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人魚姫と一時の幸せを

作者: 紫野崎 舞

轟々と唸る風が吹き付ける中で、僕は海岸に向かい合う灯台の手すりに寄りかかっていた。幼い頃ここが大好きでよく父にせがみ連れてきてもらっていた。だが大切なものをすべて失ってしまった今はもうそれは僕にとって辛いものでしかなく深い闇のように根付いた悲しみは僕をどん底まで突き落としていった。


(どうして……どうして僕なんだ……)


あんなに好きだった海も夕日も今の僕の目には白黒の世界にしか見えず、その美しい色合いを映すことは無い。

こんなに色褪せてしまった世界の中で生きていても意味が無い。

いっそこの、暗く深い闇のように、そしてすべてを飲み込んでしまうような海に身を投げ出してしまおうか。

そう思い僕は手すりに手をかけ身を乗り出そうとした。その時視界の端に何かが見えた。じっと目を凝らすと、サラリと靡く髪に今にも消えてしまいそうなくらいか細い体つきの少女が徐々に海の中へと足を踏み入れるところだった。


「……っ!」


僕はすぐ様駆け出し高台から浜辺へと下り少女に向け声をあげた。


「ちょっと君!何してるんだ!」


だがその少女は僕の声が聞こえていないのか立ち止まることも振り返ることも無かった。


このままでは彼女が死んでしまうと思い真冬の海だということも忘れ海の中へと駆け出した。足に刺すような激痛が走ったがそんなことはどうでもいい、とにかくあの少女を止めなければ。必死に叫びながら追いかけていくとやっと僕の声に気がついたのかこちらを振り返った。すぐさま彼女の傍により腕を掴みそのまま急いで浜辺へと戻った。


浜辺へと戻り彼女の顔をみるとなんで自分を助けたのかと言いたげな顔でじっとこちらを見つめていた。

僕は眉を寄せ何故こんな寒い中海の中に入っていったのかと聞いた。


すると彼女は、幼い頃から奇病を患っていて、ついに決して治ることがなく発症から1ヶ月立つと泡になってしまう病いに患ってしまった。まだ残り1ヶ月の猶予があるが両親は一つ目の奇病が発症し病院に行く途中で事故で亡くなり、身よりもない上に生きていたところで、だからどうせ死ぬのなら自らの意思で、好きだったこの場所で命を立ちたいと思ったからだ。と言った。


それを聞き、彼女のようにずっと辛い思いをしていたわけではないのに死のうとしていた僕は恥ずかしくなった。彼女は僕よりもずっと辛い思いをしているのに……。そう考えていると、死にたいという感情は無くなり変わりに別の思いが生まれた。それはどうにか彼女に最後の1ヶ月間楽しく過ごしてもらいたい、助けになりたいと。俯きながら悶々と考え抜いた末に思いついたことを考えなしに口に出してしまった。


「よし、残りの1ヶ月を大切にそして楽しく過ごそう!僕も協力するからさ!」


口に出した直後あっ、しまったと思った。身寄りのない彼女に協力するということは彼女と一緒に過ごすということだ。知り合いや友人ならまだしも、急に現れた僕と一緒に過ごすなんて論外だろう。案の定彼女は困った顔をしていた。

慌てて言ったことを撤回しようと口を開きかけた時、彼女がこくりと頷いた。

僕は頷いてくれたことが嬉しく笑みが溢れた。


それから、していなかった自己紹介を軽くし、彼女の少ない荷物を自分の家に運び入れ、1ヶ月という短い彼女との生活がはじまった。


それからの1ヶ月は僕のこれまでの人生の中で1番楽しく、充実した日々だった。


彼女が行ったことのなかった遊園地ではジェットコースターや観覧車などにのり笑い子供のようにはしゃいだ。

お化け屋敷にも入り2人とも半分泣きながら追いかけてくるお化けたちから逃げ回った。


料理が全く出来ないから練習がしたいと言ったので一緒にする事になったが、最初の頃は何度も失敗し黒焦げにしたり、ひどい時は火事になりかけることもあり気が気でなかった。だが上達が早く失敗することもなくなり、僕が好きな肉じゃがはお店に出せるくらい美味しかった。


動物たちと触れ合うことの出来る動物園で馬や羊に餌やりをする体験もした。彼女は小動物の触れ合いコーナーで愛らしい姿のうさぎを抱きあげてなでていた。その姿に見惚れ思わずカメラのシャッターを切ってしまった。シャッターの音が聞こえたのか、彼女が不思議そうに僕を見上げた。写真を撮ってしまった言い訳をすぐさま考え、記念に、と言い笑うと彼女は目を細め同じように笑ってくれた。


ずっと見たかったらしい映画を見た時、あまりにも感動してしまい人目をはばからず泣いてしまった。隣から視線を感じ見ると彼女がくすくすと笑っていた。僕は笑われて恥ずかしくなった。


他にも沢山のことをし、今までじゃ考えられないくらいに楽しい時間を過ごした。このまま楽しい時間が続いて欲しいそう願った。



しかしそう願ったところで時間が止まるわけでもなく、とうとう1ヶ月がたつ日が来てしまった。


彼女が最後の日は2人が出会ったあの海に行きたいと言ったのでそこに行くことにした。

出会った日から1ヶ月がたった海はあの日よりも透き通っていて綺麗だった。


春の暖かく心地よい風が吹く中で彼女は大きく息を吸い僕に微笑みかけた。僕も彼女と同じように大きく息を吸って彼女に笑いかけた。


今日が君と過ごす最後の日なんて思いたくない。もっと話したい。もっと一緒に過ごして笑い合いたい。けれども運命は残酷でそんな願いは届かなかった。


「1ヶ月間一緒に過ごしてくれてありがとう。あなたが居なかったら私はこんなに楽しい日を過ごすことは出来なかった。本当はもっと一緒に居たいけどお別れの時間が来ちゃったみたい。」


彼女が言葉を連ねているうちに、彼女の体が少しずつキラキラと泡となり薄く消えていくのが分かった。それと共に彼女の美しい瞳から涙が流れてそれが綺麗な宝石へと姿を変えていくのが見えた。


彼女は僕の手を握り、力を振り絞って僕に最後の言葉を伝えようとした。


「本当にありがとう。私はあなたのことが_______。」


彼女はそう言って完全に泡となり消えてしまった。


僕は泣き崩れ浜辺に座り込んだ。そのときキラリと光が反射しているものをを見つけた。それは彼女の涙の宝石だった。どんな宝石よりも美しい彼女の涙は、淡いピンク色で、強く握れば壊れてしまうような儚い物のようだった。僕はそれを優しく胸に抱いた。


あれ…ピンク色?色が見えるようになったのか?

恐る恐る顔を上げると、目が痛くなるほど眩しく美しい景色が広がっていた。青く透き通った海、赤と橙のグラデーションがかった夕日。つい嬉しくなり今までなら右隣にいたであろう彼女の姿を探してしまった。あぁそうだ、彼女はもう居ないんだ。この美しい景色の中に溶け込んで消えてしまったんだ。


鼻にツンと香る潮の香りを感じながら僕は暫くその場に座り込んだままでいた。

そして彼女が消える直前に言おうとした言葉を思い出していた。最後の方は正確に聞き取ることが出来なかった。だけど僕には彼女が言いたかったことが分かる。僕も同じ気持ちだったのだから。


堪えきれず溢れ出す涙を拭いながら彼女が溶け込んだ空を見上げ彼女に伝えられなかった言葉を口にした。


「僕も君のことが___。」


それから長い長い時間がたち僕はいつの間にか自分の部屋に辿りついていた。

彼女との思い出が多く残るこの部屋は僕にとって悲しみしか生まなかった。

そっと彼女と僕が写る写真立てを手に取り胸に抱いた。その時1枚の紙がひらひらと床に落ちた。拾い上げてみると彼女が僕宛に書いた手紙だった。


『この手紙を見つけてくれてありがとう。これを読んでいるということは私はもう泡になって消えちゃったんだね。あのね、君と過ごした時間凄く楽しかったよ。本当はもっと一緒に居たかったけれど仕方ないよね。だから私から最後に一つだけお願いがあるの。実はお医者様に頼み込んで君の病気のこと聞いたんだ。そうしたら、心から愛する者が目の前から消えた時に治るって教えてくれたんだ。もしも私が心から愛してる者に当てはまってて君の病気が治ったとしたら…その時は私の分まで生きて。そして君の夢をちゃんと叶えて欲しい。あっ、これじゃあお願いが二つになっちゃうかな?でも君なら叶えてくれるって信じてる。

そして最後に、これからもずっと空の上から君のことを見守っているから、だから悲しまないで。』


手紙の最後の方はインクが滲んで読みにくくなっていた。彼女は手紙を書くことで自分の死を改めて実感して辛かったはずなのに、僕が前を向いて歩けるように、夢を叶えさせるために手紙を書いてくれた。それが嬉しくて同時に悲しくて涙が溢れそうになった。


「絶対…絶対に叶えてみせるから!君の分まで生きてみせるから!」


手紙をぎゅっと握りしめ、涙が溢れないよう、君がいるであろう空に向かって声をあげた。



「せんせーおはなししてー!!」


一人の少女がこちらに駆け寄り服を引っ張りながらせがんできた。


「こらこら、もうお休みの時間なんだから寝ないとだめだよ?」


少女をなだめていると横から少年がひょこりと出てきて、僕もおはなしききたいですと控えめに言った。


「うーん。仕方ないなぁ1つだけだからね?」


そう言うと嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぎながら椅子に座って、話し始めるのを今か今かと待っていた。


「それじゃあ僕が作ったお話をしようか。」


「これはね、1人の少年と宝石の涙を流すとてもとても美しい人魚姫との出会いのお話です。」



──ねぇ、君は見ているかい?ついに夢を叶えることが出来たよ。そして今君のような病気を持って入院している子供たちに君と僕の話をしているんだ。でもね1つ違うところがあるんだ。君は生き返って僕はまた君にあう。そんなストーリーなんだ。物語くらいハッピーエンドでも許してくれるよね?──


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