鬼達の事情
昔々、あるところに小さな島があった。
その島から海に向けて目を凝らせば
対岸に、人々が暮らす村を
確認出来るほどの距離にあった。
しかし、この島を訪れる者はいない。
島の周りを、速い海流が巡っており
並の船乗りでは辿り着けないということもあるが、
出所は不明なれども、以前から
まことしやかに語られている噂話が
主な原因であろう。
そんなこともあり、人の寄りつかない島には
正式な名は無い、しかしながら人に尋ねれば、
皆一様に、こう答えるだろう。
鬼が住む島『鬼ヶ島』と……。
人が寄りつかぬはずの鬼ヶ島の一角に、
3つの人影がある。
そこへ、やや遅れてやって来た一人が
腰を下ろし、面々を見渡し口を開く。
彼の名はシキョウ。
この4人の中では年長者にあたり、
顔には年輪のような深い皺をたたえ、
白く長い髭をたくわえている。
口の端には、天を衝くように伸びた牙をのぞかせ、
額には長い白髪をかき分けて
鋭く尖った長い角が生え、存在感を振りまく。
そして、肌の色は緑だ。
そう、彼等は『鬼』という種族。
頭には一本ないし二本の角が生え、牙もある。
皮膚の色も、赤、青、緑、黒と様々だ。
「先ずは、集まってくれた事に礼を言う。今回、召集したのは、減少の一途を辿る我ら、鬼の行く末について話し合う為だ」
シキョウは、ここで一旦言葉を切り
面々をうかがうと、異論は無いと判断し
言葉を続ける。
「我らが数を減らしている主な要因は、出生率の低下だ。いくら鬼が寿命が長いとは言え、このままにしておけば、間違いなく鬼は滅びる」
その言葉に、素早く反応したのはグテツ。
グテツは群を抜く巨躯を誇る黒鬼だ、
鬣のような灰色の髪から
岩を荒く削り出したような角が威圧感を醸し出す。
その膂力は熊にすら勝り、その速さは、鹿をも凌ぐ。
見つかれば、生きて帰れぬとまで言われる
最強の鬼だ。
「出生率って言うと、魂が足りないっていうアレか?」
シキョウは深く頷き、肯定する。
鬼が交わり、子を成す確率は非常に高い
確実と言っても良い。
ただし、子を成すには条件がある
『人間の魂を、男鬼女鬼で、それぞれ五十ずつ、百個集める事』である。
鬼の間では、これを『種の呪い』と呼んだ。
「だったら、何にも難しい事なんか無いだろ? 皆が、これまで以上に人間を狩り、ついでに魂も集めれば、子も増え、ついでに食いもんまで、山ほど手に入る!」
「アンタは馬鹿だね。それが難しい事を、アンタが身をもって証明しちまったんだろうよ」
間髪入れずにグテツに指摘をしたのはリシン。
リシンは、この四人の中では最も小柄だ。
それもそのはずで、『彼女』は女鬼である。
体格差をものともしない胆力を持ち、
その勝ち気な性分を表すかの様に、やや吊り上がった眼
そこには金色の瞳が宿っている。
赤色の肌を持ち、瞳と同色の髪を腰まで伸ばし、
後ろに反り返るような、細く長い双角が特徴の鬼だ。
「アタイは認めてないけど、最強の鬼とまで言われてるアンタが、人間なんざに負けて、尻尾巻いて逃げて来たってんだから」
「ぐっ……」
リシンの指摘が事実なだけに、グテツは言葉に詰まる。
「リシン、その辺にしておいてやれ。グテツの言い分も、強ち間違ってはおらん、皆がもっと手頃な相手を選び、狩れば、子も増えよう。男はとかく強者を求めるからな」
シキョウが仲裁を試みるも、
それに食ってかかったのはグテツ自身だ。
「それはダメだ! 弱い奴を狩っても、何にも面白くねぇ!」
「そればっかりは、アタイもグテツと同意見だね」
リシンまで追従し、シキョウの努力は水泡に帰す。
「シキョウ、確認だが」
「!!」
不意にかけられた声にシキョウのみならず
グテツやリシンも驚愕する。
「起きてやがったのか? ウラ」
「そういう事をお言いで無いよ!」
グテツが皮肉を言うと、間髪入れずにリシンがグテツの脇腹を殴る。
いつもの流れなのでシキョウも咎めない。
件の声の主である鬼はウラ。
黒色の短髪、無造作に生えた髭、肌は青色
額の両端には円錐状の短い角がある。
体格はグテツに次いで大きく
戦闘能力は引けを取らないとされている。
しかし、食べる為以外の無用な殺生をしない
珍しい鬼だった。
その上、相手の話を聞き、良く考えてから行動に移す
慎重な面を持つ故か、グテツの様な勇猛さを
売りにしている面々からは、
目を閉じ思考している様を
『寝ている』等と揶揄されていた。
……当の本人は、気にしていないが。
「シキョウ、確認して良いか?」
ウラは何事も無かったように繰り返す。
「あ、ああ、言ってみろ」
シキョウがようやく返すと、ウラは言葉を続ける。
「集める魂の数は、厳密に百なのか? そして、男女で五十ずつを崩すことは出来ないのか? 鬼の気性として、弱者狩りを良しとしないのは分かる、しかし、狩りを得意としない……特に、女鬼達の負担を減らすだけでも、百に至る可能性が上がるのでは無いか?」
「それは……だな」
リシンが返答すべきか逡巡していると、
この場に居た、誰の者でも無い声が割り込んでくる。
「ホッホッホ、それについてはワシが教授してやろうかの」
「誰だ!!」
四人は声の方へ体を向け、即座に臨戦態勢に入る。
彼等の視線の先に現れたのは、ひ弱そうな老爺が
笑みを湛えて立っていた。
「ホッホ、相も変わらず鬼は血気盛んじゃの」
「ジジイ、いったいどこから湧いて出た?」
グテツが、油断なく老爺を問い詰める。
「ホッホ、あえて言えば、空……かの?」
「ふざけんな! 羽もねえ人間が飛べる訳ねぇだろうが!!」
グテツは言い終わらない内に素早い動きで
正面から老爺に襲いかかり、
リシンは火炎の鬼術により老爺の左右を塞ぎ、
シキョウが老爺の背後をとる。
「ホッホ、困ったものじゃ」
老爺が言うや否や、手にしていた扇の一振りで
リシンの鬼術を打ち消し、同時に地面から黒い壁を出現させる。
黒い壁は、その驚異的な剛性でグテツを受け止める
背後に迫るシキョウを老爺は、黒い壁の上へ向けて跳躍する事により、それを躱す。
──はずだった。
刹那、恐るべき速度で青い影が老爺に迫り、空中で掴む。
「掴まえた、話を聞かせて貰おう」
「ホッホ、読んでおった訳か」
「ウラ! 良くやった!」
「ケッ、おいしい所だけ持っていきやがって」
「この爺さん、一体何者だい? 鬼術を打ち消しやがった」
各人が思い思いに言葉を発するが、老爺の笑みが消えてないことに気づかない。
「ホッホッホ、まあ、話はいくらでもしてやるわい、もとよりそのつもりじゃからのう、じゃから……
おとなしく聞くべきじゃ」
老爺が言葉発すると同時に、ウラの指が緩む。
そして何事も無かったかのように、老爺はウラの指を退けると、鬼達に向かって言う。
「ホッホッホ、おぬしらひよっこが束になっても、ワシには敵わぬよ」
さすがのウラも何が起こったのか理解できず
腕を押さえて老爺を見る。
他の鬼達もただ見ているしかなかった。