恋している。冴えない僕なんかが、高嶺の花のアルス様に振り向いてもらえるはずがなかった。


 始まりはこっそり後をつけたことだった。そこからどんどんエスカレートして、気付けば僕は彼女のストーカーになっていた。止めるに止められず、今に至る。


「ストーカーと婚約? な、なんで? 傷物にした責任とれってこと?」


 泣きそうになりながら、僕はアルス様に真意を尋ねた。


「そういうのではないわ」

「じゃあ、どうして?」

「私はリーライ公爵家の娘。多くの人が近寄ってくるけれど、それは私がリーライ公爵家の娘だから。誰も彼も私を公爵家の娘としか見てくれないの。私自身を見てくれてはいないの」


 リーライ公爵家はこの国で絶大な力を持っている。貴族ならばコネを持ちたいと考えるのは、当たり前のことだ。アルス様と結婚できれば、家同士のつながりを作ることができると、目の色を変えてアタックしている男子生徒は少なくない。


 僕の場合は家柄とかはどうでも良くて、ただアルス様の見た目や中身が好きなのだ。結果として、ストーカーになってしまったけれども。


「でもストーカーの貴方なら違う。私自身を見てくれている。一周回って貴方と結婚したいと思うようになったわ」

「ストーカーの僕が言うのも難だけど、そこは一周回っちゃダメだよう!」


 改めて差し出された紙に目を通した。後は僕が署名するだけになった、婚約を届け出る書類だ。僕の両親は署名済み、つまり両親公認。


「もしかして、外堀は完全に埋まってる!?」

「貴方の両親にお話したら、家の愚息が大変ご迷惑をおかけしましたと、二つ返事で了承してくれたそうよ」

「ストーカーが両親にばれてる~。最近時々生温かい目で見られてた原因、これかよ~」

「決して怒らないように、私の両親から伝えてもらってるわ」

「そんなとこまで根回しされてる~」


 話がうますぎて、何か裏がある気がして仕方がない。押し黙って考える僕に、アルス様は悪魔の囁きを言ってくる。


「好きな女の子に婚約を持ちかけられたのだから、素直に署名すればいいのよ」

「嬉しいのは本当だけど、素直に喜べない。やっぱり何かおかしいよう」

「私は貴方の愛を信じてやまないの。武術、魔法、筆記全てで、五本の指には入る成績を維持しておきながら、その非凡な才能全てを、私へのストーカーに費やしている。監視用の遠隔記録魔道具とか、貴方が開発したんでしょう? 魔法と身体能力を生かして、時々自分でも私の部屋の天井裏に潜んでいたわよね。そこまで思ってもらえるなんて嬉しいわ」

「ストーカーの僕が言うのも難だけど、僕のこと怖いとか、気持ち悪いとか思わないの?」

「安心して、全っ然思ってないから。入浴中とか、一線はちゃんと弁えてくれてたもの」


 その言葉にきっと嘘は無い。話の最初からずっと、僕に対する嫌悪は欠片も無かった。


 再び机の上に置かれた書類に目をやった。そして引っ掛かりを覚えた。僕はこんな書類が用意されていたことを、ついさっきまで知らなかった。ほぼ死角がない僕の目をかいくぐって、これは用意されたということだ。


「これどうやって用意したの? これが用意できるなら、監視の目から逃れることもできたよね」

「私の力をもってすれば、貴方の監視の目をかいくぐるなど簡単なことよ。最初の一月ぐらいで、貴方にストーカーされていることは気付いていたわ」

「じゃあなんで、今までそのまま?」

「お父様に無理を言って、ストーカーのことは放任してもらってたの。貴方にストーカーされていることに気付いて、私は思い知らされてしまった。貴方に見られると思うと、滾る。高ぶる。ぞくぞくする。ドキドキする。胸の高まりが止まらない。だからね、私は貴方の視線を独り占めしたい。婚約者になれば、貴方に正面から見つめてもらえるわ」

「この婚約はアルス様たっての希望……」

「ええそうよ。今日は貴方の視線を少しでも引きつけたくて、こんな胸元ばーんの恥ずかしい服を着てみたのだけれど、どうだった?」

「大変立派なものをお見せ頂き、ありがとうございました」


 谷間の暴力に僕は負けた。


「貴方が婚約を受け入れてくれないのは、これまで通りの生活ができなくなるからかしら? どこからか視線を感じるのも、それはそれで乙なものだから、今まで通りストーカーしてくれて構わないわ」


 おっと、アルス様もなかなかの爆弾を抱えていた。彼女の恍惚とした表情に、僕はドン引きしなかった。だって人のこと言えないし。


「そうそう、落としてたハンカチは私からのプレゼントよ」

「きっちり三日に一回落とすから、流石におかしいと思ってたけど、やっぱりおかしかった。でもありがとう。家で宝物になってる」

「どういたしまして」


 自室にある机の鍵がかかる引き出しの中には、アルス様が落としたハンカチがずらりと並んでいる。夜に引き出しを開けてはニヤニヤしていたけれど、本人公認のプレゼントならもう隠すようなことはしなくても良いのでは。


「ほらもう貴方が了承するだけなんだから」


 それでも僕は、署名する踏ん切りがつかずにいた。


「……お父様にお前は変態だと言われたの。こんな私だと知って、もしかして幻滅した?」


 不安げに俯くアルス様は、それはもう可愛くて可愛くて。


「ストーカー舐めんな! そんな君でも大好きだよ!」


 僕は勢いよく名前を書きなぐった。



 かくしてストーカー侯爵令息と、変態公爵令嬢の婚約は成立したのでした。

リーライ公爵「破れ鍋に?」

シュトライン侯爵「綴じ蓋」

二人「「あの二人が婚約してくれて良かった! ハハハハハ」」


その後の二人は、何も知らずに遠くから見ている分には、仲睦まじい婚約者同士にしか見えないので、特に続かないです。


続かないと言ったがあれは嘘だ。ということで、その後の話投稿しました。『変態には侯爵令息がお似合いだ』は、作者ページよりどうぞよろしくお願いします。

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