プロローグ 二人の出会い、それは煌めきの中で
――出会い。
それはいつも突然訪れ、人々の心を揺さぶる。
それがどんな形で訪れるのか、なんていうことは人それぞれだ。
誰にも予期し得ない未知との遭遇かもしれないし、ありきたりなモノかもしれない。
例えば、だ。
朝、寝坊してしまい、学校へとパンを咥えて走っている。 そんな時、曲がり角でバッタリ鉢合わせ……なんて風だったり。
あるいは、空から美少女が降ってくる、なんていう出会い方をするかもしれない。
まあ、そんなことは漫画や小説なんかのフィクションの世界の中でしか起こり得ないことだろう。
少年――桜ノ宮冬次は、そう思っていた。
そう。 思っていたのである。
しかし、現実とは時に面白いモノで。
それ以上の出来事が……いや、怪奇現象が起こったのだ。
(……なんだ、これは……)
冬次の目の前に広がるのは、石畳が敷かれた神社の境内――だったはずの土地。
まず、石畳の地面は存在していた。 緋色が美しかった鳥居も、少しくすんでしまっているが残っている。
だが、昔はそこにあったはずの神社の姿はなく、ただただ開けた土地だけがあった。
いや、この際、目の前に神社が無いことなど置いておいてもさして問題はないだろう。
知らぬ間に取り壊されていた、なんてことも十分に考えられる。
しかし、捨て置けないのは周囲の状況だ。
冬次を取り巻く環境。 つまり、神社の境内を囲むその場所には異常が発生していた。
そこには桜の木があった。
本来あるべき姿とは異なった、咲き誇る薄紅色の花を身に纏った姿で。
――空に舞い散る桜の花びら。
薄紅色のそれらは淡い光と合わさり、まるで冬次を幻想の世界へと誘うかのように空へと舞い散っていく。
そうして舞い散り、煌めく桜の花により、境内は華やかに色づいた。
それは殺風景なはずのこの場所を、本来とは比べ物にならないほどに色鮮やかにしていて。
冬次は異常な状態であることを理解しつつも、その圧倒的なまでに美しい景色に呑まれそうになる。
(これは……すごいな。 幻想的な風景ってのはこういうやつを言うのか?)
幻想的な景色が広がる状況ではあるのだろうが、そんなことを考えている場合ではない。
なぜなら、今は三月の中旬。
通常、桜は早くても三月の下旬になった頃、気象庁から開花宣言が出されるだろう。
少なくとも、過去の開花宣言は極少数の例外を除けば、下旬に集中している。
しかし、しかしだ――ならば何故、目の前にある桜は咲き誇り、そして光り輝いている?
(あ、あははは……俺ってば、夢でも見てんのかなー?)
常識から逸脱した光景に対し、現実逃避を始める冬次ではあったが、目の前の状況は相変わらず"春"であることを強く主張する。
だが、間違いなく、今は三月の中旬。
春であることは確かだとしても、いささか桜が咲き誇る時期とは言い難い。
気象庁からの開花宣言も未だされておらず、この場所に来るまでに通った道にはしっかりと蕾の姿があったのを冬次は確認している。
ならばやはり、これは白昼夢を見ているとでも言うべき状況なのではないか、ということなのだが――
「……は?」
冬次の口から呆気に取られたような声が飛び出る。
口を大きく開き、間抜けな顔を晒している冬次の前にあったのは――鞄。
見た目はどこにでもありそうな、何も不思議な点などなさそうな黒い色の鞄だ。
だがどうしたことか、その黒い鞄はふわふわと宙に浮いていた。
「……え? いやいや、ホントに何の冗談だ?
ああ、なるほど! あれか! ドッキリってやつかっ!
いやーあははっ! なるほどねーっ!」
冬次は自分の持ちうる知識の埒外にある現状に、逃避を開始する。
これはドッキリなんだろ、ドッキリだと言ってくれ!
そういった気持ちで胸中を満たし、辺りに視線を向ける冬次。
慌てふためくとまではいかないまでも、頭の中が混乱状態にある冬次の目の前で、さらなる変化が起きる。
突如、鞄が輝いた。
それに呼応するように、周囲で煌めく桜の木々はさらに輝きを強める。
それはカメラのフラッシュなどと比較するのが烏滸がましいとさえ思えるほどの、圧倒的な光量。
「――ッ!?」
あまりに強い光に、冬次は目を瞑ってしまう。
次いで冬次の耳へと、ファスナーが開くような音が聞こえてくる。
不味い。 非常に不味い。
この状態では周囲の状況が把握できない。
何かが起こっても対処が遅れてしまう!
その思いから、冬次は何とか薄目を開く。
すると薄く開かれた視界の先から、
「――ぷきゃっ!? ぐふぉ!! いでっ!?」
若い少女の声と共に、一つの人影が飛び出してきた。
少女は飛び出てきた勢いそのままに、石畳の地面を転がる。
転がる度に体のあちこちをぶつけ、身に着けている服は土を被って汚れていく。
その度に小さく聞こえる少女の声。 見ていて実に痛々しい光景だ。
(う、うわぁ……痛そうぉ……)
内心で少女を憐れむ冬次。
だが、次の瞬間。 その視線は、あるものに釘付けになる。
尻だ。
女性らしい丸みを帯びた柔らかそうな白い肌を持つ尻だ。
加えて言うならば、安産型である。
そんな魅惑のヒップが、目の前にさらされているのだ。
――アダルティックな純黒の布に覆われた尻を突き出した状態で。
「美尻キタァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
冬次は声高らかに叫んだ。 彼も男だ、仕方のないことだったのだろう。