表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/67

新たな命

 完成した『鬼國綱秀』を手に

卯堂は単身で、シキョウの元を訪れた。


「シキョウ殿、ついに完成しましたぞ! 我の事ながら、最上級の物が出来たと、自負しておりまする!」


「それがそうか」


 卯堂は小さく頷き、一歩前へ出て

シキョウへと手渡す。


「名を『鬼國綱秀』と名付け申した」


 シキョウは飾り気のない鞘から、その刀を抜き放ち

その容貌に、一目で心奪われた。


「鬼國……鬼の国か。素晴らしいな……これが我らの鐡を使って出来た刀……」


「『守り刀としたい』との事でしたので、シキョウ殿の奥方にも、不自由なく扱えるように、重量には気をつけておりまする。とは言え、素材の強靱さ故、打ち合いにもある程度は耐えられるかと」


「いや充分だ、これならば儂用に打って貰えば、とすら思うておるわ。しかし、良いのか? この刀で多くの人間の命が奪われるかもしれぬのだぞ?」


 シキョウに問われた卯堂は、そんな事とばかりに

一笑に付す。


「何、元より刀とはそういう物。持ち主が、人であれ、鬼であれ、そしてどれ程美しかろうが、本質は人殺しの道具。そこが疎かなれば、刀としては三流も良いところ」


「それが、お前の矜持か」

「左様」


 シキョウは感心する。

 そして、少しの間を起き、卯堂に問う。


「お前の望みは果たせたのだろう? これからどうするのだ?」


 卯堂は、曇り無く応える。


「某は、この地に骨を埋めたいと思うておりまする。見てのとおり、老い先短い身。跡取りを欲するのは刀匠としてのさがでしょうか。都には息子も居りますが、商売人の色が強すぎて、刀鍛冶の跡取りには向かず。しかし、ウラ殿はどうだ。可能ならば、わしの全てのわざを託したいとさえ思える逸材。お許し頂けますかな?」


「ウラか……、奴ならば受けてくれるであろうな。鬼同士は脅迫はしても強要はせん。好きにすれば良かろう」


 シキョウは、笑いながら言う。

 その言葉に、卯堂は喜色を滲ませる。

 と、同時にシキョウの悩みも理解する。


「シキョウ殿()、跡取りでお悩みですかな?」


 シキョウも諦めたように笑う。


「互いに年寄り同士、隠しておけぬか。儂も永く生きてきた。そう遠くない未来、後続に変わる時が来るだろう。その時に候補になるのが、ウラ、リシン、グテツになるだろうが……」


「成る程、ウラ殿は能力はあるが、伝えるということをしない(・・・)。リシン殿も纏めるのは上手そうだが、本人がやる気があるかは怪しい。グテツ殿の真価は戦場にあるが、肩書きは欲する質。と言った所ですかな?」


 シキョウは卯堂の洞察力に、感嘆し言う。


「よく見ておるな、グテツを選べば良いのかもしれぬが、鬼同士の纏まりは弱くなり、製鉄よりも、狩りや戦を望むだろう。ウラを選んでも、意思疎通の面で纏まりは弱まる上に、グテツが反発するだろう。リシンであれば、グテツの反発は無いだろう……あやつは、リシンに弱いからな。しかし、代わりに他の鬼が『女鬼』というところに反発し、鬼の中で大きな争いが、起きかねん」


 卯堂も成る程と、腕を組み考える。


「で、あれば……」

「そうか、そうだな……」


 この後も、しばらく老人同士の話し合いは続いた。




 後日、卯堂はグテツと合っていた。


「シキョウ殿の刀は完成し、納めて来た。次はグテツ殿の要望を聞こう」


「ようやくか! そうだな……俺は斬るより叩き潰す方が好きだな、人間の刀みたいに小さい物じゃ無くて、でかい方が良い」


 グテツは身振り手振りを交え、嬉々として答える。

 その言葉に卯堂は、ふむ、と考える素振りを見せる。


「であれば……、刀では無い方が、グテツ殿の要望に応えられるかもしれん」


「どういう事だ?」


 卯堂はグテツを真正面に見ると。


「やはり、その上背と、筋骨隆々という表現がぴたりとはまる体格。以前聞いた戦闘の好みとを聞けば、頻繁な手入れが必要な刀より、金砕棒かなさいぼうと呼ばれる、棒状の鐡の塊とも言える打撃武器が良いと思われる」


「金砕棒か……良さそうな響きじゃねえか! それで頼むぜ」

「あい分かった、ではさっそく取り掛かるとしよう」


 卯堂は早々に、工房へと引き返し

工房にいたウラに話を持ちかけた。


「ウラ殿、頼みがある」


「頼み?」


 ウラは怪訝な顔をする。

 卯堂もその辺は織り込み済みと

言わんばかりの雰囲気で、話を続ける。


「シキョウ殿への刀を納め、これで仕事は一段落したわけだが。わしは、この先もこの地に留まる許可をいただいて来た」

「どういうつもりだ?」


 ウラは卯堂を真っ直ぐ見る。


「ウラ殿、わしへと師事し、刀鍛冶を極めてみんか?」


 ……ウラは少し考える。


「まあ……良いだろう、その方が後々、都合が良いだろうしな」


「良かった。早速、準備に入るぞ。次はグテツ殿の金砕棒を作る。」


「金砕棒……?」


 グテツの金砕棒の制作を通して

卯堂は、ウラに刀鍛冶のいろはを叩き込んだ。


 それは刀鍛冶としての心構えから

道具の使い方、道具や設備等の修繕方法に至るまで

細かい指導を行い、ウラの技術力向上に努めた。


 とは言え、流石に一度で物になるはずも無い事は

卯堂とて理解している。

 その身が朽ち果てるまで、ウラに寄り添い

己の全てを託そうと、心に誓ったのだった。




──それからしばらく経ったある日。


「し、シキョウ様! 謡が産気づきました!」

「本当かっ!?」


 シキョウは弾けるように、伝令に来た鬼に掴みかかる。


「は、はいっ。既に子を取り上げたことのある女鬼が謡の元に居ります」

「直ぐに向かう!!」


 その場にいたグテツとリシンは

顔を見合わせ、唖然としている。


「シキョウが、あんなに慌ててやがる」

「親になると変わるもんなのかねえ……」




 シキョウが、謡の元に辿り着くと

謡は、荒い息づかいの中、シキョウに向かって微笑む。

 シキョウは謡の手を両手で包み励ます。

 端から見れば、鬼も人も変わらないと思わせる光景だ。


 鬼の出産は、母体への負担は大きいが、

人間ほどの命の危険は無い。

 それは、鬼の身体能力ゆえか、はたまた、しゅのろいがある

鬼への、神からの配慮かは分からないが。


 それでも、シキョウは励まし続けた。


 やがて謡の体から、大きな産声と共に

小さな命がうまれた。


「謡! やったぞ!」

「はぁ、はぁ……私の……はあ……赤ちゃん……」


 シキョウは涙を流し喜び、謡はかすれる声で

自分たちの子をその手に感じていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ