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【妄想異伝】曰本昔話 ももたろう  作者: 天華L
第2部 桃太郎編
38/67

怪異との戦い

「さぁて、どうやって料理しようかねえ。ふぇっふぇっふぇっ」


 おトラは思わず笑みがこぼれる

終始上機嫌で、鼻歌交じりに

調理器具や調味料を選別していた。


「この辺りで良いか。味はともかく効果の程を知りたいからねえ」


 包丁をにぎりしめ、うっとりとした表情でそれを眺めていると。


「……うえ! ……父上! どうされたんです!」


 おトラは、首から上だけ動かし

二人が寝ているはずの部屋の方を見やる。


「誰だ……? 松吉の連れか? いやそんなはずは無い、今は毒の効いている時間のハズだ……ああ! 忌々しい」


 おトラは急に現実に引き戻されて、徐々に怒りが込み上げてくる。


「……まあどうでも良いさね。まとめて喰っちまえば良いだけさ」


 持っていた包丁を、強く握り直しおトラは

寝室へと踏み入る。


「父上! しっかりしてください!」


 太郎はなおも、松吉に声をかけ続けていた。


父上(・・)ぇ? 松吉の奴、養子でもとったのかいぃ?」


 太郎は声のする方へ、弾かれるように向き直ると

包丁を握りしめたおトラがおり、その眼には狂気が宿っている。


「あなたは……おトラさん!?」


「あんた、本当に松吉の子かい? あれから十年と経っていないんだ、そんな訳無いだろう?」


 松吉は心の中で祈る。


 ──太郎、どうか。他人を装ってくれ! でないとお前まで!!


「何を言う! 正真正銘、松吉とおハツの子だ!!」


「そうかいそうかい、若返っちまう桃だ。子供が異常(・・)でも、おかしな話では無いのかもねぇ」


 ニヤリと嗤うおトラと、無念を滲ませる松吉。


 太郎は松吉を庇うように立つが、おトラの狙いは既に

太郎に変わっていた。


「まあ、動ける獲物と動けない獲物……どっちを先に処理するかなんて、考えるまでも無いねぇ!」


 言うやいなや、おトラは老婆とは思えない速度で

太郎に襲いかかる。


 太郎は身動きの取れない松吉を小脇に抱えて

攻撃を躱すが、おトラの想像以上の速度に太郎の服が

一部斬られてしまう。


「速い!?」

「あんた何者だい!」


 とはいえ、必殺の一撃のつもりで放った突きをかわされ

おトラも、太郎に対して警戒度を上げる。


「見た目も普通じゃ無ければ、その能力(ちから)も普通じゃ無いって訳かい……ならば!」


 おトラの肌は、およそ人間の肌とは思えない青黒い物へと変貌し

顔は野犬の如く、鼻から顎にかけてせり出す。

 大きく裂けた口からは、見せつけるように鋭い牙をむき出しにしている。

 そんな顔の下部とはうってかわり、目玉は不釣り合いなほど大きく

爛々とした眼差しで、太郎を()めつける。


 松吉は、おトラの姿を見て少なくない衝撃を受け

思わずこぼす。


「まさか『怪異』に堕ちていたとは……」


 太郎に向けられていた、おトラの目がぎょろりと松吉を見る。


「無理に動かされた衝撃で、毒の効果が切れかかっちまったのかい、厄介だねぇ」


 その明らかに人間から逸脱してしまっている、悍ましい声に

太郎も松吉も嫌な汗が噴き出す。


「ち、父上! 家の中は狭すぎます! いったん外に──」

「させないよ!」


 寝室の入り口からおトラが動いた隙に、外へ逃げようと画策した

太郎を牽制するように、おトラは獣の様に動き回り

再び入り口の前に陣取ってしまう。


「さっきよりも速い!?」

「すまない太郎、わしが動けないばかりに……。どうか、わしを置いて太郎だけでも逃げてくれ」


 松吉の弱音に、太郎は大きく(かぶり)を振る。


「そんな事! 出来るはずがありません! 私は、守られるのでは無く、守るために強くなりたいのです! ここで逃げれば、それはきっと、永遠に叶うことは無い!」


「ごちゃごちゃうるさいんだよ! どのみち誰一人逃すつもりは無いよ!!」


 おトラが太郎の太腿目掛けて飛びかかり、噛みつく。


「ぐっ!! ──痛くない!?」


 見ればおトラは確かに噛みついており、牙は深く刺さっている。

 しかし一向に太郎が痛みを感じることは無く

まるで、噛みつかれている部分だけ、自分の体では無いような

不思議な感覚に襲われる。


 困惑している太郎を見ておトラは口角を上げ

心の中でほくそ笑む。


 ──せいぜい足掻いて、血を失いな! この至近距離で

丸腰の人間が出来ることなど、たかが知れているっ!


 不意におトラは、強い……いや、強すぎる力で

首根っこを掴まれ、たまらず叫ぶ。


「ぎゃあああ!!」


 叫んだ拍子に、太郎の太腿から牙が外れる。

 すると途端に太郎に激痛が走る。


「ぐうぅっ!!」

「なんて馬鹿力だよっ! これじゃあ、掴まれたらお終いだ! こいつは本当に人間かい!?」


 太郎は足に怪我を負い機動力が落ち

おトラは太郎の怪力を怖れ、消極的になっていて

互いに攻め手を欠く状況に陥る。


 しかし、出血がある分、時間がかかるほど太郎には不利になる。


 それは太郎にも自覚があり、おトラを近寄らせないように

立ち回りつつも、気取られない様に入り口を目指すしかなかった。


 そんな時、松吉が小声で話かけてくる。


「太郎、だいぶ体の感覚が戻ってきた。そこで提案なんだが──」


 とんでもない提案に、太郎は面食らう。


「えっ!?」

「頼む! 上手くいけば、おトラを倒せるかもしれん」


「……分かりました」


 太郎は入り口への直線上に、遮蔽物が来ないように

立ち回りを意識し、機を窺う。


「今だっ!!」


 太郎は松吉を居間へ向かって投げる。

 おトラは一瞬面食らったものの、ニヤリと嗤い口を開く。


「体の自由のきかない父親を見捨てたのかいぃ? いや、自己犠牲かねぇ? ──だが!」


 おトラは体を翻し、松吉の方へ向かう。


「結果、松吉を見捨てたような物だけどねぇっ!」


 恐るべき速度で迫るおトラに、松吉は叫ぶ。


「そいつはどうかのっ!」


 松吉がおトラに向かって何かを投げる。


「そんな物が当たるものかい!」


 おトラは当然とばかりにそれ(・・)躱し、尚も松吉に迫る。


「でやあああぁぁぁぁ!!」


 太郎は、松吉が投げた『鉄製の火箸』を空中でつかみ

そのままおトラ目掛けて振り下ろす。


 太郎の放った一撃は、おトラの肩口を捉え

その剣速と怪力により、おトラの体にめり込む。


「あぎゃああああああ!!」


 松吉に襲いかからんと飛びかかった拍子に

火箸による攻撃で、床に体を激しく打ち付けたが

それどころでは無い。

 肩にめり込んでいる火箸は、怪異となったおトラの骨をも砕き

耐え難い激痛を全身に齎している。


「ひっ! ひぃ! 痛い痛い痛い痛い!」


 言いながらおトラは傷口に自身の唾をかける。

 自身の唾が、感覚を麻痺させることを知っているのだ。


 何とか、痛みを誤魔化したあと、太郎と松吉を睨み付け

涙流しながら、わめき散らす。


「くそったれが! 何であたいばっかりこんな目に遭わなきゃならないんだいっ! はぁはぁ、あたいだって若返る権利があるはずだ! なのにどいつもこいつも邪魔しくさりやがって!! 桃を喰うまで死ねない……はぁはぁ……死ぬわけにはいかないんだよ! そのために身を捧げてくれた秋吉の為にも!!」


 おトラは近くにあった物を太郎に投げつけ、振り向きもせず

山の奥へと逃げていく。


 その様子を見た太郎と松吉は、追うことは出来ず

その場で手足を投げ出し、倒れ込む。


「たす……かったのか……?」

「はい……おそらくは……」


 二人は、我に返り痛みが体を襲ってくるまで

そのままの格好で放心していた。




「くそっ! くそっ! 必ず復讐してやる! 今は傷を癒やすために、出来るだけ遠くに逃げなければ!」


 おトラは怪異となった体を遺憾なく発揮し

夜の森をひたすらに駆け巡っていた。


 ここまで来れば、大丈夫だろうと思う場所よりも更に奥へと

移動したとき、ようやくおトラは一息つく。


「ふう……痛みはどうとでもなるが、この怪我はちゃんと治るのかねぇ? ああ忌々しい」


 肩の形を整えつつ、恨み言を吐いていたおトラだったが

不意に、何か(・・)の気配を感じ、慎重に辺りを探る。


「……まさか、追いついてきたんじゃ無いだろうね?」


 ちいさく呟く。


 その言葉が夜の森に溶け込むより早く

それ(・・)は姿を現す。


「なぁんだ、獣畜生か。見せもんじゃ無いよ! どっか行け! しっしっ!」


 おトラは追い払う素振りを見せるが、その獣は

おトラを真正面に見据え、立ち上がる。


「ガァアアァ!」


「熊公の分際で、あたしとやろうってのかい? 生意気な! ぶっこ──」


 言おうとした言葉は最後まで続かず

おトラの視界は、気付けば、地面と自分の体を見上げていた。


 おトラは眼を剥き、驚愕の表情で固まっていたが

その景色も直ぐに、黒一色になり事切れる。


「まったく、相変わらず太郎は甘えな。こういう手合いを野放しにすると、他の誰かが犠牲になることが多いってのに……。ああ、だいぶ離れちまったなぁ」


 吾郎(・・)は元来た道のほうを見る。


「太郎、俺が面倒見られるのはここまでだ、強くなれ! そして、俺達の森へ帰ってこい。俺は、何年でも待っている」


 吾郎の呟きもまた、誰に聞かれることも無く

虚空へと消える。

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