怪異調伏
「良い方法かは保証できないけど、少なくとも意識を保ったまま命を繋ぎ止めることも出来る……かもしれない」
かもしれないの部分を小声かつ早口で言ったため
猪狩が肩透かしをくったように、苦笑いを浮かべる。
「コマ姉……」
コマは気まずそうに頭を掻き、殊更笑顔を強め言う。
「いやぁね! 絶対失敗しない! なんて言える方法じゃないからさ。んで、失敗したら結局命を落とすことになるし」
「というとあの時と同じく、『怪異調伏』を?」
「『怪異調伏?』」
コマと猪狩以外の人物が口を揃える。
コマは頷き、説明を始める。
「そう、怪異を調伏するって事。そのままよね? ただ、これには条件があってね……」
コマが語る『怪異調伏』の条件とは
まずは全力の怪異と戦い、力でねじ伏せる。
その前提条件を達成した上で、怪異を説得の場につかせ
契約の内容を納得させ承諾させる。
その後、憑代となる呪符に封印する。
まさに、言うは易く行うは難し。
そもそも、全力の怪異と相対する事が出来る人間など一握りである。
数の暴力を用いれば成せぬ事は無いかもしれないが
どちらにせよ、卓越した戦闘技能が必要になる。
次に怪異を説得の場につかせる事、これも生半可なことでは無い
怪異の多くは人間に対し恨みや憎しみを抱いている。
それ故に会話にすら応じない者も多い。
前段階で数の暴力をもちいた場合は、より一層成功率は減少するだろう。
類稀なる交渉術を持つ者か、決定的な交渉材料を持っていなければ
まず、成功することは無い。
前段階で完膚無きまで叩きのめし屈服させる事も、手ではあるのだが
余裕を持って、全力の怪異を倒せるものにしか選べる手段では無い。
加えて、呪符への封印である。
封印術は誰もが持つものでは無い、ここまで奇跡的に
こなしてきても、これが無ければ
なんの意味も無い。
つまり要約すると、ほぼ不可能と言って良い。
「でもね、今回は勝算があるの。升左衛門さんと、鶼鶼さんは蒼ちゃんの糧になっても構わないという意見で一致してるわけでしょ? だったら蒼ちゃんに戦ってもらって、私の封印術で御札に入って貰えば目的達成! 説得の必要が無ければ、どんな力だって使えるんだから」
一同は「黒い……」という言葉を呑み込みつつも
話を進めていく。
「それはつまり、先程の犬の式神のようになると言うことでしょうか?」
鶼鶼が尋ねる。
「そうね。上手くいけば、ね。思ったより自由意志はあるみたいだし、悪くないと思うわよ? まあ、失敗しても蒼ちゃんの糧になるだけだし、こっちとしては損はしないって訳」
猪狩はため息をひとつついてから
表情をを引き締める。
「コマ姉の中では拙者が敗れる予定は無い、と。当然、負けるつもりは無いが」
不意に獰猛な笑みがこぼれる。
「……分かりました、そのご提案お受けします」
鶼鶼は真剣な表情で答えるが
その言葉に升左衛門は驚きを顕にする。
「なっ!? 本当に良いのか!? 鶼鶼は平穏な日々を望んでいたのではないか! 式神になれば、争いの場に招かれるのは必定!」
「そうね、雑用の時もあるけど、比翼の鳥程の大物なら、戦闘で頑張ってもらう事になるわね」
コマも特に否定せず、あっけらかんと言ってみせる。
鶼鶼は柔らかく微笑む。
「だって先程、升左衛門様が仰っていたではありませんか。彼女や坊やが鳥居領を治める姿が見たいと。であれば、どんな形であれ、生き延びられるのならば、その可能性が上がるのではありませんか?」
鶼鶼の真摯な気持ちに触れ、升左衛門は思わず滲みそうになる涙を
堪えるのに精一杯だった。
双方の合意により、里の外れで決闘を行う事に決まった。
そのうえで猪狩は言いにくそうに、雪之丞に告げる。
「雪、すまないがお前は、雪丸と共に避難していて欲しい」
一瞬息を飲む雪之丞だが、続く言葉で始めから覚悟していた
事を伝えてくれる。
「私も戦います! と、言いたいところですが……私が居れば、升左衛門はやりにくいでしょう。それで今回の儀に支障が出ては元も子もありません。それに何より、今の私では足でまといにしかならぬ事も承知しています……蒼達殿、どうか! 升左衛門をよろしくお願いいたします!」
そう言うと雪之丞は、雪丸を気にかけつつも
勢いよく頭を下げる。
「相分かった!」
猪狩は力強く頷き、やる気を滾らせる。
「よくぞ言ったわ、雪ちゃん! うー、私も戦いたくなってきた!」
コマは心の底から湧き上がる気持ちを表すように
辛抱堪らないといった風に身を震わせる。
「それは勘弁して下さい……。あんな状況は懲り懲りです」
「わーかってるわよ、だからこうして我慢してるんじゃない」
猪狩の意味深な発現と、自覚のありそうなコマに
小首をかしげる雪之丞。
おかしな空気を感じてか、コマは咳払いをひとつしてから
みんなに指示を出していく。
「それじゃあ! 升左衛門さんと鶼鶼さんは、里のみんなの説得をお願いします。雪ちゃんはその後、自身の避難を兼ねた避難場所への誘導、私と蒼ちゃんは説得が終わるまでには、良さそうな決闘の場所を見つけておくわ」
皆それぞれに歯切れの良い返事を返し
各員のやるべき事の為に動き出す。
「良かったのですか? 説得が長引けば、升左衛門の身が怪異に変貌しきってしまうかもしれないと言うのに」
猪狩がコマに尋ねる。
「そうは言っても、ね……。お世話になった人達に一言くらいは、かけておきたいじゃない? 人情としては」
「コマ姉にも人の心が残っていたとは!」
「ちょっと、それどう言う意味よ!?」
二人は笑い合い、自分達も自らの役割を果たすために動く。
各々の的確な働きにより、その時が来るのは
あっという間だった。
「コマ様、お心遣い感謝します。おかげで里の皆に、お別れを告げることが出来ました」
鶼鶼が頭を下げ、升左衛門もそれに続く。
「私達が怪異に変貌しつつある事、猪狩殿に退治される事を望んだ旨を告げ、万が一失敗したとしても、被害が無いよう避難をお願いしました」
「全て打ち明けた上で、という事だな。升左衛門、身体の具合は未だ持ちそうなのか?」
猪狩が尋ねると、升左衛門は首を横に振る。
「分かりませぬ、意識を奪われる様な事は、いまのところありませぬが……身体の変化はほとんど終わっているような感覚でございます」
「そうか」
そこで、コマがそれぞれの顔を見回して口を開く。
「どうやら準備は良さそうね。そういえば言い忘れてたけど、鶼鶼さんと升左衛門さん」
「──?」
「私のことは、全然攻撃してくれて構わないけど、神様謹製の結界を貼っておくから、攻撃が通る事は無いと思ってくれていいわ。ただ、一歩も動けないし攻撃もできないから……置物? って感覚で大丈夫よ」
鶼鶼と升左衛門が頷くのを確認してから、コマは少し離れた場所へ移動し
結界を貼る。
「始めて良いわよー!」
コマが遠くから言うのを確認して、猪狩、鶼鶼、升左衛門は
構える。
猪狩の瞳が金色に染まり、髪の毛がそよ風を受けたように揺蕩う。
「いざ尋常に!」
「勝負!!」
鶼鶼と升左衛門が手を繋ぎ、そのまま引き合うように半身が融合していき
比翼の鳥へと変貌し舞い上がる。
戦いの火蓋が切って落とされた。




