太郎の力
新居へと移った松吉一家は
荷物の整理や、畑起こし、
野良仕事が軌道に乗るまで
引き続き縫い仕事……と、
慌ただしい日々を送っている。
松吉にとって、それは
気持ちを紛らわしすにはちょうど良かった。
そんな様子を見ておハツは察したようで
二人で黙々と作業を続ける。
荷物があっちこっちに運ばれる様子を見て
太郎は大喜びで、きゃっきゃきゃっきゃと
笑顔で走り回る。
見かねたおハツがたしなめる。
「太郎ちゃん、お家の中で走り回ると危ないわよ?」
「はーい……」
しょんぼりする太郎に、松吉は提案する。
「太郎もわしの手伝いをしてくれるか? そうじゃな……この小箱を運んで欲しいんじゃが」
「お手伝い! するするっ!」
太郎は小走りでやって来て、小箱をひょいと持ち上げる。
「おお、太郎は力持ちじゃな。それはとなりの部屋に置いて来てくれるか?」
「わかったー」
とててと小走りで、となりの部屋に向かう。
「松吉さん、ありがとうございます」
おハツは軽く頭を下げる。
「いや、良いんじゃ。しかしあの小箱……あんなに軽かったかの?」
「何が入っているんです?」
「あまり使わん物じゃが、確か筆と硯じゃったはず? 太郎にはちょっと重いかと思ったんじゃが……」
そこに、太郎が戻ってくる。
「ちちうえ! 次は次は!」
「そうじゃな……ちょっと重いかもしれんが、これはどうだ?」
「やるやるー!」
松吉は、先程より一回り大きな葛籠を差し
自身の仕事部屋に運んで欲しいと頼む。
葛籠の中身は、売り物にする
羽織が納めてあり、やや重いが
太郎は構わずひょいと持ち上げて
松吉の仕事部屋に向かう。
「た、太郎は……力持ちじゃな……」
驚愕する松吉の声に太郎は更に気を良くして
高く上げたり下げたり、その場で回ったり
遊びながら運んでいく。
「太郎ちゃん……何歳でしたっけ……?」
「まだ、三つだったはずじゃが……」
しばらくすると、また太郎が戻ってきて
手伝いをせがむ。
「よーし、じゃあこれならどうじゃ!」
松吉が指差したのは、大きな木製の箱。
中身は反物が入っており、大人でも運ぶのに
苦労する物だ。
これは流石にやりすぎだと、おハツは思い
松吉に苦言を呈そうと口を開くが
「松吉さん! それは流石に──え?」
言葉は途中で中断される。
太郎が木箱をひょいと持ち上げ
笑顔で松吉にどこに運ぶのか聞いてくる。
「これはー?」
「…………」
「…………」
「ちちうえ? ははうえ……?」
松吉は混乱の極みにあったが、辛うじて
指示を出す。
「そ、それも、わしの仕事部屋に……頼む」
太郎はぴょんぴょん跳ねながら仕事部屋に向かう。
「太郎は……力持ち……じゃな」
「その一言では、収まりきらない気もしますが……」
流石にこれ以上は、二人の精神衛生上
よろしくないと判断し
松吉は太郎に手伝いの完了を告げる。
「お陰で片付けが早く終わりそうじゃ、助かった! ありがとうな太郎」
「まだお外も明るいし、お庭で遊んできたらどうかしら?」
「うん! そうする!」
「まだ慣れない場所だから、お庭の中だけにするんだぞ?」
「うん! わかった!」
太郎は、楽しそうに庭へ出ていく。
「太郎は、力が強いことに無自覚のようじゃな」
「私達が気を付けてやらないといけませんね」
「ああ」
一方、太郎は庭に出て石を拾ったり
草をむしって投げたり
木の枝を振り回したり、男児らしい遊びに興じていた。
「あ! あれ何だろう?」
今度は木の実を拾い集め始める。
たくさん集めた木の実を並べたり
転がしたり、何が楽しいのかわからない
謎の遊びを繰り広げている。
──そんな時、不思議な声が聞こえる。
「あいつが母さまを殺したのか?」
太郎は顔をあげて、辺りを見回す。
「……? だれ?」
キョロキョロと辺りを見回していると
何かと目が合う。
『それ』は、大きな体を持ち
黒く硬そうな毛におおわれ
胸には白い毛が弧を描くように
はえ揃っている。
「くま……?」
太郎は熊を見たことは無かったが
大人たちが話しているのを聞いていて
大きな生き物という事だけは理解していたようだ。
一方、熊は気付かれるとは
露ほども思っていなかったのか
動揺を隠せないでいる。
「な、何で!? 静かにしてたのに! ええい! 母さまの仇ー!!」
熊は戸惑いながらも
巨体を揺らし、太郎に迫る。
当の太郎は、熊は自分と遊びたいのだと
勘違いし嬉しそうにしている。
そして突進してくる熊を見て
太郎はこう結論づける。
「なに? 角力したいの? よぉーし!」
太郎は構えて熊を迎え撃つ姿勢をとり
それでも熊は構わずに太郎目掛けて
大きく腕を振り下ろす。
どしっ!という鈍い音と衝撃が太郎の体を伝う。
……打撃とは違う衝撃だが。
太郎は両の手で熊の腕をがっちりと掴み
受け止める。
「いたたた……くまって力が強いんだね! やっさんは簡単に投げられたけど、とめるので精いっぱいだったよ!」
太郎はさらっと、安次が惨事に
見舞われた事を暴露しつつ
熊の力強さに感動している。
「なな……なんっで!?」
熊はあまりの出来事に、頭が真っ白になる。
「あれ? 君、怪我してるね……ちょっと待ってて! ちちうえに何かないか聞いてくるから!」
そう言い残し、太郎は家の中に戻る。
当然、熊はその隙に逃げ出した訳だが。
「ちちうえ! 怪我をしている『子』がいたの! 何か使えそうな物は無い?」
太郎の言葉に、松吉は驚きはしたものの
すぐに行動に移す。
「蓬なら、直ぐに手に入る! その『子』の所へ案内してくれ!」
「うん!」
太郎は松吉を伴って、先ほどの場所へ急ぐ。
「あれ……? 居ない……」
「本当に怪我をした子供が居たのか?」
「え? ううん、とっても力が強いくまが居たの」
太郎の言葉に松吉は、激しい目眩を感じる
「よいか太郎? 熊は危険な生き物じゃ、今回は運良く見逃してもらえたが、次は刺激しないように静かに家に戻るんじゃぞ」
「うん、分かった!」
松吉は一抹の不安をおぼえつつも
太郎の言葉を信じることにした。
そして次の日、太郎が一人でいると
前日とは違い見える場所に、熊が居た。
「聞きたいことがあって来た」
熊は言う。
「うん、何? って、そぉっと家に入らないといけないんだった!」
「やっぱり。おまえ、熊の言葉が分かるんだな?」
熊は太郎をじいっと見つめる。
太郎はそんな熊の様子に首をかしげる。
「うん、分かるよ? でも、みんな分かるんじゃないの?」
「人間には『言葉』が通じないって母さまが言ってた」
「え! そうなんだ、てっきりみんな聞こえてると思ってた!」
熊は少しのあいだ黙り込み、意を決して太郎に
問いかける。
「言葉が通じるなら、話がはやい。おまえが、母さまを殺したのか?」
返答次第では、命のやりとりも辞さない雰囲気で
熊は太郎を睨めつける。
「母さま? ぼくたちは、ここに来たばっかりだよ? お母さん、死んじゃったの?」
「ああ、人間に負わされた傷のせいで……」
心なしか、ほっとしたという思いと同時に
哀しげな感情が入りまじった表情をする。
「『傷』と言えば! きみ、怪我をしてたよね! この緑の葉っぱをすりつぶして塗ると、治りが良くなるって、ちちうえが言ってた! ぼくが塗ってあげるね!」
太郎は驚異的な力で蓬をすり潰し
熊の傷口に塗りつける。
「~~~~~~っ!!」
その瞬間、熊は飛び上がり
声にならない悲鳴を上げ
茂みの中へ一目散に逃げ帰っていく。
「あれ? 効いたのかどうか聞きたかったのに……」
太郎が残念そうな顔をしていると
松吉とおハツが飛び出てくる。
「なんの音じゃ!?」
「太郎ちゃん!!」
「昨日の子が来たから、緑の葉っぱを塗ってあげたの!」
無邪気な太郎の言葉に、両親は
気が遠くなるのを感じたのであった。




