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【妄想異伝】曰本昔話 ももたろう  作者: 天華L
第2部 桃太郎編
34/67

怖れ

 普段の太郎は早起きである。


 しかし、あんな事(・・・・)があった故かなかなか寝所から

出てこなかった。


 猪狩は鍛錬を終え、床につき

松吉はおハツに勧められ仮眠をとった後

畑仕事をするため出かけていく。


 それでも太郎は起きて来ない。


 そんな太郎を心配しながらおハツは待ち続ける。




 一方、太郎は暗い部屋の中で独り

膝を抱えて蹲り、言葉を発することもせず

時折、脳裏にあの時の光景が()ぎるのか

静かに涙を零す。


 そんな時、壁越しから声が聞こえる。


「太郎、爺さまが死んだ。爺さまの弔いと、次の主を決める集まりがある。太郎も来ないか?」


 吾郎だ。

 吾郎の誘いに、太郎は同じ体勢のまま話し出す。


「私は、高爺さまが斃されるその場に居た……」

「!?」

「高爺さまを殺したのは人間で、侍と呼ばれる身分らしい……」

「侍っていうと、確か武器を持って戦う戦闘集団だったよな? そうか……じゃあ、爺さまは戦って死ねたんだな! 良かったじゃねえか」


「良くないよ!! 高爺さまは死んじゃったんだよ!?」


「爺さまだって常々言ってたろう? 戦って死にたいって」


「でも! もう戻って来ないんだよ!? 吾郎は悲しくないの!?」


「念願叶って生涯を終えたんだ、喜んでやらなけりゃ、それこそ爺さまが悲しむ。それにな……太郎、森には死なんてそこら中に転がってる、自分以外の死なんて……いや、自分の死ですら割り切って考えるのが普通だ。爺さまは主だったから弔いをするが、他の者ならただの野犬達の餌だ」


「そんっ……な……」


 吾郎の言い様に太郎は絶句する。


「太郎が爺さまの事を覚えていて、教えを大事にしてやれば、それは太郎の中で爺さまが生きているって事なんじゃ無いか?」

「それは……そうかもしれないけど……。やっぱり、高爺さまの弔いには行けない……」


「そうか……まあ、太郎が爺さまと仲が良かったのは皆知っているし文句も出ないだろ。主決めも『人間』の太郎は関係ないしな、やりたいって言うのであれば別だろうけど?」


 吾郎は冗談めかして言うと、太郎は弱々しく笑う。


「私には無理だよ、おそらく吾郎に決まるだろうし、それに異存もない」

「だよな! あーでも、主なんかになったら益々嫁が見つからなくなるか?」

「逆じゃ無いのか?」

「何言ってんだ、肩書きに群がる熊なんて居ねえって。むしろ面倒事が増えるから、敬遠されるだろうな」


「そういうものか。まあ頑張ってくれ」

「他人事だと思いやがって……まあやるしかないか! じゃあ、また角力大会に誘いに来るわ!」


 そう告げて吾郎の気配は遠のいていく。


 吾郎が去ったあと、太郎の身体は再び(・・)小刻みに震え始める。


 太郎は悲しみももちろんあるが

それよりも大きな『恐怖』に心を苛まれていた。


 初めて触れる、身近な者の『死』

それは未熟な太郎の心に

想像以上に重くのしかかり、身体を縛る。


 あの時、自分が余計な事をしなければ

高亥は生き長らえたのではないか?

 それとも、ああすれば……こうすれば……と

延々と自分を責め続ける。


 そんな時、寝所の戸が叩かれる。


「太郎殿、少し良いだろうか?」


 太郎は顔をあげて、戸の方へ目を向ける。

 松吉やおハツの声とも違う声……

高亥を殺した男だと、太郎は理解し

返事をせずに、再び顔を伏せる。


 それっきり猪狩の声は聞こえなかった。




 日も傾き、辺りを赤く染める頃

太郎は目を覚ます。

 いつの間にか眠っていた事に、少し驚きつつも

ため息を一つ吐き、目を伏せる。


 何も考えなければ、身体の震えは収まりつつあったが

あの時の事を思い出すと、未だに身体が強ばるのがわかる。


 結局、太郎は食事はおろか、厠すらせずに

一日寝所から出ることもなかった。


 しかし身体は正直なもので、不意に『ぐう……』とお腹がなる。


「さすがにお腹がすいたな……、父上や母上に、心配かけてしまっただろうか……?」


 謝ろう……父上や母上、それに無視してしまったあの人にも。


 太郎が重い腰を上げて、わずかにふらつく足取りで

寝所の戸を開ける。


「おう、太郎殿。目を覚まされたか」


 猪狩が戸の前に座っていて、太郎が出てくるのを確認し

声をかけてくる。

 思いもかけない登場に太郎は吃驚(びっくり)して、

後ずさりしようとするが、足がもつれ転んでしまう。


「大丈夫か!」


 予想してなかった反応に、猪狩も慌てる。


「痛たた……大丈夫です。まさか、ずっと戸の前に?」


 猪狩はニッと笑い、大きく頷く。


「どうしても太郎殿と話がしたくてな」


 ここで待ち続けられても困るし

謝ろうと決めた矢先だったので

床板よりは幾分座り心地の良い場所へ通し

話を聞くことにする。


 太郎と猪狩は向かい合って座る。

 すると、二人が腰を下ろすやいなや

すぅ……という音が聞こえる。


「先程はすみませんでした!」

「此度は申し訳なかった!」


 そして、どんっという音が鳴る。


「…………?」


 二人は何やら違和感を感じ、そっと頭を上げる。

 太郎と猪狩は目が合う。


 どうやら、二人同時に頭を下げていたようで

互いに互いが謝罪を目にする事は無かったという珍事が起きる。


「うん? 太郎殿に謝られるいわれは無いと思うのだが?」

「実は……最初の呼び掛けの時に気付いていながら、話す気分になれなかったので、無視してしまいました……。それから眠ってしまったようで、結局長い事、待ってもらってしまった様で……」


 猪狩はなるほどとつぶやき、うんうんと頷く。

 申し訳なさから、太郎は控えめにうかがう。


「あの……そちらは?」


「……? ああ! まだ名乗っていなかったな! 拙者は巽家家臣『猪狩 蒼達』と申す。待たされた件については、気にしなくても良い。太郎殿のご両親に、おおよその事情は聞かせていただいた。話したくない気持ちも理解出来る。むしろ応じてもらい感謝している」


 猪狩は改めて頭を下げ、謝意を表す。


「そして、こちらの謝罪の訳だが。やむを得ずとはいえ……いや、言い訳はよそう。太郎殿の大切な者を殺め命を奪った、その事実は変わらない。太郎殿の望む事で、拙者が出来ることならば『何でも』協力したいと思っている。とはいえ、それで許してもらおう等とは思っておらぬ。まがりなりにも罪滅ぼしをして、自分の気を紛らわせようとしているだけだ」


 太郎は息を飲む。


「私の……望むこと……」


 瞬間、復讐の二字が脳裏をよぎるが

高亥の最後の言葉を思い出し、言葉を飲み込む。


「私の望みは……分かりません」


「そうか、確かにまだ日も浅い、じっくり考えてくれて良い。この怪我が癒えるまで今暫くかかる、この家にはそれまで世話になると思うが、何もそれまでに答えを出せとは言わんし、気長に待つことにする」


 猪狩の言葉に太郎は小さく頷き

その後一言二言程度の話をして解散する。


「私のしたい事……」




 それから数日たったある日のこと、吾郎が角力大会の誘いに来る。


「太郎! 角力やろうぜ!」


 めっきり震えも来なくなり、恐怖を克服できたと思った太郎は

吾郎の誘いに応じることにする。


「久しぶりに主様に、稽古をつけてやろうか!」

「言いやがるわ!」


 二人とも好戦的に笑い、森へと歩を進める。


 出だしこそ普段通りだった太郎だが

森が近づくにつれて口数を減らしていき

遂には足を止めてしまう。


「うん? どうした太郎?」


 しかし太郎は応えない。

 太郎自身、何が起きているのかよく分かっていなかった。


 身体中から汗が吹き出し、顔からは血の気が引き

唇は小刻みに震え、足は鉛のように重く

これ以上は進めないと、本能的に理解してしまう。


「って、顔色が悪いぞ? 今日は止めておくか?」


 太郎は精一杯の(・・・・)力を振り絞って小さく頷く。


 太郎は吾郎に付き添われ、家へと戻る。


「すまない……吾郎……」

「まあ、良いけどな。無理はするなよ?」

「……ありがとう」


 吾郎と別れた後、太郎は一人涙した。


 以前は生命に満ち溢れた場所と感じていた森が

自分の中で『死』の気配溢れる場所へと変わり

皆で過ごしたその場所(・・・・)を恐れ

避けようとしている事に、気づいてしまったから。


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