第三話 出会った二人
「それにしても、ここどこ?
なんか妙に殺風景な場所だけど……」
辺りに視線を向け、アルコは首をひねる。
どうやらまだ、ここが約束の場所だと気づいていないらしい。
まあ、目印としてわかりやすい神社が無くなってしまえば、それも無理はない。
冬次も最初は場所を間違えたかと思ったほどだった。
「ん? 何だアルコ、お前気付いてないのか?
ほら、俺たちが昔約束した神社の境内だよ。
……というか、わかっててここに来たんじゃないのか?」
「ううん、違うわ。 私は師匠……ああ、妖術とかいろんな術を教わった人なんだけどね。
その人の指示に従って、《転移門》っていう扉を通ってきただけなのよ。
だから狙ってここに出てきたわけじゃないんだけど……師匠が何かしらの術でも使ってたのかもしれないわね。
転移門を使う前、なんか変な気配? みたいなのを感じたから」
《転移門》。
名前からして移動用の道具だとか、魔法の力とか、そういったモノなのだろう。
具体的なことはわからなかったが、話の内容的に間違っていないはず。
そう結論付け、冬次はうなずき返した。
「なるほどねぇ。 ま、よくわからんがそれのおかげ? で俺たちは再会出来たわけか。
その師匠さんとやらには、一応感謝しておこうか。 実際はどうだったかわかんねぇみたいだが」
「そうね。 もしかしたらサプライズプレゼント的なノリだったかもしれないし。
んー。 そうなると、もう会えないのが残念ね」
唇に人差し指を当てて呟いたアルコ。
その言葉に、冬次は首をひねった。
「ん? 会えないのか?」
「ええ。 ほら、私が出てきた鞄が無いでしょ?
あれが無いとあっち側――《鞄世界》に行けないのよ」
「《鞄世界》……? なんだ? それ。 別の世界ってことか?
マジかよ……」
突然飛び出した、《鞄世界》という名称。
正直なところ、別の世界があること自体は聞かされていた。
だが、実際にあるなんて信じていなかった。
いやいや、眉唾モノだろ? などと、冬次は高をくくっていたのである。
だからこそ、そんな場所から来た人物、その生きた証拠たるアルコにそう言われ、冬次は素直に驚いていた。
「そうそう。 鞄の中に広がる世界だから鞄世界。 ま、つまり"異世界"なのよ。
実は私、約束した少し後に突然死んじゃってねー。
なんか知らないけど、『お主に転生の権利をやろう』とか神様に言われてさ。
それで色々話聞いた後に転生させてもらった世界っていうのが、その鞄世界なのよ」
アルコは極めて明るい口調で、何事もないような態度で語る。
例えるなら、『あ、ちょっとコンビニ行ってくるねー』くらいの気軽さだろう。
いや、むしろそれ以上とも言えるほどだった。
「……は?」
冬次は呆気に取られ、ポカンと口を開く。
そして数秒ののち、
「……はぁああああ!? 転生だあ!? 死んだとかどういうわけだよ!?」
盛大に叫び散らした。
さすがに、異世界の存在やその世界出身の人がいる、なんてことを聞いている冬次であっても今の言葉は聞き逃せなかった。
十年間音沙汰がなかった友人が、親友とも言える人物が、実は死んでいた。
ただそれだけでも驚愕するに値する出来事だ。
それに加え、神様に出会って転生させてもらったと言う。
もっと言えば、狐耳と尻尾だって驚くべき点だろう。
(なんだ、ホントなんだよコイツ!? ビックリ箱なの!? どんだけ驚かせれば気が済むんだよ!?)
冬次の脳内に混乱がひしめき、ブレイクダンスを踊る。
もう冬次はワケがわからなかった。
「いやー……あははっ!」
誤魔化すように笑うアルコ。
視線はあらぬ方向を向き、ぷひゅーぷひゅーと下手な口笛すら吹いている。
「あははじゃねぇよ。 今日一番の驚きだよ……はぁ」
眉をひそめてむにむにと揉み解し、冬次は疲れた表情を浮かべている。
おまけに哀愁を漂わせ、深いため息すら吐いていた。
「あー……まぁ、なんて言ったらいいのかしら。 私も正直わっかんないのよねぇ……」
「いや、自分のことですよねぇ!?」
たまらず、冬次は声を上げる。
「わからないんだからしょうがないでしょ!? 殺されたのか、それとも事故死なのか。
それすらもわからないんだもん!」
自身の死んだ理由がわからないというアルコ。
出会ったという神様に教えられていないというのは、その事実があまりにも悲惨だったからなのか。
それともただ単に、死者に死因を教えてはならない、なんていう決まりでもあったのか。
事実がどうなのかは冬次にはわからないが、自身の死の原因すら知らないというのはあまりにも悲惨すぎる最期ではないだろうか。
いや、痛みすら感じることなく死んだというなら、それはそれでまだ良かったのかもしれない。
死とは、生きる者に必ず訪れる絶対的なモノ。
死する者の存在という核――魂を肉体という軛から解き放ち、その輝きを死後の世界へと連れ去るモノ。
そして、その存在全てを現世から消し去るモノだ。
痛みを、苦しみを、恐怖を。 その全てを混ぜ込んだ暗き闇こそが――死。
それは世界という枠組みから外れ、誰かの記憶の中でしか生きられなくなるということである。
ただひたすらに苦痛が、恐怖が、その者へと降り注ぐ。
死する者だけでなく、その人物が親しかった他者にも影響を及ぼし、心に大きな傷痕を残すモノ。
それは想像を絶する"痛みの象徴"とも言えるのかもしれない。
(……何もわからず死ぬ、か。 死んだことの無い俺じゃわからないが……たぶん、あの人も……)
「…………悪い。 少し……いや、かなり踏み込んだことを聞いちまったよな。
ホント、ごめん」
色々な想いを内に秘め、さすがに無遠慮が過ぎたと反省した冬次。
その顔には申し訳なさそうな、バツが悪そうな表情が浮かんでいた。
「……別にいいわよ。 私は全然気にしてないし。
今はこうして生きているんだもの。 だからトウジも気にする必要はないわ。
むしろごめんね、気を遣わせたみたいで」
「ああ、いや。 俺こそ悪かった」
「もう、私がいいって言ってるんだからい・い・の!
はい、おしまい! わかった!?」
アルコは未だ暗い顔をしていた冬次にそう言い、無理やり話を終わらせる。
その勢いに押されるようにして、冬次は苦笑いを浮かべてうなずく。
「お、おう。 わ、わかったよ。
それじゃあその、話を戻すが……結局、今のお前って何なんだ?」
冬次は先ほどから気になっていた、誰もが疑問に思うであろうことを問いかける。
「今の私は人間よ。 まあ、カテゴライズするなら"獣人"ってやつなんだけど。
だから、今も狐耳と尻尾が生えてるのよねー」
そう言い、アルコは耳と尻尾を軽く動かしてみせた。
(そう言えば……さっきも、昔から妖術ってのが使えるって言ってたな)
「獣人。 獣人、ねぇ……なるほど? じゃあ昔も似たような存在だったってわけか」
「そうよ。 さっきは言わなかったけど、昔……この世界で生きていた頃の私は妖狐。
つまり、狐の妖怪だったのよ」
あっけらかんとした口調と態度で話すアルコ。
冬次は呆れたようにふぅーっと息を吐く。
それから遠い目をして天を仰いだ。
(常識ってなんだろう。 投げ捨てるモノなのかなぁ……ははは……)
視線を戻し、冬次は再びアルコに向ける。
「……なあ。 何なのお前。 さっきからさぁ。
ちっとビックリ発言が多すぎねえか? 次はなんだ、妖狐だと?」
「うっ……事実なんだからしょうがないじゃない。
この際だから言うけどね。 私――」
何かを言おうとするアルコ。
何かはわからないが、会話の流れからして、全然、全く、これっぽっちも良い予感はしない。
むしろ決定的な事実をさらに聞かされるような気がする!
だから、冬次はそれを遮るようにして素早く口を挟む。
「ちょ、ちょっと待て! なんか今、すごく嫌な予感がした!
だからもういいよ!」
「え、ええ? う~ん……まあ、トウジがそう言うならいいけど」
アルコは勢いある冬次の言葉に押され気味。
少し不満げな表情を浮かべ、しぶしぶといった様子で言葉を返した。
「いい、全然いい。 全っ然問題ない! アルコがアルコだってわかればそれでいいんだ!
お前が生きていることがわかったし、今は目の前にいるんだ。 それだけで俺は大満足だぞッ!」
畳みかけるかの如き早さで、冬次は次々に言葉を紡いでいく。
言っていることは本音そのままで、冬次からすれば思ったことを言っただけだった。
だが、どうやらアルコにとっては違った意味に聞こえる言葉だったらしく、
「ふぇッ!?」
瞬間、不満げに歪められていたアルコの顔が、色濃い紅の色に染まった。
あ、あれ? もしかして怒らせてしまったのかと冬次は内心焦りを覚えたが、
「そ、そそそんなに、わ、私と会えたことをう、嬉しく思ってくれてるの……ッ!?」
アルコには少々効き目の良すぎる言葉だったらしく、わたわたと慌て始めた。
先ほどまでの遠慮のない気安い態度はどこへやら、居心地悪そうに視線を彷徨わせもじもじと指先が踊り始める。
見れば先ほどまでスンと澄ましたような柳眉、その艶やかな毛はふにゃりと力を失って下がり気味になり、瞳はしっとりとした潤いを纏っていた。
どうやら照れているらしい。
(なんかすげー照れてて可愛いらしい表情してやがるが、それは尻を突き出してた時こそ見せるべきじゃなかったかねぇ……)
ともあれ、完全に話の流れは変わったはず。 冬次にとっては願ってもない状況だ。
……少々効き目が良すぎた感は否めなかったが。
どこか申し訳ない気持ちを抱きつつも、言ってることは別に嘘でも何でもない。
故に、冬次はそのまま続けて本音をアルコに伝える。
「おう。 そりゃそうだろ。 一番大事に思ってたやつが、こうして目の前にいるんだ。
これで嬉しく思わなきゃそれこそ嘘ってもんだろ。
俺はホントに嬉しいと思ってるよ。 帰ってきてくれてありがとうな、アルコ」
「…………――ッ!! わ、私だって……私だって嬉しい!
こんなに早く会えるなんて思ってなかったし、そもそもまた会えるのも難しいと思ってたんだもの!
そんなの嬉しいに決まってるじゃない!
遅くなってごめんね。 ただいま、トウジ!」
二人の顔には屈託のない笑みが浮かび、とても嬉しそうに思っているのがありありとわかる。
そんな幸せそうな雰囲気漂い始めたその時、
「っ!」
ふと、唐突に冬次の表情が強張った。
先ほどの楽し気で嬉しそうな笑みは欠片も無く、警戒と緊張から瞳を鋭く尖らせて、彼は周囲に視線を向ける。
「ど、どうしたの? トウジ」
「アルコ。 お前は戦ったりできるのか」
突然、冬次はアルコに確認し始めた。
対してアルコは、
「……」
無言で返し、何かを確かめるような素振りを見せる。
だが、すぐさま首を振った。
「……やっぱりダメね。
ごめん、さっき術を使った時もそうだったんだけど、どうも力が出しづらい状態になってるみたい。
身を守る程度なら出来る、とは思うけど……」
「そうか、了解だ。 別に謝る必要はねえよ。
それだけ出来れば問題ない」
顔を暗くするアルコに対し、冬次は言葉を返すと共に次の行動に移る。
左手をズボンのポケットへ入れ、中から板状の煌華心装器――通称《煌心器》の一つで、戦闘への使用にも耐えるモノとして開発された《IRIS》を取り出す。
「《IRIS》――起動」
素早く操作し、言葉と共に端末の画面をフリック。
すると、手に掲げられた《IRIS》の画面から、青白い光が溢れ出した。
それは桜が煌めいていた時のような、淡い光。 しかし、魔法陣で構成された、清らかな印象を受ける青い色だ。
「染まれ――蒼之守夜桜」
そして、その言葉は静かに紡がれた。
それは己の心、その深奥に眠る理想の具現たる武具――《心域兵装》を創造するための詠唱だ。
青白い光は長く細い形へ姿を変容させ、その形を固定。
次いで、固定された光は粒子となって弾けた。
唱えられた言葉により目の前に現れたのは、反りの入った長い刀――《太刀》。
夜闇を思わせる漆黒の鞘に納められたそれを、冬次は掴む。
次いで素早く抜き放ち、外気へとその姿をさらして構える。
「蒼い……刀?」
アルコが見た冬次の心域兵装。
それは蒼天の如き蒼の刃。 鋭く研ぎ澄まされたその蒼き太刀は何でも斬ってしまえそうだと思うほど。
まるで冬という概念で構成されているかのように錯覚しそうな、酷く寒々しい印象を受ける。
そんな蒼刃の太刀が、冬次の手に存在していた。
「ああ。 これが今、俺が創ることが出来る《心域兵装》だ。
だが、詳しい話は後だな――来るぞっ!」
周囲への警戒を怠らずにそう言った瞬間、
「ガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」
冬次たちの鼓膜を激しく震わせたのは、魔獣が出現した時に放たれる雄叫びのような声。
そして――木々を薙ぎ払って躍り出てた魔獣が大地を踏みしめる音だった。