差し伸べられる手
「おぬしらひよっこが束になっても、ワシには敵わぬよ」
老爺は鬼達の反応を余所に、言葉を続ける。
「ワシは『神仙』じゃからの、『仙人』の方が通りが良いかの?」
「仙人……本当に存在していたのか」
「ウラは知ってるのかい?」
リシンの問いかけに、小さく首を振り
詳しくは知らないことを伝える。
「ホッホ、慌てるでない、これから詳しく話してやるわい」
ホレホレと鬼達を並んで座らせて
それを見て満足げに頷いた後、口を開く。
「先ずは自己紹介じゃの、ワシの名前は『桃仙』、上位魂魄の最たる存在、神仙じゃ」
つらつらと語り始める桃仙だが、鬼達は
初めて聞く単語に、理解が追いつかない。
「上位魂魄とは?」
ウラの質問に、桃仙はそうかそうかと
頭を掻きながら頷く。
「もう少し丁寧に説明が必要かの、ホッホ。上位魂魄とは、それぞれの行いが神に認められ、人間という枠組みを脱した者、または種族の事を指す、要するに元々は人間という事じゃな。代表的なものを言えば、神仙や天狗、妖、それからおぬしら鬼も上位魂魄にあたる」
「んなっ! てぇ事は……俺達が、元々は人間だと!?」
グテツの反応も無理は無い、人間の感覚で言えば
自分達の祖先が、猪や鹿などの獣だと言われているような物なのだから。
「ホッホッホ、厳密に言えばおぬしらの祖は、人間だったと言うべきじゃな」
鬼達は、種族として誇りを持っているだけに、
少なからず衝撃を受けているようだった。
「ホッホ、気にするな、と言うのは無理かもしれんが、続けるぞ。上位魂魄になるにあたり、逸脱した能力と引き換えに、神から『呪と役』という物を授かる」
「呪と役……」
次第に集中してきたのか、誰とも言わず
言葉が漏れる。
「ホッホ、そうじゃ、呪とは、呪いと書くが、不利益な事だけでは無く、有り体に言えば神の定めた種族としての特性かの? おぬしらで言うならば、長寿、筋力増強、男鬼の巨大化、女鬼の変化、鬼術、闘争心増進、協調性欠如、そして、先程議題に上がっていたが、おぬしらが種の呪いと呼んでいる、出生制限じゃな」
シキョウは目を見開き桃仙を睨みつけ、声を荒げる。
「貴様! 何故、そこまで仔細に知っている!?」
桃仙はその視線を受け流し、やや遠くを見つめる。
「ホッホッホ、まあ、慌てなさんな……、それは次に話す役が関係しておる。役とは、神の定めた役割と言うべきものかの、ワシの神仙としての役。それは……『人間と、それにまつわる事象の観察』。人間と鬼は密接に関係しておるから、しばしば観察対象になることがある訳じゃな」
「だとしても!!」
「密接に関係している……?」
シキョウは秘中の秘を見抜かれ、収まりがつかず
ウラはウラで、自分の疑問を桃仙に投げかける。
「ホッホッホ、こう見えて……いや見た通りかの? おぬしらの何倍も生きておるし、鬼が人を襲う様を、何度も何度も繰り返し見ておれば、必然、詳しくもなろうて。まあ、片手間に鬼を観察したりもしておるがの、ホッホ。して……、おぬしら鬼の役じゃが。人間に対しての『抑止力』じゃな」
「抑止力?どういう事だい?」
「ホッホ、人間は欲深い、権力を持つ者ほど、この世の全てを自分の物にしようと動く。それに、成長に時間はかかるものの、高い繁殖力を誇る。放っておけば数の力で、たちまち人間の天下になるじゃろうな」
「よく分からねえが、ろくなもんじゃねえな、人間は」
「ホッホッホ、黒いの、かと言って鬼が高尚とも言えんよ」
「んだと!?」
グテツが荒ぶるのを、桃仙は片手で制し
話し続ける。
「では、数が増えすぎないようにする為には、どうすれば良い?……間引きじゃよ、おぬしらの好んで行う『狩り』によって、数の増加を操作する。」
「アタイらが人間を狩るのに、誰の指図も受けた覚えは無いけどね!」
リシンがうそぶく。
「ホッホ、そうじゃろうな、役とはそういう物じゃ、本能に刻まれたと言うべきか、逃れ得ぬ宿命の様な物じゃ。鬼の出生制限等は、分かりやすく必然性を持たせておるが、ワシの観察などは、止めようと思うても、いつの間にか始めておる、まあ、取るに足らない些事は記録の必要も無いので、苦になる物でも無いがの」
もう、反論できる鬼はおらず、暫し沈黙が流れる。
「で、それを伝えに来ただけでは無いのだろう?」
いつもの調子でウラが問う。
桃仙は心底可笑しそうに笑い、うんうんと頷く。
「ホッホ、青鬼、おぬしは良いな! 弟子に取りたいくらいじゃ。先程の攻防の時も、着眼点が一人だけ違った、人の言を元に冷静に分析し、同時に仲間の動きも予測し、体勢の変えづらいであろう空中を狙い、機を伺った。得体の知れない相手に『待ち』は恐ろしいものじゃ、それをものともせずに、目論見通り結果を出してみせる、見事と言うほか無い。次点は赤鬼かの? 協調性を持てない鬼にしては、他の鬼の動きを邪魔せず、むしろ手助けするような動きを見せていたな。次は緑、気取られずに背後をとれるのは良いが、そのせいで一瞬遅れ、足並みが揃わなんだ、ま、鬼には難しいかもしれんな」
「じじい!俺が一番悪いってぇのか!!」
「ホッホッホ、そう言ったのじゃが? 恵まれた性能に胡座をかき、正面から向かった、相手の力量も分からぬのにな。おぬしら『徹鬼』の流れを引く者達は、それを美徳としておるようじゃが、勇敢と無謀は別物じゃ。今までの人間相手ならば、それで良かったろうが……」
「徹鬼様まで、知っているのか、一体何年生きているのだ……」
シキョウは眩暈のような物を感じながら呟く。
「ホッホッホ、勿論識っておるよ。赤鬼の祖、秦鬼。青鬼の祖、羅鬼。緑鬼の祖、羌鬼。そして、黒鬼の祖、徹鬼。それらの名を元に、歴代……おっと、話が逸れたわい」
桃仙は居住まいを正すと、笑みを消す。
「近年、人間が異様に力をつけてきておるのは、おぬしらも気づいておろう? どうやら……我ら神仙、もしくはそれに比肩しうる存在が、人間に過剰に肩入れしておる様じゃ、このまま行けば後継問題よりも早く、鬼は人間に滅ぼされるじゃろう。抑止力たる鬼が滅べば、人は容易く暴走する。ワシはそれを、良しと思わぬ。よって……
──おぬしらを救いたい」
「……救いたい?」
思わず声を揃えてしまった、鬼達に
なんとも間抜けな空気が漂うのだった。