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その他企画ものシリーズ

旅愁

作者: 九藤 朋

 聴こえる波音を儚いと思った。

 寄せては返すを繰り返す。拳をそっと開けば一握の砂。

 さらさらと指の隙間からこぼれ落ちる。


 尖った鉛筆があれば良いのに。

 瞬く間に波に攫われる文字であっても、綴りたい名前がある。

 あなたの名前を刻めば、それが何かの印となる気がして。


 お母さん。


 私たちを置いて、恋を選んだあなた。

 ついに振り向かないまま、病床に伏した。

 駆け付けた私からふいと顔を逸らしたあなたを、今でも忘れない。

 それでも微かな後悔があったのか、あなたは顔をこちらに向け直し、よく来てくれたねと言った。


 ねえ、知ってる。お母さん。

 あなたが消えたあと、お父さんと私が、その空漠を埋める為にどれだけ懸命だったか。

 お父さんは本当に、お母さんのことを愛していたのに。

 何が足りなかったとか、そんな理屈じゃないことは、私だって解っている。

 お父さんはそれでもあなたを許した。

 私にあなたを恨むなと言って、逝ったわ。


 私は残り少ない命を蛍のように灯すあなたと過ごした。あなたが恋した人はとうにいなくなっていた。

 寂しいお母さん。

 それでも恥じる顔一つせず、最期まで悔いる様子を見せずにあなたは旅立った。


 見送った私の心は虚脱感に満ちて。

 潮風にぎこちなくなる心に錆止めをする必要を感じる。


 錆びたら動けなくなるから。

 私は私の生を、また歩まなくてはならないから。

 ユリカモメの鳴く青い空を見上げる。


 もう良いよね。




 あ、虹。





挿絵(By みてみん)






写真提供:空乃千尋さん

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人それぞれいろん事情があるんでしょうね。恋をしていなくなったお母さん、食べるために仕事ばかりしていないお母さん、どちらも寂しいですね。
2019/10/26 00:54 退会済み
管理
[良い点] おしゃれなラストですね。 以前、数編読んだ岸田國士の戯曲を思い出しました。 [一言] こんばんは。 「みてみん」で見かけた写真が気になって、読みに来ました。 私は、この語り手のような経験…
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