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鞄世界からの来訪者と蒼の刀術師  作者: 甘野 三景
第一章 十年の時を経て
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第五話 出会った二人


 魔獣を討伐したことにより、静けさを取り戻した境内。

 しかし取り戻したとはいえ、その代償は高くついてしまったと言えるだろう。

 周囲を囲むように建ち並んでいた桜の木々の一部は薙ぎ倒され、真っ二つに折られてしまっているモノや根元の土ごと地中から飛び出してしまっているモノが辺りに散乱している。


 地面へと目を向ければ、そこには戦闘の傷痕が色濃く残り、荒れ果てた姿へと変貌を遂げた石畳たちの姿があった。

 魔獣の振るった鉤爪によって出来上がった深い溝や大きなクレーターは、戦闘の激しさを物語っている。


 そんな悲惨な光景を作りだした四体の魔獣との戦闘が終わって少し経った頃。

 冬次は《IRIS(アイリス)》を片手に、とある専門機関へと電話をかけていた。


「……はい……はい、わかりました。

 では、今日のところはそのまま帰宅してしまって構わないんですね?」


 会話の相手は、魔法犯罪や魔獣災害などの非常時を主として活動する専門機関――《虹魔(こうま)局》所属の領域顕現者(イデアリンカー)


 《虹魔局》。

 日本最高と称される、高い戦闘能力を持った《領域顕現者(イデアリンカー)》たちによって構成され、創設された特務機関。

 全部で七つの部署から成る専門機関であり、簡単に言うならば、魔法などの特殊な案件に関しての捜査官と言ったところだ。

 事実、近年頻繁に起きている魔獣によって引き起こされた被害や、魔法を悪用して犯罪に手を染める領域顕現者たちによって行われた犯罪行為の捜査などを行っている。


 何故そんな虹魔局に対して連絡を取っているかと言えば、魔法戦闘などで被害にあった場所の後処理も彼ら虹魔局員の仕事の一部だからである。


『はい、そうしていただいて結構です。

 本来なら(わたくし)たちの誰かを向かわせて直接詳しいことをお聞きしたいのですが、現在別件で出払ってしまっていて対応できないのです。

 あ、後処理は別の部署の方がきちんとやっておきますから大丈夫ですよ。

 そういうわけでして、色々と申し訳ありません冬次さん』


 電話の向こうの女性は言葉通り、申し訳なさそうな声音で話している。

 口調は丁寧で、どこか親し気な雰囲気だ。

 

「いえいえ、こちらとしては問題ないので大丈夫ですよ。

 幸い……と言いますか。 周りにあるのは木ばっかりで、民家などは無い場所ですしね。

 それにしても、出払っているということは……?」


 (まさか、出払う必要があるほどの重要案件があったってのか? このタイミングで?)


 虹魔局員の話に対して眉をひそめ、脳裏に疑問を浮かべる冬次。

 どうもタイミングが良すぎるような気がしてならない。 そもそも、先の魔獣の出現自体がおかしい。

 先ほどの魔獣は、出現兆候である自然魔力の収束現象が無かった……はずだ。

 少なくとも、冬次の鍛え上げられた危機感知能力、気配感知能力に何かしら引っかかるものは無く、忽然と魔獣は出現していた。

 その出現した瞬間を、冬次は高い感知能力を以て感じ取ったのである。


 (転移、魔法……とか? いや、考えすぎか。 あれはまだ実現できてないはずだし。 でも……)


 冬次はチラリと一瞬、視線を階段に腰かけて手持ち無沙汰にしているアルコへと向ける。

 突然現れた、という一点だけ見れば、アルコだって該当する。

 この類似点に、もしや何か関係があるのでは? という考えが冬次の脳裏を過った。


『……はい。 詳しい事情などはさすがにあの方(・・・)のご子息と言えど教えて差し上げられませんが、恐らくご想像通りで間違いないかと。

 それで――』


 どうやら冬次の考えたことはあながちハズレと言うわけでもなさそうだ。

 詳しい状況は仕事だから言えないのも理解は出来る。

 ただ、彼女は答えられないというのでもなく、否定するのでもなく、冬次の考えを読み、それを肯定した。

 恐らく、何かしら警戒しておかなければならない状況下にある、ということなのだろう。


 (意外と事態は深刻、なのか……? いや、そうだよな。 こんな所とはいえ、ここは街中だ。 魔獣が出た時点で十分過ぎるほど異常事態だよな)


 魔獣の出現兆候である自然魔力の収束現象は、街の至る所に設置されている専用の煌心器(ジュエルデヴァイス)によって発生しないように制御されている。

 そのため、専用の煌心器が設置されてからの二十年、魔獣が街中に出たなんていう話は聞いたことが無い。

 だというにも関わらず、魔獣は出現した。 つまり、何かしら人為的なモノだったか、あるいは煌心器の故障の可能性が高いはず。

 ただ、定期的にメンテナンスをしていることもあり、故障の可能性はどちらかと言えば低いだろう。

 そもそも故障の原因が人為的なモノでなければ、だが。


 (やっぱり何かありそうだな。 さっきの魔獣も妙な感じだったし。 一応、警戒しておくか。 アルコが居る以上、父さんに聞かされてた"あれ"が真実味を帯びてきやがったしな)


 冬次は今回の一件と虹魔局が対応しているという案件について思考を巡らせ、警戒レベルを上げることを決意する。


『……お……おーい……冬次さ~ん?

 大丈夫ですか? 聞こえてますー?』


 気になることが多く、電話の相手の声が右から左へ素通りしていた冬次。

 意識を電話へと戻すと、最初に鼓膜を震わせたのは小さく不安げな声だった。


「え? あ! す、すみません。

 つい考えに耽ってしまって……申し訳ない」

『あはは、構いませんよ。 私は気にしてないですし。

 それに、気になるような言い方をしたのは私ですからね。

 えっと、それでですね。 先ほど言ったように手が離せない状況ですので、後日、ご自宅の方へ担当の者を向かわせようかと思っているのですが……よろしいですか?』


 どうやら怒ってはいないようだ。

 声音は優し気で柔らかく、刺々しい印象は一切感じない。

 冬次は電話の女性の声に安心し、ほっと胸をなでおろした。


「はい、問題ありません。

 こちらでも今回のような異常があればすぐに報告しますね」

『ありがとうございます、冬次さん。 ……他に何か連絡事項はありますか?』

「いえ、こちらは特にありません。 報告は以上になります」

『承知しました。 それでは後日、担当の者をご自宅の方へ向かわせますね。

 魔獣討伐お疲れ様でした。 失礼させていただきます』

「はい、それでは失礼します」


 報告作業が終わり、冬次は《IRIS》をズボンへと仕舞う。

 そこへ、放置されて手持ち無沙汰になっていたアルコが、下駄をカランコロンと鳴らしながら歩いてくる。


「トウジ~、お話終わった~?」

「ああ、終わったぞ。 悪いな、ほったらかしにしちまって」


 必要な報告だったとはいえ、少しの間ほったらかしにしていたことに申し訳なく思い、冬次は軽く頭を下げる。

 アルコはそんな姿にクスっと笑みを零す。


「ふふっ、別にそんなこと気にしなくていいわよ?

 というか、魔獣との戦闘じゃ守ってもらってばっかりだったし。

 その……むしろ、こっちこそごめんね」


 一転して申し訳なさそうに顔を伏せるアルコ。

 目の前のちょうどいい高さにあるその頭に、冬次は手を置いてゆっくりと撫でる。


「それこそ気にするな。 俺がお前を護りたくて護っただけだ」

「……ト、トウジったらカッコつけすぎよ。

 で、でもまあ? ちょこ~っとくらいはカッコよかった気がしなくもなくないけど?」


 まっすぐに向けられる瞳、鼓膜を震わせる優しげな声。

 頭には柔らかい手つきで撫でる冬次の手のひら。

 アルコはそんな状況に置かれ、ちょっぴり頬を染めて照れていた。

 言葉遣いもどこかおかしく、感情が態度に漏れ出ている。


「いや、それどっちだよ。 ……まあいいけどさ」


 呆れたようなため息交じりの言葉と共に、冬次はアルコの頭に乗せていた手を離す。

 手を放した瞬間、


「……ぁ……」


 アルコの口から、惜しむような小さな囁きが漏れた。


「ん? どうしたアルコ」

「え、あ、いや……な、何でもないわよ」


 バツが悪そうに顔を逸らし、恥ずかしそうにしているアルコ。

 冬次はそんな姿を見てニヤリと口角を上げ、


「ほう? もしかして……もっと撫でてほしかったのか? ん~?

 ほれほれ、遠慮するなよアルコ~」


 離した手をもう一度頭に乗せてゆっくりと優しく撫で始めた。

 

「ちょ、や、やめなさ……っ……離し……って……はふぅ……きもちぃ……ふへへ~」

「あははっ! いい顔してんな。 めっちゃ気持ちよさそうじゃん」

「ふへへ~、だってトウジの撫で方気持ちいいんだもん………………ってちっがぁぁあああああう!

 ああもうっ、離してってば! ふんっ!」


 頭を撫でられたことでとろけたような表情をしていたアルコだったが、何とか正気に戻り、頭に置かれた手を乱暴に振り払って距離を取った。

 それは可愛らしい容姿と相まって、まるで猫が威嚇している姿を幻視するような怒気を纏っている。


「悪い悪い、ちょいとからかいすぎたよ。 ホント悪かったって、な?」

「むぅ……」


 手を合わせて謝ったのだが、アルコの顔は依然としてむくれたまま。

 どうもこれだけでは許してくれる気はないようだ。

 軽くため息を吐き、冬次は両手を上げて降参のポーズをとった。


「……わかった、わかったよ。 俺の負けだ、降参だよ。

 あーほら、稲荷寿司買ってやるから許せって。 確か、好きだったよな? 稲荷寿司」

「……確かに好きだけど、物で釣るとかどうなのよ?」

「うっ……それを言われるとつらいな。

 なら、どうしてほしい? 俺にできることなら何でも聞いてやるよ」

「ふ~ん、へー、何でも……ね。 なぁににしよっかな~? ふふふっ」


 先ほどまでのむくれた顔はどこへやら。

 アルコの顔にあるのはニヤニヤ……いや、ニマニマとした何かを企んでいるような笑み。


 (……あれ? もしかしなくてもやらかしたか、俺?)


 不穏な香り漂う表情に内心、戦々恐々とする冬次。

 若干頬を引くつかせ、念のため保険をかけておくことにする。


「……出来ないことは無理だからな? 一応言っとくが」

「もう、そんなのわかってるわよ」


 心外な、とでも言いたそうな表情で腰に手を当て、アルコは少しばかり不機嫌な態度を取っている。


「そ、そうか。 なら良いんだが」


 不安そうな声音と態度。

 冬次のそんな姿にアルコは腰に手を当てたまま少し胸を張り、


「ふふっ、安心しなさいトウジ。 そんなに無茶なことは私だって言わないわよ。

 だから……ね?」


 と、最初は尊大な態度で言っていたのだが、最後はどこかしおらしい態度だった。

 いったい何を言われるのか。 態度からすると、そこまで意地の悪いお願いは言わなさそうだが。

 そんな印象を受けた冬次は、先ほどよりも落ち着いた雰囲気を纏って問いかける。


「おう、なんだ? ちゃんと聞いてやるから言ってみろよ」

「う、うん。 それじゃあ、その……出来たらでいいんだけどね? 家に……泊めてくれない?

 ほ、ほらっ! こっちじゃ住む場所ないからさ! 私! ……ダメ、かしら?」


 しおらしかったり、急に慌てたような仕草をしたりと、忙しそうなアルコ。

 腰に当てられていたはず手は体の前へとまわされ、指先はモジモジとしている。

 その顔には再び、照れの色が広がっていた。


「あ、ああ。 別に構わないが……というか、俺は元々そのつもりだぞ?」


 もちろん最初からそのつもりだったが故に、冬次はきょとんとした表情を浮かべる。

 冬次だって、別にそこまで意地の悪いことはしない。

 大事に思っていた友人と十年ぶりに再会を果たしたのだ。 恐らく泊まる場所のことで困るだろうことは予想できていた。

 だからこそ、アルコに言われる前から家に泊めるつもりでいたのだが――


「え、なに。 トウジったら私をお持ち帰りして何しようと思ってたの!?」

「へ? ……ぁッ!?」


 突然、アルコが自らの体を抱きかかえるようにして後ずさり発した言葉により、自分がしようとしていたことが他人から見てどういうことになるのかを今さら認識した。


 いや、別にいやらしい意図があったわけではない。

 ただ、親切心というか、友達のために何かしてやれないかと考えていたからこその発言だった。

 しかし外見年齢で考えれば、若い女を家にお持ち帰りする男、という図が出来上がってしまう。

 アルコの実年齢がどうだとかそんな些末な疑問はさておき、そんな構図になってしまうことがわかると、さすがにお年頃の冬次としては慌てずにはいられなかった。


「な、ななな何をトチ狂ったこと言っとんじゃお前は! そ、そそんなこと微塵も考えてないっての!

 どうせ泊まるとこないだろうから、(うち)に泊まったらどうかって思ってただけだ!」

「むっ! 微塵も考えてないって何よ! 私にはそれだけの価値もないってことぉ!?」


 妙なところに突っかかるアルコ。

 顔には不満たっぷりの表情が、これでもかというほどに広がっている。


「ちょ!? キレるとこそこ!? 別にそこまで言ってないだろ!

 つか、話が逸れてるだろ!?」

「そんなのどうでもいいわよ! トウジは今の私をどう思ってるの!?

 どうせ、ちんまい女だとか思ってるんでしょ。

 あんなに私のお尻ガン見してたくせに! ガン見してたくせにぃぃぃぃぃ!! こんのぉ……エロトウジ!」

「エ、エロだとぉ!? この駄狐が! 言いやがったな!?

 ああ、そうとも見てたさ! ハッ、男がエロくて何が悪い! 全力で脳内フォルダに保存したわボケェ!」

「コ、コイツ開き直った!?」

「ああそりゃもう、全力で開き直ってやりますよ! ……ったく、とんでもなく綺麗になって現れたかと思えば外見だけだったなぁアルコ!」

「外見だけって何よ! 外見だけ……って、ん? あれ? 中身はともかく、外見は褒められてる?」


 顔を向かい合わせ、二人の間で際限なく続くかと思われた言葉の応酬。

 しかしそれは、冬次がつい口にしてしまった本音によって終わりを迎えた。


「……ぁ、しまった……」

「へぇ……その反応……じゃあやっぱり、本音では私のこと、綺麗だって思ってくれてるんだ?」

「……」


 冬次はそっぽを向き、頬を紅潮させている。

 瞳は揺れ、動揺が隠しれていない。

 魔獣と戦っていた時の勇ましさや男らしさのようなモノは完全に鳴りを潜めていた。

 そんな冬次を置き去りにし、


「ふっふ~ん! わかってるじゃないトウジ!

 そうよね、私ってば超絶可愛くなってるものね! うんうんっ!

 思春期真っ盛りでお歳頃の冬次が見惚れちゃうのも無理ないわよね~。

 あー、私って罪作りだわ!」


 高笑いでもし始めそうなほどに機嫌がよくなり、スーパーハイテンションモードのアルコ。

 機嫌よく振る舞うアルコに、冬次は若干憐れむような、どこか悲し気なニュアンスを含む声で言う。


「……そういうこと、自分で言っちゃいます? 普通」

「い、良いじゃない! トウジだってそう思ってるんでしょ!?

 ほらほら、言ってみなさいよ。 アルコちゃん可愛いって」


 そうして期待に満ちた紅き瞳をまっすぐに冬次へと向ける。

 冬次はしょうがないなとでも言いたげに肩をすくめ、


「……はぁ。 あーはいはい。 アルコちゃんかわいっすねー。

 よし、これで満足だな? ほら、とっとと家に行くぞー」


 言うが早いか、そそくさと階段へ向かって歩いていく。


「えぇ!? ちょ、投げやりすぎでしょ!? ……って、ちょっと! コラ! 待ちなさいよトウジ!

 私を置いていかないでってばー! ねぇ、待ってよー!」

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