第8話 戦闘後の仕事
「ウゥ…、死ぬかと思った…。」
片腕と腹にダメージ(骨にヒビと打撲)を負ったトラム君に、肩を貸してもらいながら、果てしなく遠く感じる村に向かってる。
「流石に無茶しすぎたけど…。生きてるし、どうにかなるよ。」
血だらけになりながら(基本返り血)能天気なことを言う俺。
「このまま倒れなきゃね!」
少し涙目のトラム君にまた噛み付かれてしまった。
いいだろ別にー、前向きに生きなきゃヤバいんだよ。精神的に。
トラム君を助けにダッシュでゴブリンを追いかけたあの後、追い詰められてたトラム君を発見して、さも狂人、いや、バーサーカーの様にゴブリン共を斬り殺した。
斬ったってより、転ばしてから3匹とも喉元を剣で突き刺したんだけど。
その後、ポーションとかいう液体を飲んだり傷にブチまけたりして、なけなしのHPを強制的に回復させながら、戦利品を回収した。
「そもそも、動物系って大人しい筈…じゃなかったのか?」
アイツエンカウントする前に襲ってきたぞ。コレはもう詐欺だろ。
「あのガルハウンドはゴブリンに飼われてたし、そもそも、好戦的なんだよ。」
…ゴブリン、侮りがたし。
「ってことは、アイツらみたいなのが…、巣に、ゴロゴロ居るって…、こと…か?」
間違って迷い込んだら死ぬな。ゴブリンってか、犬に。
横道にそれながら、馬車道に出られた。
「そうでもない。テイムできる奴なんて稀だし。勝てたこと自体奇跡だよ。」
「奇跡…か。確かに…、死ぬとこ…、だったかな」
できれば二度と会いたくない。もうトラウマ確実だ。主に斬れない皮膚とか。
力が入らない足を酷使しながら、車輪の跡がある道を歩く。
休みたい…。眠い…。もう何もかもグチャグチャだ…。
「お兄さん、大丈夫?」
ハッと寝かけてた意識が少し戻る。
「ゴメン、…ちょとキツイ…。寝そう…。」
気づけば、段々と声に力が無くなっていた。
声だけじゃない。足、腕、指、その他諸々に力なんて少しも入りゃあしない。
「…少し休もうよ。このままじゃ途中で倒れちゃうよ。」
返答する前に道の脇に逸れた。
ゆっくり、木に背を預け…、そして崩れ落ちた。
「悪い…な…。」
もう瞼が重い。重心を保つのすら厳しい。グラグラと揺れながら、とうとう意識を手放した。
ーーーー。
1人、寝入った彼の側で、独り言を呟く。
「まったく、お兄さんって何者なの?」
倒れそうなその人の横に座り、彼を支える。
「強いのに…、何も持ってない。」
お金も知識も装備も…、仲間も。
本当に何もない。
「最近、盗賊とかも手口が巧妙だから、信用できなかったってのに…。」
近年、大都市周辺の民家より、食糧やら民芸品を目当てで村を襲う賊が増えていた。
奴らは村に入り込み、村の事を正確に知ってから集団で略奪する手口が増えているのだ。
「こんな無防備だし…。“お兄さん”なんて…。疑うのが馬鹿らしくなっちゃうじゃん」
彼がそう言い始めたのは、思いつきだった。呼び方が無いのは失礼だし、動揺も誘えるかと思ってのことだ。
「魔力切れの意味すら知らないなんてさ…」
魔力切れ。それは本来、“これ以上魔法を撃ってはならない状態”という意味だ。
今のクロキは更に上『魔力欠乏症』という状態になっている。
本来、生命活動に魔力は必要無いのだが、魔法の行使は人体にダメージを与えてしまい、結果として生命活動に支障をきたす恐れがあるのだ。
その対応策として、休眠という回復活動を人体は行う。
…なんて、教科書通りの知識しか僕は知らない。実際、ヒーラでもないから、その程度の知識で十分だけど、この人はそれすら知らなかった。
それは異常にも思える。常識を知らないなんて…。
そういう手口だと言えばそれまでだが、空間魔法も知らなかった。
何故、魔法を使えるのに素人同然に振る舞う?
答えは簡単。彼の言葉が事実だから。
それを信じられるか?
ただの夢物語として御伽噺の中の存在を信じるのか?
平民出身の騎士と姫の物語、身分を隠した王子の世直し物語、孤高の冒険者の冒険譚。
どれもこれも、信憑性なんて欠片も無い。誰が書いたのかすら判らない、そんな古い書物。どれも子供騙し程度の産物だ。
…その中に確か、黒髪の異邦人ってのがあったっけ。
主人公はあの頃にしては珍しい黒髪で、いろんな魔法を自由に使えた。
彼は世界を見て回り、色んな人と出会い、未踏の遺跡すら攻略してのけた。
でも、とある神様はその男が気に入らなくて、その神を信仰してる国がある日、その男がいる国ごと滅ぼそうと戦を仕掛けた。
戦争の前に男がいた国は、一つの提案をされる。男を差し出せば兵は引いてやるとのことだった。
王様はその男の親友だったので、とてもそんなことは彼に伝えられなかった。
しかし、返答の前日。男は忽然と姿を消してしまった。
国の偉い人達は皆が皆「逃げた」と騒ぎ立て、国中のあらゆる所を探し回った。
けれど彼は見つからず、事実を知る者達は嘆いた。戦争が始まってしまうと。
なのに、王様だけは1人遠くを見つめていた。
彼の事を唯一理解していた彼だからこそ、何も知らなくても、彼がどこにいるのか判っていたからだ。
約束の時間になって、ある兵士は仕方なく「彼は逃げた」と伝えに行こうとした。
しかし、敵地に着くと、そこには想像していたのとは全く別の対応をされたのだった。
「おお!素直に申し出を受け入れてくれたとはありがたい。約束通り兵は引きましょう!」
意味がわからなかった。手厚くもてなされ、書状を持って急ぎ城まで馬を走らせた。
ほどなくして皆が理解した。彼は1人でその身を国に捧げたのだと。
王様は冷静に指示を出した。彼の家族をここに呼べと。
王と数えるほどしか会ったことのない女性と二人だけが広間にはいた。
その女性は彼の妻だった。
「彼は、行く前に何か言っていなかったか?」
「…あの人は、ただ、『許せ』とだけ」
それ以上、言葉はなかった。
全てを理解した。
彼と交わした言葉も思い出した。交わした、と言うより、ただの口癖みたいなものだったけど。
「後の事は頼む…か」
いつも最後にそう言っていた。
彼はいつも他人を大事にし、自分の事を後回しにしていた。
その夜。王様は1人、寝室のテラスで1人風を感じてた。
昔は彼とよくそうしていた。
しかし、もういない。
王様は今、何を思い、何をしているか、誰にもわからなかった。
ただ、一雫の水が宙を舞ったのを、見た者は少ない。
ーーーー。
大まかなストーリーはこんなもんだった。
家に置いてあったのは最終巻のアレだけ。
あの後、主人公の彼がどうなったのか、書かれていない。
あの物語は、この世界で唯一の誰が書いたか判らない自伝と言われてる。
自伝なのに誰か判らないって矛盾してるけど、事実だ。
そして、思った。彼はその主人公に似ていると。
不意に体にかかっていた体重がなくなる。
「あー。っ、ィてててて」
「大丈夫?」
頭を抑えながら周りを見回す。
特に変わった様子はなく、そこそこの休息がとれた気がする。
「あぁ、なんとか。全快…とは言えないけど、動ける。」
魔力なんて空っぽのままだが、さっきよりまだマシだ。
「動けるって…もう体力も化物じみて…。」
「いいじゃん、まだまだ限界には程遠いんだよ。多分。」
ぶっちゃけ無理しすぎたけど、少しの休憩で体力回復…。
(あれ?…)
「そういや、俺ってどれ位眠ってたんだ?」
「え、んーと、2時間経ってない…かな。」
2時間…。2時間でこれか…。魔法は使えそうにないし、傷も痛む。
どこぞのバイク乗りヒーローは2時間あれば普通に戦闘出来るってのに、現実は白のままってか。
「体力的に赤には程遠いな…。」
「赤?」
「…なんでもない。」
何気なく口にした言葉だが、誰も共感してくれるわけもなく。ただ虚しいだけだった。
「行こう、日が暮れる」
まだ休憩を求める身体に鞭を打ち、ゆっくりと歩き出す。
道中、特にモンスターとエンカウントする事もなく、無事村までたどり着けた。
しかし、休む事は出来ない。
何しろ、アイテムの換金やらなんやら細々した作業をしなければならんそうだ。
俺は思ったね。
(…この世界の人間の方がタフ過ぎだろっ!)
正直、まっすぐ家に帰って寝てしまいたい欲求に駆られていた自分としては、トラム君の発言に軽く絶望したと言っても過言ではない。
もう私のライフはゼロよ!
なんて…、嘆いてもしょうがないので、トラム君に連れられて道具屋に入った。
「いらっしゃーい、おぉ、坊っちゃん。お帰りなさい。待ってましたよぉ〜。」
カウンターと陳列棚がある以外、どことなく駄菓子屋っぽい雰囲気の店内に、特に特徴がないオヤジさんが1人。
「ただいま。少しいつもより量が多いけど平気?」
「えぇ、大丈夫ですとも!ウチとしても嬉しい限りで!」
(…魔物ってここで扱えるのだろうか。)
挨拶やら諸々の事をトラム君に放り投げて、棒たちで会話を聞くしかない状態。なのでそんな疑問も自然と湧いたのだった。
実は、犬の、えーと、ガルハウンド?も無傷で捕らえたので、容量の許す限り…、てか死体丸ごと持ってきた。
勿論、ゲートを使って。
「しかし、坊っちゃん?どうも荷物が見当たらないようですが?」
チラッと俺を見てからトラム君に視線を戻す。
「大丈夫、この人が持ってるから。」
…ただの荷物持ち程度に思われてんじゃないだろうか…。気のせい?
「初めまして。クロキと申します。」
「この人が最近噂の人。」
「ほぅ、そうでしたか。」
何故かジロジロと全身をくまなく見られ、完璧に愛想笑いと判る笑顔を見せる。
「いやぁー!失礼いたしました。見たことない方でしたので少々無礼を働いてしまい申し訳ない!」
少しも悪びれる風はなく、かと言って悪意をチラつかせる事もなく、淡々と仕事人の顔を作っていた。
「はぁ…。」
「それじゃあ、鑑定頼みます。」
(っ、魔力が…。クソッ、これで…!)
多少無理矢理に魔法を使い、ゲートを作る。
黒いプニプニした入り口から、鎧数個・銅剣2本・槍2本・石斧2本・弓一つ・矢6本。
そして、獣一頭…。
「なっ!?」
当然だが驚かれました。
「ガルハウンド一頭?!こんなのどうやって!?」
どうやってと言われましても…。
「えーと…。企業秘密ってことで…。」
何故に驚かれるのか…。とても疑問だ。確かに強かったけど。
あれこれと毛並みやら牙やら爪の状態を確認する為に、素人目にはよくわからないが、触りまくってる。
「これ、そんな貴重なモンなんですか?」
熱心に爪を調べてる店主に聞いてみた。
「一つ一つの素材ならまだしも、丸々一頭持ってこられた方はそんなに…」
そうだよね、こんなモン持って帰る方が珍しいよね…。
スミマセンね常識なくて(汗)
「どう?換金できそう?」
何やら困り顔の店主だ。
「それが…、こっちの剣やら槍ならなんとかなりますが…。コレは少々…問題が。」
こう、上手くいかないもんだな。戦闘も交渉も。こう、スッとスマートに終わらせたいもんだ。
そんで寝たい。眠い。てか寝そう。魔法使ったせいで余計眠い。
「皮や骨、牙爪は言うまでもなく、値段にすると…5ゴールド位だとは思うんですが…。なにぶん目測なもので。」
ぶっちゃけ彼の言い値で売っても全然構わないのだが…。
5ゴールドって、借金返せちゃうし。
「どうする?」
「…ゴメン、任せる。正直何も判らない。」
鑑定スキルなんて物があれば別だが、たかがギリ高校生。目利きなんてできるわけもねー。
「判った。…それじゃ、後日また来るから、今日はあっちの換金だけお願いします。」
まぁ、急な話だ。仕方ない。目先の大金より、未来の大金に賭けよう。
そんな苦しい生活でもないし。(苦しいけど)
「そうですか、コレは預かっても宜しくて?」
「うん。」
「そうですか!では、こちらの代金は…、えー、状態があまり良くないですから…、おおマケにして1ゴールドですね。」
いやオマケって、幾らから幾らにマケたんだよ、俺は騙されんぞ。
「ん、それでお願い。」
カウンターに戻ってゴソゴソとなにやらしにいった。
あ、レジ代わりに何かあんのか。
「ハイハイ、では確かに。ガルハウンドはこちらで先にバラしますが宜しいですね?」
「うん、それでいいよ。」
1ゴールドを受け取り、今度は紙とペンを持ってきた。
「ではこちらにお名前を」
トラム君に小突かれて、名前を契約書らしき紙に書かされた。
正直ここの文字が書けるか不安だったが、どうやら杞憂だったらしい。
見る限り全て日本語で書いてあったのだ。
…というか、自然すぎて気にならなかったが、朝市の時も商品の下にプレートで名前が書いてあったっけ。
「ハイ確かに、では2日後の昼過ぎまでには必ず。」
店を出てすぐ、張っていた気が緩みかけたのをなんとか抑え、トラム君に向き直る。
「これで、もう終わり?」
「うん、…って、顔が青いけど大丈夫?」
疲労と魔力切れのダブルパンチで睡魔に襲われてる以外は何も問題はない。
「あぁ、悪いけど、今日はもう休むね」
流石にこれ以上何か出来そうもないので、とっとと帰宅したいところだ。
「あ、うん。判った。お疲れ様。」
トラム君に見送られながら、またも力が入らない足に喝を入れ、ホームに戻る。
家に着いて何も考えられなくなった俺は、夕飯を用意する気力もなく、着替えもせず、血塗れの服のまま、ゆっくり布団まで腹這いで向かい、…その途中で意識が途切れた。
「ただいまー。」
クロキと別れた後、どこか寄り道をすることもせず、真っ直ぐ自宅に帰ったトラム君。
「お帰りなさい。」
意外にも、真っ先に出迎えてくれたのはお手伝いさんでも身内でもなく、赤髪の男だった。
「ムーアさん?」
「お邪魔してます。それで、どうでした?彼、戦えてましたか?」
少し好奇心が隠せてない彼の問いに、少し説明に困った。
「あ、うん。とても、強かったよ。」
少なくとも、ガルハウンドというCランクモンスターを傷つけずに手に入れるくらいは。
「なるほど…。強かった、ですか。それは期待できますね。」
その言葉に疑問を覚えた。覚えたのだが、余り言及する気にはならなかった。
少し「あれっ?」と思っただけだし。
「立ち話もなんですから、良ければ色々お話を聞かせてもらえませんか?」
「え、いいの?!」
「ええ、これからはゆっくりできる機会も少ないですから」
その日、村長の家でクロキの話をムーアに事細かく喋りながら、久々に満足な時間を過ごせた。
ただ一つ疑問と言えば、ガルハウンドの話をした時、特に驚いた反応が無かったくらいか。
この辺じゃ珍しいから驚くと思ったのに…。
そういえば、今日はまた早い時間に帰ってきてたな、ムーアさん。いつもなら一度外に出た後、帰ってくるのは夜遅い事が多いのに…。
なにしてたんだろ?