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【妄想異伝】曰本昔話 ももたろう  作者: 天華L
第2部 桃太郎編
28/67

名前

母子ともに健康で、お産を乗り越えた

松吉とおハツ。


八重とおセンに謝礼を渡し

長老や安次、おサキから祝福されながら

父と母になった喜びを噛み締めていた。


まっつぁん、この子の名前は何にするんだ?」

「あんた、そんなに急かすんじゃないよ」


多少、安次へのあたりが柔らかくなった

おサキがたしなめる。


「名前かぁ……おハツ、何か良いのがあるか?」

「そうですね……」


候補が多すぎるのか、思い付かないのかは

定かではないが、考え込む二人。

それを見かねた長老が助け船を出す。


「名付けの際によく用いられるのは、長男には太郎や一郎。後は生まれた季節に生えている植物を入れるというのもある。その他には両親の名前を半分入れる。後はそうじゃな……子を成すまでに起きた『特別な事』に、ちなんだ言葉を入れるのも良いかもしれん。今回で言えば『桃』や『若』じゃろうか?」


へえ、なるほどと安次が唸る。


「なんでやっさんが唸ってるんじゃ」

「いや、色々な名付け方があるもんだなぁって。となると……『桃太郎』とか『若一郎』になるのか?」


…………。

辺りにしばし、沈黙が流れる。


ようやく口を開いた松吉は

難しい顔をしながら言う。


「どちらも悪くはない……が、もう少し言いやすい方が良いんじゃないだろうか? なあ、おハツ」

「そうですねえ『ももたろうちゃん』や『わかいちろうちゃん』だと、言いにくいかもしれませんね……」


長老やおサキも、確かにと頷く。


「そういうもんかぁ……、じゃあなんて名前にするんだ?」


松吉とおハツは、互いに顔を見合わせて頷き

同時に子供の名前を発表する。


「子供の名前は『太郎』にする!」

「子供の名前は『太郎』にします!」


皆、新たな命に名付けがされたことに喜び

拍手や歓声で祝う……が、大きな音に驚いたのか

太郎がオギャア!オギャア!と泣き出す。


これに困った大人達は、物音を立てないように

小さな声で祝った。




それから時が経つのは早い。

松吉は仕事に追われ、おハツも子育てと

家事の両立で、目の回るような毎日。


ご近所さんに頼れないのは、

これほどまでに大変なものかと痛感しながらも

太郎の成長を見守る幸せを噛みしめ

充実した日々を送っていた。


そんなある日、松吉達の元に安次が訪れる。


まっつぁん! 居るかぁ」


安次の声に反応したのか、家の中からドタドタと

いう物音をの後に、勢いよく戸が開け放たれる。


「やっさん! ははうえ! やっさん、来たよ!」


太郎である。

太郎はなぜか安次になついており

安次が来る度に安次の回りをうろちょろとし

嬉しそうに「やっさん、やっさん」とはしゃいだ。


「おお、太郎か! また大きくなったな! 何歳いくつになったんだ?」

「うんとね! 三つ!」


太郎は口では3つと言うが、指を四本立てている。

指を三本だけ立てるのが、太郎にはまだ難しかったのだろう。


安次の言うとおり、太郎の成長は

目を見張るほどに早い。

背格好は、二つ三つくらい年上の子供と比べても

遜色ないが、動作や言動は三才の子供、そのものと言える。


「太郎、『三』って言うのはこうやるんだぞ」

「そうなんだ! えーっとこう?」


誇らしげにそそりたつ四本の指に

安次は苦笑いを浮かべる。


そこへおハツがやって来て、頭を下げる。


「安次さん、すみません。松吉さんは用事で出ていて……もうすぐで帰ってくると思いますから、家に上がって休んで行ってくださいな」

「そうか、じゃあそうさせて貰うか」

「やったー! やっさん、何する?」


太郎は鼻息を荒くして喜ぶ。


「安次さんは、ここへ来るのに疲れているの。だから、お茶を飲んで休んでもらうのよ?」


おハツは、太郎をたしなめるが

太郎は理解した風で、理解してない様子で


「やっさん! 早くお茶飲んで! 早く早く!」


安次もおハツも苦笑いを浮かべ

そそくさと、お茶の準備を始める。


──と、そこに松吉が帰ってくる。


「お? やっさんじゃないか。今日はどうした?」


全員の視線が松吉に集中する。


「ちちうえ!」

まっつぁん!」

「松吉さん、お帰りなさい」


三者三様の反応を見て、松吉はおおよその

状況を理解する。


「太郎、父上はやっさんと『大切な』話があるんじゃ。だがら、母上の手伝いをしてくれるか?」


松吉は太郎に目線を合わせ、肩に手を置き

頼りにしているぞ! という雰囲気を匂わせる。


太郎は手伝いたい(・・・・・)盛り。

大好きな父上に頼られ、大好きな母上を手伝う

そして、大好きな安次の為に何かをする。

一瞬のうちに太郎のやる気は最高潮に達し

即座におハツの元へ向かう。


「さすがに手慣れたもんだな」

「そうでも無い、やっさんが絡むと扱いやすくなるんじゃ」


ははは、と松吉は笑う。

松吉は部屋のすみに荷物をおろし

その近くの空いた場所に、安次と共に腰を下ろす。


「で、今日は何の用事で来たんじゃ? また、太郎を見に来たんじゃないだろうな?」

「ち、違うわい! 喜べ、今日はな──」


「はい、やっさん、お茶!」

「おお、太郎は偉いなぁ、手伝いが出来るのか!」


安次の切り返しの早さに、先程の言葉は

信用できないなと松吉は思う。

そして、誉められた太郎は得意気で

松吉の元にもやって来て、お茶を差し出す。


「父上! お茶!」

「ああ、ありがとう」


松吉の言葉を聞き満面の笑みでおハツの元へ報告に行く。

松吉と安次は、思わず笑顔になっていたが

気を取り直して話の続きを促す。


まっつぁん! ようやく、新居が完成したぞ」

「そうか! おめでとう!」


何年も経ってしまった為

すっかり山小屋に馴染んでしまった松吉は

安次の新居と勘違いしている。

そんな松吉にずっこけながらも安次は

改めて丁寧に説明する。


「違う違う! 俺のじゃなくて、まっつぁんと、おハツ《はっ》ちゃん、それと太郎の新しい家だよ!」

「あぁっ! そう言えば、あったのう! すっかり忘れておった」

「頭は若返らなかったんじゃないか……?」


肩をすくめる安次と、苦笑いの松吉

台所で聞いていたおハツは

新しい家に引っ越す事を太郎に説明して喜んでいる。


「じゃが、手負いの熊が出るんじゃなかったか?」


「それが、あれから一度も出てこなかったらしい。最初こそ警戒して、猟師を雇ったり作業時間を短くしたりと、色々な手を試したらしいが、結局出てこないもんだから、最後は普通に作業してたみたいだし、それほど心配無いと思うけどな」


「そうか、なら良いんじゃ」




それから数日中に荷物をまとめ、新居へと引っ越す。

真新しい家と、畑に使えそうな土地、町へもそう遠くなく

松吉の縫い物を続けるにしても不便はしないだろう。


「ずいぶん待たせてしまって、申し訳なかった」


長老が松吉に頭を下げる。

当の松吉は恐縮しっぱなしだ。


「いやいや! あの小屋もなれれば住みやすかったし、こんな立派な家を用意してもらっておきながら、頭下げられては、逆に申し訳ない気持ちになってしまいます」


長老は面目無いと笑って誤魔化す。

それから松吉達は家を隅々まで見て回り

これから始まる生活に思いを馳せる。


一通り見回ったあと、神妙な顔をした安次が

松吉に声をかける。


まっつぁん……それで、今後の事なんだが……」

「どうした? やっさん」


どこか重苦しい雰囲気を感じて、松吉は思わず聞き返す。

すると長老がやって来て、安次を片手で制して

引き継ぐ形で話を進める。


「この場所は村からそこそこ距離が離れておる。今までのように援助することも儘ならないじゃろう。それに、ちょくちょく村を離れるわしらを、不審に思うものも出てきておる。村を任せられている者として、それは好ましいことではない。だから……」


ごくりと、松吉は唾をのむ。


「二度とここを訪れることは無い。と、思っておいてくれ」


体面上とはいえ追放された身、

いつしかこういう日が来ることは

松吉も分かっていたはずだった。


言わば、この家は『餞別』だということも。


しかし、山小屋での生活が長引き

もしかしたらこのまま、長老や安次、それにおサキ達と

繋がっていられるのではないかと

錯覚してしまっていた。


長老の言葉で夢から覚め、今日というこの日が

『今生の別れ』となることを改めて自覚し

こぼれ落ちそうになる涙を堪え、松吉は気丈に振る舞う。


「そうですか……。だけどまだ、おハツや太郎には言わないでおいてくれないでしょうか? 特に太郎は安次になついている」


長老は深く頷き、安次はうつむき

目頭の辺りを押さえている。


「長老、今日はゆっくりしていってください。やっさんは、太郎と目一杯遊んでくれるか?」

「当たり前だろ」


「二人とも、その顔ではまるわかりじゃ。ばらしたくないなら、なんとかせい」


涙ぐむ二人を、長老はたしなめつつも

自身は一足先に、おハツと太郎の元へ向かう。


松吉と安次は、なんとか体裁を整え、後を追う。


その日は皆、一時の楽しい時間を

噛みしめるように過ごした。

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