岸野充の、日常。その1
息抜きに、と書いてみましたSS第1弾!
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時期としては、アキトがミュートロギアにやって来て約一週間後の平日です。
今日も、俺は訓練場で汗だくになっている。
平日のためあまり周りに人は多くないが、それでも小学生くらいの子供から大人まで、約10人ほどがグループを作って体を鍛えていた。奥のトレーニングルームではランニングマシーンで走る姉貴の姿も見える。
なんでも、あの筋肉野郎から逃げ切るためなのだとか。
菊川は今日外で何やら用事があるとかで休み。
俺は、タツヤから剣術を指導してもらっていた。
剣には色んな種類がある。
日本刀も長さによって名前が違ったりするし、西洋の剣なんかはいろんな形があって、それぞれ用途っつーか、使い方が違う。
日本は切れ味重視の軽めのやつが多いんだが、西洋のはやたらと重い。なんでも、その自重を使って敵の骨やら何やらごと粉砕するのが主な使い方。
また、その方が傷口を縫合しにくいため、生き延びたとしても傷が化膿して死に至る可能性が日本刀より格段に高くなるのだとかならないのだとか……。
なんとも恐ろしい話だ。
俺はジャパニーズ魂に則って、この少し長めの日本刀を使っているのだがやはり、一番しっくりくる。
タツヤは二振りの短刀を器用に使いこなすが、俺には少し難易度が高かった。西洋の剣は、あんな話を聞いて使う気にもなれなかった、というのもある。
そもそもほかの隊員とは違ってそんなにみっちりと筋トレしてる訳でもないからそんな重いもの扱える筈がない。
で、この刀。タツヤのもそうだが、訓練用なのでほとんど切れることはない上にかなり軽い。とはいえ。
「スキありぃぃいいいいいい!」
「ガハッッ……ッー」
当たれば物理的に痛いのは明らかだ。
めいいっぱい振り下ろされた短刀を刀で受け止めたところは良かったが、もう片方の刀に対する注意が疎かになり腹部に斬撃───現時点ではただの殴打──を喰らったのだ。
タツヤ語で言う所の「イイ感じ〜☆」な部位の一つ、鳩尾に見事にキメられ、先程食べた昼食が逆流しそうになる。
「アキト、もっと色んなとこ見なくちゃ」
白いニット帽でジャージ姿の小柄な少年がすぐ近くに座り込んでいた。彼は俯いたまま俺にアドバイスを……って、おい。ゲームしてんじゃねぇよ。
ピコピコピコピコと。
「神威……ちゃんと見てたのか?」
「見てたよ。攻撃は受け止めるだけじゃ次にやられる。常にやり返すことを考えなくちゃいけない」
彼のゲームの画面を覗き見ると、奇抜な格好をした女の子が小さな枠の中で踊っている。
何やら星だのハートだのが飛んでくるのをタイミングよく撃ち落としているが、うぉ、なんか画面が切り替わってアニメーションが始まったぞ?
ステッキをくるくると回してるけど、何が起きるんだ……?
「おら、アキト。余所見すんなってぇー。とぉっ!」
ゴチっ
「いったぁあああああッ」
「安心せい、峰打ちじゃぁー! はっはっはー! これ言ってみたかったんだよなー」
涙目でタツヤを睨むが、実に愉快そうにタツヤは笑いながら刀を収め、更衣室の方へと歩みを進める。
峰打ちだろーがなんだろーが、堅いもので頭殴ったら痛いに決まってんだろーが。
じんじんと痛む頭頂部。
こりゃ、たんこぶ必須だな。
覚えてろよ、いつかそのツンツン頭に刀ぶっ刺してやるからなッ!
「って、タツヤ。もう終わり?」
いつもならもう少しやってもいい所だが、何故か今日のタツヤは道具を片付け始めた。
「この後、俺用事あるんだよ。……コレと。ぐひひひ」
汗に濡れたTシャツを脱ぎ、気色の悪い笑い方をしながら、小指を立ててみせる。
鍛え上げられた身体が露になる。
いつ見ても思うが彼の上腕二頭筋はハンパない。
流石、剣術を極めた男だね。
「この前言ってた黒髪美女?」
「……いいや?」
……いいや?!
違うのか?! いや、だって、黒髪美女の彼女が出来たって先週言ってたじゃん。
「今度はツンデレツインテ少女なんだよ!」
───今度は?
「いや、やっぱりさ、女の子はツインテがかわいいよな! ツンデレの王道はツインテ! これ鉄板!」
日本語喋れ。プレイボーイ。
俺には到底理解の及ばない世界だ。
神威も白けた目でツンデレツインテ少女の良さを語るタツヤを一瞥し、ゲーム機の画面に視線を戻す。
彼は女癖が悪いというより、好みがコロコロと変わるらしい。
ロッカーの扉をべしべしと叩きながら力説し続けるタツヤ。
もういいから、早く服着ろ。変態。
何語を喋ってんのか未だに理解できないので着替える間のBGMとして聞き流す。
「なぁーわかるだろ? 神威くぅーーん。お前なら分かってくれるよな! よな?」
上半身裸のままのタツヤが、ゲームに没頭する神威の肩を揺さぶる。
「ねぇ、神威〜かぁーむぅーいぃーーーーーーーゴフェッ」
あーあ。俺知らね。
神威の男子高校生にしては小さめの拳が……じゃなくて、彼の愛銃グロック17のグリップ部分がタツヤの鳩尾にクリーンヒット。
よく見ると、ゲーム機の画面で女の子が泣いている。
その上には、『GAME OVER』の文字。
あまり感情表現が積極的でない彼だが、これは完全にキレてますね。銃口の向きが逆なだけまだマジギレという状態では無さそうだが。
「タツヤ。ボクは、普通の髪色に興味ない。魔法少女はピンク色でポニーテールがベスト。それ以外は、認めない」
そ……そっち?
てか、神威のあんな顔初めて見たかも。
顔を赤らめて、いつもぼーっとしてるような双眸を見開いて。
出会ってから一週間と少し経ったが、まだまだ彼らの事は未知数だな。
彼らは気づいていなかったようだが、同じ時、更衣室にはもう一人男がいた。
かなりガタイがよく、黒くて短い髪をワックスで固めている。
ワイシャツの襟を大きく開いていて、そこからチェーンのネックレスが覗いている。
切れ目の双眸。
左頬には大きな傷跡。
街中で見かければ間違いなく道を開けてしまような、お近づきにはなりたくない人種。
彼は少年たちの会話に耳を傾けていた。
自分専用のロッカーを開く。
何故か彼の心は落ち着かなかった。
(幼稚な奴らだ。可愛いのは、可愛いのはッ……!)
「グレンさんしかいねぇッ」
彼はハッとしたがもう遅いことに気づいて赤面する。
口に出すつもりは無かったらしい。
焦ってロッカーを雑に閉める。
□◆□
バンッッッッッッ
な、なんだ?
突然大きな音がした。
ほかの二人も口論をやめて音のした方を振り返る。
大人用の個人ロッカーからだ。
まさか、誰か倒れたとか?
「きこえた? 今の」
「あぁ。アキト、行ってこいよ」
「ボクとしてはここはジャンケンが公平だと思うな」
□◆□
結局、俺じゃん。
奥にある大人用のロッカーは普段入っちゃ行けないことになってるが仕方ない。もしかしたら人命がかかっているかもしれないのだ。
「大丈夫ですかー? なんか、おっきな音がしましたけど」
しかしいくら待てど返事は愚か、物音も聞こえない。
思い切って覗いてみた。
整然と並んだロッカー。
どのロッカーも開いた様子はなく……誰も居なかった。
□◆□
岸野充は顔を赤くしながら廊下を歩いていた。
もちろん、彼の能力をもってあの場から逃げ出してきたのだ。
(さっきの聞かれちまったか? いや、そんな筈はねぇ。騒いでやがったんだから。いや、でも、もし聞いてたんなら口封じが必要だが……いや、もし聞いてなかったら自分から暴露しちまうことになる)
普段から厳つい顔つきだが、考え事をしている彼の顔はいつになく恐ろしい。顔が赤いのも、何も知らないものからすれば何かに怒っているようにしか見えない。
すれ違う他の隊員達が脅えたように彼に道を開けるが、岸野は全く気づいていなかった。
その複雑な気分を晴らそうと闇雲にアジト内を歩き回る。
角を曲がった時だった。
「きゃあっ!」
可愛らしい声が小さく悲鳴を上げる。
出会い頭に岸野にぶつかってしまったのだ。
岸野はハッとしてその人物を見る。
ぶつかった焦りで彼の頭はやっと冷静になれたが、それもつかの間。
なんせ、ぶつかった相手というのが。
「ぐ……ぐぐぐぐ……グレンさん……っ」
再び赤面する岸野。
「すみません! お怪我はないですか?」
グレンは焦りながら岸野に話しかける。
彼は、尻餅をついてしまっていた。
肩がわなわなと震え、赤い顔をしている。
グレンは彼が怒っているのかと思い、ビクビクとしていたが、様子がおかしいことに気づく。
「ぐ、グレンさん、オレは……」
「まぁ! きっとひどい熱があるんですね! お医者様のところはもうすぐそこというのに。私としたことが! 行きましょう! お詫びと言ってはなんですが……お供します!」
グレンは、岸野の手を握りしめ、顔をぐいと近づけた。10センチほどの距離から香る、何とも清楚で温かい香り。
対する岸野は、完全にアウトだ。
その場にノビてしまった。
グレンは突然岸野が気を失ってあたふたと動揺していたが、大急ぎで医務室に駆け込んだ。
□◆□
その状況を見ていた人物がいた。
物陰からではない。
監視カメラでもない。
天井からだ。
「ははーん。やっぱりなぁー。さっすがグレンさん鈍感〜。さーて、オレっちも可愛い彼女の所にレッツゴー」
にひひと笑って、赤い髪の彼はそのまま天井を伝って退散する。
岸野の恋は当分実りそうになさそうだ。