空からの脅威
結局、クルミに拘わっていたせいで
次の集落まで行くことは出来ず、太郎は野宿を覚悟した。
しかし運良く見つけた民家で、納屋を借りることが出来
今回の旅で初めて、何事も無く夜を越すことが出来た。
太郎が家主に礼を言い、再び街道に戻ったとき
ふと呼び止められる。
「お、兄ちゃん! 昨日の雉子……あの後、何があったか知ってるかい?」
「あなたは確か、ク……雉子に絡まれているのを見物してた人ですね? 何かあったのですか?」
太郎は少し嫌な予感を感じつつも、男の話を聞くことにした。
男の話によると、今日もクルミはいつもと同じように
通りすがりの旅人に喧嘩をふっかけていたのだが
その風采は、ぼろ雑巾と見紛うばかりで
動きも精彩を欠いていたらしい。
そのほかにも雛を連れていたことに
男は驚いたのだという。
平素、雉子というのは雛をとても大事に育てる。
それを人目につく街道沿いにまで連れ出し
近場の茂みに隠れさせて、その周りで餌集めをするなんて
普段ならば考えられない。
「そう……ですか。何があったかは分かりませんが、あの雉子は今、どの辺りに居るのですか?」
「ああ、それなら……」
太郎は男に聞いた場所に向かうことにした。
太郎がその場所へと着くと、やはりクルミがいた。
「クルミさん! その怪我は一体どうしたのです!?」
クルミは気怠げに太郎の方を向く。
「ああ、アンタかい……」
そこまで言葉にした直後、その場に崩れ落ち、気を失う。
すると茂みから雛が駆け寄ってくる。
「母さん! 母さん! 死んじゃやだよ!」
雛の懸命な呼びかけにもクルミはぴくりともしない。
太郎は雛を見て違和感を覚える。
「あれ? 君、一羽だけかい?」
「きみは太郎だっけ……? 兄弟は、もう僕ひとりになっちゃったんだ。だから母さんまでいなくなっちゃうと、本当に……」
雛はその場でふるふると体を震わせて、うずくまる。
太郎はそんな様子の雛からは、これ以上話を聞けないと
クルミの介抱を始める。
「たしか、父上が持たせてくれた傷薬が……あった!」
太郎は松吉が持たせてくれた傷口を塞ぐと渡された薬を
クルミに丁寧に塗っていく。
「これで……よし」
太郎はこのまま様子を見ようと、ふうと息を吐いたとき
空から黒い何かが降ってくる。
その物体は一直線に雛へと向かう。
「──!!」
太郎は本能的に危険を察知し、雛を引き寄せる。
間一髪で雛は太郎の懐へと運ばれ事無きを得たが
黒い何かは、雛が居た場所で滞空し太郎を睨み付ける。
「ニンゲンガ ドウブツニ カタイレスルカ……」
「人語を話す!? お前は、鴉の『怪異』か!」
「ソノヨビナハ キニイラヌガ ソウダ ト イッテオコウ」
太郎はクルミと雛を守ろうと身構えるが
鴉の怪異は高く飛び上がり、太郎に向けて言う。
「キヲ アラタメルト シヨウ。オノガ ミガ オシケレバ ソノモノタチヲ ミステヨ」
そこまで言うと、更に高度を上げ飛び去っていく。
「何だったのだ……」
「アイツの言ったとおりさ……、とっととウチらを見限っちまいな。別に恨みやしないよ」
「クルミさん! 気がついたのですね!」
クルミの声を聞き、雛は太郎の懐からこぼれるように脱出し
無我夢中で、その傍らを目指す。
「お前にも心配かけたね」
駆け寄る雛に頬を寄せ、声をかけた後
太郎に向き直り、再び忠告する。
「見ての通り、奴は鴉の化け物さ。狡賢い奴で、その身を暗闇で隠して夜な夜な襲って来やがる。昨日の夜遣り合ってみたものの、空を飛んでる上に、夜ではウチの目は利きやしない。……結果、ご覧の有様さ。悪いことは言わない、ウチらのことは忘れて、先を急ぐのが利口ってもんさ……」
投げ遣りなクルミの言葉に、気になるところはあった太郎は
思わず語気を荒らげる。
「そんな言い方──!」
「……八羽」
「え?」
「ウチの子供は八羽居たんだよ。奴は最初、昼間に襲って来たんだ……もちろんウチは、必死に抵抗したさ。その時も今回みたいに、ぼろぼろされた挙げ句、二羽の子供が連れ去られた。敵わないと悟り、隠れられる場所を探しているときにまた一羽。隠れても駄目なら出来るだけ遠くに逃げようと荷造りをしている時に一羽、まるで『何時でも見張っている』とでも言っているようだった」
「そんな……!」
「でも、それで逆にウチの腹は決まった。隠れても逃げても無駄なら、戦うしか無いじゃないか。子供を守り切る為に強くなるんだと、胸に誓い、あえて強そうな相手に挑み自身を鍛え始めたのさ」
「それで追い剥ぎの様な真似を」
「あれは、ついでさ。子供達に沢山食べさせれば、早く大きくなって体力がつくんじゃないか? って。そしたら一羽くらいは生き延びられるかもしれないって……ね」
太郎はすぐに本心では無いと悟るが
そのまま、聞くことにする。
「それからは不思議と、襲ってくる間隔が長くなった。何故かは知らないけどね? このまま諦めてくれと思わなかった日は無いよ。でも奴はやってきた、それも『夜』に。ウチらは夜目が利かないから為す術なんて無い、ろくな抵抗も出来ずに攫われて行っちまったよ。ウチがしてたのは無駄な努力だったのかって、打ちのめされたよ……」
「それでも闘い続けたのは何故?」
「一矢報いる為……だね。奴にほんの一瞬でも隙ができれば全身全霊の一撃を叩き込んでやるつもりさ」
「そうですか……でもその一撃で仕留め損ねた場合、クルミさんはもちろん、雛にも危険が及びませんか?」
太郎はクルミの意気込みは理解できたが
どうにも心配な要素の方が強く感じる。
「いや、ウチならやれるさ! その為に鍛錬を積んでたんだ。そもそも一撃で斃す必要は無いよ、奴ら鴉は『眼』が良い。逆に言えば依存度も高いって事さ、その眼を潰してやれば、動きはがた落ちになる。そこへもう一発お見舞いしてやれば、流石の化け物鴉でも堪えるはずさ」
「鴉の眼を一瞬で的確に狙えるだろうか……?」
「うだうだうるさいねえ、出来る出来ないじゃない、やるんだよ! 何よりウチはやれると信じてる」
何故それほどまでに、自分を信じられるのか
太郎は不思議に思う。
クルミもそれは分かっているようで
太郎に諭すように告げる。
「根拠なんてないんだよ、でも自分が自分を信じないでどうするのさ? 自分は出来ると思い込む事で、物事が好転する事なんて結構あるもんだよ。もちろん、実現するための努力も忘れちゃいけないよ?」
「『自分を信じる』……。分かりました、私もクルミさんの復讐、手伝わせて下さい!」
「復讐か……確かにそうだね。だが、本当に良いのかい? 生きて帰れないかもしれないよ?」
クルミは珍しく控えめに言う。
しかし、当の太郎はにっこりと微笑んでこう返す。
「いいえ、必ず生きて帰ります。もちろんクルミさんや雛も無事に守り通してみせます! 私は出来る、そう信じてますから!」
「言うじゃないか」
クルミはくつくつと笑う。
「太郎! アンタは面白いね、良いよ! ウチの復讐劇、とくと見な!」
協力を申し出た、太郎は幾つかの提案をし
クルミは快く承諾し、その準備に勤しむのだった。




