御前試合の報せ
コマの手づたいに受け取った荷物を
自室にて見た猪狩は、腕組みをしながら呻っていた。
「要するに、巽家十本刀候補のお披露目か。しかし……」
猪狩は視線を空中で泳がせ、その後目を閉じる。
「殿は、それ程武芸には興味を持たれていなかった筈だが」
すると傍らに居たコマがにやっと口角を上げる。
それに気付いた猪狩は、深くため息をつく。
「コマ姉の差し金か。どういった腹づもりで?」
「人聞き悪いこと言わないでちょうだい。蒼ちゃんときー坊が、必死にかき集めた精鋭、義旭様にも見てもらいたいじゃない?」
「そうは言っても、奇一の方はどうか分からぬが、こちらの面々は若さ故に経験が浅い。万が一殿の不興を買えば、切腹も有り得る……」
必死な猪狩の様子を見てコマは
不満げに腕を組む。
「本当に彼等が大事なのね? 当初の目的、忘れちゃったんじゃ無いの?」
猪狩は小さく首を振る。
「もちろん覚えている。だが、それと同じ位……いや、今はそれ以上かもしれぬ。彼等には無事で居て欲しい」
「ずるい言い方。まあ邪魔さえしなければ、わたしは良いけどね」
「たまには休んだ方が良いのでは? コマ姉は、思い詰め過ぎ──」
そこまで言った猪狩の頭にコマの拳骨が落ちる。
「あんた達が頭を使わないから、わたしにしわ寄せが来ているんでしょうが!」
「痛っ! 面目ない……」
もうっ! と肩を怒らせながらコマは帰っていく。
「本当に良かったのだろうか……」
猪狩の呟きは誰に聞かれるでも無く消えた。
「という訳で、三ヶ月後の『御前試合』に出場する事になった! 皆、殿の御前で無様な戦いはしないように!」
猪狩は、奇一が持ってきた文の内容を
太郎達に伝えるが、二名から異論が上がる。
「蒼達殿、私は弓の鍛錬をしておりますが、御前試合で弓と言うわけにはいかないのでは?」
「蒼達様、わしの鎖分銅も不味いんじゃないかと……」
猪狩は雪之丞と疾風を見て肯く。
「確かに、二人の得物は、雪は薙刀、疾風は小太刀と言うことになる」
「はい、分かりました!」
「小太刀!? また別の武器ですか……三ヶ月で間に合うんじゃろうか」
はっはっは、と猪狩は笑い疾風の肩に手を置く。
「なに、小太刀ならば拙者が教えてやれる!」
「はぁ、分かりました」
なんとも気の抜けた返事をする疾風に
他の面々も苦笑する。
「──それから、太郎殿。御前試合では神気は使わないように。八郎……は特に無いな、頑張れ!」
「はいっ!」
「俺だけ雑すぎやしませんかね……?」
猪狩は八郎の顔を見て、首を振る。
「いや実際のところ、八郎の成長は目覚ましい。やはり槍が性に合っていたのだな!」
「まあ確かに、不思議と手に馴染んだのは確かですが」
「拙者が重点的に教えるべきなのは、太郎殿と疾風になるな! 太郎殿は、まだまだ刀の扱いに不慣れ、しかし巽家十本刀候補という触れ込みがある以上、殿の御前ではある程度は形にしておきたい。疾風は型も何も触った事があるかさえ怪しいからな、はっはっは!」
「笑い事じゃあ無いですよ蒼達様……」
「よろしくお願いします!」
猪狩が皆を眺めながら号令をかける。
「本日より、御前試合に向けた鍛錬へと切り替える! 皆、励むように!」
「はいっ!」
猪狩邸に、皆の揃った声がこだました。
──一方、子津邸では。
「きー坊、来てあげたわよー!」
猪狩邸を後にしたコマが訪れていた。
「これは、コマ姉さん。どういった風の吹き回しで?」
「……あんた達、わたしの扱い酷くない?」
「ふふっ、達ということは蒼達も、と言うことか」
「笑い事じゃないわよ!」
肩を怒らせるコマを奇一はなだめながら
用件を聞く事にする。
「用件は、御前試合の事でしょうか?」
「そうよ、蒼ちゃんの所は若さが売りだから、気合い入れて頑張るみたいだけど、きー坊の所はどうするの?」
奇一は腕組みをして、「ふむ」と小さくうなる。
「某の方か……、艮は問題無いとして、巽様の縁者の辰浪殿や馬淵殿は元より仕上がっている。手がかかるとすれば、コマ姉さんが寄越した、未上位のものだ……。どう言うつもりで彼奴を推挙したかは分からぬが、何をさせても今一つ、十本刀には到底相応しくないと思うのだが」
コマはにっこり笑って、子津の考えを否定する。
「だーいじょうぶよ。その辺は義旭様にも、織り込み済みだから! そんな事より艮は本当に問題ないの?」
「おとなしい物よ。ただ、過信するつもりも無いが」
子津は傍らにある自身の刀を撫でる。
その様子を見たコマは深いため息をついて呆れる。
すると襖の向こうから声が聞こえる。
「し、しししっ失礼しますっ! お、おお茶をお持ちしましたっ」
子津とコマは顔を見合わせて、ため息をつく。
「相変わらずなのね、彼……」
「ああ、某も手を焼いている……。入れ」
子津は声の主に入るよう促す。
すすすーと襖が開き、おどおどとした青年が
お茶の乗った盆を手に入ってくるが
子津とコマは、何故か身構える。
「コマ様、ご無沙汰しております」
青年が頭を下げる。
「来るぞっ!」
子津の声に合わせて、二人は散開する。
すると直後、青年の持った盆から湯呑みが滑り落ち
丁度二人が居た辺りに、お茶をぶちまける。
「ああっ! すすすすっすみません!」
ゴンっ!
勢いよく頭を下げた青年は
自身が手にしている盆に額を打ちつけ
涙目になっている。
子津はため息交じりに声をかける。
「未上……、茶を運んでくる意気やよし。しかし、客人が来てからだいぶ刻が経っている、何をしていた?」
「すみません、厨の方でも少しドタバタしてしまい……」
子津は腕を組み、深いため息をつく。
「ちょっときー坊、お茶を巻き散らかしたのは不問なんて、相当羊心に毒されてるわよ!」
青年の名前は『未上 羊心』
巽家十本刀候補として
コマが子津に斡旋した。
うねるようなくせ毛と、おどおどした雰囲気が
特徴と言えば特徴の地味な青年である。
言うまでも無いが、極度のドジである。
子津はコマの言葉にはっとして
咳払いをしつつ、心なしかほおを染める。
「羊心、久しぶりねー。というか相変わらずね、わたし頭からお茶を飲んだりしないからね?」
「はい、すみません……」
落ち込みながらも、片付けを始める未上の
手際を見かねたのか、子津とコマも手伝う。
「あらきー坊、手慣れた物ねー」
「やめていただきたい。そもそも、コマ姉さんが未上を見つけて来たのでしょう、躾というか、矯正というかして然るべきかと思いますが?」
「やったわよ! わたしだって多少は!」
「すす、すみません……」
二人は旧知の間柄から、刺々しい言葉ながらも
半ばじゃれ合う感じでいたが
それが分からない未上は
ただただ恐縮して頭を下げる。
「あははっ!良いの良いの、羊心が居てくれたらきー坊の石頭も少しはマシになるでしょうし……っと、大体片付いたわね! じゃあわたしは帰るわ」
言うが早いか、コマは片付けの目処が立ったところで帰っていく。
二人きりになった子津と未上は
しばらく無言のまま、割れた湯呑みを処分した。
「未上、鍛錬の時間にはまだ少し早いが、稽古をつけてやろう。支度をして、稽古場へ来なさい」
「本当ですか! 分かりました! 直ぐに用意しますね!」
未上は軽い足どりで自室へ向かう
途中で柱の角に小指をぶつけたりしていたが
まあ、些事である。
「彼奴を仕上げられるか否かで、殿の心象が変わりそうだな……」
子津は額を押さえつつ、独りごちた。




