追い剥ぎ
あれから太郎は街道を順調に進んで……は、いなかった。
「おい! オマエ! 美味そうなもん持ってんじゃないか。そいつをこっちによこしな!」
──太郎は今、追い剥ぎに遭っていた。
太郎は恐る恐る声の方を振り返ると
姿は見えない。
まさか、また怪異の類いかと脳裏を過るが
直ぐにそうでは無いと気付かされる。
「どこ見てやがんだい! ウチはここだよ!」
太郎は視線をおろし、それを見る。
「君は……雉子?」
「おっ? オマエ、言葉が通じるんだな! だったら話が早い、とっとと腰にぶら下げた、その袋の中身を残らず全てよこしな!」
太郎は困る、食糧はもう黍団子と
幾らかの携帯食しか残ってない。
その上、松吉から譲り受けたお金はすべて
おユウの所へやってしまった。
「私の食糧は、もうこれしかないんだ。勘弁してくれないか?」
「ほうほう、出し渋るってのかい? だったら『力尽く』だよっ!」
言うが早いか、雉子は軽く翼を羽ばたかせて跳びあがり
そのかぎ爪で太郎へと襲いかかる。
怪異と渡り合ってきただけあり、太郎はそれを難なく躱すが
直後、不思議なことがら起きる。
「おい、あの雉子またやってるぜ!」
「本当だ! 今回の標的はあの若者かぁ」
「流石に今回も厳しいだろう? よくもまぁ、懲りもせずに……」
「あの鳥、何で自分より明らかに強そうな奴に挑むんだろうな?」
……道行く人が、どんどん集まってきたのだ。
「え!? 一体何が起きて……」
「人間が、また湧いて出やがった。よく見れば、見知った顔も居るね……」
雉子が苛立ち始める。
「オマエら! こいつは見世物じゃないよ! どうしても見たいなら、見物料として食い物全部置いて行きな!」
本来、動物との会話に『音』は必要としないが
雉子は感情の昂りから、思わずチョッチョッという様な
鳴き声が漏れる。
それを聞いた観客達は、食べ物を少しずつ雉子の前に並べる。
「流石に何回も見てれば、食い物を欲しがってるのは分かるしな」
「面白い物を見せてくれるんだ、ちょっと位なら良いよな?」
「そうだ、そうだ」
微妙にすれ違いつつも、意思の疎通が出来てしまっている事に
太郎は軽い目眩をおぼえる。
雉子は雉子で、その食べ物の量に満足し機嫌をなおす。
「さて、残るはオマエだけだ」
太郎に向けて、雉子は闘争心を剥き出しにする。
まだ諦めてなかったのかと太郎は思うも
雉子に相対し、無手で構える。
「残念だけど、諦めて貰うよ」
太郎は角力をしていたときの感覚を思い出し
自然と笑みがこぼれる。
「上等じゃないか!」
雉子は再びかぎ爪で襲いかかるが
今度は太郎も捕まえるつもりで構え
じっくりと観察し隙を探す。
何度も何度も雉子の攻撃を捌いた後
太郎は確信を持って動く。
「悪いが、ここまでだ!」
雉子が跳び上がろうと羽ばたいた瞬間に
左腕を右の翼の下から逆さ手に突っ込み、腿から膝の間を掴む。
と、同時に左腕の下から直角に交差するように伸ばした右腕で
首もとをつかみ、怪我をさせぬように注意を払いながら
一息に回転させて、仰向けになるように抑え込む。
「おぉーー!!」
「鮮やかだな!」
「あの若いの、かなりの手練だ……」
「これは決まったな」
……などと観客から、感嘆の声がわく。
「くそっ! くそっ! 離しやがれ!」
なおも雉子はもがくが、太郎はにっと微笑んで言う。
「私の勝ちだな、私の食糧は譲れない。だけど、久し振りに楽しかった。ありがとう」
そして手をぱっと離す。
解放された瞬間に雉子は、近くの小さな茂みに
頭から突っ込んで動かなくなる。
「…………?」
太郎があっけにとられていると、観客の者達が声をかけてくる。
「兄ちゃん、あれは隠れてるつもりなんだ。悪いが見逃してやってくれ」
「ここまでで一連の流れなんだよ」
「あの雉子には、元気に喧嘩を吹っかけてて欲しいからな、頼むわ」
「兄ちゃんもなかなかだったぜ、これを受け取ってくれ」
そうして、太郎が呆然としているうちに小銭を握らされ
観客達は解散していく。
「な、なんだったんだ……」
少しして、太郎が気を取り直し、先に進もうとした時
あることに気がつく。
「先程の人達が置いていった『食糧』……どうしようか? 明らかに鳥が好みそうな物ばかりなのだが」
そう言って茂みに刺さっている雉子の尻を見やる。
動く様子は見られない。
離れれば勝手に持っていくだろうか?
いや、他の者に持ち去られるかも?
そもそも、この量を運べるのだろうか?
などと思案した後、話しかけることにする。
「もし、そこの雉子殿! この食糧を運ぶのを手伝うので、いい加減戻って来てくれないだろうか?」
するととんでもない速度で戻ってくる。
「誰が殿だい!! ウチは雌だっつーの! それに『クルミ』って可愛らしい名前だってあるんだ!」
勢いよく翼を広げ、太郎の腰辺りを叩く。
「確かに可愛らしい名前だけれど……」
そんな言葉をもらす太郎に、クルミはキッと鋭い視線を向ける。
「何か言いたいのかい? ……だが、それ以上は命取りだよ?」
先程の勝負を忘れたのか、クルミはそんな事を言う。
とはいえ、これ以上突っかかっても、話がややこしくなるだけなので
太郎は黙ることにする。
「それよりアンタ! さっきの話しは本当かい? 食い物を運んでくれるっていう……」
「私は太郎です。クルミ……さん、だけでは大変かと思うので、手伝いましょう」
「そんな事言って、ウチの食い物奪う気じゃあ、無いだろうね!?」
太郎は大袈裟に首を振り、潔白を訴える。
「まさか! 見たところ、鳥の好物が多そうですし、私は先程『謎の臨時収入』を得ました。他人の物を盗るほど逼迫してはいません」
クルミは少し悩んだ後、小さく頷いて
太郎をついてくるように促す。
「ほら、ぼさっとしてないで、それを持ってついてきな!」
太郎は慌てて食糧を抱え、クルミの後に続く。
クルミを追いかけて、しばらく行くと
背の高い草が鬱蒼と生い茂っている場所に辿り着く。
「お前達! 帰ったよ!」
クルミがそう言うと、奥から雉子の雛が二羽出て来て
クルミへと擦り寄り、クルミに何かを訴える。
それを聞いたクルミは怒りに体を震わせて、空を睨む。
「あんのクソ野郎! もう勘弁ならねぇっ!」
雛の登場と、怒り心頭のクルミを見て
出る機会を失った太郎は控えめに声をかける。
「あの、食糧はここで良いでしょうか?」
太郎の声を聞いた雛達は、跳び上がるほど驚き
一目散にクルミの影に避難し、頭を隠しぴくりとも動かない。
そんな雛達を見てクルミの表情は少しだけ柔らかくなる。
「お前達、そんなんじゃ隠れられちゃいないよ!」
「…………」
太郎はひとまず心を無にする。
「こいつは『太郎』って言って、お前達の食い物を運ぶのを手伝ってくれたんだ。太郎、食い物はここに置いとくれ」
クルミの言葉で警戒を緩めたのか、雛達がちらちらと太郎を気にしながら
クルミの影から出てくる。
そんな様子を微笑ましく眺めながら太郎は
指示通りに食糧を降ろす。
それを確認したクルミはテキパキと動き
雛達に餌をやり始める。
「やっぱり、森へ隠れ棲まなきゃ駄目かねぇ……」
不意にこぼした弱音を、太郎は聞き流すことは出来なかった。
「何か……あったのですか? 先程の反応と良い、ただ事では無さそうですが」
「おっと、口に出ちまってたかい? 恥ずかしいとこ見られちゃったね。なに、他人に言うようなことじゃあ無いよ、気にしないでおくれ」
クルミの態度からは、これ以上は話さないという意思が見て取れる。
太郎も他人に相談したくない時もあるのを
身をもって経験しているからか、そこで一旦会話が途切れる。
そうこうしている内に、雛への餌やりが終わる。
おどろくべき事に、あの量を二羽はぺろりと平らげた。
「良い食いっぷりだよ。その調子で、どんどん大きくなっとくれ」
クルミは満足そうに言うが、太郎は堪らずに尋ねる。
「クルミさんは食べないのですか? 先程持ち上げたときも、少し軽すぎる気がしたのですが……」
「う、うるさいね! う、ウチは別で食べてるから良いんだよ! ホラ! 用事が済んだなら、とっとと行っちまいな!」
追い払われるようにして太郎は街道へと戻る事になった。




