不測の事態
「良いですか? 一番厄介なのは、相手が空を飛べることです。自由に飛ばれてしまっては、私もクルミさんも、手も足も出ません」
「分かってる、実際にそれでやられているからね」
「なのでこれからは、あの怪異を倒すまで、天井の低い洞穴で過ごしましょう」
「洞穴!? あんな暗いところで過ごすのかい? むしろ潜まれて、あっという間にやられちまうんじゃ無いか?」
「だから、二つ目の案です。夜間は松明などで灯りをつけ、常に明るさを確保した状態にします」
「あんな恐ろしいものを使うのか……」
「相手を有利な状況にしない為です」
「分かった、やってやろうじゃないか!」
太郎とクルミは目を合わせ頷き合う。
そして、太郎は雛にも注意する事を伝える。
「君は、できる限りクルミさんから離れないようにね? それこそ、ぴたりとくっつく位が丁度良いんだ」
「分かった!」
「兎にも角にも、現状何もありません、洞穴を探すために情報を求めましょう」
「求めるったって、誰に……?」
太郎はクルミと雛を伴い街道沿いに赴く。
「いったいどういう事だい?」
クルミは尚も、訳が分からないと言った風で
太郎に問いかける。
「うーん、少し待ちましょう。その間、雛から目を離さないようにお願いしますね?」
「それは、勿論だけど……」
「あ、来ましたよ!」
太郎は一人の旅人を見つけると駆け寄り
あれこれと尋ねている。
ひとしきり話をした後、太郎は深々と頭を下げて
クルミの元へ戻ってくる。
「あの方は、近隣の洞穴などは、ご存知ないようでした」
「なるほど、この道を通る人間に話を聞けば知ってるかもしれないって訳か!」
「そうです、先程の方は遠くからの旅人でしたが、もっと日常的に通っている人ならば、野宿の際に都合の良い場所を幾つか知っているはずです。そして、私が探しているのが……」
「探しているのが?」
すると太郎は街道を歩くとある人物を見つけ、駆け寄る。
「あれは……ウチが闘ってる時に湧いて出る人間じゃないか」
そう、太郎が探していたのはクルミの餌集めの際に観客として
集まる者だった。
彼等は何度もクルミを見ている。と言うことは、この街道を
何度も往復しているということだ。
ならばこの近辺の地理に詳しくても不思議は無いと太郎は考えたのだ。
しばらくすると太郎が笑顔で戻ってくる。
満足のいく結果が得られたのであろう。
「洞穴の場所だけで無く、灯りの工面まで手伝ってくれるそうです。それと、他の仲間にも声をかけてくれるそうなので、私達は洞穴の場所へ向かいましょう」
クルミは怪訝な目で太郎を見る。
「アンタ、一体何て言ったんだい? 化け物が出た! 何て言ったら大騒ぎだろ?」
「そこはさすがに適当なものに置き換えました。それと、クルミさんの人気を利用させていただきました」
「人気って……」
唖然とするクルミを促して、洞穴へとやってきた太郎達。
「確かに小さい穴だね、アンタには狭いんじゃ無いか?」
「いや、これくらいでないと、鴉の怪異に逃げ回られてしまいます。しかし、得物は短いものしか使えないかもしれません、何か良い物は無いか……」
そこへ観客衆の男が荷車を牽きながらやって来て、太郎に話しかけてくる。
「おう兄ちゃん! 早かったな! これが松明だ。まあ、使い方は分かるよな?」
「はい、ありがとうございます!」
「それから雉子と雛の餌、兄ちゃんの食い物……」
「わ、私の食料?」
「あったりめえよ! 寝ずの番をするんだろう? しっかり食わなきゃ役目は果たせねえってな? つっても、食い物を提供してくれた奴の受け売りなんだがな? はっはっは」
そう言って男は笑う。
太郎は素直に礼を言う。
「礼には及ばねぇって! 俺はな……いや、俺達はだな。少なからず、その雉子に勇気づけられた口でな。敵いそうも無い相手に果敢に向かってく姿に感動しちまって、自分の仕事でも少しばかり挑戦してみりゃどうだ。案外うまくいくもんじゃねえか。今は観戦することが、験担ぎを兼ねた趣味になってんだ。だから──」
「だから?」
「その雉子に何かあったら、ただじゃおかねえ! ……なんてな」
「分かりました。必ず守り通してみせます!」
良い返事だと、満足そうに男は頷き
太郎に一本の鉈を手渡す。
「これは『貸す』だけだ。必ず、返しに来いよ?」
男はそう言い、太郎達に背を向けて立ち去る。
「もしや、ただ事では無いことに勘付かれてとしまっていたか?」
「まあ、良いじゃ無いのさ。騒動にするつもりが無ければ、ウチは構わないよ」
「そうかも、しれませんね」
それから太郎は黙々と準備を整えて、その時を待った。
それから時間が経ち、夜も遅くなった頃
太郎は怪異がくる予感、いや確信と言って良い何かを感じていた。
「クルミさん、間もなく来ます」
「まだ姿が見えない様だけど、オマエには分かるのかい?」
クルミの問いかけに、小さく頷き。
「感じたことの無い、嫌な予感というべきかか、気配に近いものを感じます」
太郎とクルミは洞穴の入り口を睨み付ける。
すると入り口の影から黒い人型の何者かが手を打ちながら現れる。
「お見事! 私の気配を感じ取るとは。もしや、貴君も『神気』の影響を受けた者かな?」
「誰だ!!」
太郎とクルミは、相手がただ者では無い事を察し
身構える。
しかし、ふたりの殺気を向けられた当事者は
どこ吹く風といった風で、のんびりと辺りを見回しながら
話し続ける。
「ふむふむ、奇襲と飛び回られるのを警戒して天井の低い場所を選びましたか、悪くは無いですね。そして、夜も遅いというのにこの明るさ。篝火でしたか? いや、松明だったかな? 闇に紛れられ無い様、対策したわけですね」
そこでまで言うと一旦足を止めて太郎を見る。
「ほう、得物も短い物を選び、狭い場所を想定していますね。良いですよ、貴方。名前を聞いても良いかな?」
「太郎……です」
「太郎……ふむ。普通、ですね」
その人型の生き物は、少しだけ悩む素振りを見せた後
再び声を発する。
「おっと、名乗り遅れました。私は『鴉昏』とでも名乗りましょう。何せ今考えた名です、名も無き者に斃されるのはあまりに不憫だと思いましてね」
鴉昏はそう言うと、太郎の間合いからぎりぎり外れた場所から
大きく一歩踏み込む。
「おや? まだ、私が何者か、図りかねているようですね? そこな雉子の雛を端から喰らった『鴉の怪異』と言えば伝わりますか?」
鴉昏の言葉にクルミは全身の血が逆流するような錯覚を覚える。
「キサマぁ!!」
今にも飛びかかりそうなクルミを抑え、太郎は鴉昏を見やる。
体の大部分を覆っている黒い羽毛や
口元には大きな嘴があり、鴉の怪異との共通点はあると言えばある。
しかし大柄の人間と同等の上背
筋骨たくましい二足の足で地面を踏みしめる様
その上、一日と経っていないにも拘わらず
流暢に人語を喋る様は、到底同一の物とは思えない。
「これは、想定外です。こうも変化されてしまえば、対策はほぼ意味を成しません……。それどころか、退路を塞がれただけとも言えます」
太郎は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
そんな太郎をクルミは叱咤する。
「それがどうしたんだい! 元々、やらなきゃやられる状況さ、何も変わっちゃいない! それに、アンタが守ってくれるんだろ!」
「!? そうだ……そうでしたね! 心が折れていたら、出来る物も出来ない!」
太郎の瞳に再び闘志が戻る。
それを見て鴉昏は薄ら笑いを浮かべて言う。
「話はまとまりましたか? では行きますよっ──!」
鴉昏との闘いの火蓋が切られた。




