雷雲晴れたあとには
先程までの、激しい打ち合いが嘘のように
辺りは静まり返る。
「参り……申した」
振り絞るように升左衛門が呟き
そのまま倒れる。
"人智を超えた力の助力があっても……届かぬか"
"升左衛門様、そう悲嘆する事はありません。私の能力よりも、猪狩様の源にある力が優れていたに過ぎません。決して升左衛門様が劣っていたとは──"
"ああいや、悲嘆はしておりませぬ。鶼鶼殿のお陰で生涯最高の動きを発揮でき、それでも届かない相手に会えた、むしろ清々しささえ覚えております"
意思の疎通で会話をする二人は、互いに
『満たされた』心を確認したあった。
「──天晴! 升座衛門、良くやった! 見事で……あったぞ」
そこには、大きな音に居ても立っても居られず
駆けつけ、事態を見届けた雪之丞が
涙を湛えながら叫ぶ姿があった。
升座衛門は身体は動かぬが、せめて視線だけでもと
声のする方に目を向ける。
"若……有難う御座います。それに雪丸様もこの事態に動じていらっしゃらない、きっと大物になる事でしょう"
"本当でございますね……坊やは、きっとこの国を良くしてくれます"
「雪、来たのか。危険だと……いや、今回は何も言うまい」
猪狩の言葉に雪之丞は頭を下げる。
「さ、じゃあ。ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう!」
コマが場違いなほど明るい声で皆に言う。
コマはトコトコと鶼鶼に歩み寄り、その身体に
手を当てる。
"もしもーし、聞こえてる? 聞こえてたら返事くれるー?"
"おどろきました、コマ様はこのような事も出来るのですね。聞こえております"
"こちらも聞こえております"
升座衛門も鶼鶼も驚きつつも、指示に従う。
"うんうん、大丈夫そうね。じゃあ、封印術に移るけど、心変わりは無い?"
"はい!"
二人の声が重なる。
強い意志を感じ取ったコマは
この後の段取りを説明していく。
「じゃあ、この後は封印の儀に入るけど、この場所なら特別な用意は要らないわ。それと、どうも呪符だと耐えられそうもない感じだから、これに入ってもらうわね?」
そう言い、コマはどこからか小さな箱状の物を取り出す。
「コマ姉、それは?」
「これは『八卦盤』よ? 村の儀式でも使ってたけど?」
「儀式は男子禁制だったはずですが……?」
「そうだったっけ? まあ良いじゃない、少なくとも呪符よりも強度のある封印具って思ってくれて良いわ。……でも、そっかぁ男子禁制だったわね。じゃあ、蒼ちゃんと、雪ちゃんは退席お願いね?」
「はっ? 私は──」
「雪、雪丸がいるだろう?」
雪之丞ははっとした様子で、しぶしぶ頷き
猪狩と共に、村の方へ向かう。
「よぉし、居なくなったわね。じゃあ、始めるわよ!」
コマは袖をまくり
着物の裾を膝上までにたくし上げ
腰を低く落とす。
広げた両腕で宙を掴み
やや開いた両脚で大地を強く踏み締める
目を閉じ聞き慣れない言葉を発する。
徐々に空気は張り詰め、神との交信とは違った
重苦しさを醸し出す。
コマの身体にはうっすらと靄ようなものを
纏い始め、髪は重力の影響を脱したかのように
浮かび上がる。
緊張感が最高潮に達したところで、コマは眼を開く。
「阿毘羅吽欠 薩婆訶!」
見開いた眼は赫く、異様な雰囲気を醸す。
そして、手にしていた八卦盤を掲げ言い放つ。
「我、ここに封ず! 汝の名は『鶼鶼』! 我が呼びかけに従い、我を助け、我に尽くせ!」
眩い光が辺りを走り、やがてコマと鶼鶼に収束する
光が完全に収まったあと、鶼鶼の姿はなく
残されたのは、コマ一人だけであった。
「コマ姉! …………それは流石に、はしたないと思いますが?」
駆け付けた、猪狩と雪之丞が見たものは
地面に大の字になって寝そべっている
コマの姿だった。
「だって、しょうがないじゃない。力を使い果たしちゃったんだから。まぁ強い力を持ってたわ、呪符を使わなくて良かった」
視線も向けずに、コマは嘯く。
「そ、それで升座衛門は!?」
雪之丞の問いには顔を向ける。
「安心して、上手くいったわ。私の力が戻ったら会わせてあげるわね」
「良かった……」
「さ、二人とも、迷惑をかけたこの集落の方々にお詫びに行くわよ?」
「状況説明に升座衛門と鶼鶼殿が声をかけて周ったはずでは?」
「嫌ねー、そんなの終わりました〜って報せと、お騒がせしました〜っていうお詫びくらいは人情としては必要でしょ? そんな事も分からない蒼ちゃんには、罰として私をおぶって貰うからね!」
「むうう。それは構いませんが……やはり、何か裏があるとしか……」
後半小声になる猪狩を見てコマはほくそ笑む。
「……ま、半分当たってるんだけどね」
コマは誰にも聞こえないように小さく呟く。
事を済ませて一行が向かったのは雪久邸、その道中にて……
「あれは……雪久殿の間者か。おい、聞こえているか! 救出は無事になった、いち早く主人に伝えてくれぬか?」
猪狩の言葉から少しして、物陰からしていた僅かな気配が消える。
とは言え、常人には到底気付けるものではないが。
「そこまで分かるのですか!?」
と、雪之丞。
猪狩はその言葉に、大きく頷き声をかける。
「あれは、我々を見張っていた最後の間者であるな。まあ、巻いてしまった訳だが。ある程度、感覚を研ぎ澄ませる事が出来れば、癖や息遣いなどから、何者かの推測くらいはつく物だ」
「そういう物でしょうか……」
「まあ、彼にしてみれば今回の件は大きな失態となるでしょうね。でも、それじゃあ可哀想だと、蒼ちゃんが気を利かせたって訳。私達が巻けない相手なんて、そうそう居ないしね? それで、成功の報せを持たせてやれば、帳消しと言わずとも、酌量の余地はあるんじゃない? って感じかしら」
「コマ姉には敵わないな。概ねそういう事だ、今は未だ出来なくとも、拙者が見込んだのだ、雪も焦らず精進すれば必ず出来るようになろう」
猪狩は少し苦笑いを浮かべ、その後
雪之丞に向き合い諭す。
そして雪之丞も「はい!」と力強く頷き応えた。
「でも蒼ちゃん、そんな悠長な事言ってて良いの? 御前試合まで時間があんまりないけど?」
「コマ姉……今、それを言いますか……」
今ひとつ締まらない空気に、誰からとなく
笑いがこぼれたのだった。




