第3話 見知らぬ土地とはこれ如何に
…背中にベットの柔らかい感触。
「…ここ、どこだ?」
気づけば、見慣れぬ部屋のベットに寝ていた。そこは全体的に木造で、無駄な物が置かれていないシンプルなインテリアだ。大凡、都会では滅多に目にすることのない造りで、自然の中にいるような感覚を与えてくれる。
だが、そんなシンプル過ぎる部屋だからこそ、違和感を覚えずにはいられない。
(そもそも、俺…。)
こんなベットで寝るような生活はしていなかった上に、基本はフローリングおんカーペットおん布団が俺のデフォだ。
…大体、俺の記憶は眠る前までの時点で、昼、の、は…ず…。
(っ?!)
「イッテテ…」
ガバッと体を起こし、ペタペタと身体を触る。どうやら脇腹の辺りを強く打ったのか、少しばかり痛む上に、ご丁寧に包帯が巻かれている。それ以外に何か異常らしい異常が無いか確認。
(俺…落ち…、たよな?)
蘇る記憶には、克明に“落ちた”はずの記憶がしっかりと根付いている。
その瞬間に見た、彼女の表情も…。
「どうなって…。」
瞬間、正常に思考が異常を検知する。
(…まてまてまて、マジでここどこ?)
辺りを見回せば、見慣れぬ風景ばかり。拉致監禁?介抱?いやいやいや、近くにいた東雲は?フツー学校にいたら保健室とか、…考えたくないけど、病院とか…。なのになんでこんな民家のベットで寝てんだ?
てか、自分の思考にも幾らか疑問が…、…いや、頭打った衝撃で混乱してるのか…。真っ先に拉致監禁って…。
「…」
ベットの横のスリッパを拝借し、軽く体を動かしてみる。右腕に巻かれた邪魔な包帯を外し、肩を回す。…異常なし。(…腹部以外は)
と思っていたが、自分の体を見下ろすと、なんとなく変な気分だ。…何か体がおかしい…。こう、感覚的には何も変じゃないけど、…その、俺の筋肉って、ここまで…こう逞しくなかった様な…。こんな鍛えた記憶無いのに、気の所為…か?
「…てか、俺の服…どこだ?」
そばにあるのは見慣れない布の服(上)だけ。俺が身につけているのは全く見慣れないズボンと包帯のみ。さっきまで来ていたはずの制服は全く見当たらない。
上半身裸なので、仕方ないが布の服(上)を借りておくことにする。
「うぉ…。なんか変な感じ」
着た肌触りがいつもの衣服と異なる感じがするが…、まぁ、贅沢は言えない。
訳が分からないが、取り敢えず下へと続く階段へ足を運ぶ。一段一段ゆっくりと降りると、途中で話し声が聞こえてくる。どうやら、2人ほどいるようだ。
「あの、スミマセン」
そこには、定年に達するかどうかといった年の男女がお茶を飲んでいた。俺に気づいた二人は、なんと形容しようか、「おお、目が覚めたのか!」と言わんばかりの表情で近づいてくる。
「ンサエマオ、カノタメサガメ!」
「ブウョジイダ?、イカイナテッヘカナオ?」
???
え、何語?
生憎と日本語と高校までの英語レベルが限度のまったくと外国語がダメな俺にとって、これは厳しいものがある。
「あの(汗)、…えーと、その…」
どうしたらいいか困っていると、それを見たおじさんが、ドタバタとどこかに行ってしまった。
おばさんから椅子に座るよう促され、取り敢えず座る。ついでに、お茶と煎餅を差し出された。気まずい雰囲気の中、口内が乾ききっていたのでありがたくお茶に口をつける。
「…ゴクッ。」
状況が飲み込めない中、緊張からか喉を鳴らして飲み込んでしまう。
そう量のないお茶も飲み干すと、手持ち無沙汰になってしまう。言葉が通じないと、会話すらできないので不便だ。あと場が持たない…。
(…日本語通じないってどうなってんだよ、てかアレ何語だよ、取り敢えず英語じゃ無いってのだけは分かるけどどうしてこんな別荘地みたいな場所に俺がいるのかとかそもそも学校の近くにこんな場所なんてあった記憶なんて無いんだけどどういう経緯があって俺はここにいるのかとか…あぁクソ、やばい拉致監禁説が濃厚に思えてくるんだけどこれはあれなのか?北の国にでも連れてかれてーーー。)
…とかなんとかグチャグチャと思っていたら、おばさんが近づいてきて一言。
「シコス、ネワルワサ?」
…な、なんですか?ボク日本語シカ話セナイデスヨ。
後ろに立たれ、右腕を触られる。軽く曲げられたり、回されたりと、まるで動作確認をするように動かされる。
(…この人が、包帯巻いたのか?)
「ネワイゴス、ルテッオナウモ…。モデ、ネニイセンアダマ」
なんとなく、まだ無理しないで的なニュアンスだと、思う。ついでに、いい人達みたいだ。…多分。
あちこちと触れられ、脇腹辺りを触れられた時にビクッと反応してしまい、中々に気恥ずかしい。
状況は依然として全く分からないが、とりあえず悪い人たちじゃなさそうだ。誰だよ拉致監禁とか怖い事考え付いたの。俺だよこのやろう…。
そんなやり取りをしていたら、ドタドタとさっきのおじさんが帰ってきた。その横に、誰かを引き連れて。
(医者に…見えないな。どっちかってーと司祭様?)
白を基調とした服装で、所々にスペードに似たマークが見える。手には教本だと言わんばかりの分厚い本を持っている赤髪の青年。
「テシマメジハ」
赤髪の司祭は俺の前に立ち、笑顔で握手を求めてきた。なんと眩しい位の白い肌。けれどそこまで鼻は高くなく、目の色も黒に近い感じで生粋の白人というわけではないのかもしれない。
俺のイメージは置いといて、俺はすぐさま立ち上がり彼の手を握った。
「こちらこそ、…初めまして」
ファーストコンタクトで発する言葉と言えば、これしかないだろう。通じたかは判らないけど。若干きょどっちゃったし…。
「バトコノソ…、ドホルナ、ネスデウヨツヒガレコリハヤ」
スッと目を細め、俺の顔を覗いてくる。そうして、手に持つ本をテーブルに置き、パラパラとページをめくりだした。開いたページには、アルファベットや日本語のひらがな・カタカナとは似ても似つかない文字、複雑な記号(文字?)と円が書かれており、俺の厨二心をくすぐってくれる。
(いやいや、まってまって、なにこれ?)
日中韓国語やらabc的な文字でも無いってマジでここ何圏なんだよ、アラビア語は知らないけどこんな感じだっけか?
頭を疑問符が支配してフリーズしていると、司祭は手を出すようジェスチャーを出してきた。
言われるがまま(言われてないけど)左手を上げて静止する。すると、唐突に懐からナイフを取り出した司祭が、俺の腕に刃を近づけ…ってオイ!ちょ、切れる切れる!!
「ちょ、え、なに?!」
こちらの不安を察したのか、司祭は俺をなだめるように手をかざし、スッと腕に軽い切り傷を作ってくれた。
「ッ??!?」
さほどの痛みは感じないが、やはりいい気分はしないもので、文句の一つでも言おうかとしたその時。
今度は司祭の男が自身の腕に傷を作るではないか。手慣れた手つきで手早く済ませ、一枚の布でお互いの血を拭き取り、本の上に畳んで置いた。
(??なに?どこの儀式?)
不安とか疑問とか、そもそも言葉が通じないとか、恐怖しか感じない。どこぞの頭がおかしいカルト宗教にでも勧誘されちゃうのかと思ってしまう。それだと拉致監禁説が有力なんですけど…。
そんな心配をよそに、司祭がなにやらブツブツと呪文を唱えて手をかざしている。ホントにどこの宗教だよ?何教か言われても、俺の乏しい知識じゃ該当する項目はないけど。
仕方なく、ただこの儀式の行く末を見守る俺。
(…そういや、ssとかにこんなんあったっけか?)
過去の自作小説(思い出すだけで黒歴史)を現在と照らし合わせると、この後に起きるのは、唐突に何か光ったり、俺の手の甲に文字が浮かんだり、テレパシー的な力で言葉が頭に響いたり。
まっ、現実にはそんな摩訶不思議なエフェクトは無く。未だ長々と詠唱を続けている司祭。
「ゼンジンのミチをアユミユキ、ソノスベテをアワセタモウ!」
お!終わったのか?なんか高らかに言い切って、決めポーズ!…は取ってない。
そんな呑気な感想を思いながら、本に視線を移す。すると、ゆっくりと淡い光を放ちながら、布が中に浮か…ぶ?
…え、え、え?何?マジック?どこかに観客からは見えない糸でも繋がってんの?てかどこから照明当ててんの?
「終わりましたよ」
…え、何が?まだ光ってるし浮いて…え、待って今の声誰?
「へ?」
「どうです?聞き取れてますか?」
…に、日本語?!
「…え、あ、はい!」
司祭の口から発する言葉は、先ほどまでの意味不明な言語と打って変わって、俺が聞き慣れた日本語が発せられている。
「いやー、成功してよかったです。あのままでは不便でしたからね。」
どう聞き取っても日本語と違わぬ言語に変わっている超常現象に、頭の中はハテナで埋め尽くされる。
(は?なんなの?!実は最初から日本語話せましたとかか??)
なら現在進行形で未だ淡く光っている目の前のコレなんなのよ??
幾つもの混乱を理性とかそう言った鎖で一旦縛り付け、聞かなければならない事を整理する。
「あの…、一体なにを??」
「…やはり、こういった呪術は初めてのようですね」
もうその言葉を聞いた時点で、俺は認めたくない、けれどもそれ以外の選択肢が思いつかない頭になってしまっていた。これも厨二病が招く弊害か…。
「呪術って、一体アンタ…。」
俺の焦り、不安を感じ取ったのか、沈黙を保っていた2人が口を開く。
「まぁまぁ、少し落ち着いて。傷がまた開いちゃうわ。」
「うんうん、司祭様も疲れただろ?少し休んでいきなさいな。」
顎に手を当て、何か考えている風で赤髪の男は頷く。
「そうですね。彼も聞きたいことが多いでしょうし、そうさせていただきます。」
もう光を発しなくなった布と本を懐にしまう。
この儀式…もとい呪術か、呪術の説明が続く事はなく、状況についていけない俺と、椅子に腰掛けてお茶をすする司祭。
(…なんなんだよこの状況)
現代では見たこと無い技術、それを平然と使いこなす男、これらを日常と捉えて驚きもしない夫婦。
赤髪の司祭はゴホッと1つ咳払いをし、俺の目を見る。
「改めまして、初めまして。私はムーア、この村でウィザードをしています。」
「…ウィザード?」
ふざけている…わけじゃなさそうだが、俺はそんな職業聞いたことがない。というかそんな横文字チックな職とかプログラマーくらいしか知らない。
うん、全然違うね。
「あぁ、魔法士の別称です。…と言っても、恐らくは馴染みがないのではないですか?」
ええないですよ。ないですとも。この人なに言っちゃってんの、本当に。とか思ってるレベルですよ。
「…えーと、イタコ…とか、の事ですか?」
「何か勘違いされてるようですが、違います。」
ふーむ、とでも擬音がつきそうなポーズで思案顔になりながら、今度はテーブルの上で半合掌ポーズになる。
「そうですね…、どこからお話ししましょうか…。まず、貴方がこの家に来るまでの経緯をお話ししましょう。」
コクリと一度頭を縦に振って続きを促した。
「まず、貴方はこの村の近くの森で倒れていました。話によると軽傷を負われていたようなので、治療の為保護し治療を施しました。」
…森に倒れていた?
取り敢えず、コクコクと頷き、理解を示すジェスチャーを送って更に続きを促す。無論、納得など到底出来てはいない。
「貴方が目覚めるまで1時間くらいでしょうか…。あまり長くは眠っていませんでしたよ。」
…ふむ、事実だけを整理すると。森で倒れていた所を助けられ、怪しげな儀式を受けた。よしOK判らん。
「ウチの人が連れて来たのよー。あの辺で行き倒れなんて珍しいから血相変えて走って来たのよ。」
ウンウンとおじさんの方も頷き、ほっとけないからなぁと一言。
「ところでお前さん、名前はなんというんだ?」
口を開いたのはおじさんだ。そういえば、助けてもらったにも関わらず、名乗ってなかったな。
「…あ、はい、自分は黒木と言います。」
「俺はトイだ。」
「私はラライ。よろしくね。」
トイさんとラライさんね。…やっぱ外国人的な名前なんだな…。
「その、助けていただいてありがとうございます。」
未だ2人に対してお礼を言っていなかったと思い出し、座りながらではあるが頭を下げる。
「いいっていいって。あんなとこにほっといたらこっちも目覚めわりーしな。」
ニカッといい笑顔を見せる。
「…。」
これ以上、何を言っていいのか、というか何聞けばいいのか軽く混乱していると。
「まぁ、そうですね。二度手間になるかもしれませんし。」
ガタっと立ち上がり何でも無い風に一言、
「とりあえず村長の所へ行きましょうか。」
…え、なにこの人。村長って言った?もう、現状を説明できる俺の選択肢は一択しか残ってないよ?しかも、認めたくない選択肢。
(いやいやいや、んなわけ。)
人というのは、…まぁ、俺に限った話かもしれんが、嫌な思考ほど理科の実験で作ったスライムの様な粘着力があって、しかも剥がれないものだ。剥がそうと思ってもベタベタと引っ付いてくる。
「どうしました?」
司祭、改めウィザード…面倒だから司祭に統一するか。その司祭の声にハッと意識が戻る。
「いえ…、スミマセン。」
「そうですか」
とりあえず、彼の後を追って俺はこの家を出た。
外の景色は、…なんとまぁ、更に混乱を与えてくれるモノばかりで、軽い頭痛を起こすほどだ。
見渡す限りの木造平屋、土の地面、そして、この村を覆うように生えている木々。コンクリの地面や電柱なんてまるで見当たらない。
…どうやら、俺の心休まる時間は当分無さそうだ。