予感の的中
「やっぱりね」
「やはりな」
猪狩とコマが腕を組んで唸っている所へ
遅れて子津がやって来る。
「何の話だ?」
猪狩とコマは同時に子津に目をやり
訴える。
「鳥居家が使者を寄越したわ」
「跡継ぎの雪を、引き渡せとな」
二人の言葉を聞いてなお、子津は首をひねる。
「渡せば良かろう、わざわざ使者まで寄越して来たんだ、お家の問題なのだろう?」
猪狩は溜息をついたあと、子津に説明をはじめる。
「奇一、人事だと思ってあっさり言ってくれるがな。雪は『巽家十本刀』の候補だ、そう簡単には引き渡せない」
それにコマも続く。
「それにね、跡継ぎなんて言ってるけど。じゃあ、何で家から出るのを許したの? って事にならない? というか、半ば追い出す形で蒼ちゃんに押しつけたのにね?」
子津はふむ、と唸る。
「今回、雪の弟が誘拐されたと言う話だ。弟と言っても、まだ赤子だがな。……雪は故あって、鳥居家宗家では厄介者扱いを受けている。その雪を、跡継ぎと呼び、この状況で呼び戻そうとしている」
「弟の事は、早々に諦めた、と言うことか?」
子津の問いに猪狩は深く頷く。
「誘拐した犯人の目星がついていて、助かるはずがない、或いは助かっても不利な取引に使われるのが目に見えている。それならば、雪を跡継ぎとして立て、その行為が無駄であると相手に見せつける狙いが有るのだろう」
「本音を言えば、単なるふりで、弟くんを無事に取り返したいんでしょうけど。側室の子とはいえ漸くできた男の子だもんね」
コマの言葉に子津は眉根をよせる。
「雪之丞は男では無い、と言うことか……?」
猪狩とコマは向き合い肩を落とす。
「まあ、きー坊だしね……」
「興味の無いことはとことん興味が無いからな」
猪狩は屋敷へと帰り、雪之丞と話し合いの場を設けた。
「雪、お前は鳥居家に戻ることを良しとするか?」
雪之丞は少しの間、俯き押し黙った後
猪狩へと視線を戻し、答える。
「一度、戻ろうと……思います。父上にとって、私の価値は跡継ぎが確保出来なかった時の保険でしか無いであろうし、私が次期当主のふりをする事で雪丸が助かるならば。それに、何の音沙汰も無い升左衛門の事も気にかかるので」
雪丸とは、鳥居家現当主『鳥居 雪久』の側室の子で
雪之丞とは異母兄弟にあたる。
歳の程はまだ二つにみたない赤子であるが
鳥居家宗家では、誰もが待ち望んだ男児だ
愛されないはずが無い。
「雪丸が利用できないとなれば、次に狙われるのはお前の命だぞ?」
それを踏まえたうえで、猪狩は雪之丞の
言葉の意味を再確認する。
「私とて、武家として誉れ高い鳥居家に名を連ねる者、その覚悟も迎え撃つための研鑽も怠ってはいないつもりです。とはいえ、相手は叔父上の手勢でしょうが……」
やや自棄の色を見せる雪之丞の表情を見て
猪狩は深い呼吸を一度し、口を開く。
「分かった。他の者への説明は拙者がしておこう。雪はすぐに支度を始めてくれ。使者殿には、必ず送り届けると伝えてある」
「もし、私が断っていたら……いえ、何でもありません」
「その時は、何とかして有耶無耶にしたさ」
そう言って猪狩は笑って見せた。
「さあ、行くわよ!」
そう言って張り切るコマを見て
猪狩と雪之丞は苦笑する。
「蒼達殿はともかく、なぜコマ様まで来ることになったのでしょう……?」
「コマ姉いわく、きな臭い気配を感じた……らしく」
コマが二人の間に割り込んで、話し始める。
「そ、鳥居家周辺で、邪なる気配を察知したの。あれは十中八九、怪異が絡んでるわね」
「鳥居家に怪異!?」
驚きの表情を見せる雪之丞に
猪狩は説明を始める。
「コマ姉は、拙者達の故郷で対外勢力の把握が可能な、この能力で、村の安全を守る巫女として力をふるっていたのだ」
「とはいえ、気配を感じられるだけなんだけどね。昔はお婆様も居たから、何とかなってた所はあるけど……」
雪之丞は何かあるのだろうと思い、口をつぐむ。
「まあ、今回は蒼ちゃんもいるし、何とかなるわよね!」
軽口を叩くコマに、呆れながらも猪狩は頷く。
「余程強力な怪異でなければ、充分対処出来るとは思う、心配はいらぬ」
雪之丞は、猪狩の頼もしい言葉に
少し安堵しつつ、素朴な疑問を投げかける。
「ところで、奇一殿は……」
その言葉に、猪狩は笑いそうになるのを
堪えながらこたえる。
「奇一は、怪異絡みとあれば捨て置けぬ、とは言っていたが」
「あーの顔、傑作だったわよね~」
コマの余計な一言に、猪狩は噴き出してしまう。
雪之丞は今ひとつ状況が掴めず困惑していると
コマが助け船を出してくれた。
「もう御前試合も近いじゃない? きー坊のところの巽家十本刀候補の仕上がりが今ひとつだから、お留守番。それを伝えたら……フフッ、捨てられた仔犬みたいな顔をしているんだもの」
「コマ姉、その事はもう触れないようにしてくれ!」
猪狩は涙目になりながら訴えるも、コマはどこ吹く風だ。
「あら? 蒼ちゃんも笑ってる場合かしら? 雪ちゃんが抜けたら、頭数足りないわよね?」
そんな言葉を受けて猪狩は、何とか笑いを
抑え込み、不敵に笑ってみせる。
「それは、上手くやるさ」
「もう、少しくらい慌ててくれれば可愛げがあるのにね?」
「わ、私に振られても困ります」
コマのお陰か、道中暗くなる事も無く
鳥居家領内まで辿り着く。
鳥居家領内をしばらく進んだところで
猪狩は足を止める。
「ふむ、気に入らないな」
「ほーんと、いい性格してるわよね」
二人の言葉に申し訳なさそうな表情の雪之丞が
謝罪を口にする。
「申し訳ありません、私のせいで」
「雪ちゃんは謝らなくて良いの。ぞんざいな扱いを受けてるって聞いていたし。でもね、今回はそっちが呼んだんじゃないの! って思うわけ」
「あの様に、遠巻きにとはいえ、見張るような真似、跡取りとしてまつりあげるなら、相応の扱いを、ふりでもすべきと思うがな」
ますます雪之丞はいたたまれなくなってくる。
「まあ、雪久殿にお目通りをしたら、目下、もっとも怪しい月久殿周辺に探りを入れよう」
鳥居家当主であり、雪之丞の父
『鳥居 雪久』
そして、雪之丞の叔父
分家の『鳥居 月久』
この二人は双子だった。
幼い頃こそ、仲の良かった二人だが
成長するにつれて、順風満帆な長兄の雪久と
自分の置かれた状況に不満を募らす月久の間には
埋めようのない溝が出来てしまっていた。
厳しい箝口令を敷いているものの
月久は鳥居家の深刻な跡取り問題を知る人物で
雪久の側室の子『雪丸』が
産まれるまでは、雪久暗殺を幾度となく企てていた。
雪丸が産まれてからは、暗殺はぱたりと止んだものの
今回の『雪丸誘拐』の件は、十中八九『月久』が
手を回したものだろうと、誰しもが思っていた。




