疾風の決断
「やはり、他の山賊と繋がっていたか」
底冷えのするような声音に疾風の体が硬直する
「あんたは……!!」
疾風の前に立っていたのは『子津 奇一』だった。
「蒼達の奴め、どう責任を取るつもりなのだろうな!」
奇一は黒い刀を一振りする、この時疾風は
狙いが自分では無いことに気付き叫ぶ。
「早く逃げろ! 馬鹿野郎!」
元山賊仲間に向けた言葉は、無情にも
既に意味の無いものとなっていた。
「あ、ああ……」
疾風は崩れ落ちそうになるが
その時、別の声が響く。
「立て! 疾風!!」
その声の方向にに疾風と子津は顔を向ける。
「蒼達貴様、あれほどいっておいただろう! これは、どう責任を取るつもりだ!」
「なに、あれは中々の逸材。拙者を出し抜いて逃げおおせるのが、どれ程大変か、お前も分からないわけではあるまい」
疾風は無意識に縋るような目を猪狩に向けるが
帰ってきたのは、非情な言葉だった。
「疾風、ここは独力で切り抜けろ! お前にはそれが出来るはずだ!」
その言葉に反応したのは子津の方だった。
「なん、だと……? この小僧が、某から逃げられるとでも?」
「拙者は、そう信じている」
青筋を立て、子津は疾風に向き直る。
「面白い……小僧が某から逃げおおせたならば、これ以上、命を狙わぬと誓おう。蒼達、勿論──」
「ああ、手出し無用だ。」
子津は疾風に向き直り言い放つ。
「と言うわけだ小僧。無論、逃げられねばそこの山賊と同じ末路だがな」
疾風は自分の頬を両手で叩き、気合いを入れる。
「やるしか無いんじゃ、今まで身に付けてきた技能を全部使って!」
疾風は子津を真っ直ぐ見据え、一挙手一投足を
見逃さない様に構える。
「生意気な、先程の一閃も見えていた様であるし、手加減はいらぬか。『呪縛刀 黒豪』!」
子津がそう叫ぶと、手にした黒い刀から
黒い影のようなものが噴き出る。
「むっ!?」
猪狩もその様子に息をのむ。
疾風は急に体が重くなった気がして
軽く身体を動かし確認するが、気のせいでは無く
速さで抜き去る選択肢はほぼ消えたと判断する。
「考えるより速く動かんと、死ぬな」
ぽつりともらす疾風に子津の初太刀が迫る。
子津の斬撃は凄まじい速度であるが
疾風には、それが見えていた。
「これなら──!?」
重い体でもぎりぎりで避けられる
そう判断する直前
猛烈な嫌な予感を感じ
大袈裟に飛び退く、すると
先程まで疾風がいた場所が大きく抉り取られる。
「なんじゃあ、ありゃあ……刀の太刀筋じゃあねえ!」
「おい、奇一! 周りの建物にも被害が出るぞ!」
猪狩の問いかけに子津は、にぃと笑う。
「だからどうした? その前に片を付ければ良いだけだろ」
猪狩は額を押さえる。
「むぅ、そいつの制御、まだ出来てないのか? うん……まあ、町中で禍怨を使われるよりはまし、なのか?」
子津は猪狩の言葉を承けてか、刺突の体勢へと移行する。
「言葉は届いているようで、何よりだ」
猪狩はほっと胸をなで下ろすが
疾風にとっては良いことは何も無い。
予備動作も殆ど無く、正面から伸びてくる切っ先は
距離感も掴みづらい。
そして、あの威力。
危険度が増したと言っても過言では無い。
「くっそ! 攻撃を躱して、その後の隙で逃げるのも、速さで抜き去るのも、どっちも厳しいか! どうする!?」
疾風の焦りは募る。
路地裏とはいえ、刀を振る事に支障が生じない
程度には広い故に、壁を蹴って上方向へ逃れるのは
重い体と相まって難しい。
先程の太刀筋からして、射程は刀身以上なのは
間違いなく、それどころか刃にかすりさえしなくても
重大な怪我を負いそうな雰囲気さえある。
いつ攻撃が来ても対処出来るように
相手から目を外さないようにしつつ
辺りをうかがう。
「あれは……」
疾風はあるものを見つけ、それに活路を見出すが
子津はそんな事にはお構いなしに突きを放つ。
「くっ!」
疾風は子津と猪狩の先程の会話から
黒い刀の力を使い熟せていない事と
周囲の建物への被害を嫌っている事を汲み取り
敢えて背に建物が来るように回避行動をとる。
「なるほど、そうきたか」
猪狩が唸る。
「だぁからどうしたっ! 避けねば死ぬ、その事に変わりは無い!」
叫ぶと同時に子津は横薙ぎに黒豪を振るう。
疾風は微かに笑みを浮かべ呟く。
「こっちの方が、幾分やりやすいんじゃ!」
体勢を大きく沈め横薙ぎの斬撃を躱す。
それと同時に、先程の回避行動の際に手にしていた
元山賊仲間の腰にあった『投げ縄』を
体勢を立て直す勢いを利用し
向かいの建物の二階にある手すり目掛けて
──投げる!
「このままなら、じり貧じゃ! 一か八かでも、
賭けるしか無いっ!!」
疾風の賭けは功を奏し、投げ縄は手すりへと
しっかり絡みつき、腕で縄を引く力と
地面を蹴る勢いを合わせ、子津の横を
凄まじい速度で通り過ぎ、身体を空中へと舞わせる。
縄を更に短く手繰り、思い切り壁を蹴り
弧を描く様に自身の身体を回転させ
その身を屋上へと運ぶ。
「なっ……!?」
「ほう、やるものだ!」
子津と猪狩は、それぞれ違う反応を示したが
ここから疾風が逃げおおせるのは
そう難しくない事は理解しているようであった。
疾風は肩で息をしながら汗を拭い
手にした投げ縄を見つめ呟く。
「すまん、お前のおかげで助かった……」
そんな疾風に猪狩は話しかける。
「疾風! 見事であった! 奇一から逃げ延びた事は、拙者が証人となろう! 達者でな!」
猪狩の言に、悔しさを滲ませつつも納刀する
子津の様子は、暗に認めたと言うことなのであろう。
疾風はその場にへたり込み、僅かな間放心するが
すぐさま表情を持ち直し、立ち去ろうとしている
二人を呼び止める。
「二人とも待ってくれ! ……いや、『奇一様』!『蒼達様』! わし……、私の話を聞いて下さい!」
突然の呼びかけに、二人は何事かと
足を止め、疾風の方を見る。
それを確認した疾風も、屋上から降りて
二人と相対する。
そして、疾風は地面に額をこすりつけるように
土下座をし、二人に請う。
「奇一様! わしは今後一切、山賊稼業から足を洗うことを誓います! じゃから、この都に留まることをどうかお許し下さい!」
子津は疾風からの問いに、仏頂面のまま答える。
「その言葉に、どれ程の信を置けるかはともかく、某は、貴様の命を狙わぬと誓った。好きにすれば良かろう」
「そして、蒼達様! あの……もし、邪魔で無ければ! これまでのように、屋敷に置いてもらえんでしょうか! 雑用でも何でもやります! せっかく貰った『疾風』っちゅう名も、その為に尽力してくれた『姐さん』にも、報いなきゃなりません!」
「ぶふっ!」
不意に出た姐さん発言に猪狩は噴き出し
子津ですら、笑いを噛み殺さんが為に表情を歪める。
「はっはっはっはっ! 姐さん、いや姐さんか! いやいや、すまんな疾風、お前が真剣なのは理解している、ふふっ! もちろん拙者は大歓迎だ! 有望な人材はいくらでも欲しい!」
出鼻を挫かれた疾風が
呆気にとられていた表情を持ち直し
再び、深々と頭を下げる。
「これからも、ご指導とご鞭撻の程、よろしくお願いします!」
子津は鼻をならしながらも満更でもない
表情を浮かべ
猪狩は大きく頷き、声高に宣言する。
「この蒼達、しかと承った!」




