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【妄想異伝】曰本昔話 ももたろう  作者: 天華L
第2部 桃太郎編
33/67

猪狩

「高爺さま!!」


 太郎が駆けつけた時、その場には

血の匂いが濃く、常人であれば

鼻をつまみ、目を背けたくなるような惨状が広がっていた。


 高亥の状態を確認するのに夢中な太郎は

そんな中でも、高亥に目を向ける。


「そん……な……」


 太郎の目に映った高亥は

牙は折れ、血に塗れていない場所を探す方が難しいほどに

紅に染まった毛皮、潰れた片目

生きているのか死んでいるのか判断出来ない程に

身動(みじろ)ぎひとつしない巨躯。


 そんな姿に絶望している太郎に、声がかけられる。


「そこの人! まだ止めを刺すに至っておらぬ! 避難してくれ!」


 太郎が声の主に目を向ける。

 視線の先には高亥とやり合い負ったと思われる男が

怪我を押さえながら

刀を杖代わりにようやく立っている状態だった。


 ──瞬間、太郎の中で何かが弾けた。


「おのれぇ!!」


 しかし、太郎の叫びを掻き消すように

高亥が大きな声を上げ、立ち上がる。


 太郎も男も、高亥に目を向ける。


 高亥は、立ち上がった拍子に

あちらこちらの傷口が開いたのだろう

全身から血を流しながら威嚇する。

 もはや焦点も定まらない程に満身創痍で

気力だけで立ち上がったのは明白にもかかわらず

その鬼気迫る様子に太郎も男も動けない。


 そんな中、太郎の心に穏やかな声が響く。


「太郎、わしは直に死ぬ。だが、その者を恨んだり、憎んだりする必要は無い。寧ろわしは、その者に『感謝』さえしている。ただの年老いた猪としてでは無く戦士(・・)として死ねる。長く生きたわしにとって、これ程幸せなことは無い」


「で、でも……!」


「太郎。大切なものを失いたくなければ強く(・・)なれ! 強さとは力の強さだけでは無い。斃す為、守る為の力を十全に引き出すための『技量』。傷つく事、大切な物を失う恐怖を知ってなお、立ち向かう『心の強さ』。それらを兼ね備える者に、太郎ならば、なれると信じている」


 高亥はそこまで伝えると、体の力がどこからと無く抜け

倒れる(・・・)でも無く、崩れ落ちた。


 高亥が地に伏す衝撃で、震える空気が

太郎と男の頬を伝わる。


 男は大きく息を吐き、その場に座り込む。


「はぁ……はぁ……何とか、なったか。そこの人、大事ないか!?」


 高亥の働きにより、太郎からの敵意を感じずに済んだ男は

太郎の身を案じる。


 ……が、太郎からの返事は無い。


 太郎は高亥が逝った後、生気が抜けたような顔で

その場にへたり込んだまま動かないでいた。


 ──そこへ、松吉がやってくる。


「太郎! どうした! って、何という大きな猪じゃ! ……! なんでお侍様がこんなところに!? 怪我をなされてるでは無いですか!」


 松吉は一度の情報量の多さにたじろぐが

先ずは男へ駆け寄り、怪我の具合を見る。


「大丈夫でごさいますか? お侍様」

「ああ、この辺りに住む者か? 拙者への気遣いは無用だ、生き死ににかかわる様な傷は無い。そんな事(・・・・)よりあちらの人が、先程から声をかけても反応せん。そちらを見てやってくれんか?」


 松吉は少し躊躇ったが、その後強く頷き、男へ会釈し

太郎へと駆け寄る。

 見たところ怪我は無い、ただ虚空を見つめ

声も無く、涙を流していた。


 ──これじゃあ、まるで大人ではないか……!


 それが松吉が最初に感じた印象だった。


 出来る限り普通の子供のように育てていこうと、おハツと誓ったのに

神様はどうしても、この子を早く成長させたいのか! と心の中で

やるせない思いを押し殺し

こぼれそうになる涙をぐっと堪え

太郎の肩を揺らす。


「太郎! 太郎! しっかりしろ!」

「ちち……うえ……」


 松吉は子細は知らないものの

太郎と大猪の間には、浅からぬ縁があったのだろうと察し

力強く抱きしめた。

 すると太郎は堰を切ったように

大きな声を上げ大粒の涙を流す。


 松吉は抱きしめたまま、うんうんと何度も頷き

松吉の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。


 太郎の泣きじゃくる姿には、久しく見られなかった

年相応の少年の面影が見えた気がした。




 松吉は太郎を落ち着かせ、侍に肩を貸し家路につく。

 家に着くなり、おハツが太郎に駆け寄り優しく抱きしめる。


「太郎……母は何があったのかは分かりませんが、今はゆっくり休んで。あなたはまだ七歳、慌てなくても大丈夫よ。ゆっくり、一歩ずつ成長していけば良いのです」


 おハツは、寝所まで太郎を連れて行き

ふたたび松吉達の元へ戻る。

 そして侍に深く頭を下げ、傷の手当ての準備を始める。


「何から何までかたじけない、拙者は巽家家臣『猪狩いかり 蒼達(そうたつ)』という者、故あって巽家が治める領土にある村々を回っていたのだが……道に迷った挙げ句、食うに困ってししに手をかけたところ、ぬしに見つかりこのざまだ」


「それは大層なご苦労をなされたようで」


 松吉とおハツは準備をしながら頭を下げる。


 おハツが猪狩の怪我を水で洗い、その後

怪我に効くとされる野草を、加工した物を

松吉が用意した布に塗りつけ

傷口に貼り付ける。

 松吉の持ってきた端切れを包帯代わりにし

取り敢えずできる限りの応急処置を施しす。


「怪我の具合が良くなるまで、家に泊まっていってください」

「いや……ううん、そうか。すまない、世話になる」


 松吉の申し出に、猪狩はしばし迷った後

この家に留まることに決めた。


「そういえば、喰う為に狩った猪を置いてきてしもうた。責任を持って喰ろうてやらねば、猪にも主にも申し訳が立たん」

「分かりました、猪は私が取ってきましょう。ですがあの主と思しき大猪は、後ほど弔ってやりたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それは構わんが……理由を聞いても良いか?」


 松吉は難しい表情を浮かべ、しばらく逡巡したのち

猪狩に言う。


「込み合った事情がありますので、後ほどでも良いでしょうか?」


 松吉の言葉をうけて、猪狩は頷き、そのあと頭を下げる。


「分かった。元から無理に聞き出すつもりは無い。猪肉を取りに行く際は、くれぐれも無理をしないよう。野犬に取られていればくれてやって構わぬので」


「お気遣い心入ります」


 さっそく松吉は準備をして、森に入っていく。

 猪狩はその姿を見送った後、おハツに向かって頭を下げる。


細君(さいくん)殿も、世話をかける」


 おハツは慌てて頭を下げ、恐縮する。


「とんでも御座いません、ゆっくりなさってくださいませ」


 猪狩は苦笑いを浮かべ、おハツは咄嗟に自分がした反応を

気恥ずかしく思ったのか、下を向いたまま黙り込む。

 

 二人は松吉が帰るまで、どこか居心地の悪い

時間を過ごした。


 それから暫くして猪を荷車に乗せて、松吉が帰ってくる。

 それを心待ちにしていた二人は、にわかに浮き立つ。


 怪我を負っているはずの猪狩は

松吉と猪肉の処理を始め、おハツは思い出したように

料理を始め、作業終わりに直ぐに食事がとれる様にと

準備を進める。


 結局作業が全て終わり、猪狩が食事をとったのは

夜も明けようとする、朝方になった頃だった。


「朝餉の様な時間になってしまい、申し訳ありません」

「いやいや松吉殿、拙者にそう畏まらんでも良い。誰が見てる訳でも無し。歳とて、そうは離れておらんだろう?」


「それが……」


 松吉は猪狩にこの一家に起きていることを、大まかに伝える。


「なんと……にわかには信じられんが、本当なのだろう。確かにこの家族には多少違和感があるとは思っていたが。それでは、やむを得なかったとはいえ、太郎殿には申し訳ない事をしたな」


 松吉や猪狩、二人の話を聞いて事情が理解出来たおハツは

神妙な面持ちで黙り込む。

 そんな空気を変えるため、猪狩は話題を変える。


「細君殿、大変美味しく頂いた。まことにかたじけない。拙者は朝の鍛錬をしてから横になりたいと思う。この部屋の隅で休んでも良いだろうか?」


 松吉とおハツは猪狩の言葉に首を振り、恐縮する。


「いえいえ! そんな!」

「寝床は、わしの仕事場に用意しますんで! そちらにお願いします!」


 猪狩は未だ痛む身体を引きずりながら庭へと出て鍛錬を始める。

 そんな様子を見送り、松吉とおハツは寝床の用意や

朝の支度をしつつ、太郎の寝覚めを待つのだった。

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