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クシャクシャと濡れた手紙

作者: 紅真

 彼女、月島花音が三年生の一学期が終わると引っ越すと聞いたのは、一学期終業式の一週間前だった。


 彼女と言っても恋人の彼女じゃなくて、代名詞の彼女であって、って言っても恋人にできたらいいなとは思っていて。



 つまり言うと、俺は、山崎達也は、月島花音が好きなのである。



 ん?なに?って首を傾げて、上目遣いなのが可愛くて。

 スカートと一緒になびく、長い髪の毛が綺麗で。

 大きな瞳に、たまに眼鏡をかけるのがグッと来て。

 走っている姿がカッコよくて。


 三年間一緒にいられると思ったのに、あとたった一週間だなんて酷すぎる話だ。


 俺がこの話を聞いたのは、部活が終わって片付けをしていたときだった。同じ陸上部だから終わる時間が同じで、用具室の前で花音が友達に話しているのを聞いてしまった。


 その日の帰り道、俺は直接引っ越しのことを聞いた。

 実は月島花音とは、途中まで帰り道が同じなのである。


「花音、お前引っ越すだってな。友達に話してたの聞こえちゃってさ。あっ別に盗み聞きしてた訳じゃないぜ」


「そっか、聞かれちゃってたか。ていうか、それちゃんと盗み聞きしてるじゃん」


「偶然、本当に偶然に聞こえちゃったんだよ」


「……知ってる。たっちゃんはそういうことはしないって。少しからかっただけ」


 ここまで、普通に話しているようにで、本当は内心バクバクで、手汗が止まらない。

 あと、たっちゃんっていうのは俺のことで、女子からそう呼ばれてる。


「本当に引っ越すの?」


「うん、そうだよ。よくある親の都合ってやつ」


「そうか、残念だな」


「え? 私がいなくなって残念だと思ってくれるの?」


 しまった。本音が出てしまった。ヤバい何か言わないと……。何か……。


「……いや、あんなに頑張ったのに、夏の最後の試合に出れないんだなって。いつも、最後まで練習してただろ」


「あー、そっちか。確かにそれは残念だね。それより、たっちゃん、私の頑張り見ててくれたんだ」


「ま、まあな。仲間だし」


「フフフ、仲間ね~」


 突然こっちを振り向いて笑顔むけてくるな、こっちまでニヤニヤが伝染する。耐えろ。耐えるんだ。


「あーあ、たっちゃんには最後に伝えたかったのにな。最後の日に、ドッキリみたい」


 すると、花音は前に少し走って振り向いて、


「たっちゃん、突然だけど私ね、明日引っ越すのごめんね今まで黙って……みたいにさ」


 花音は冗談のように言ったが、その時俺は、憤りを感じてまった。何か心を踏みにじられたかのように。


 そして、つい言ってしまった。


「お前、本当にそれやろうとしたの?」


「ん? どうしたの?」


「俺だけ、俺だけ引っ越すこと前日まで知らなくて、何も準備できなくて、お前だけ、俺に何か言ってサヨナラか?」


「たっちゃん……怒ってる?」


「怒ってねーよ。ただお前と俺の仲は、そんなもんだったていうのかよ。そんな簡単に切り捨てれるものだったのかよ」


「そんなんじゃ……ただ……」


「じゃーなんだっていうだよ!!三年間……一緒に頑張ってきたんじゃねーのかよ……」


「ごめん。たっちゃん……」


 結構いい雰囲気で話してたのに、俺のせいで一気に重い空気してしまった。このまま、何も話すことなく、別れてしまった。いつも言う、また明日も言わずに。


 そして、現在にいたる。

 今の俺は、絶賛後悔中だ。頭を枕で押し潰しながらベッドでうずくまっている。


 まじで、どうしよう。実は、あのまま良い雰囲気を保ちつつ、三年間好きだったことを告白する、という計画があったのに。

 頭に血が上ってしまった。なんであんなこと言ったんだよ。俺さんよ。


 でも、理由を探しているときに気づいてしまった。



 あー、俺ってやっぱり、アイツのこと好きなんだなって。



 それは置いといて、本当にどうする。タイムリミットはあと一週間、いや今日はもう終わるから、あと六日間だ。

 その間に、今日のこと謝ってそして告白までやれるか?

 ……できないな。謝るならともかく、その流れで面と向かって告白なんてチキンの俺にはできない。


 六日じゃなくて、せめて二週間あれば……いやそれでもきっとできないな。

 告白できるなら、もうやってたはず。チャンスはこの二年間の中に山ほどあった。


 悩みに悩んだ結果、行き着いた答えは一つだった。


 そうだ、手紙を書こう。口言えないなら字で伝えよう。

 手紙なら渡せる。渡たしてみせる。


 早速行動に移した。次の日には便箋を買い、少し可愛い入れ物もかった。残すは期日までに手紙を書くだけ。


 俺は買ったばかりの鉛筆を持って、手紙を書き始める。


 三年前から好きでした。

 ちょっと待て、この前のこと謝らないと。


 昨日はごめん。本当はあんなこと言うつもりはなかったんだ。

 ん? 待てよ渡す日は今日じゃないから、昨日っていうのはおかしいか。


 この前は、なんかひどいこと言ってごめん。でも、本当はあのとき、お前に好きだって言いたかったんだ。

 ……なんか謝って直ぐに、告白するのもな。


 気がつけば、外では雀の鳴く声が聞こえる。そんで、俺前にあるのは、便箋七枚を越えるラブレター。


 なんだよこれ、恋の読書感想文かよ。手紙を書くのってこんなに大変だったとは。

 流石に、便箋七枚を渡すのはな……。


 手紙を書いている間は、花音とは会話をしなかった。

 この前のこともあるけど、内緒で手紙書いてると考えると、恥ずかしくて話す気にはなれなかった。


 そもそも、ほとんどは花音の方から話し掛けてくれていた。その花音から、話しに来てくれないとあれば、会話の可能性は極めて低い。


 自慢じゃないが、それほど俺はチキンなのだ。


 部活が終わり俺は颯爽と家に帰った。そういえば、今日は花音は部活を休んでいた。


 引っ越しの準備中が忙しいらしい。その事を聞くと、実際に、俺には時間がないことを思い知らされる。手紙を書く手が早くなる。


 そして、俺が手紙を書き終えたのは、終業式の3日前だった。


 やっと完成した。完成させることができた。

 渡せるチャンスは明日と明後日の終業式。俺はしっかり封をして鞄の中に入れた。


 次の日の朝、残念にも登校するときには花音には会えなかった。

 朝練もこの日は休みで、花音とはクラスが違うので、渡すのは放課後になりそうだ。


 ちょうどその日は、午後練も花音のお別れ会のため早めに終わる予定だ。花音も必ず部活に来なくてはならない。その帰り道が、絶好のチャンスだと俺は確信していた。


 今日の授業は全く耳に入らなかった。緊張が頭の中を支配していて、ただ何回も頭にの中でシミュレーションをした。


 そして、部活の時間になった。しかし、ここで事件が起きた。部室でのことだ。


「あれ? 達也、その可愛いのなんだよ。おい、まさかラブレターか? 誰から貰ったんだよ」


 ば、バレてしまった。一番バレたくない親友の和也に、手紙のことをバレてしまった。何か言い訳を、なんでもいい、何かないのか。


 頭の中をフル回転させながら俺は和也に言った。


「ラ、ラブレターなんかじゃねーよ。第一に俺なんかが貰える訳ないだろ。妹のもの物が勝手に鞄に入ったんだよ」


「ふーん。本当にそうなのか?」


「本当本当」


 俺はそう言うと、手紙を取り出してゴミ箱に捨てた。

 何やってるだと自分で自分を殴りたいが、こんなことをしてしまうのが、この俺のなのだ。


「いいのかよ捨てちゃって、それ妹のなんだろ?」


「いいの、いいの、きっと家にいっぱいあるし」


「そうなのか? ならいいけど」


 いいわけあるか! 今すぐに取り出したい。

 でも、こうなってしまっては、取り返しがつかない。


 これも運命なのだ。今まで告白を後回しにしてきたツケがまわってきたのだ。



 俺は靴紐を強く結び、それからゆっくり部室のドアを閉めて部活へと向かった。



 部活は本当に早く終わった。花音も皆との最後の練習を楽しんでいた。

 キャプテンに集められて、お別れ会が始まる。

 キャプテンからの言葉。花音からの言葉。そして顧問の先生からの言葉。

 そのあとに、女子達から色紙やお揃いのハンカチなどが送られた。


 本当に嬉しそうな顔で笑うな。久々に笑った顔を見た気がする。


 部活は早く終わったものの、部活の皆で結局下校時間ギリギリまで話し合い、笑いあった。俺もケンカなんか、してなかったかのように話した。いつもと、同じだった。


 そしていつもと同じに、俺は花音と一緒に帰った。


 ここまで計画通りだ。手紙のことを除けば。

 なんてことを、してしまったんだ。後悔が更に膨れ上がって押し寄せてくる。


 花音が

「今日は楽しかったね」

「皆と練習できなくなるのは、寂しくなるな」

 と言ってきても、

「そうだな」

「確かにな」

 と、つまらない返答していた。


 そんな脱け殻のような俺の会話に、ついに花音は黙りこんでしまった。


 ごめんな、心の中で謝る。花音に、自分に。


 間も無くして、T字路が見えた。あれを花音は左に曲がる、俺は右に曲がる。

 いつもはここで、また明日って言うだっけ?

 サヨナラぐらい言わないと。俺が口を開こうとしたとき、隣で泣き声が聞こえた。


 花音が泣いている。花音が泣いているじゃないか。


「たっちゃん、ごめんよぉ。この前は酷いこと言ってぇ。たったちゃんの気持ち考えないで、あんなこと言っちゃって」


 一生懸命涙が出ないように、堪えている。それでも溢れている涙に、その声に胸が締め付けられる。


「私が悪かったから、だかは、もっと一緒にお話ししようよ。たっちゃんとの最後に、こんなお別れは嫌だよ」


 花音は下を向いて、歩くのを止めてしまった。

 俺はこんなとき、どうしてやればわかない。俺は何をしてやればいい。

 強く握られた俺の拳は、ただただ強く握られるだけだ。


 すると、花音は鞄から何かを取り出した。


「これ……手紙。もし……このまま仲直りできないで、私の、私の本当の気持ちが伝えれないときのために、書いたの……」


 それは、濡れた手で触ったせいで、滲んでしまった手紙だった。


 頭の上から足の先まで、強い電流が一瞬にして身体を流れた。

 その場に鞄を落として、花音に言った。


「ここで待ってて」


「ん……何……」


「ここで待ってて!!!!」


 次の瞬間俺は走り出していた。今歩いたばかりの道のりを、夕日で薄暗い道を。全力で。握りしめた拳は、その動力となった。


 きっと今の俺は、一番早い。今記録を計測したら、自己ベスト更新間違いなし。俺は、がむしゃらに走った。


 学校に着くと、直ぐ様職員室にむかった。


「失礼します。陸上部の……ハァハァ、山崎達也です。陸上部顧問の……池田先生いらっしゃいますか?」


「い、池田先生なら、今さっき帰ったけど。入れ違わなかったかい」


「そうですか。失礼しましました」


 俺は職員室勢いよく出て、職員専用駐車場に走った。

 そして、そこに池田先生はいた。もう車に乗り込もうとする寸前だった。


「池田先生!」


「達也どうした、下校時間は既に越えてるぞ」


「ハァハァ……すみません先生。とても……とても大切な物を……部室に忘れてしまったんです」


「別に今日じゃなくても良かったんじゃないか?」


「ダメなんです。逆に……今日じゃなきゃダメなんです」


 俺は先生から部室の鍵を受けると、お礼を言い、部室に向かった。

 それから、急いでゴミ箱の中を確認した。


 あった。良かった。まだあった。


「達也、忘れ物はあったか?」


「はい。なんとか」


「大切な物ならば、肌身離さず持っておくことだ。戸締りはやってやる。早く行ってやれ」


「はい!」


 俺は先生にお辞儀してから、また全速力で戻った。

 花音は待っていてくれているだろうか?

 手紙が風で飛ばされないように、しっかり掴んだ。


 俺はさっきのT字路に着いた。けれど、花音の姿は見られなかった。


「クソッ」


 間に合わなかったのか。額に汗を垂らしながら、なんて無様なんだ。あきらめかけたその時だった。


「たっちゃん?」


 既に夕日は沈みきり、電柱の明かりだけが花音を照らしていた。どうやら、涙は止まっているようだ。


 ちゃんといたよ。


「遅くなって……悪かった。これ、俺も書いたんだ手紙……謝りたくて、本当の気持ち伝えたくて」


 俺は花音の持っている手紙と、自分の手紙を入れ換えた。

 花音の手紙は涙で濡れていて、俺のはぐしゃぐしゃになっている。


 初めての、手紙がこんなことになるなんて。花音は嫌がってないだろうか


「ごめん、ぐしゃぐしゃになっちゃって」


「ううん、嬉しい。たっちゃんも手紙書いてたなんて……その……なんか照れるね……」


 そんなこと言われたら、俺もめっちゃ恥ずかしいじゃん。

 てか、照れる花音、可愛いすぎだろ。


「か、帰ろうぜ。もう遅いし家まで送るよ」


「送るって、私の家すぐそこだよ」


「それでも、いいんだよ。だって、お、俺ともっと話したいんだろ」


「フフフ、照れてる」


「……うるさい」


 そのあと、短い距離を俺らはゆっくり歩いた。大したことない話しをたくさんした。それでも、俺の一番聞きたかったことは聞かなかった。


 聞かなくてもそれは、きっとこの手紙書いてる


 そう思ったから。


 その日内に手紙を読まなかった。読むのは終業式が終わってから、つまり、サヨナラした後にと二人で約束事したから。


 他に約束したことがある。


 陸上の全国大会でまた会おうって。

 これは俺と花音との二人の約束。

 俺はこの約束が、叶うことを信じてやまなかった。

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