桃のちから
あれから二人は、眠り続けていけ
辺りは、夕暮れ色に染まる時刻となる。
夕方になる頃には、囲炉裏の火も消えて久しく
流石に肌寒さを感じ、松吉が目を覚ます。
「ううっ、寒い。つい寝てしもうた。ほれ! 婆さんもそんな所で寝ていると風邪引く……ぞ?」
松吉が、おハツの方を見遣ると
そこには見慣れぬ娘が横たわっていた。
「誰じゃ……?」
松吉は、おハツの客だと結論づけて
声をかける。
「娘さん、こんな所で寝ると風邪を引くぞ。全く、婆さんはどこへ行ったのやら」
「……ううん」
すると、娘が小さく息をもらすと目覚める。
「あらやだ、随分と寝てしまったのね……?」
目覚めた娘は、松吉と目が合うや否や──
「きゃあああぁぁぁ! 泥棒! 家には盗る様な物は無いわよ!」
絶叫を上げ、傍らにあった包丁を両手で持ち、腰辺りで構える。
その表情には恐れが浮かんでいる。
「おっ、お嬢さん! 落ち着くんじゃ!」
「何がお嬢さんよ! こんな年寄りつかまえて!」
「……???」
松吉の困惑が最高潮に達したとき、
勢いよく家の戸が開く。
「どうしたぁ!! 松つぁん!」
斜向かいに住んでいる『安次』だ。
「おお! やっさん! 見知らぬお嬢さんが、包丁を持って喚いているんじゃ! 何とか言ってやってくれ!」
安次は、松吉の言葉を聞いても
微妙な表情を浮かべている。
「お嬢さんもだが……あんた、誰だ?」
安次は、明らかに松吉に向かって言っている。
松吉と安次は、幼い頃からの付き合いだ、
それが分からないなんて事は、絶対にあり得ない。
「な、何を言っているんじゃ? わしは、どこからどう見ても松吉じゃろう?」
「いや、どこからどう見ても、松つぁんじゃ無いんだが……」
「やっさん、目が悪くなったんじゃ無いか?」
「腹立つな、そこまで言うなら水瓶を覗いて見ろ!」
安次は、勝手知ったる何とやらで
人の家にもかかわらず、ずんずんと歩いて行き
水瓶の蓋を開けて松吉を待つ。
「ほれ!」
松吉は、何を偉そうに! と腹では思っていたが
素直に従って、水瓶を覗き込む。
「薄暗くて、よく見えんな」
「全く、世話が焼けるな! ほれ、灯りだ」
またまた勝手にろうそくを持ち出してくる。
だが、おかげで松吉の顔があらわになり
しっかりと、自分の若返った顔が
目に飛び込んでくる。
「ぎゃあああぁぁぁ!!! 何じゃこれは!!? いやいや、待て待て! いや、おかしいじゃろう……はっ!!」
自分の顔をぺたぺたと触りながら驚愕していた松吉だが
途中で、ある可能性に気づく。
松吉は壊れた人形の様に、首だけをギギギ……と動かし
若い女性の方を向き、声をかける。
「……お嬢さんも、水瓶を覗いて見ると良い。多分、そういう事なのじゃろう」
松吉は疲れた様子で呟く。
娘は一部始終を見ていて、自分に起きていることを
なんとなく察し、松吉の言葉にこくりと頷き
水瓶へと向かい、覗き込む。
「──!! ど、どうなっているの……こんな事ってあるの……?」
娘は力なく崩れ、その場で呆然としている。
二人の『ただ事では無い』様子に安次は困惑した声を上げる。
「あんたら……一体、どうしたって言うんだい?」
安次の言葉に、二人とも無表情な顔を向け
言葉を発する。
「俺は、松吉……」
「私はおハツ……」
「どうしてこうなったかは分からんが」
「若返ってしまったみたい」
「婆さん!」
「お爺さん!」
二人は抱き合いながら涙を流す。
「いや、えっ? 全く、意味が分からんが……あんたは本当に松つぁんで、そっちのお嬢さんが、おハツちゃん……なのか?」
二人はこくこくと頷く。
安次は、二人の言葉を聞いて尚、信用できない。
「そうだな……、俺と、松つぁん、それにおハツちゃんの間柄だからこそ、分かる事を言ってみな! それが出来たら、信じてやらないでも無い」
松吉とおハツは、少しは落ち着いてきたようで
安次に信じて貰おうと、深く考え込む。
しばらく考えたのちに、おハツが口を開く。
「そういえば今朝、安次さん、味噌をつまみ食いしてましたね? 家から、丁度よく見えるのよ。以前も、見かけた事があったけれど、『おサキ』ちゃんが困るから、ほどほどにしてね?」
おサキとは、安次の妻で、おハツとも親交が深い。
安次は、まさか見られていないと思っていたのか
にわかに顔を青ざめさせる。
「何じゃ、やっさん。そんな事してたのか?」
「な、なななな……! しっ、しかしそれは、見たなら誰でも言える事だよな? そ、それじゃあ、信用出来ねえ!」
安次の苦し紛れの言葉に二人は、うーんと
再び考え始める。
今度は、松吉が閃く。
「そうじゃ! 幼い頃、俺とやっさんで川遊びをしていた時、やっさんが魚に、ち──」
「だあああぁぁぁ!! それ以上は言うな!!」
安次は血涙を流しかねない形相で松吉に掴みかかる。
「本当に松つぁん何だな! そいつは、誰にも言ってない」
松吉とおハツは、なんとも言えない顔になる。
「完全に自業自得じゃな……」
なんとか安次の信用を得た二人だったが
安次は、それはそれで問題があると言う。
「俺は信じるが、みんなに説明してまわるのは現実味が無いよな?」
「そうじゃなぁ」
「そこで、俺に良い考えがある」
自信満々な安次とは対照的に、
不安そうな表情で二人は視線を向ける。
「二人の事を『長老』に説明して、その後、長老から皆に伝えてもらえば、信用するしかないだろう?」
「長老はどうやって信用させるんじゃ?」
「それは……、頑張るしかないだろう。さっ! そうと決まれば、善は急げだ! 長老ん家に向かうぞ」
「いつ決まったんじゃ……」
結局、安次の勢いに負けて一行は長老の家に向かう事になった。
道中、ああでも無いこうでも無いと
長老を説得する算段を話し合ったが
見た目の変わった二人では、話にならないだろうと
安次が、とにかく頑張るということに決まる。
そして、長老の家に着く。
「長老ー! いますかーい? 安次でさぁ!」
安次の声に反応してか、家の中から物音がする。
そして、戸がすうっと開き、老人が顔を出す。
「何じゃ安次、こんな時間に! わしゃもう寝る所だったと言うに」
「いくら何でも早すぎやしませんかね……」
「そんな事は無い、日が落ちたら寝る。それが、長生きの秘訣じゃ! ……おや? 安次、後ろの若者は誰じゃ? この村では見たことが無いが?」
「それが……」
安次が長老に説明をするが
案の定、信用させるまでには至らず、
長老は、松吉とおハツの二人に、幾つかの質問をしてみることにした。
「少し、面影があるような気もするが、お前さんが松吉という確証が欲しい。質問に答えてくれるか?」
長老は、松吉とおハツ、それぞれ別に
同じ質問をした。
先ず、はじめにと
ここ最近、村であった出来事を聞く。
次に一月前の事、一年以内の事、
最後に、自分がこの村で体験した
一番大きな出来事と、その時期を聞いた。
おハツは問いの答えとして
直近は留吉の家に子が出来たことを、
一月前は松吉が久し振りに羽織を拵えたこと
一年以内の出来事は、松吉が山で滑落し大怪我をしたこと
一番大きな出来事は、自分が余所の村から
松吉の元へ嫁いだ事を、何年前の何月何日まで
詳細に答えた。
一方、松吉はと言うと
直近の出来事は、おハツと同じように
留吉の家に子が産まれたことを、
一月前は、おハツの勧めで久方ぶりに
羽織を拵えたこと
一年以内の出来事は、自分が怪我をして
おハツに、随分と心配をかけてしまったこと
一番大きな出来事は、やはりおハツと
夫婦になったことを。
二人の答えに、長老は自分の記憶と
照らし合わせ、不自然なところが無いことを
確認する。
「ふむ、信じがたいことだが、間違いなく松吉とおハツの様だ。おハツが嫁いできた事や、各人の心境まで語られれば、疑う余地はなかろう」
長老の確認方法を見て、安次はしきりに感心している。
「なるほどなぁ、そうやって聞けば良いのか。わざわざ、身を削る必要は無かったんだな」
「安次、言っておくが、お前にはこの方法は無理じゃ。記憶力が余り良くないからな」
長老が笑うと、安次はがっくりと項垂れる。
そして松吉とおハツに向き直り、長老は言う。
「松吉、おハツ、確かにその姿では村での生活に支障が出よう。皆への説明はわしに任せてくれ。なに、この狭い村じゃ、明日には行き渡るじゃろうて」
長老の、村民への働きかけにより、松吉とおハツの事情は
知れ渡ることとなる。




