桃仙の秘策
「……救いたい?」
「それをして、あんたに何の得がある?」
少しの間呆けていたが、気を持ち直して
ウラは桃仙に問う。
「得か……。ホッホッホ、先程言うた様に人間の暴走を止める……いや、未然に防げれば、ワシに取って好ましい事じゃ、それに、永く観察してきた鬼にも、思い入れがあるしの。なに、そんなに身構えずとも良い。おぬしらの当面の問題は、種の保存じゃろう? 解決する術が、ワシにはある、という事じゃよ」
これに一番反応したのはシキョウだった。
鬼の首領として、四鬼の一人として、
斜陽の一途を辿る鬼族を、最も憂いていたのが彼だ。
自らの命が尽きる前に、何か対策を打てなければ
死ぬに死にきれないとさえ、思っていた。
「それは……、本当なのだろうな?」
「ホッホッホ、勿論じゃ。では、話を進めても良いかの?」
桃仙が面々を見渡すが、異論が無いのを確認し口を開く。
「ホッホ、先ずはワシが『桃仙』と言われる所以じゃが、特別な力を持つ桃『仙桃』を作り出す事が出来るからなのじゃが、仙桃には延命や若返りの効果がある、これだけでも、おぬしらの助けになりそうじゃろ?」
「確かに、だけどアンタの言うには、人間が大きく力をつけてきてるんだろう? アタイらが長く生き延びたとして、果たして解決になるのかい?」
リシンの言葉に、桃仙は満足そうに頷く。
想定していた反応だったのであろう。
「ホッホッホ、慌てるなと言うに。ワシは、仙桃の品種改良にも着手していてなぁ、言うなれば……特別な仙桃を作り出すことに成功したのじゃ」
鬼達の視線が桃仙に集まる。
その、思わせぶりな言葉にグテツは思わず聞き返す。
「特別な……仙桃だぁ?」
「ホッホッホ、黒いの、良い反応じゃな。そう、特別な仙桃。ワシの見立てでは、おそらく人間の魂百個分の代替として使えるハズじゃ、つまりは、桃一つで子を成すための条件を達成できると言うわけじゃ。それに、『呪と役』の話はしたな?新しい仙桃……そうじゃの『神仙桃』は、僅かながら呪と役を軽減出来、更に繰り返し使えば効果が上乗せされる。」
「役は良いが、呪を軽減してしまえば、力が失われることにならぬか? ただでさえ、人間が力をつけてきているのなら、得策とは思えんが?」
「ホッホ、緑の、良いところに気付いたが、ちと違うな。『失う』では無く『人間に近づく』じゃ。勿論、力は弱体化するだろう……が、闘争心を抑え、協調性も持てるようになり、連携がとれる様になる。そして何より、出生制限が軽減され、ゆくゆくは体の交わりだけで子が成せるようになるじゃろう。」
「それがどれ程弱体化した先かは、分からないのか?」
「ホッホ、そうじゃな青鬼、しかし出生制限が消えるまで使う必要も無い、無理にならない程度で止めれば、人間への身体能力での優位性は保たれるじゃろう。ワシも、抑止力たる鬼の働きは失われない方が良いと思うしの」
桃仙の言葉を聞き、思考の海に沈むウラとは対照的に
グテツは桃仙の提案を一蹴する。
「くだらねぇ! 生っちょろい奴らが増えたところで、何の意味もねぇ! 力を捨てて、生き延びる位なら滅びた方がマシだ!」
「グテツ、アンタは四鬼様の流れが途絶えても良いって言うのかい!?」
「そういう訳じゃ……。だが! こんな得体の知れないじじいの口車に乗って、生き延びる価値があるとは思えねぇ!」
グテツとリシンの言い争いを余所に、ウラとシキョウは静かだ。
すると、ウラが目を開き、桃仙に問う。
「その『神仙桃』は、どの程度、提供出来る?」
「ホッホ、年にひとつじゃな、少ないと思うかもしれぬが、手間もかかる上に、ワシは役で使えぬ時間もある」
ふむ、と少し考え、続いてシキョウに問う。
「シキョウ、アンタは首領として、どう考える。俺はグテツの意見も尤もだと感じる、それに弱体化の度合も分からない以上、一か八かの大博打だろう。『神仙桃』の年にひとつという数は、鬼の寿命を考えれば、弱体化したとしても、数を増やす上では充分だろうが……」
沈痛な面持ちで、ウラの言葉を聞いていたシキョウは
ゆっくりと口を開く。
「儂は、その話……受けたいと思う」
「!! おい、シキョウ! お前本気で言ってんのか!?」
グテツが掴みかかるが、シキョウは動かない
それどころか、グテツを睨み返し一喝する。
「鬼が滅びて良い等と、どの口が言ったか!! これまで先代、先々代と、どれ程の苦労をして種を繋いできたと思うておる!!」
シキョウの言葉を聞き、グテツ、リシンは押し黙り、ウラも静かにシキョウを見る。
その様を見てシキョウも、やや落ち着きを取り戻したのか、言葉を続ける。
「本来、人間の魂を百集める際に、男女で半々で無ければならぬ理由は無い」
「!!」
この言葉には、全ての鬼が驚愕した。
「ホッホ、ワシが教授するはずじゃったんだがのぅ」
「では何故、そんな回りくどいことを?」
「建前は、強者同士で子を成せば、より強い鬼が生まれると思うたから。しかし本音は、魂を集めた数が少ない側が、子育て等を全て押し付けられ、さながら奴隷の様に扱われる事が、しばしばあった。それを憂いた当時の首領が、定めたと聞いている。鬼という種族は、良くも悪くも『平等』が良いという、結論になった……という訳だ」
種を想った決断が、種の首を絞める結果になったのは
なんとも皮肉な物だが、と思いながらシキョウは続ける。
「種の呪いを、半分程度まで減らせば、先程言ったように、男鬼だけでも魂を集められる様になるだろう。皆で満遍なく『神仙桃』を使い、数を確保するのが先決で、その後、狩りの方法を確立すべきと、儂は考える」
「ホッホッホ、その辺が妥協点としては一番良いじゃろうな、良い判断じゃ。じゃが、『神仙桃』を譲る変わりと言ってはなんだが、ワシからもいくつか頼みがある……」
桃仙の頼みというのは、三つ。
年に一度、自分の住処へ、鬼の首領が一人で、『神仙桃』を取りに来ること。
その際に、仙界とを繋ぐ門の、依り代となる社を建てること。
人間狩りは、桃仙の指示した数以内に収めること。
「人間狩りを止められたら、アタイらは食うに困ると思うけど? その辺はどうしてくれんだい?」
「ホッホッホ、赤鬼、そうじゃろうな。じゃが、流石に何も考えていないわけではない。銭を稼ぎ、人間から食糧を買うんじゃ」
「はぁ!?」
リシンが素っ頓狂な声を上げる横から
ウラが桃仙に質問を投げかける。
「現状、俺達に銭を稼ぐ術は無いが、何か策はあるのか?」
「ホッホッホ、その通りじゃよ。ワシがここへ来たときに、おぬしらの相手をしたじゃろう? その時の黒い壁を覚えているか? あれは、この島に眠る黑金じゃ、質も量も申し分ない。あれの利用法を教授する。それで鉄製品を作り、変化の出来る女鬼が、人間の町で売り歩く。ワシの見立てでは、これで行けるハズじゃ」
普通に考えれば設備や技術を
一朝一夕で揃えることなど、不可能なのだが、
鬼術で自然物を操作出来る鬼ならば精製は
早い段階で出来るであろうと、桃仙はふんでいた。
結果、桃仙の目論見通りとなり、手始めに
鬼達は鉄を売り生計を立てていくこととなる。