MerryX'mas ~聖夜、後に日常~
「はぁ……やっと、書類終わった」
そう呟くと、彼女はデスクに突っ伏した。豊かすぎる胸がムニュリと疲れ切った身体を支える。青白く光る液晶には『始末書』の文字。
「お疲れ様です、輪堂さん。珈琲もう一杯いかがですか? 紅茶もありますよ」
「あ、いいですよ。もう寝るので……」
薄紫の髪の男が彼女──輪堂 茜に話しかける。が、茜は疲労困憊と言った様子で彼の提案を断った。しかし彼は続ける。
「いいんですか、輪堂さん。ところで今日はなんの日だったか知ってます?」
暫しの沈黙。茜はチラリと時計を見た。
「23:35……今日は……あっ!」
勢いよく振り向いた。タイトなセーターに包まれた胸が大きく揺れる。
「ケーキ、予約してたのに!」
「あはは、やっぱりそういう所が輪堂さんらしいですね」
背後の男──ティナがニッコリ笑いかける。茜は頭を抱え、大きなため息をついた。
「ため息をつくと幸福が逃げますよ? 聖なる夜なんですから、もっと気楽にしましょうよ」
「でも……」
すると、何を思ったか。徐ろにティナが茜の手を引いて立ち上がらせる。白く長い指、だが、男性らしい大きな手がエスコートする。その先には明るい光の漏れる小部屋。
「皆さん、輪堂さんが作業終えるの待っててくれたんです」
「えっ……」
キィイッと蝶番が軋み、その先に待っていたのは……
「遅かったなぁ、えらい待ちくたびれたで」
「ごめん、茜さん。ポテトもうない」
「ライラがほとんど食ってたな……」
疲れ果てた茜の姿を見た彼らは口々に話し始める。裸の上に白衣を着た関西弁の男、白い髪の虚ろな目の少女、目元を隠すほど前髪を長く伸ばした不気味な男。
「皆さん……ホントに?」
茜の声が震える。この集団に入って初めてのクリスマス。前の場所ではこんな光景はありえなかった。
「貴様、いつまでそこに突っ立っているつもりだ。とっとと座れ」
茜の背筋が伸びる。部屋の一番奥にいた男。雄々しいが整った顔、それを半分隠してしまうような眼帯。目つきはいつも通りの鋭さだが、その一言一言が茜には優しく聞こえた。
「す、菅谷先輩……」
「さて、始めましょう!」
ティナが当たり前かのように目の前に並ぶ大きなチキンやホールケーキを切ってそれぞれに手渡す。
「あれ、旭さんは……」
「Merry X'mas〜!」
その時、背後のドアから人影が現れる。赤い服、長いヒゲ……のコスプレをした中年の男。大きな白い袋を担いでいる。
一同から歓声と拍手が巻き起こった。
「はい、おチビさんから配っていくよ〜。ライラは、はい、最新のゲーム南天堂のTwitchな。んで、輪堂は〜豊胸ブ……ぐふぉっ」
「もう十分ですよッ! それに貴方、まさか下着売り場に行ったんじゃないでしょうねぇっ? 逮捕です逮捕ぉっ!」
茜の拳が旭の無防備な腹部にクリーンヒット。袋に入ったプレゼントたちと共に宙を舞い、大きな破壊音がする。
「わっはっは、結局はいつも通りっちゅーこっちゃな」
「だって、ほら」
ゲハゲハと笑うトネリコの白衣の裾をライラが引っ張る。その視線の先には壁掛けの時計。
「あ、もう26日だ」
ダラスがポツリと呟いた。
その時、茜は唐突な立ちくらみのような感覚に陥った。視界がブレる。地に足がついていないような感覚。何もかもが白くなっていく。皆が名前を呼ぶ声が聞こえるが、それすらもだんだん遠のいて……
「……夢?」
デスクから顔だけをムクリと起こす茜。時計を見ると朝の6時だった。目の前には『始末書』の文字だけで終わった原稿。
そして、25日に赤い丸印のついたカレンダー。
「そ、そんなぁああああああああ!」
彼女は独り絶叫した。肩にかかった毛布を跳ね除けて……
「あれ、何これ」
見慣れない毛布だった。デスクワークの最中に寝てしまって毛布をかけてもらうことはしばしばあるが、持参の毛布があるためいつもはそれをかけられているのだが……
床に落ちたそれを拾い上げて広げる。
自分が持っていたものよりも一回り大きく、分厚くてとても温かい。誰かの持ち物だろうか、とタグを見た瞬間に違うと確信した。
そこには……
【Merry X'mas!輪堂 茜】
の文字。刺繍された文字で、筆跡から誰からの贈り物か分からない。いや、でも……茜は思い返した。
「サンタさん、からよね」
懐かしい響きにはにかみながら、その毛布を再びぎゅっと抱きしめる。
「茜さん、おはよー」
奥のドアが開き、白髪の少女が目を擦りながら現れる。
その目の下には大きなクマが出来ていた。心配した茜は尋ねる。
「ちょ、どうしたの? そんなにクマ作っちゃって」
「南天堂のTwitchしてた」
大きな欠伸をしながら、彼女は顔を洗いに洗面所へと歩いて行く。その背中に茜はさらに話しかける。
「昨日買ってきたの?」
すると、ライラは立ち止まって振り返る。小さく首を横に振った。
「サンタさんが来た」
それだけ言うと、スタスタ歩いて洗面所に入っていった。茜は独り微笑む。
すると、背後のエレベーターがチーーンという音とともに開いた。ゾロゾロといくつかの足音が下りてくる。
「おはようございます」
「おはようございます、輪堂さん」
「輪堂ちゃん、おはよーさん」
「おはよう、輪堂」
「お、いいもん持ってるなぁ輪堂。おはよう」
男達は口々に挨拶を返し、コートを脱いだりパソコンを立ち上げたりし始める。しかしそこで茜はみた。
ティナが見慣れないマフラーをしているのを。
トネリコが見慣れないイヤホンで音楽を聴いているのを。
ダラスが見慣れない手袋をはめているのを。
旭が真新しいワイシャツを着ているのを。
「おい、輪堂。始末書は書けたのか」
気が緩んでいたせいか、彼に声をかけられて大きく肩を震わせてしまった。背後の彼を振り返る。
「菅谷先輩……お、おはようございます」
「まだじゃねぇか、早く書け」
顰めっ面で輪堂を軽く叱責する。が、茜の視線はあるものに釘付けだった。
「菅谷先輩のところにも……来たんですね」
彼の手に握られていた、耳あて。彼は今までそんなものをしていることはなかった。茜は小さく笑う。
「何の話だ。あと30分で仕上げなかったら貴様、どうなるか分かっているんだろうな」
「あああっ! はい、今すぐ、今すぐに!」
そう言いながらも茜はやはりニヤついていた。大急ぎで席につき、五本の指とマウスをフル稼働する。が、やっぱりその顔は笑顔だった。
それを見ていたトネリコが呟いた。
「聖夜のちに日常……やな。まぁ、昨日も大概、日常やったけど」
「そんなものですよ。さぁ、今日も一日頑張りましょう!」
そして、ネメシスの日常は再び始まる……
その後の話──
射撃の訓練をしていたライラは、ふと思った。
一体、誰がサンタさんだったのだろうか。全員が何かを貰っていた……じゃあ、サンタさんは……?
そのナゾは、考えれば考えるほど深まるばかりであった。
……To be continued
割烹にて公開していた短編をこちらに移動させました。
季節外れすぎ……あれからあと1ヶ月で一年かと思うとゾッとします。