新たな命
完成した『鬼國綱秀』を手に
卯堂は単身で、シキョウの元を訪れた。
「シキョウ殿、ついに完成しましたぞ! 我の事ながら、最上級の物が出来たと、自負しておりまする!」
「それがそうか」
卯堂は小さく頷き、一歩前へ出て
シキョウへと手渡す。
「名を『鬼國綱秀』と名付け申した」
シキョウは飾り気のない鞘から、その刀を抜き放ち
その容貌に、一目で心奪われた。
「鬼國……鬼の国か。素晴らしいな……これが我らの鐡を使って出来た刀……」
「『守り刀としたい』との事でしたので、シキョウ殿の奥方にも、不自由なく扱えるように、重量には気をつけておりまする。とは言え、素材の強靱さ故、打ち合いにもある程度は耐えられるかと」
「いや充分だ、これならば儂用に打って貰えば、とすら思うておるわ。しかし、良いのか? この刀で多くの人間の命が奪われるかもしれぬのだぞ?」
シキョウに問われた卯堂は、そんな事とばかりに
一笑に付す。
「何、元より刀とはそういう物。持ち主が、人であれ、鬼であれ、そしてどれ程美しかろうが、本質は人殺しの道具。そこが疎かなれば、刀としては三流も良いところ」
「それが、お前の矜持か」
「左様」
シキョウは感心する。
そして、少しの間を起き、卯堂に問う。
「お前の望みは果たせたのだろう? これからどうするのだ?」
卯堂は、曇り無く応える。
「某は、この地に骨を埋めたいと思うておりまする。見てのとおり、老い先短い身。跡取りを欲するのは刀匠としての性でしょうか。都には息子も居りますが、商売人の色が強すぎて、刀鍛冶の跡取りには向かず。しかし、ウラ殿はどうだ。可能ならば、わしの全ての業を託したいとさえ思える逸材。お許し頂けますかな?」
「ウラか……、奴ならば受けてくれるであろうな。鬼同士は脅迫はしても強要はせん。好きにすれば良かろう」
シキョウは、笑いながら言う。
その言葉に、卯堂は喜色を滲ませる。
と、同時にシキョウの悩みも理解する。
「シキョウ殿も、跡取りでお悩みですかな?」
シキョウも諦めたように笑う。
「互いに年寄り同士、隠しておけぬか。儂も永く生きてきた。そう遠くない未来、後続に変わる時が来るだろう。その時に候補になるのが、ウラ、リシン、グテツになるだろうが……」
「成る程、ウラ殿は能力はあるが、伝えるということをしない。リシン殿も纏めるのは上手そうだが、本人がやる気があるかは怪しい。グテツ殿の真価は戦場にあるが、肩書きは欲する質。と言った所ですかな?」
シキョウは卯堂の洞察力に、感嘆し言う。
「よく見ておるな、グテツを選べば良いのかもしれぬが、鬼同士の纏まりは弱くなり、製鉄よりも、狩りや戦を望むだろう。ウラを選んでも、意思疎通の面で纏まりは弱まる上に、グテツが反発するだろう。リシンであれば、グテツの反発は無いだろう……あやつは、リシンに弱いからな。しかし、代わりに他の鬼が『女鬼』というところに反発し、鬼の中で大きな争いが、起きかねん」
卯堂も成る程と、腕を組み考える。
「で、あれば……」
「そうか、そうだな……」
この後も、しばらく老人同士の話し合いは続いた。
後日、卯堂はグテツと合っていた。
「シキョウ殿の刀は完成し、納めて来た。次はグテツ殿の要望を聞こう」
「ようやくか! そうだな……俺は斬るより叩き潰す方が好きだな、人間の刀みたいに小さい物じゃ無くて、でかい方が良い」
グテツは身振り手振りを交え、嬉々として答える。
その言葉に卯堂は、ふむ、と考える素振りを見せる。
「であれば……、刀では無い方が、グテツ殿の要望に応えられるかもしれん」
「どういう事だ?」
卯堂はグテツを真正面に見ると。
「やはり、その上背と、筋骨隆々という表現がぴたりとはまる体格。以前聞いた戦闘の好みとを聞けば、頻繁な手入れが必要な刀より、金砕棒と呼ばれる、棒状の鐡の塊とも言える打撃武器が良いと思われる」
「金砕棒か……良さそうな響きじゃねえか! それで頼むぜ」
「あい分かった、ではさっそく取り掛かるとしよう」
卯堂は早々に、工房へと引き返し
工房にいたウラに話を持ちかけた。
「ウラ殿、頼みがある」
「頼み?」
ウラは怪訝な顔をする。
卯堂もその辺は織り込み済みと
言わんばかりの雰囲気で、話を続ける。
「シキョウ殿への刀を納め、これで仕事は一段落したわけだが。わしは、この先もこの地に留まる許可をいただいて来た」
「どういうつもりだ?」
ウラは卯堂を真っ直ぐ見る。
「ウラ殿、わしへと師事し、刀鍛冶を極めてみんか?」
……ウラは少し考える。
「まあ……良いだろう、その方が後々、都合が良いだろうしな」
「良かった。早速、準備に入るぞ。次はグテツ殿の金砕棒を作る。」
「金砕棒……?」
グテツの金砕棒の制作を通して
卯堂は、ウラに刀鍛冶のいろはを叩き込んだ。
それは刀鍛冶としての心構えから
道具の使い方、道具や設備等の修繕方法に至るまで
細かい指導を行い、ウラの技術力向上に努めた。
とは言え、流石に一度で物になるはずも無い事は
卯堂とて理解している。
その身が朽ち果てるまで、ウラに寄り添い
己の全てを託そうと、心に誓ったのだった。
──それからしばらく経ったある日。
「し、シキョウ様! 謡が産気づきました!」
「本当かっ!?」
シキョウは弾けるように、伝令に来た鬼に掴みかかる。
「は、はいっ。既に子を取り上げたことのある女鬼が謡の元に居ります」
「直ぐに向かう!!」
その場にいたグテツとリシンは
顔を見合わせ、唖然としている。
「シキョウが、あんなに慌ててやがる」
「親になると変わるもんなのかねえ……」
シキョウが、謡の元に辿り着くと
謡は、荒い息づかいの中、シキョウに向かって微笑む。
シキョウは謡の手を両手で包み励ます。
端から見れば、鬼も人も変わらないと思わせる光景だ。
鬼の出産は、母体への負担は大きいが、
人間ほどの命の危険は無い。
それは、鬼の身体能力ゆえか、はたまた、種の呪いがある
鬼への、神からの配慮かは分からないが。
それでも、シキョウは励まし続けた。
やがて謡の体から、大きな産声と共に
小さな命がうまれた。
「謡! やったぞ!」
「はぁ、はぁ……私の……はあ……赤ちゃん……」
シキョウは涙を流し喜び、謡はかすれる声で
自分たちの子をその手に感じていた。