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鞄世界からの来訪者と蒼の刀術師  作者: 甘野 三景
第一章 十年の時を経て
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第二話 出会った二人


「ご、ごめんなさい。 叫んじゃって……」


 しょんぼりと肩を落とし、申し訳なさそうにする少女。

 そんな弱々しく悲し気な少女の姿に、冬次は気遣うように声をかける。


「いや、それは別に気にしてないから大丈夫だ。 ただ……」

「ただ……?」


 言い辛そうな冬次の態度に、少女がオウム返しで問いかけた。

 少女を傷つけるかもしれない。 だが、聞かずにはいられない。

 このままわからないで終わるのだけはダメだろう。

 冬次はそう考え、意を決したように真剣な態度で口を開く。


「……悪いんだが、名前を教えてくれ。

 さすがに狐耳と尻尾を持った知り合いは知らないが、名前でピンとくるかもしれないからさ」

「そ、そうね。 まだちゃんと名乗ってなかったものね。 ごめんなさい。

 私はね、私は――アルコ(・・・)。 トウジと友達だったアルコなの。

 どうかしら、思い……出せた?」

「……え?」


 目の前には少女の不安げな表情がある。

 だが、冬次はすぐに言葉を返せなかった。

 胸中を戸惑う気持ちが乱舞しているからだ。


 (ど、どういうことだ? アルコ……アルコだって!?)


「……やっぱり、思い出せないかな……」


 少女の瞳は揺れ、不安な気持ちからか、顔には暗い色が落ちていく。


「い、いや。 アルコって名前には憶えがある。 それは確かだ。

 でも……え? マジで?」


 実際、少女の言った名前、その人物についての記憶は確かにある。

 だが、目の前の少女が記憶にある人物と同じだと信じ切るだけの自信と根拠が無い。

 だからこそ、彼女がそうであるなどとは冬次には思えなかったのだ。


「マジよ! たぶんトウジが思い浮かべている通りで合ってる! 合ってるから!」

「じゃ、じゃあ何か。 お前が、お前が十年前に姿を消した(・・・・・・・・・)アルコだって言うのか!?」

「だーかーらー! さっきからそう言ってるじゃない!」

「え? ……え!? マジか!?」


 冬次は驚愕に目を見開き、信じられないといった表情を浮かべている。


 しかし、それもそのはず。

 アルコと言うのは、十年前に突如として姿を消した冬次の友人だ。

 全く何の予兆もなく、突然顔を見なくなった大事な友人だ。

 そんな十年間音沙汰の無かった人物が、実は今目の前にいる妙な現象に乗じて現れた少女などと誰が信じられようか。


 まず、鞄から飛び出してきた時点でおかしい。

 次いで、耳と尻尾があることもおかしい。

 初めて会った時から最後に会った時に至るまで、そんなモノがあったなんて記憶は一切ない。

 何の冗談かと、何のドッキリかと言いたくなるのが自然というモノだろう。

 しかし、少女はそれらを置き去りにして、十年前に姿を消した友人は自分だと口にする。


 (いったいどういうことだ? 最後に見たアルコは普通の人間の姿だったはずだ。 こんな見た目はしてなかったぞ!?)


 当然、冬次の頭は混乱した。

 いや、実を言えば、動物の耳(・・・・)と尻尾を持った(・・・・・)人間がいること自体は(・・・・・・・・・・)聞いたことがある(・・・・・・・・)

 しかし、見たことなど一切なく。 本当に聞いたことがあるだけ。

 仮に話が本当だったとしても、まさか自分の友人がこんな姿になっているなんてことは、これっぽっちも冬次は考えていなかった。


「うん。 まあ、いろいろあってね。

 あ、でも。 昔から狐耳と尻尾はあったわよ?

 ただ、妖術で見た目をこうやって――《変化の術(へんげ)》ッ」


 少女がそう言うと、ぽふんっと何やら可愛らしい音を立てて姿が煙のようなモノの中へ消える。

 そしてほんの一瞬。 それこそ一秒も経たないうちに煙は消え失せ、中からは少女が再び姿を現す。

 再び目の前に見えた少女の頭や腰からは狐耳や尻尾が無くなり、紅玉色(ルビー)のようだった紅い瞳も同様に暗く茶色い瞳へと変わっていた。


 こうなれば、もはや傍目には和装を身に纏うごく普通の少女にしか見えない。

 元々狐耳と尻尾が無ければ普通の人に見えることもあり、こうして日本人らしい色味へと変えられてしまえば、幼かった冬次が気付けなかったのも無理はないのだろう。


「お、おぉ……マジか。 耳と尻尾が無くなってる。

 いやでも、見えなくするくらいなら魔法でも出来るか。 そうだとしても……今の、魔力は感じなかったな。

 ってことは、ホントに魔法とは別物なのか」


 初めて見た妖術という未知の異能に、物珍しそうに声を上げる冬次。

 少女はどこか恥ずかし気に苦笑いを浮かべた。


「あはは……うん。 魔法だと魔力を使うけど、今のは《妖力》って言う力を使ってたの。

 とまあ、こんな感じで隠してたわけね。 ごめんね、今まで隠してて」

「あ、いや、それは別にいいんだが……ホントにアルコなのかよ?」


 実際に力を見せられ、過去もこうして耳と尻尾を隠していたと言われた。

 だが、やはり今すぐ納得したり信じたりはできそうにない。

 だからこそ、冬次は首をひねるしかなかった。


「何よ、まだ疑うの? 耳と尻尾も、ちゃーんと隠したし、私だってわかりやすくなったと思うんだけど」 

「いやいや、そうは言ってもさ。 俺が最後に見たアルコは六、七歳くらいの女の子の姿なんだぞ?

 十年経って成長した今の姿を見せられても、どうも納得しづらいと言いますか……ねぇ?」


 十年という時間を長いと感じるか、短いと感じるか。

 それは人それぞれだろうが、小学生くらいの小さな頃から現在の高校生くらいの姿への成長である。

 どう考えても、見た目に大きな変化をもたらしていて然るべきだ。

 特に相手が女の子であると言うならば、より大人の女性へと近づき、当時では考えられないほど綺麗に、そして可愛らしくなっているはず。

 事実、冬次の目の前にいる少女は同世代の女性の中でも抜きんでて綺麗で可愛い人物だと言える。

 故に、納得できない、信じられないという冬次の考えは然程おかしなものとは言えないだろう。


「んー……それもそっか。 どうしたらいいかしら。

 むぅ、そこまで考えてなかったんだけど」

「そうだなぁ……じゃあ、あれだ。

 俺が十年前、当時のアルコと最後に交わした約束。 あれ(・・)の内容を言ってくれよ。

 お前がアルコだって言うなら、当然わかるはずだろ?」


 冬次は目の前の少女を試すように、ニヤリと笑う。

 

 その脳裏に浮かぶのは過去の記憶。

 あれは日が暮れてしまい、空に浮かぶ太陽が茜色に染まるような、そんな時間帯だった。

 そこは多くの商店が軒を連ねる商店街の奥。 その先に存在する長い階段を上った場所に、幼き冬次が遊び場としていた境内はあった。


 そう、今冬次たちがいる神社の境内こそ、遊び場だった場所だ。

 そして、冬次が幼き日のアルコと最後に顔を合わせ、約束を交わした場所でもある。


 十年前のあの日、冬次はアルコと共にこの境内で遊んでいた。


『あーあ、もう暗くなってきちゃったね。 どうしよっか』


 陽が落ちて暗くなってきた空を見上げ、冬次は呟く。

 隣には同じように空を見上げるアルコの姿。

 二人は隣り合って階段に腰を下ろしていた。


『そうねぇ、もうちょっと遊びたい気もするけど……さすがにこの時間じゃ、お母さんたちが心配するんじゃないかしら?

 だから、今日はもうおしまいね? いい? わかった?』


 残念そうに、少し大人びたような口調で言うアルコ。

 冬次はピクリと眉を微かに動かす。

 しかし、それは少女が気付くことの無いくらい小さな変化で。

 その変化を悟られないように素早くむくれた表情を作り、


『……えー、でもさー……』


 ほんの少し遅れて抗議の声を上げた。


『だーめ。 お母さんたちに怒られるのは嫌でしょう? だったら早く帰って安心させてあげないと、ね?』


 アルコは問答無用と言った感じで、まるでお姉さんぶるように窘める。

 ほっそりとした白い指は冬次の額を小突き、その顔は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


『うぐっ……』


 小突かれた額を押さえ、目の前にあるアルコの可愛らしい表情に照れたように頬を染める冬次。

 少しムッとしつつも観念したように息を吐き、


『……そうだね、うん。 アルコの言う通り、早く帰った方がいいよね』


 少し寂し気に呟く。

 そしてすぐさまその表情は一変する。


『それじゃあさ、また明日会おうよ。 それでまた遊ぼう! ……ダメかな?』


 顔には楽しげな笑みを浮かべていて、明日も遊びたいという気持ちがありありとわかるほど。

 しかし最後は少し不安になったのか、おずおずと上目遣いで幼いアルコを見つめていた。


『ふふっ、トウジったら……いいわよ? 遊んであげる。 だからまた明日、ここで会いましょうねっ』


 アルコはそんな冬次の姿に花のほころぶような可愛らしい笑みを零す。

 その瞬間、幼い冬次の顔からは暗い影が消え、明るいモノに。

 ぱあっと輝くような表情を浮かべた冬次は、もう一度提案する。


『じゃ、じゃあさ! 指切り、指切りしておこうよ! お互いに約束破らないように!』

『まったく……トウジったら喜びすぎよ? でもいいわ。 指切り、しましょっか!』

『うんっ!』


 こうして二人は指切りをし、再会を誓っていたのである。


 まあ、再会を誓っていたなんて言い方は仰々しいかもしれない。

 だがそれでも、彼らにとっては大事な約束だった。


 そんな約束の日から、既に十年と言う長い時間が過ぎてしまっている。

 しかし、目の前にいる少女が本当にアルコだと言うのなら、絶対にわかるはずだ。

 冬次はそんな期待を込め、少女に視線を向けた。


「なるほど、確かにそうよね」


 少女はうんうんと深くうなずく。

 しかし、約束について言おうとしない。


「いや、うなずいてないで言えって。 それとも……わからないのか?」


 本人だと言うなら早く言ってくれ。

 お前がアルコで、俺の大事な友人だったアイツなんだってことを証明してくれよ。

 そう思っていた冬次は、少女を少し急かすように、そして煽るように問いかけた。

 そんな冬次の物言いに目を開き、少女は大きな声で言う。


「わ、わかるわよ! ちゃーんと覚えてるもんっ!

 昔遊んでた神社の境内で会うってやつでしょ!? トウジと指切りしたのだって覚えてるんだからねっ!」


 目の前の少女が言ったのは、紛れもなくあの日の約束そのままのモノ。



「っ……お前……本当に……」



 少女は本人の言う通り、アルコだった。

 十年間、忘れたことの無かった相手が。 一番の親友だと思っていた相手が……今、目の前にいる。

 そのことに冬次は嬉しくなり、どうしようもない気持ちが胸に込み上げてくる。


 苦しいような、でも嫌いじゃない。 そんな曖昧で不思議な感覚。

 懐かしさと共に胸中に広がるその感覚に、冬次はどこか心地よいモノを感じていた。


 (ははっ……マジかよ。 十年経ってようやく……ようやく会えたか。 確かによく見りゃ、顔立ちはあの頃の面影を残してやがるな。 はっ……これじゃ、覚えてなかったのはむしろ俺の方じゃねえか)


「な、何よ! これで満足でしょ! それで? トウジはちゃんと覚えてたのかしら!?

 覚えてないとか言ったら、全力で引っ叩くわよ!」

「ははは……全力は勘弁願いたいな。

 ……でも、大丈夫。 約束はちゃんと覚えてるよ。 だから俺はここに来たんだ。

 さすがに十年後の今、こんな再会の仕方をするとは思わなかったが、十年間、お前のことを忘れたことなんかねぇよ。 ……ずっと、ずっと……心配してたんだぞ」


 冬次は若干潤んだような声で言う。

 泣いてるような、笑ってるような表情が冬次の顔に浮かんでいる。

 そんな表情にアルコは言葉が詰まった。


「ぁ……」


 感極まったのか、アルコの瞳が潤む。

 それを堪えるようにして口をギュっと噤み、ゆっくりとアルコは口を開く。


「……うん……ごめんね、トウジ。 十年も待たせちゃって。

 ホントに、ごめん」 


 その声はまるで震えているようで、顔には冬次と似たモノが浮かんでいた。


「……ホントだよ。 何だよお前。 十年とか、遅すぎんだろうが。

 遅刻するにもほどがあるぞ。……バカアルコ」


 冬次の声も微かに震えを帯びており、それを押し隠すように努めて強気な口調で言葉を返す。

 捨て台詞でも吐くように放たれた最後の言葉は小さく、ぼそりと呟かれていた。


「し、仕方ないでしょ!? 色々あったのよ、色々とねっ!

 というか、今バカとか言ったわよね!?」


 約束に遅れた、という点は間違えようもないくらいに正しい。

 しかし、こっちにも事情があったんだからそれくらい許しなさいよとでも言いたげなアルコ。

 バツが悪そうなその口ぶりが、それを物語っていた。


「ん~? 何のことだ? 俺はそんなこと言った覚えはないなぁ~」


 白々しい態度で冬次は言葉を返す。

 ニヤニヤと笑うその顔は、見る者がとてもうざいと感じてしまうような代物。

 相手の頭から、ブチッ、という音でも聞こえそうなほどだ。


「こ、このぉ……っ!! トウジのくせに生意気よ!」


 実際、アルコは苛立ちを隠せずにはいられなかった。

 ありありと浮かぶ怒りの感情。 それはまっすぐに冬次へと向けられている。

 だが、


「ハッ。 何とでも言えよ、バカ狐。 大遅刻しやがったのはお前だろ~? ん~?」


 そんなモノなど欠片も感じていない、とでも言うかのような態度を冬次は取った。

 当然、そんな煽るように言われれば誰だって怒りの感情が胸に巣くうことだろう。


「ッ!?!? バ、バカ狐ですってぇええええええ!?」


 案の定、アルコは叫んだ。

 近くに民家が無いことが幸いだと思うほどに大きい声。

 それは境内を駆け、木々の中へ溶けていった。


 その叫びに対し、冬次がどういう反応をしたかと言えば――笑いを堪えていた。

 それこそ、腹を抱えて吹き出すのを必死に抑え込むかのように。

 しかし、それも長くは続かず、



「……っ……っ……アハハハハハッ!!」



 堪えていた笑いは一気に外へと飛び出し、瞳には薄っすらと涙すら浮かんでいる。

 だが、それは懐かしさや嬉しさと言った感情から来る反応。

 冬次は笑い泣きしていた。


「はー、いやぁ笑いすぎて腹痛いわー!

 ったく、何なんだろうなぁ。 昔と色々違うとは思うんだが、なんかすっげぇ懐かしい気がするわ」

「まったく、トウジったら笑いすぎよ! ……でも、私もなんか懐かしい感じはするかも。

 トウジなんか喋り方とか全然違うのにね? ふふっ」


 最初は笑われたことにムッとした態度をしていたアルコ。

 しかしすぐに鳴りを潜め、そこには柔らかな笑みが花開いていた。

 それはとても楽し気で、屈託のない可愛らしい笑み。


 (ホントに懐かしいな。 それにしても……まあなんとも可愛らしくなったもんだ。 絶対本人には言いたくないがな。 ちょっと悔しいし)


 内心でそんなことを考えつつ、冬次は言葉を若干濁して返す。

 

「あー……ま、その辺は俺もこの十年で色々あってな。

 いやー、それにしても。 ホント、久しぶりだなアルコ」

「……うん。 ホントに久しぶりね、トウジ」


 二人はそう言うなり手を伸ばし、固く握手をした。


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