白 ハク
「卯堂、謡、それに句。迷惑を掛けた」
ウラは、頭を下げる。
卯堂は、ウラの表情を見て、立ち直ったのを理解する。
「ウラ殿、良くぞ戻られた。だが、余裕は余りない」
「分かっている。鐡の生産が出来ず、収入が無い事だろう? 幸い、島を出た者達が、蓄えに手を出すことは無かった。それで食いつないで行く内に、解決策を見つけなければならない」
ウラと卯堂は、互いに頷き合う。
一方、句は良く理解していないようだ。
「鐡が出来ないって言うのは何で?」
「うるっさい! 鬼術が得意な赤鬼が殆ど残って無いからでしょ! そんな事も分からないわけ?」
「そんなに言わなくても良いじゃないかぁ」
白の説明で、おおよその事情は理解出来たのだが
その言われようには納得できなかった。
句の様子を見かねたのか、ウラが補足する。
「白、おおよそ合っているが、肉体労働の担い手が少ないのもある。最も適した黒鬼は子供しか居らず、青鬼も半数ほど子育て中だ。緑鬼は句を始め、それなりに労働力としては見れるが、任せられるほど人員に余裕は無い」
「確かに……おじ様の言うとおりですね」
「ウラおじさんの言うことには、素直なんだよなぁ……」
句が呟くと、白がキッ! と睨む。
そんなやりとりを余所に、怖ず怖ずと手を上げる者が居た。
「……私が、鬼術を受け持つわ」
「謡……? 確かに赤鬼である、お前なら鬼術の精度は問題ないだろうが……、シキョウとリシン、二人がかりでも相当こたえていたようだが?」
「いえ、シキョウ様の遺志を、私が引き継がないでどうするというのでしょうか。それに……」
「分かった、製鉄の際の鬼術は、謡に大部分を任せる。補助には句を付けよう、句は相手に併せるのが巧い、親子ならば尚更だろう。とはいえ、句は未熟な部分もあるが、そこは、数人の緑鬼で交代しながら行う。……それから、今回のことは誰のせいでも無い、それで謡が倒れても、喜ぶ者はいない」
謡は思うところを指摘され下を向く。
ウラは即座に卯堂へと向き直り、相談を始める。
「卯堂、木炭の使用を増やす。何か心当たりは無いか?」
「人の作った炭を買えば、かなり賄えよう。食糧の購入数は減るが、幸いと言って良いのかは躊躇われるが、鬼の数が減った今、消費も減っていよう」
「確かに……な」
大人達が今後の話に熱を入れている間、句はウラに褒められて
満面の笑みを浮かべ、白を見る。
「鬱陶しい!」
当然、蹴りをお見舞いされるのだが、今の句は無敵だった。
そして、万全の準備を整え、初の女鬼主導の製鉄が始まる。
「これより三日間、鐡の精製を行う。子育て中の女たちは、支障が出ないよう、交代間隔を守るように」
女鬼達は力強く頷く。
「謡、相当厳しいと思うが、木炭で調整する時間を増やす、無理をし過ぎない様に。句、母親の身を思うならば、謡の様子を見逃すな」
謡と句も、神妙な顔で頷く。
「白、お前は皆の時間の管理と世話を頼む」
「そんなっ! 私はおじ様の……」
ウラは、白が孤立しているのを知っている。
白は鬼としての能力は、ほぼ無い。
だが、『より人間に近い感覚や能力』を生まれつき備え
本人は、それを意図して伸ばしていた。
そして、他人を思い遣り、調和をとる事にも長けている。
にもかかわらず、あえて孤立を選ぶ。
生い立ちや、自分だけ周りと違う事を考えれば
自然な事かもしれない。
しかし、ウラはそれを良しとしなかった。
白の能力は、今の鬼にとって、最も必要な能力だからだ。
「白、お前以上に全体を管理できる者を、俺は知らない。だから……頼む」
ウラの言葉に、若干舞い上がりながらも、白は悩む素振りを見せる。
「でしたら、きちんとやり遂げられたなら……その、ご褒美を……頂けますか?」
「ご褒美……?」
ウラは白の言葉をオウム返しして、少し考える。
「俺に出来ることならば、良いだろう」
白は途端に表情を変え、喜色満面と言った感じで持ち場へ向かう。
途中、一度だけ振り返り「約束ですからね!」とだけ言い残して
走って行く。
「一体、何を期待しているのか……」
ウラが考えても、結局答えは出なかった。
全員が持ち場に着き、作業が開始される。
「謡! もっと火力を上げられるか!」
「これ以上……は!」
「分かった! 句!風を送り火力を調整するぞ! 加減は俺が指示する!」
「はいっ!」
「黑金を追加! よし、鬼術班! ここから炎を微調節するぞ!」
「はいっ!」
四鬼が揃っていた時に比べ、各鬼の能力も下がり
ウラの指示出しは増えざるをえない。
当然、負担は増える。
他の鬼も能力が劣る分、全力で事に向かわねばならず
負担は大きいはずだ。
しかし謡を除けば、鬼達の表情には時間が経っても
疲労の色を然程感じさせない。
「白の働きか……?」
ウラは、良い意味で想定外の結果に若干戸惑いながらも
確かな手応えを感じていた。
苦難が予想された製鉄は、予想を裏切り
恙なく終了を迎える。
「皆、ご苦労だった! 後は鐡を、卯堂に鑑定て貰うだけだ! 俺の目には、今までの物と遜色ない物と思う! 改めて、ご苦労だった!」
鬼達はウラの言葉を聞き、ほっとした表情を浮かべた後
思い思いに帰路につく。
ウラはそれらを見送った後、謡と句の元へ向かう。
「謡、良くやってくれた。 お前がいなければ、製鉄は侭ならなかっただろう」
謡は安心したのか、蹌踉めいて体勢を崩す。
ウラが即座に支え、転倒するまでにはいかなかったが
謡の疲労は限界だった。
「ごめんなさい、ウラ。思ってたより、何倍も大変だったわ……」
「母さん、ほら掴まって」
謡を句が引き受ける。
「いや、リシンですら苦労していたんだ。やり遂げた謡は、屈指の使い手と言っても差し障りない」
「そう言ってもらえるなら嬉しいけどね。それよりも、途中、恨めしささえ感じるほど、他の鬼に余裕があったのはどういう事?」
謡の言葉にウラは深く頷き、離れたところで休んでいる白に目を向ける。
「白が交代時間を調整した結果だ。俺も驚いている。」
謡はひとしきり感心して呟き、それに追従して句も口をはさむ。
「まさかあの娘に、そんな特技があったとはね……」
「僕の所にも来たよ! 限界だぁって思った途端に、交代って言われて驚いたよ。それも一回とか二回じゃなくて」
謡も句も、しきりに感心していることから
皆に受け入れられる日も、そう遠くないのかもしれないと、ウラは思った。
ウラは、最後に白の元を訪れる。
「白、良くやってくれた。文句のつけようのない結果だ。……白?」
見ると白は、はぁはぁと荒い息づかいで、意識が朦朧としているようだった。
「白!!」
ウラのただならぬ声に、帰り支度を始めていた、謡と句が駆け寄ってくる。
「どうしたの? そんな大声で」
二人は白の様子を見て、ただ事では無いと理解する。
「謡! 句! 白を風で冷やしてやってくれ! 熱にやられたようだ! 俺は、水を持ってくる!」
ウラが駆けだそうとした瞬間、誰かに腕を掴まれる。
「おじ……様、行かないで……」
──白だ。
白は朦朧とする意識の中、ウラの手を掴む。
振り払おうと思えば、簡単に振り払える力であったが、ウラには
それが出来なかった。
「句! 水を持っておいで! 私は白を鬼術で冷ますわ!」
「分かったよ! 母さん!」
二人はすぐに動き出す。
「済まない、謡」
「言いっこなし、でしょう? 私も散々迷惑をかけたし……ね」
二人の様子を見たウラは、鬼も
もう変わり始めているのかもしれない、と思うのであった。




