高亥の望み
高亥との勝負がついた後、挑戦者として挑んできた
吾郎にあっさりと敗れる。
「こんなに簡単に負けるなんて……」
太郎は自信喪失していた。
動物達もたちは励ますのだが、焼け石に水で
太郎は落ち込むばかり。
そこへ大きな影が歩み寄り、となりに腰を下ろす。
「太郎と吾郎の力は拮抗しておる。わしとの試合で体力を使い果たしていた太郎と、観戦していて体力もやる気も充分な吾郎では、勝負にならんよ」
「高爺さま! ……さっきはごめんなさい!」
太郎は『変わった』のを卑怯な手と思い込んでいた。
しかし高亥は首を振る。
「いや、あれで良かったんじゃ。とかく太郎は真っ直ぐすぎる。角力ならともかく、本当の戦いであれでは命が幾つあっても足りんわ」
太郎はばつの悪そうな顔で俯く。
「気にする必要は無い。今日、太郎に負けていなくても、そう遠くない未来、太郎と吾郎のどちらかに敗れるだろうしな」
太郎は顔を上げて高亥を見る。
「どういう事です?」
「簡単な事じゃよ、わしら『四足の獣』は地面を強く踏み込むことで、他の獣たちと比べ、力強さと速さを高い水準で両立しておる。にもかかわらず、二足で立っている、太郎や吾郎に力で並ばれては、自由の利く四肢が有るか無いかは命運を決めるには充分すぎる」
太郎は腕を組んで、うーんと考え込む。
「まあ、意識が飛んでしまうとは思わなんだが」
そこまで言って高亥は豪快に笑う。
「わしももう歳じゃな、最期は強者と戦って死にたいもんじゃ」
「そんな! 高爺さまは、まだまだ強い!」
太郎は前のめりになりながら高亥の言葉を否定する。
「ありがとう。だが衰えてからでは遅い、死力を尽くして尚、届かずに散る……そんな最期を迎えたいものだ」
「で、でも! 食べられてしまうかもしれないんですよ!?」
達観した年寄りの言葉に、太郎は狼狽える。
「わしを斃す様な強者の『血肉』になれるなら本望じゃ。わしの望みを叶えてくれるのは誰になるじゃろうな。獣でも良いし、人でも良い……太郎や吾郎でも良いぞ?」
太郎は大きく首を横に振る。
「後はそうじゃな……『鬼』でも良いな」
「鬼……?」
聞き慣れない言葉に、太郎は問いかえす。
「太郎は鬼を知らないか。少し前……と言っても、何十年も前じゃが、鬼という種族が猛威を振るっていた。人間のように雄雌いて、雄は体が大きく力も強い、かと言ってのろまという訳でも無い、皮膚も丈夫で獣の角や爪牙では傷一つ付けられん。雌は雌で体こそ人と変わらないが、彼女らの周りでは不思議な事が起きる」
「不思議な事?」
「そうじゃ。突如突風が吹いたり、小石や砂埃がこちらに向かってきたり、炎が伸びて囲まれた……なんて話もある。どうやら、自然物を操っているらしい。そんな者達ならば、わしの望みも叶うという物だろう?」
「……私は高爺さまには生きていて欲しいです」
「そうは言っても、自然は常に『死』と隣り合わせだ。戦いを避けても、いつ死ぬか分からん。だから太郎には悪いが、強者がいれば戦う、それが『戦士の性』という物だ。何より、皆を纏められそうな者も育ってきているしな」
「吾郎ですか?」
「そうだ。吾郎はまだまだ若いが、皆から慕われているし、実力もある。太郎も悪くないのだが『人間』だろう? ずっと森に暮らしていたら子孫を残せぬ、そろそろお前も良い年頃だ、幾つになった?」
「七歳です」
「十七か……そろそろ相手を見つけないと」
「な な さ いです!」
……暫しの沈黙。
「なっ! なんじゃとぉ!! お、お前は『人間』では無かったのか!?」
「え……? 人間だと思いますが。父上も母上も人間ですから」
通常の人間の年齢に当てはめて接していた
高亥は、ただただ狼狽し、自身の成長速度が異常な事を
自覚していない太郎はキョトンとする。
比較対象が居なかったため、仕方ないとも言えるが
妙なすれ違いが発生していた。
「馬鹿を言え! 人間の七歳と言えば、鼻垂れ小僧も良いところだ! なのにお前はどうだ! どう見ても成人しておるだろぉ!」
鼻息の荒い高亥に、若干引きつつも、太郎は考える。
「自分以外の子供に会った事が無いので、良く分からないですが、私は『変』なのでしょうか?」
太郎に引かれているのを自覚した高亥は
軽く咳払いをして、落ち着きを取り戻す。
「変か変では無いかは兎も角、わしの知っている人間の子供とは、一線を画す者があるな……。むしろ噂で聞いた鬼の子のようだ」
「鬼の子……」
「実際に見たことがあるわけでは無いが、鬼の子は成長が早く、十歳程になれば、大人と変わらないという。だが、鬼には角や牙があり、肌の色も様々だというし、太郎……お前は何者だ?」
何者だ? と言われても……という感情がありありと浮かぶ太郎に
高亥は苦笑し、詫びる。
「いや、すまなかった。何者であったにせよ、森で共に過ごした太郎は太郎にほかならない。気にする必要も無いな」
「はいっ」
太郎は若干嬉しそうな顔になり、元気よく頷いた。
それからしばらく経ったある日の夜のこと
森に身の毛がよだつような声が響き渡る。
寝ていた太郎や、松吉とおハツも起き出してくる。
「こりゃあ、なんの騒ぎじゃ……」
「何やら恐ろしいものが出たんじゃ無ければ良いですけど……」
松吉とおハツは不安そうに顔を見合わせる。
太郎は両親の陰から身を乗り出し、辺りをうかがう。
「さっきのは高爺さまの声だ……」
「高爺さま……?」
太郎はいても立ってもいられず、家を飛び出す。
「父上、母上、ちょっと出てきます!」
「待って! 太郎ちゃん!」
おハツが呼び止めるが、太郎は森の方へ駆けていってしまう。
「おハツ、わしが見てくる。お前は家で待っていてくれ」
松吉はおハツに、そう言い聞かせ
松明を片手に森へ分け入っていく。
──少し時間は遡る。
辺りも暗くなった時間に、山道を歩く一人の男がいた。
手には鉈を持ち、背負った荷物からは大きな鍋がのぞく
その身なりは百姓の様な風体だが、服の材質から
それらよりも身分が高かろう事は推測できる。
おそらくは『武士』というものだろう。
腰に携えた一口の刀が、振りまいている
『風格』からも、ほぼ間違いない。
「これは、──迷ったな! 町人の話によれば、間もなく『村』に着くはずなんだが……」
腕を組み、うーんと唸る男
その声とは違う声が、ごく近くから聞こえる。
ぐるるるるる……
まるで獣のうなり声のような音を
男の腹の虫は響かせる。
「……腹が減ったな。野宿は仕方ないにせよ、流石に今日は何か食うべきだな。腹が減っては何とやらと言うし」
男は辺りを注意深く観察し、耳を澄ます。
「こっちか?」
自分の感覚を頼りに、慎重に歩き出す。
男がしばらく歩くと、やや体の大きい猪がいた。
「お主には悪いが、ワシが明日を生きるための糧になってもらうぞ!」
男が鉈を構え猪との間合いをはかる。
状況を察した猪も興奮状態になり戦闘の態勢に入る。
……が、勝負は一瞬で終わりを迎える。
猪の突進を危なげなく躱し
すれ違いざまに肉厚の鉈を叩きつけ、脳震盪を起こさせ
木に激突するように誘導する。
気絶している猪に、腰に携えた刀で止めを刺し
血を払い納刀する。
再び鉈に持ち替え解体作業を始めようとするが……
「血の匂いがするから来てみれば……わしらの一族が狩られたか」
高亥が現れる。
男は余りの出来事に、一瞬手が止まるが
直ぐに高亥を正面に捉え戦闘態勢に入る。
「なんじゃあ、こりゃあ……主か!?」
「あの者とて弱い猪では無い。にもかかわらず、相手は無傷。……相手にとって不足無し」
「主殿、ここは一つ見逃してくれんか!? ……と言ったところで通じんか!」
互いに言葉は通じていないが、戦いの気運は高まっていく。
男は腰の刀を抜き放ち、高亥は臨戦態勢に入り
戦いの火蓋が切って落とされたのであった。




