二つの桃
謡と句の働きにより、白は事なきを得る。
そして、製鉄の一件により鬼ヶ島内での
白の扱いを見直す者が増えた。
……とはいえ、本人は、納得していないが。
「私は、おじ様が居れば、それで良いのに……」
「お前は自分の力だけで、皆を認めさせた。誇っても良いと思うが?」
「その他大勢に認められても意味ないです。それで……私の働きは、合格でしたか?」
ウラは、やれやれといった感じで呆れつつも、評価を下す。
「白の働きは申し分なかった。皆との関係性も良くない中、あれ程の成果を出し、皆を認めさせた。素晴らしいことだ。……だがその後、倒れ、今も床に臥せっている。これでは、継続して結果を出す事は出来ない」
ウラの言葉を聞き、白は項垂れる。
その表情は、今にも泣き出しそうだ。
「だが、皆が無力だと思っていた『白』が、少ない人員を見事にまわしてみせ、連携の大切さを身をもって知らしめ、鬼達の意識を変えた。今後は、多少はやりやすくなっていくだろう。今は、それだけで充分だ」
続く言葉に、表情は一変し、今度は嬉し涙を浮かべている。
「良かった……本当に」
ここまで来ると、ウラは何を求められるのか
むしろ興味が湧いてきた。
「で、ご褒美とは、何が欲しいんだ?」
すると白は、首を小さく振った後、ウラを見つめて言う。
「今は……まだ、内緒です」
結局、ウラは聞き出すことが出来なかった。
それから月日が経ち、桃仙の元へ行く日がやってきた。
「卯堂、行ってくる。留守の間、白を頼む」
「あい分かった。何かあれば、謡殿に句殿、今ならば他の鬼達も力になってくれよう」
あれ以来、体調の優れない日の多い
白の事を気にかけながらも、
卯堂の言葉に満足し、ウラは仙界へと向かう。
やがてウラは、お世辞にも綺麗とは言えない
社の元へ到着する。
すると、まるで見ていたかのように
仙界の門が開き、ウラを迎え入れる。
訝しみながらもウラは、慎重に歩みを進める事にした。
門をくぐった後は、白い空間と錯覚するほどの、
日が射し込む場所に出る。
手で陽射しを遮ることで、ようやく道があることに気付く。
それは、ただただ真っ直ぐのびる一本道だった。
一本しかない道を歩いて行くと
徐々に陽射しは柔らかいものへと変わり、
辺りから甘い香りが漂ってくる。
「ホッホッホ、来たか。ほれ、こっちじゃ」
どこからとなく、桃仙の声がする。
ウラは声のする方へ進む。
しばらく進むと、見渡す限り桃の木が生い茂る
『桃園』へと辿り着く。
「ホッホ、はて? 黒いのは、お役御免かのう?」
見ると、桃園内を流れる小川があり、それを辿るように
視線を向けると、少し開けた場所が確認出来る。
そこに建っている、こじんまりとした東屋
そこから桃仙が顔を覗かせる。
ウラは桃仙の元へ向かいながら言う。
「わざとらしいな、見ていたのだろう?」
「ホッホッホ、これは手厳しいな。じゃが、その通りじゃ」
ウラは、表情を変えずに続ける。
「お前は、鬼を救うと言った。だが島に残っている鬼の数は、当初の半数ほどになり、加えて、その半数以上は女鬼だ。子が手を離れていない女鬼も多く、神仙桃も余るおそれが出て来た。これは、お前の想定の範囲内なのか?」
「ホッホッホ、慌てるな。順調に育っておるよ」
ウラは怪訝な表情で聞き返す。
「育つ?」
「おっと、こっちの話じゃ。なに、無闇に人里に攻め込まねば、しばらくは安泰じゃ、ゆっくりと数を増やせば良かろう? ホレ、今年はどういう訳か、神仙桃が二つも実を付けた」
桃仙は、桃を両手に持ち、ウラに見えるように向ける。
「ホッホッホ、じゃが、武具の制作は本格的に始めた方が良いかもしれんな」
「どういう事だ?」
「──黒いのと赤鬼が、死んだぞ?」
さっと血の気が引き、ひと呼吸遅れて
急激に血が巡りだし、その血が一瞬にして
沸騰したような怒りを覚え
桃仙に掴みかかる。
「嘘をつくなっ!! リシンやグテツが出て行ったのは、数ヶ月前だ! そんな短期間に、何があると言うんだ!!」
「おっと、そんなに激しく揺さぶるでない。桃が落ちてしま……ほれ、言わんこっちゃない」
桃仙の掌から、一つの桃が零れ落ちる。
その光景は、頭に血が上っているウラさえも釘付けにし
時間の流れがゆっくりになったような、得も言われぬ感覚で
指先から、小川へと落ちていく様を目で追い続けた。
桃仙は、自分を掴んでいる腕を
ただ退けるように払い、ウラを見据える。
「ホッホッホ、人間も上手く狩れず、食うに困ったのだろうな。無闇に人里を襲い、返り討ちに合ったんじゃよ。これを機に、人間達は、残党狩りに出るやもしれん。だから、大人しく隠れて、武装を整え、抵抗出来るように準備しておけと言うんじゃ」
ウラは呆然と立ち尽くし、その眼からは止めどなく涙が溢れていた。
「ホッホ、怒ったり泣いたり、忙しい奴じゃの。ほれ、無事だった桃を持って行け」
立ち尽くすウラに、無理矢理桃を持たせ、
桃仙は桃園の奧へと消えてゆく。
「シキョウ、グテツ……リシン。皆……逝ってしまったのか……」
ウラが、鬼ヶ島へ戻ったのは
それから大分後のことだった。
ウラは島に戻った後も、自分の住処に籠もり
瞑目し、一晩中考え続けた。
翌朝、ウラは子を含めた鬼達全員を集め
事の成り行きを話すことに決めた。
「突然の召集にもかかわらず、集まってくれた事、礼を言う」
今回は不思議と皆、速やかに集まった。
「ウラ! 神仙桃の事かい?」
一人の女鬼が言う。
ウラは、「ああ、成る程」と思いながら
言葉を続ける。
「いや、優秀者を発表する訳では無い。その辺は配慮している」
先程の女鬼と周りにいる数人が
「なんだ、違うのかい」等と言い合っている。
すると別の女鬼が、ウラに提案する。
「発表じゃ無くったって良い! 今年の桃は、白にやってくれないかい?」
「白に……?」
ウラに女達の真剣な眼差しが集まる。
ウラが困惑していると、謡がかみ砕いて説明してくれた。
「ウラ、島の女達は白の事を認めてるのよ。鐡作りの時の立ち回り、あれは皆のことをよく見て、理解してないと出来ない事よ。憎まれ口をきいていても、皆のことを想っていたって、分かったの。そして、白も、もう立派な大人よ。だったら、白に今までのお詫びとお礼を兼ねて、桃をあげたいって思ったの」
「それが、女達の総意か?」
ウラの言葉に、女達は力強く頷く。
「白も、それで良いか?」
白もまた、頷く。
「分かった、桃は後ほど手配しよう」
あからさまにほっとしている女達を尻目に
ウラは本来話すはずだった議題を話し始める。
──グテツとリシンが死んだこと。
──人間に見つからないように隠れ住まねばならないこと。
──男鬼は全員、武装し、戦闘訓練を行うこと。
ウラの話す内容に、その場に居た者は
少なからず驚愕と不安を覚えたのだった。




