MerryX'mas~雪の魔法~
実際にこのようなクリスマスは訪れなかったですね……(第3章参照)
「さて、皆さん! 思う存分食べてくださいね」
栗色の髪のメイド服の女性が運んできた皿には、それはもう腹の虫を唸らせる芳ばしい香りを放つ物体が。数多の手が伸び、すぐにその皿の底が見えてしまう。
食卓を囲む席はいつも以上に賑やかで明るい。
「やっぱ、クリスマスと言えばチキンだよ!」
中でも一際大騒ぎするこの少女。ドラムのチキンを左手に握り締めたままもう片方の手がフライドポテトに伸びる。その手をピシャンッと叩く者がいる。
「んもう! こだま! お行儀が悪いことはしないのっ」
「えぇー。らっへ、おいひいんらもん……」
「食べながら喋らないっ! アキト、あんたもこんな所にまで単語帳持ってこなくていいでしょ!?」
更にはその隣に座る青年にもトバッチリが飛ぶ。
「姉貴、俺は別にこんなの来たくないって言ったのに……」
「アトランティスくん、食べないなら貰っちゃうよっ」
不貞腐れる彼の皿に乗っていた唐揚げが瞬間移動したかのように消えてしまう。
「あっ、それ俺のだぞ!」
「しーらなーーーい」
いつもの如く言い争いになる二人。クリスマスだと言うのに……。
その時、食堂の出入り口付近が何やら騒がしくなった。罵りあっていた二人もくるりと振り返る。
「メリークリスマーース! ほら、皆? サンタさんが来てくれたよ」
車椅子の男が部屋に入ってくると、それに続いて、なんと、本当に赤い服を着た大柄な男が……。
その姿を見た一同はワッと歓声を上げる。
「ガキども、静かにしやがれ今畜生が」
「こら、岸野、君は今みんなの夢の人物、サンタクロースなんだよ。ほら、言うことがあるだろう?」
「……チッ。オラオラオラオラ、悪い子はいねぇかぁ!」
「──それは、違う。出直せ、低脳」
渾身のボケともとれるサンタクロースからの一言の直後、彼の体は宙を舞い、食堂の外へと吹き飛ばされた。大きな鈍い音。
食堂は一時静寂に包まれる。
メルデスの表情もなんとも言えない。サンタクロース、もとい岸野充を吹き飛ばしたオルガナだけはいつも通りの鉄仮面である。
「け、ケーキ! ケーキがありますよ」
そんな空気を察して、メイド服の女性、グレン=エドワードが大きなホールケーキを運んでくる。そのおかげで何とか空気が少し温まる。
「アキト、そんなにここに居たくないならオルガナの訓練受けてきていいのよ? 本当はオルガナもパーティには否定的だし、お仲間じゃない?」
「アレと一緒にされるくらいなら参加する」
姉の皮肉に心底嫌そうな顔をした彼は単語帳を仕舞い、食卓に向き直る。
そしてケーキが運ばれてきた。とても美味しそうなイチゴのショートケーキ。アキトは、今度こそは隣人に取られぬよう、とっとと口に頬張る。
濃厚なクリームと爽やかなイチゴのアンサンブルが彼の口の中で奏でられた。
「アキトも、そういう表情するんだな」
正面に座っていた彼、菊川大輝が微笑みかけてくる。あっけに取られた表情のアキトはなんと返せばいいかわからず、「当たり前だろ」と小声でいって、残りのケーキを口に突っ込んだ。
□◆□
「おい、そこで何してる?」
銀髪の背の高い男が歩み寄った先には、白いニット帽の青年がいた。広い、ただ広い体育館のような部屋の真ん中にごろりと寝転がっている。
「別に。レン先生こそ、何してるの」
「怪我人が出たと聞いて飛んできたが、あの岸野だったから放置してきたんだ。つーか、俺は質問を質問で返されるのが嫌いだ」
「ボクは、なんかアツかったから逃げてきた」
どこか遠い目をして神威は呟く。
「まぁ、クリスマスの過ごし方なんざ人それぞれだ。セギはコンピューターが特売してるとかで出かけたし、栁はまぁどうせオンナのところだろうな。ま、でも、若いうちは楽しんでおいた方がいいぜ。オススメする」
「それは、経験則?」
「さぁな。まぁ、変な奴には絡まれないようにした方がいいけどな」
そう言いながら、レンも神威の横に腰を下ろす。
──今日この日、聖なる日。
日頃、死と向き合い、生のために戦う彼らの休養日。
窓の無いこの施設の中からは分からなかったが、外では雪が降っていた。しんしんと降り積もる。
イルミネーションに照らされた神聖な雰囲気の商店街。
歩道に降り積もる雪。何処かの子供が作った雪だるま。
真っ白の雪は、世界を覆う。
しかし、その魔法は長くは続かない。解ければそこに、再び黒い影が現れるだろう。
でも、今日だけは、今夜だけは。
彼らに幸せあれ……そして、希望あれ……
割烹にて公開していた短編をこちらに移動させました。