隠れ里の巫女
模様替えにより、すっかり様変わりした室内は
どこか空気の張り詰めたような錯覚に陥る。
そんなさなか、自らの荷物をがさごそとあさり
一着の衣裳を取り出し
おもむろに着替え始めるコマの姿に
混乱の極致に達した雪之丞はただ立ち尽くし、呆然としていた。
「そんなに大したことするわけじゃないのよ? ちょっとあいつらにも手伝わせようと思ってねー」
雪之丞は振り絞るように、何とか一言発する。
「あ、あいつらとは……?」
想像通りの言葉が聞けて満足なのか、コマは胸を反らし
満面の笑みを浮かべる。
「雪ちゃんなら……分かっちゃうかも? まあ、でも悪いようにはしないわよ? それより、どうする? このまま見てる?」
「よろしいのでしょうか……?」
「うーん、大丈夫じゃない?」
そういった直後、はっとした顔をしてコマは続ける。
「あ! でも端によけててくれる? 結構動くから」
雪之丞はコマの指示に従い、部屋の隅へと移動する。
それを確認したコマは表情を引き締め、簡易的な祭壇へ
体を向け、何やら聞き慣れない言葉で何かを唱え
ろうそくの火を消す。
一つ、また一つと同じ動作を繰り返し
ろうそくの火が消えると共に、閉め切った部屋は薄暗くなり
雪之丞からコマの表情を窺い知る事も難しくなる。
コマは傍らに準備していた神楽鈴を手に取り、一度鳴らす。
──シャン!
それが合図になったようにコマは神楽の舞を踊り始める。
──シャン! シャンシャン!
鳴らした鈴の音の余韻が消えない内に
次の鈴が鳴らされ、徐々に音が大きく聞こえてくる。
そして舞い始めてからやや遅れて
コマの祝詞と思しき歌声が部屋に響き出す。
鈴の音を振りまき、そのさなかで舞いながら、歌うように
祝詞をあげる様はとても美しく、雪之丞はすっかり魅入っていた。
──そう、神楽を舞い始めた辺りから
まるでコマが発光しているかのように映り
はじめは見えなかった表情も、確認出来るようになっていた。
やがて跪き手を合わせるコマは、自らの要望を
伝えるように唱えあげる。
「……この地に潜む魑魅魍魎の潜窟へ導き給へと白す事を聞し食せと恐み恐みも白す」
コマがそう言った直後、まるで体の中に何かが入ったように
体を反らし、そして崩れるように床に伏せる。
一呼吸後に、再び起き上がったコマの目は
どこか虚ろであるが、足取りはしっかりとしており
部屋の隅の方へ目を向けている。
それは雪之丞の控えている場所であった。
「わ、私に、何か……?」
思わず雪之丞が尋ねた直後、コマが再び崩れる。
「な、なな……!?」
慌てふためく雪之丞を余所に、入れ替わるように瞳に光を湛えた
コマがむくりと起き上がる。
「あー、なーるほどね、完っ全に理解した」
「あの、えっと、コマ様……ですか?」
呼び掛けられたコマは、わずかに垂れた涎を拭い
手近な燭台に火を灯し、雪之丞の方を改めて振り返る。
「そうよ、ごめんね? 驚かせちゃったでしょう?」
そう言いながら、どんどん元の服へと着替えていく。
「あの、それで『理解した』とは……、やはり私を見ていた事と何か関係が……?」
コマは驚いたように、着替えの手を止め雪之丞を見る。
「雪ちゃんを見ていた……? あぁ! 違うの違うの、正確には雪ちゃんの立っていた方角を見ていたのよ。神さまってば、いやに細かく教えてくれちゃって」
「神様をそのように友達の様に……」
雪之丞は軽く目眩を覚える。
「そうなのよねー、私って不敬なのに気に入られているみたいで? こんな質素な祭壇でも、力を貸してもらえるの。ただ、邪を祓い給へ! とか言っても、全然力を貸してくれないのよね。道案内くらいなら、お安い御用って事なのかしら?」
雪之丞は言葉も出ない。
この発言が、巫女と呼ばれ、先ほどのような麗しい神楽を
舞っていた者から発せられているなどと
理解していても、理解したくないという謎現象が巻き起こっている。
「ま、まさかっ! あいつらとは神々の事等と言いませんですよねっ!」
「ああ、それは違うから安心して? 神様と私では『格』が違いすぎるし、比べることさえ烏滸がましいって理解してる。誤解の無いように言っておくけど、当然、私がずっと下よ?」
雪之丞はほっと、胸をなで下ろす。
万が一、いや、億が一にも言いそうな雰囲気がある等とは
口には出来ないが、そこが払拭されただけでも収穫だった。
一方でコマは、早々に着替え終え
今度は何やらお札を取り出し、筆をさらさらっと走らせ
紋様のような物を書き上げ
それを額に近づけ、呪文を唱える。
「彼の地へ赴き、怪異の足止めをしてきなさい! 屋烏っ! ……あ、そうか、あいつやられちゃったんだっけ」
コマは書き上げたお札を燭台の火で焼き
新たな札を取り出し、書き上げる。
「はぁ、面倒ね。彼の地へ赴き、怪異の足止めをしてきなさい! 走狗っ! 急急如律令!」
コマが命じると札は灰となり、代わりに
犬のような怪異が姿を現す。
その異様な姿に、雪之丞は即座に身構える。
「怪異を呼び出した!?」
護身用に隠してあった小太刀を構え
油断なく走狗と相対す。
……が、そこへコマが割って入る。
「待った待った! これは怪異だけど普通の怪異じゃないの! ほらっ! アンタもとっとと行く!」
コマは走狗を追い立て、明かり取りの窓を開け
目的地へ行くように促す。
走狗は仕方なくといった風に、身を細くして跳び上がり
そこから飛び出した。
「コマ様、説明はしていただけるのですよね」
冷や汗とも脂汗とも言えぬ、物を拭いながら
雪之丞は強い口調で言う。
「うーん、やっぱり分かっちゃったかぁ。でも、言ったわよね? 悪いようにはしないって」
あっけらかんと言うコマに困惑する雪之丞は
小さく肯く。
「あれは、所謂『式神』ってやつ。見ての通り、神なんて呼べる代物じゃないけどね? ちなみに、あいつらって言うのも、これの事よ」
まだ何も書かれていない札をひらひらとさせ言う。
「あと数体呼び出せるけど、どれも怪異と呼べる物だわね」
神の力も、怪異の力も扱う者。
通りで、常人とは違った気配を感じる訳だと
雪之丞は戦慄した。
「そんな事より、雪ちゃん。大変よ、升左衛門さんだけど──」
ところ変わって、猪狩は鳥居雪久との謁見をしていた。
雪久は、武でならした鳥居家の当主らしく
威風堂々とした佇まいで猪狩を見下ろしていた。
「そう畏まらずとも良い、儂は強き者が好きじゃ。我が領内では強き者を取り立て優遇しておる。そして、お主強さはよく知っておる」
雪久とは面識があり、手合わせもした事がある。
その時から、雪久は猪狩をいたく気に入り
家臣への誘いも一度や二度では無かった。
猪狩は少し目を瞑り、小さく息を吐き答える。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。今回、雪久殿の要望通り、雪之丞を連れて参りました。雪丸様救出の隙を作る為のふりとは言え、次期当主にまつりあげる人物を相手に、いささか当たりが強すぎはしませぬか? 領内での監視、門前払いなど……、見る者が見れば、次期当主も疑わしく思えるかと」
雪久は、不機嫌そうに鼻をならす。
「蒼達、先程も言ったが私は強者が好きじゃ。しかし、弱者は大嫌いだ。お主も気付いておるのだろう? 彼奴が女子であることを」
「はい……」
「正直、女子がどうこうは構わぬが、女子という者は総じて弱い」
猪狩は不服を口にする。
「いや! そのような事は──」
「いいや、ある! 戦であれば、女子であろうと誰も手加減はしてくれん! 体格、膂力で劣る女子が討たれるのは必定! 事実、戦場にどれ程の女子が居ようか? 居らぬであろう!」
「直接当たるだけが強さでは──!」
「鳥居家にてそれは許されん。故に、儂は彼奴を鳥居家の男子として認めぬ。雪丸を救出したら、何処へでも連れて行くが良い」
これ以上の問答は無意味と察した猪狩は引き下がる。
「分かり申した。では私共は、雪丸様救出に向かいます」
猪狩は頭を下げ、退出の意思を伝える。
「期待している。月久の仕業なれば、彼奴の首を獲っても構わん。しかし、そうだな……救出に思うように動けんのでは困る。監視の目は緩めさせてもらおう」
猪狩は、お辞儀で謝意を示し退出する。
雪久邸を発った猪狩は独りごちる。
「コマ姉ではないが、あれは流石に頑なすぎであろう。つい熱くなってしまった……」
しかし鳥居家当主とあれ程対立したにも関わらず
お咎め無しで、邸宅から送り出し
言を信じるならば、監視も緩めてくれるという雪久に
わずかながら違和感を感じた猪狩であった。
「二人との合流場所を決めて置かなんだ……どうしたものか」




