俺は超絶美少女のクラスメイトに制裁される
「今日の放課後、屋上に来て」
机の中に隠した携帯の画面を見ると彼女からメッセージが届いていた。俺は藤枝翔。高校一年生。好きな学科は数学と科学。決して得意な学科ではない。家から一番近いという理由で選んだ普通校に通う、特に何かが飛び抜けて優れている訳でもなく、残念なことに外見が良い訳でもない。成績はオール3という平凡で地味な男だ。
中学の頃部活で苦労したので直帰出来る半ば帰宅部同然の部活に所属した。こんな普通で、漫画だと主人公の同級生その他にしかならない奴に連絡先を聞いてきた子がいる。
彼女の名前は桜木花菜。同じクラスのクラスメイトだ。花菜は授業中よく先生にあてられる。花菜は黒板の前でチョークを握るとどんな難問でもパズルを解くようにすらすらと問題を解いてしまう。
成績はオール5。部活は学校でもよく賞を取っている吹奏楽に所属していた。成績優秀、頭脳明晰、容姿端麗とは彼女のことだろう。俺はクラス一番、いや謙遜した。学年一可愛いと有名だった。
彼女は窓際の一番後ろの席で俺の行動を逐一観察し、問題があれば、放課後屋上に呼び出し俺を制裁する。彼女に目をつけられた俺はこの裁判の被告人だ。
俺は、はっきり言って恋愛に興味が無い。興味も無いので勿論免疫も無いし経験も無い。無い、無い、無いの無い物ずくしだ。
初めてのキスは?と聞かれたら、小学生の時に王様ゲームでラップ越しにキスをした。それぐらいだろう。それも最早黒歴史だ。
彼女は女子特有の個人情報を無視した連絡網で、俺の連絡先を探し当てた。起きてから寝る寸前まで連絡してくる。監視もそうだが、女子は常に時間をもて余しているのか?クラスで毎日顔を見あわせている訳だし、話せる距離にいるのに、終わりのない報告書を送ってくる。
そして俺は今日も放課後、屋上で彼女に裁かれる。
「今から裁判を行う。被告人前へ」
彼女は俺の前で腕を組み、気訴状を上から目線で淡々と読み上げる。被告人と言われてもここには俺と彼女しかいないのだけれども。
「被告人は昨晩の夜、自宅にて原告人からのメッセージを無視をした。これは本当か?」
「間違いありません。
でも、裁判官。メッセージが届いたのは深夜12時過ぎですよ?遅くに急に連絡をよこす方が間違っているんじゃないですかねぇ?」
俺はポケットから携帯を取り出すと、昨日彼女から送られてきた報告書の時刻を証拠として裁判官に突き出した。
「迷惑なら一言返事を返して寝れば良かったのよ。」
花菜の考えとは全く正反対の意見を言うと、彼女は下を向いて黙ってしまった。俺は間違ったことは言っていない。本当のことを言ったまでだった。
「この問題は解決しなかった為、明日に持ち越すとします!」
彼女は呟くと、一人階段を降りて行ってしまった。
彼女は今流行りの刑事ドラマを見て、触発された中学生のように、裁判の真似をして楽しんでいるだけかと思った。
結果として彼女は三日間連続で、この終わったことに対して裁判を起こした。流石に三日目は正論を言っても無駄だと分かったので、話を右から左へ受け流して聞いていた。
「やっぱりそうよね!私、間違ってないよね!」
俺の敗けを認めると、彼女の中で何かが吹っ切れたのだろう。彼女は全て自分で自己解決した。俺はそのうち彼女は、平凡な俺に飽きて、被告人は変わると思っていた。
だが、翌日になっても大勢いる同級生の中から俺を選ぶ。
「どうして俺なんだ。目をつけられた理由も裁かれる理由も全くわからない。」
すると彼女は腕を後ろに回し、休めの体制を取った後、こちらを振り向き理解不能な言葉を呟く。
「それはね、普通だからだよ。」
俺は母親が今朝作ってくれた、弁当を机に広げる。白いご飯の真ん中には梅干しが一つ。冷凍の唐揚げや卵焼きが入っている、いつもと変わらないメニューだ。友達が目の前で、食堂からお湯を貰って来たカップ麺の蓋を外し、麺をすする。
「それ美味しい?」
「普通」
友達がそう言うと、頭の中で昨日の映像が繰り返される。
俺は一度考えることを止め、放課後もう一度彼女に聞いてみることにした。
彼女は長い髪をかきあげ、耳に髪をかける。
唇に手をあて、少し考えた後、俺に近寄り顔を覗き込んだ。
「今度は翔くんが裁判官になって、私を裁いてよ。
私が君を選んだ証拠を集め、なぜ君なのか裁けたら頷いてあげる」
証拠集めの調査という面目で俺たちはデートすることになった。だが、彼女は時間になっても、待ち合わせ場所に来ない。
すると携帯に「今、着いたよ」とメッセージが届いた。
連続で「ちょっとトイレ」だとか「今、階段」とか自分の居場所を報告してくる。携帯を打つ時間があるなら走って来てくれても良くないか?彼女は俺を見つけると手を振った。
ハイカットの黒のスニーカーに腰まで隠れるゆったりとしたトップス。細く花菜奢な足から短めの短パンが見えている。小さな皮のショルダーバックを斜めにかけ、俺の方に小走りで駆け寄る。
俺はというとグレーのパーカーにジーパンだ。俺はどちらかというと量より質、外見より中身重視だと思う。でも、文句は言わせないくらい、彼女の私服姿は完璧だった。
俺たちは近くのファミレスに入り、ドリンクバーを頼んだ。
慣れてる男なら事前調査をして、彼女の好きそうな計画を立てリードするのだろう。しかし、計画性のない俺は行き当たりばったり、男友達と良く行くコースを巡る。本屋に雑貨屋にゲームセンター。
ベンチで休憩する彼女に、トイレに行くと言いその場を離れた。自動販売機で飲み物を買うと、目の前にはアイスクリームショップがあった。
種類豊富なアイスクリームの中から、無難なバニラを選んだ。理由は周りで、バニラを嫌いな奴はいないからだ。ベンチで携帯をいじっている彼女に差し出す。
すると彼女はアイスクリームを俺の手に持たせたまま口に運ぶ。「全部食べていい」とコーンを渡した。不器用な男の精一杯の優しさだった。
結局この日は、何一つ証拠はつかめなかった。
「…またね」と彼女は俺に手を振る。彼女は貴重な休日を、普通な俺といて楽しかっただろうか。
教室から外を見ると、先程まで晴れていたのに、急に空が暗くなりぽつりぽつりと雨が降り出した。窓には雫が滴る。
彼女は前の席のグループの子とご飯を食べていたが、早々に切り上げ、自分の机に戻って黙々と本を読む。彼女が携帯を触ると途中で他のクラスの女の子が来て、隣に座ったが彼女は本に集中していた。その分厚い本がまた「六法全書」だった。
あれから普段の俺の行動に問題はないのか彼女からの報告書は途絶えた。女の子が言う「またね」ってどのくらいなのだろうか。
ホームルーム。ふと廊下を見ると、先程の女の子が手に楽譜を持って誰かを待っていた。
ホームルームが終わるとその子は教室に入ってきて、手に持っていた楽譜を彼女に渡した。
夏休みに入ると、俺はテストの補習で何回か学校には来るが、彼女とはずっと逢えなくなってしまう。
証拠は全然揃っていない。
だが、おれは彼女に会う口実を作りたかった。
「今日の放課後、屋上に来てくれないか」
彼女は片手にクラリネットと楽譜を持って、屋上に来てくれた。
もう夏だというのに空には雲で覆われていて薄暗い。
彼女もずっと下ばかり見ている。
まるでアスファルトの地面に一滴の雫が落ちるように、彼女はぽつりと呟いた。
「どうして連絡してくれなかったの?…もう三週間だよ?」
そして雫は段々と強い雨粒に変わり、落下する水滴は言葉の槍で俺の心臓を貫く。
「私は、ずっと連絡が来るのを待っていたのに。」
えっ、待てよ。俺たちずっと同じ教室にいただろ?それならどうして今まで言ってくれなかったんだ?普通、連絡したいと思ったら連絡するだろ?思い立ったら即行動だろ?
何度も何度も大気中の水蒸気が急速冷却され、雨粒は槍となって俺の心臓に突き刺さる。
「そう思っているなら伝えろよ!」
俺は怒りがこみ上がり彼女に叫んだ。怒ったつもりはない。
噛み合わない二人に苛立っていただけだ。
彼女は今まであまり人から怒られたことがないのだろう。
自らの感情を堪えて、唇を噛み締める。
判決。今日の俺は証拠不十分で彼女を裁けなかった。
しかし、今日の犯罪者は俺だ。
裁判官を泣かせてしまったからだ。
こんなことになるなら、もっと恋愛をしとけばよかった。
俺は彼女に振り回されるのに少し疲れていた。
また、少し時間が経つと、忘れた頃に彼女は証拠を提供する。
「明日学校に来る?少しあえないかな?屋上で待ってるから」
俺は彼女の連絡先を拒否した。
自分の行動と見えない彼女の仕草を比較し
今頃、何をしてるかだとか気になって
集中出来ないからだ。
補習授業中も彼女が吹く楽器の音色を聞いて
二人が屋上で討論していたことを思い出す。
俺は宿題を提出すると教室のドアを閉めた。
彼女の吹くクラリネットの音色がぶつりと止まる。
窓から様子をうかがうと屋上では楽器持った二人が彼女から楽譜を取り上げ屋上から投げ捨てた。二人が去ると床に残った楽譜を集め楽器を置いて、手すりに頭をつけて身を縮めるように彼女は、声を殺しながら泣いていた。
彼女を丸ごと飲み込んでしまいそうな青空が広がる。
大気中の空気を吸って大きくなった雲が、ゆっくりと動いている。俺は走って楽譜が落ちた中庭に出る。屋上から落ちてきた楽譜を拾い集めると、それは醜い言葉で汚されていた。俺は階段を欠上り屋上に出たが、もうすでに彼女の姿はそこにはなかった。
その夜、早々に布団に入りながら先程の光景を思いだし、彼女から送られてきた長い長い今までのやり取りを読み返していた。俺は彼女の連絡先のブロックを解除する。
窓からは一本の火の光が、線を描き空中に舞い上がる。
心臓が握られるような身体中に響く音とともに、夜空に開花する花は、遠くからでも綺麗に見える。自分の部屋から見るそれは、妙に寂しく。風で吹かれてたどり着いた残り香が部屋の中に隠っては消える。今日は花火大会だったのか。
新学期、友達が前の席で騒いでいるのに、彼女はやはり窓際の隅の一番後ろの席に座って本を読んでいる。それを俺は廊下側の、一番前の席で観察していた。
容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀、彼女はとにかく目立ちすぎる。それが本人の意思ではなくとも。
普通に学校に行って、普通に先生の授業を受けて、普通にお昼休み友達とご飯を食べる俺を、彼女はずっと見ていた。
目立って得意なことがなくても、俺には目線があったら笑ってくれる人がいる。休憩時間に近寄ってきて、話しかけてくれる人がいる。当たり前に周りに人がいるというのは、どんなに幸せなことか。
もしかしたら、屋上というのは、唯一彼女が自由に息を吸える場所だったのかもしれない。
「被告人前へ」
二人は屋上に立っていた。
気持ちを落ち着かせた俺は、数々の証拠を並べ彼女に問いかける。もう証拠が揃ったから、判定を下してもいいかな?
「俺たち付き合わないか?」
彼女は俺の背中を抱き締めて頷いた。
最後まで、読んで下さりありがとうございました。
過去作品に「ファンタジー」が続いたので、「青春もの」「男主人公」「永い告白」をテーマに、男女の考え方の違いだとかを盛り込みたく、思いつき書き殴った話です。
ヒロインが長々と主人公に告白するストーリーにしようと思ったのですが、なかなか上手くまとまらずに悪戦苦闘しました。
男女読める話なのですが、男性よりにしたらもっと違う話になったかもしれません(笑)