角力大会
あれから熊は、度々太郎の元を訪れ
何度も会話をし、二人(?)は意気投合していった。
熊の名前は『吾郎』
太郎と同じく、当時は三歳であったという。
吾郎の話によると
この辺りを縄張りとしていた母熊は、
吾郎を身ごもり、子育てをしながら
冬を越すための食料を得るため、
あちらこちらを徘徊していた。
そんな時、運悪く太郎達が住む家の建築現場に
ひょっこり顔を出してしまい
人間に囲まれ、手傷を負わされ逃げ帰る。
結局、傷口から毒が入り、
徐々に衰弱し死んでいったそうだ。
吾郎自身も、あの日の少し前に
うっかり怪我を負ってしまい
母熊と同じように死んでしまうのだろうか、と
焦りが込み上げて来て
ならば、と思い立ち、母熊の無念を晴らすべく
あの場所へ向かったらしい。
「いやあの時は、太郎のおかげで助かった」
すっかり傷の癒えた痕を眺めて言う。
ずいぶん前の話にもかかわらず
吾郎は太郎に感謝しきりだ。
実際は蓬の効能等では無く、自然治癒だったのだが
二人は知るよしもない。
そんな訳で、太郎も吾郎の話を聞きながら
まんざらでも無い表情で吾郎の後を着いていく。
今向かっているのは、森の中にある小さな広場
日も充分に当たり、様々な動物達が集う場所。
今日は命の恩人である太郎を
森で共に暮らす仲間に紹介し
角力大会を開く為であった。
というのも、吾郎が角力をいたく気に入り
獣たちの間で小さな大会を開き、互いにしのぎを削っていた。
そこで己を鍛え、自信のついた吾郎は
圧倒的な力の差を見せつけて来た太郎への
『挑戦』を思い立ち、その舞台に
今回の角力大会を選んだわけである。
「今日は皆はりきっていたから、太朗もうかうかしてられないぞ」
「それは楽しみだ」
太朗も吾郎もどこかうきうきした表情で歩みを進め
やがて、広場へと到着する。
広場は日陰が多かった獣道とは違い
光に慣れていない目で見るには眩しいほどの
陽が差し込み、草が生い茂っている。
その中に不自然なほど草が無く
土がしっかりと踏み固められたそれの周りに
体の大きな動物達が集まり
試合に向けて各々気合いを入れたり
瞑想して集中力を高めているような雰囲気が見て取れる。
そしてそれらを囲むように
体格には恵まれていない動物達があれやこれやと
お喋りしながら、角力の始まりを今か今かと待っている様子だった。
「皆! 太朗を連れてきたぞ!」
吾郎がそう発すると、動物達が一斉に振り向き
太朗に視線が集まる。
その様はまさに矯めつ眇めつというのが
ぴったりで、さすがの太朗も困惑気味だ。
「本当に人間なんだな……」
「これに吾郎が負けたのか?」
動物達が思い思いの言葉を口にしつつ
訝しげな表情を見せる。
「角力なら得意だよ! 大人にだって負けた事ないんだ!」
太郎はそう言って、力こぶを作るような格好をする。
太朗は五歳になり、見た目は十二から十三歳程に見える。
にもかかわらず、些か子供染みた物言いに
動物達は一瞬あっけにとられる。
しかし直ぐに持ち直し、太郎の言葉が
本当ならば、試合が楽しみだと笑みを浮かべる。
その後、動物達の自己紹介を行い
太郎が動物達の名前を違うこと無く言って見せたので
動物達の中でも、太郎が言葉を理解しているのは
揺るがぬ事実として受け入れられた。
そして、角力を行う準備が整う。
とはいえ、現代の様な明確な取り組み等があるわけでは無く
出場者も挑戦者も希望制で、勝者は続けて角力を取る
勝ち抜き制だ。
最初の希望者は、年老いた大猪の『高亥』
体高が太郎の背丈ほどもある、森の主ともいえる存在だ。
「ぼくも角力したかったな……」
太郎がうなだれると、吾郎が言う。
「だったら、爺さまに挑戦したら良い。何より爺さまも、それを望んでる」
「そっか! はいはいはい! ぼく挑戦します!」
高亥はニヤリと笑い、頷く。
「良かろう! かかって参れ!」
高亥の言葉に他の者達は、うんざりとした様子で呆れる。
「何がよかろうだよ……、最初からそのつもりだったろう?」
「いきなり爺さまとやりたくは無いから、これは仕方ないな」
「多分、邪魔したら後が怖えんだろうな」
皆の言いようにも高亥はどこ吹く風で
太郎と土俵の中央で睨み合う。
ちょこちょこと栗鼠がやってきて
試合の開始を告げる。
「はっきょい……のこった!」
かけ声と同時に高亥が動く。
「どれ、先ずは小手調べじゃ」
高亥が巨体を活かし突進を仕掛ける。
観戦者達はまたしてもうんざりとした表情を見せる。
「何が小手調べだよ、あれ食らったら終わりだろ……」
「ホントだよ、あれを避け続けて爺さまがバテるのを待つのが定石だもんな」
そんなやりとりをよそに太郎は避けずに受ける構えを見せる。
「おいおい、ありゃあ無理筋だ。終わったな──えっ!?」
ずしんっ! と鈍い音を響かせた両者。
観戦者は、反射的に弾き飛ばされたはずの太郎を
目で追おうとするが見当たらない。
「何処へ行った!?」
「お、おい見ろよ。あの爺さまを受け止めてやがる……」
一斉に視線が土俵へと戻り、
そこにいる、顔を真っ赤にして耐える太郎と
一瞬驚いたものの、より一層笑みを強める高亥の姿が映る。
「ほう! これを受け止めるか! 森の腰抜け共とは違うようじゃ」
高亥はチラリと観衆を見遣る。
「いやいやいやいや……あんなの普通は無理だって」
「吾郎ですらどうか、って感じだもんな」
腰抜け共は言い訳めいた言葉を
口にする。
高亥はそんな様子を鼻で笑い
そして太郎に視線を戻す。
「さて、ではこれはどうかな?」
高亥は後方へ小さく跳ぶ、それにより
太郎は肩透かしを喰らった感じになり
前のめりに体勢を崩す。
そこへすかさず高亥が駆けてきた勢いのまま
鼻先を差し込み、かちあげる。
「うわわわっ!」
これには太朗も、為す術無く宙へ跳ね上げられ
土俵から放り出される。
「いててて……」
「人間、本当の強さを得たいならば、負けをどう活かすかも重要になってくる。励めよ」
太郎は高亥の言葉を胸に努力することを誓う。
「さて、次は誰かな?」
高亥が参戦者を募る。
多くの者が高亥が疲れてからと決め込んでおり
参戦者の名乗りはなかなか出ない。
そこへ黒い影が前へ出る──吾郎だ。
「太郎に出来たんだ。俺だってやらなけりゃ、太郎に勝つなんて無理だろ?」
吾郎は自分に言い聞かせながら、土俵へ上がり
高亥の前へ立つ。
「ほう、吾郎か。期待しているぞ?」
「爺さま、いつまでも力押し一辺倒で勝てると思うなよ?」
「吾郎も言うようになったな」
口調は変わらないが、高亥の視線が
ほんの少し鋭くなる。
「はっきょい……のこった!」
行司役の栗鼠がかけ声と同時に退避し
試合が始まる。
栗鼠の退避を確認し、高亥はお決まりの突進を繰り出す。
吾郎は太郎がしたように、腰を落とし
受け止める体勢に入る。
「吾郎、お前にも出来るか?」
高亥は嗤い、吾郎へと突っ込む。
太郎の時よりも大きな音と衝撃が辺りに広がる。
「どうだっ! 吾郎が止めたのか!?」
「やりやがった! 吾郎も受け止めやがった!!」
土俵では高亥の両牙をつかみ、耐えている吾郎がいた。
「ほう、軸をずらしたか……だが!」
高亥は無情にも、頭を大きく上へ振り上げ
吾郎を宙へ跳ね上げ、落下を狙い突進し
吾郎を土俵外へと叩き出す。
「……ありゃあ、まともに受けては、どうにもならないな」
「勉強になったな……」
外野は何かを悟ったような表情で結果を眺める。
「力自慢が立て続けに来ると、流石に疲れたわい、次は誰じゃ?」
高亥の言葉を聞くや否や、挑戦希望者が殺到する。
元気な時は無敵とも言える高亥だが
疲労が溜まってくると、途端に動きが悪くなる。
無敵状態の時に煮え湯を飲まされた者達は
数少ない復讐の機会として、この場を利用するのだ。
「まったく、腰抜け共が!」
高亥の呟きをよそに、角力大会は
太郎という新たな風と共に、何度も何度も試合をし
大いに盛り上がった。




