疾風の過去
猪狩邸の面々は、今日も今日とて
御前試合に向けた鍛錬に励んでいた。
「はぁはぁっ!」
肩で息をする太郎に、疾風は声をかける。
「太郎も、なかなかやるようになったのう! 神気とやらが無くても、わしに追いついて来られるなんて、そうそう居らんて」
「ありがっ……はぁ、はぁ、とうございます」
疾風は素直な太郎の事は、案外気に入っていて
それが、自らの速度に追い縋ってくる程の成長を
純粋に喜んでいた。
「ただ、体力はもう少しじゃな! あのわんころ程とは言わずとも、もうちいとばかりつけた方が良いな!」
疾風は身を捩り、最小限の動きで八郎の攻撃を躱す。
「たまたま通りかかってみれば、人の悪口を言ってやがって! しかも背後からの俺の攻撃を躱すとか、いちいち腹が立つな」
「わしゃあ、わんころって言うただけじゃ、それとも何か? お前はわんころなんか?」
「ぐぐぐ、この野郎!」
何時もの八郎と疾風のやり取りが始まったが
太郎は頻りに感心していた。
「凄い、正面からでも躱すのが難しい八郎殿の槍さばきを、見もせずに疾風殿は躱して見せた!」
その太郎の言葉は二人の耳に届くと
二人は揃って照れ始める。
「躱すのが難しいって、それ程でも……あるけどな」
「よせやい、こんなの山賊には必須技能じゃて」
八郎は疾風の言葉を聞き、腕を組む。
「そういや、前も山賊育ちとか言ってたな。何で山賊なんざやってたんだ? 食うに困ったか?」
八郎の問いかけに、疾風は挑発するように
鼻で笑ってみせる。
八郎は疾風に掴みかからんとするが
太郎からの提案で動きを止める。
「もしよろしければ、私も疾風殿の話を聞きたいです」
疾風は腕を組み、にやっと笑う。
「しゃあないのう!」
「本当は嬉しいくせに」
「じゃかぁしい!」
八郎のちゃちゃに、いちいち反応するが
自身の過去を語り始める。
疾風が生まれたのは、貧しい山村だ。
八郎が言うように、食うに困り犯罪に手を染め
山賊に身をやつす者も少なくない有様だった。
疾風の両親は、幸い悪事に手を
染めることは無かったが
想定外に生まれてしまった子供を見下ろし
途方に暮れ項垂れていた。
「もう、首括るしか……」
「お前さん、ごめんよぉ……ごめんよぉ……」
諦めをたたえた表情の父親と
産まれてまもない我が子を腕に
泣きながら謝り続ける母親。
その時、村のあちこちで悲鳴が上がる。
この辺りを根城にしている『山賊』が村を襲っているのだ。
当然、疾風の両親も理解していた
その上で、どこか晴れやかな表情を浮かべ
父親は妻に語りかける。
「もう良いんだ、今日すべてが終わる。この子に名前を付けてやれないことは、心残りだが」
「ごめんよぉ、ごめんよぉ……」
母親は子供を抱きしめ泣きじゃくる。
間もなく山賊が押し入り、奪える物はすべて
命さえも奪って行く。
床には事切れた両親が
心なしか笑っている様な顔で
転がっている。
そんな光景を横目に山賊達は
使えそうな物を物色していく。
「何じゃあ? こいつら、殺されてんのに笑ってやがる、気色悪ぃ!」
「貧乏すぎて、いかれちまったんだろう?」
「おい! こっちにガキが居るぜ! こいつもやっちまうか? ぎゃはは」
「そうじゃのう……いや、そのガキ、山賊として育てようかの」
山賊の一人が突拍子も無い事を言い始める。
「ぎゃははは! そりゃあ良い!」
「ガキを育てるのは手が掛かるって言うぜ?」
「いんや、手なんか掛けねえ。駄目なら余所から拾ってくりゃあ良いじゃろ?」
「ぎゃはは、ちげぇねえ!」
「何で急に、そんな気になったんだよ?」
仲間の追求に面倒くさくなりながらも
その山賊は答える。
「なーんも知らんガキに山賊のあれこれを仕込んだらどうなるかと思ってな。何よりガキは体が小さくて狭いところだって問題ねぇし、相手を騙すにも油断させやすい」
「まあ、攫ったガキは言うこと聞かねえことも多いし、わんころでも飼ったと思えば悪くねえかもな」
結局、疾風は山賊達に連れて行かれ
育てられる事となるが
大方の予想に反して、疾風はすくすくと育ち
山賊のあれこれを仕込まれていく。
「お頭! 下見に行ってまいりました」
「おう! 良くやった、猿」
「へへっ」
この頃の疾風は『猿』と呼ばれ
疾風を攫った山賊は、山賊団の頭領になっていた。
この山賊団は、村を襲い、金品や食糧を
奪うだけでは無く、スリや空き巣
詐欺や恐喝、あらゆる犯罪に手を染めており
猿少年は、主に忍び込む屋敷の下見や
詐欺の片棒を担いだり、手空きの時は
スリ等をやらされていた。
物心つく前から山賊技能を
叩き込まれている為、それを行使する事を悪事とは
思っておらず、無邪気にこんな提案をする。
「お頭、泥棒みたいな事ばかりじゃなくて、教えてくれた山賊らしいことを、わしはしたいです」
「ふん、生意気言うようになったじゃねえか。ガキにはまだ早えと思っていたが、そろそろ良いかもしれねえな。次の『大仕事』の時に、連れて行ってやらぁ」
「本当ですか! やった、楽しみじゃあ」
猿少年は、うきうきした気持ちで部屋に戻っていく。
その後ろ姿を見送った頭領は
ふんっと鼻で笑い、呟く。
「次回なんてありゃあしねえよ。今のご時世、壊して奪うより泳がせて掠め取る方が、儲かるんだ」
そんなやり取りがあった後も、山賊団は
順調に勢力を伸ばしていくが
猿少年の不満は溜まる一方だった。
「ちぇっ、お頭の嘘つき。いつまで経っても大仕事何てしないじゃねえか」
不貞腐れつつも、自身の仕事を熟していた
ある日のこと。
「猿! お頭見なかったか!?」
山賊の一人が大慌てで猿少年の元を訪れる。
「なんじゃそんな慌てて、お頭は……見てねぇなぁ」
「どこにも見当たらねえんだ! もしかしたら、俺たち見捨てられたのかもしれねえ!」
「そんな馬鹿な話があるか……そうじゃな、わしも探して見るわ」
「そうしてくれ!」
山賊は慌ただしく、他の団員の元へ走る。
猿少年も、心当たりの場所を探す事にする。
「確かに、居らんな。だったら……」
ここまで大きな山賊団になったのは
尻尾切りや、逃げ時の判断が上手かったのが大きい。
産まれてからほとんどの時間
頭領と共に過ごしてきた猿少年だ、その癖も
大凡は知っている。
「逃げ道になりそうな場所を探せば、追いつけるかもしれん。お頭は、判断は早えが欲の皮が張ってる。どうせ今回も大量の荷物を運んでるに違いねえ」
猿少年は頭領の癖を読み、逃走経路をしぼる。
必死に走って追いかけている内
やがて見慣れた荷物の山が見えてくる。
「やっぱりな、おか──何か、様子が変だ」
猿少年は何かを感じ取り、身を潜める。
すると二人の男と、捕縛された頭領一行が
猿少年の瞳に映る。
「お頭がしくじったのか……?」
猿少年は目を凝らし、耳を澄ませ
成り行きを見守る。
「ち、違うんじゃ! わしらは山賊団とはかんけぇねえ!」
「貴様らの持っていた、大量の荷物は何処から運んできた? それなりに上質な物が多い様だが?」
「そ、それは……わしらは、商人なんじゃ! 仕入れの帰りに荷物が多くておかしいことは無いじゃろう!?」
「ほう、では『商人手形』を見せて貰おうか?」
商人手形は、都で商売を行うための
許可証のような物だ、導入されて間もない物だが
現在では、それが無ければ商売は出来ない。
「そ、それなら勿論持ってますとも! その荷物の一番上に……」
詰問している男とは別のもう一人の男が調べる。
「うむ、確かに商人手形だ。しかし少し古いな……その上、屋号が『湊屋』だ」
「湊屋と言えば、賊に押し入られ皆殺しにされたと、記憶しているが?」
刀を抜き放ち頭領の鼻先に振り下ろす。
「ひっ! そ、そうなんです! 我々は湊屋の生き残りで!」
尚も悪あがきを見せる頭領に苛立ちが
募っている男は怒声をあげる。
「皆殺しと言ったであろう! 生き残りがこれ程、居るとでも思うか!!」
「奇一、止せっ!」
制止を振り切って、『子津 奇一』は頭領の
頭を切り落とす。
「連行して、お裁きを待てば済む物を……」
「うるさい! 大体、蒼達は甘過ぎるのだ! この様な悪党共、一刻とて生かしておく価値は無い!」
子津と共に事に当たっていたのは
『猪狩 蒼達』その人であった。




