追放
長老会の翌日、昨夜の決定が発表される場が設けられ
各家の代表が広場に集い、長老の前に顔を並べている。
「皆、集まったな? では、長老会での決定を発表する!」
静まり返った広場に、誰かが唾をのむ音が聞こえる。
長老はたっぷりと間を置いてから、言葉を続ける。
「先ずはじめに『桃待ち』じゃが、これは全面的に禁止する!」
これには納得できないと、桃待ちをしていた者や、その夫達が
反発を見せる。
しかし、長老はそれらを、言語道断とばかりに一喝する。
「あの様な事があってもまだ言うか!! 下手をすれば、子供の命が失われていたのだぞ! 村の将来を担う者の命より、来るかすらも怪しい『桃』なんぞが大事か!? 恥を知れ! 馬鹿者が……」
長老は荒らげた声と呼吸を整え、発表を再開する。
「尚、この禁を破った者は、『村八分』とする」
村八分という単語に、村民達は騒然とする。
過去に掟を破り、村八分にされた者がおり
結局『死ぬまで』それは実行された。
村八分は、された方は勿論だが
する方も、大変な苦痛を伴う。
それは、親しい間柄であればあるほど
身を裂く思いで臨まねばならない。
違反者が出れば、全員に負担がかかるという訳だ。
長老は、ここまでで質問があるか問うと
一人の村人が、おずおずと手を挙げる。
「洗濯と桃待ちは、どうやって見分けるんです? 勘違いで村八分なんて、まっぴら御免ですよ?」
「そうじゃな……年寄りが、いつまでも洗濯物を始めなかったり、終わらせなかったり、途中で手を長く止めているようならば、桃待ちと見て良いだろう。とはいえ、わしが四六時中見張っている訳にもいかん。そこで、桃の必要の無い者……若い衆や、子供達に見張って貰うことにしようと思う」
今度は、名前のあがった若い衆達から疑問が出る。
「それは、交代で……ということですか? それに子供が見つけても、今回の一件のように力づくで来られると、どうにもならないんじゃ?」
長老は想定していた疑問に、満足そうに頷く。
「いいや、当番等は考えておらん。通りかかったときや、子供ならば川で遊んでいるとき、怪しい動きをしている者が居る様ならば、大人ならば声を掛け、子供ならば大人に報せ、その大人から桃待ちをしていると思われる者に声をかけて欲しい」
若い衆達は、なるほど。と思いつつも
質問を重ねる。
「でもそれじゃあ、穴があるんじゃ?」
「もちろんそうなるな。じゃが、互いに互いを四六時中見張り合う状況ならば、村の雰囲気は確実に悪くなる。穴があるくらいが丁度良いじゃろう。それに、例え桃待ちをしていたとしても、声かけに応じ即座に止めれば、罪は不問としよう。……そうじゃな、報せてくれた子供や、声を掛けてくれた者には駄賃でもやろうかの」
村人達はどこかほっとした表情になり
それなら、そう簡単に違反者は出ないだろうと
胸をなで下ろす。
「さて、次はおトラの件じゃが……おトラは来ていないようじゃな?」
長老が見回すと、一人の男と目が合う。
その男は、なんとも気の弱そうな男で、
名を『秋吉』という。
──おトラの夫だ。
「秋吉……、おトラの件は、状況から見て、妄執しても仕方のない状況であったのは事実じゃ。しかし今回の行動は、流石に目に余る……」
「へい……。も、もしかして村八分に……?」
秋吉は上目遣いで、伺いをたてる。
「そうじゃな。しかし、一度だけ免れる機会をやろう。おトラ自身が、怪我をさせた子供と、その親に、誠心誠意謝罪し、和解が成れば、今回の件は不問とする。しかし、それが成らねば……村八分は避けられん」
長老の言葉を聞いた秋吉は、へなへなとへたり込み
天を仰ぎ、何かをぶつぶつとうわごとのように繰り返すだけになった。
長老は、そんな秋吉から視線を外し、
聴衆に視線を戻す。
「そして、最後に──」
長老の言葉を聞いた安次が、僅かに体を固くする。
松吉はそんな安次に気付くが
後で聞けば良いか。と長老の話に集中する事にした。
「此度、桃待ちが起きる原因を作った者達……松吉とおハツを騙る二人を村から永久追放とする!」
松吉は、頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚え
視界は真っ白になり、しばし呼吸さえも忘れ
聴衆達のどよめきすらも、水の底から聞いているような
くぐもった音しか、拾うことが出来ない。
「安次! その者と、松吉の家に居る、おハツの偽物を縛り上げ、村の外に放り出せ!」
長老の強い言葉に、安次は瞳を震わせながら、強く頷き
手にした縄で、松吉の腕を縛る。
そして、ぼう然としたままの松吉を引き連れて
おハツの居る家の方向へ歩き出す。
そんな様子をただただ見ているだけの村人の中から
留吉が前に進み出て、長老に詰め寄る。
「長老! 本気でいってるんですかい!? あれはどう見ても松吉さんでさあ! 何ヶ月も一緒に居て、ぼろを出さねえ偽物なんて居ねぇ! そもそも、長老のお墨付きで、皆が納得したんじゃねぇですか!」
「そうじゃ、わしもまんまと騙されてしまったという事じゃ。奴らは最初から、村に混乱を齎すため、紛れ込んだんじゃ」
長老から語られる『事実』に、村人達は愕然とし
留吉のように詰め寄る者、ぼう然とする者、
おろおろと右往左往する者、未だに天を仰いだままの秋吉を含め
混沌としていった。
安次は松吉を引き連れ、おハツの元へと辿り着く。
「安次さん! これはどういう事!? 松吉さん! 松吉さん!」
おハツは、松吉に駆け寄り呼びかける。
安次は、胸が締め付けられる感覚を押し込め
おハツを押しのけ、床に座らせ
松吉へと向き直り、その頬を叩く!
──ぱしぃぃん!!
「松つぁん! 目をさませ!」
松吉は少し目を泳がせた後、我に返る。
「──!! やっさん! これはどういう──」
「時間がねえ! これを読んでくれ!」
松吉の声を遮り、安次は一通の手紙を松吉の胸に押し付ける。
「……手紙?」
松吉はおずおずと手紙を開き、目を通す。
──松吉、こんな事になって本当にすまない。
しかし桃での若返りの生き証人である二人が
村に残っている限り、桃待ちをする者達は諦めぬ。
それは、掟で縛ったところで
無くならないどころか、不満が募り
老人達から二人への風当たりが強くなるのも
目に見えている。
これから子を産み、育てる為には
心身への負担は禁物じゃ。
だから、それらと距離を置くため、
心苦しいが、追放という形を取ることにした。
行くあてについては、心配しなくとも良い
新たな住処を建てるための土地は確保し
家は隣村の大工に依頼してある。
家はまだ出来ておらんが、
出来上がるまでは安次が使っていた木こり小屋を使ってくれ。
出来るだけの事はする、じゃから……生きるのを諦めないでくれ。
────源造。
「長……老……」
松吉は涙を堪え、おハツにも手紙に目を通させる。
安次はそれを見て二人に向かって言う。
「まあ……そう言う事だから、俺の猿芝居に、もうちょっとだけ付き合ってくれよ?」
松吉とおハツは安次に伴われ、人目に触れぬように
最低限の荷物だけ持って村を脱出した。




