第25話 日常の異常
数秒、何も反応できなかった。
彼は変わらぬ笑顔で俺らを見る。
唐突に、真正面から「友達になりたい」なんて言われたのは、生まれて初めてだ。
「…俺と?」
基本的に、友達とは成り行きでそうなるものだった俺な訳で、面と向かって言われたところで「はい良いですよ。」などと即答できるわけもなかった。
「うん、そう。悪い人じゃなさそうだし、なにより俺自身が君のことを気になってる。」
「んなっ、急に言われても…。」
なんか口説かれてるみたいな気がしてならんのだけど。
「勿論、マリナさんもね。」
「え、私もですか?!」
よほどの衝撃か、驚きの声がでかい。
「うん。迷惑…かな?」
そんな子犬みたいないい顔で…。つーか、断ったらこっちが悪い的な雰囲気出して迷惑も何もないだろ。
「い、いえ、そんなことないです!でも、私なんかが殿下の友人を名乗るなんて…。」
が、萎縮しきりな彼女は、己を卑下することで上手く…はないけど、躱している。
「まぁ、無理にとは言わないよ。友達は強制してなれるものでもないしね。」
何か、どこか思うところでもあるのか、彼は割とすんなり引いた。
「…幾つか聞いていいか?」
「いいよ。」
そう言って、一口カップの中身に口をつけ、少し身を乗り出す。
「こんな平民相手にしなくても、王子って身分なら、近しい貴族って奴らもいるんじゃないのか?」
「…あー、確かにそれはもっともだ。いや、その知り合いがいないわけじゃないんだよ。」
「なら、」
なんで俺らみたいなのと。その言葉を紡ぐことはできなかった。
「言ったろ?煩わしいって。色々と合わないのさ。それに、下手に身分があると、対等な物言いをしてくれる奴も少ない。」
代わりに、純粋な疑問を言う。
「…なんで対等に拘るんだよ?」
「逆に、君は友達に敬われたいのかな?」
サラッと笑顔で強烈な一撃を打ち込まれる。嫌味タップリ含んであるよ。
「…あぁ、理解した。」
確かにそれは嫌だな。
「ここにいるカリン位しか、俺は対等でいられないのさ。」
チラッとカリンさんの方を見る。
「私的な場面においてですがね。」
「私的な場面なら、敬語止めない?」
「それは2人の時だけです。」
「ちぇー。」
子供みたいに一瞬だけ拗ねた感じで仰け反り、すぐに姿勢を直す。
「仲いいんだな。」
そんな仲を見て、ありきたりな感想しか出てこない。
「まぁ、子供の頃からの付き合いだしね。」
「幼馴染ってやつか。」
何気なく、そうポロっと言った。
「そう、ですね。クロキとマリナさんはそういう人はいますか?」
それに反応したのか、…いや、反応したんだろうな。
少しだけカリンさんは動揺していた。
「俺はいないな。」
「私は…、一応。」
「へぇ、そういえば、2人とも出身は何処なんだ?」
内心ビクッと思わないでもなかったが、表情にも言動にも違和感なく答えられる。
これが経験値の賜物か。
「どこって言っても…、割と田舎?からだな。」
「私は、沿岸部の小さな漁村から来ました。」
どうやらお隣の彼女もどこぞの貴族様とかじゃなさそうだ。
「漁村から?と言うと、漁師の家系かな?」
「いえ、私、孤児の出でして…、姓もないんです。」
マズイことを聞いた…。とでも言いたげな表情になったが、それもすぐに取り繕い、話を変える。
「あ、そうなんだ?けど、女性の1人旅って珍しいよね?」
孤児だと特に、とは付け足さなかった。
それくらいの配慮はできるようだ。
「お恥ずかしい話、少し前に院が潰れしまって…、魔法の才能があったので、止むおえなく。」
しかし地雷を運悪くあるようで。
沈痛な面持ちでリアクションをしている。
「そうだったんだ…。だから専門があるこっちに。」
「でも、学校に行こうにも稼がなきゃいけないので、暫くは…。」
再度変えようとした話題も綺麗に地雷がまだあったようだ。
「そっか。」
「…。」
痛いくらいの気まずさが会話を止める。
王子様ってあれか、天然系主人公でもやってんのか。
「でも、楽しみもあります!先日も、偶然知り合いに会えましたから。」
そんな空気を変えようと、わざと明るい声音で彼女は話を変える。
「それはよかったね♪どんな人なの?」
アルスもそれに乗っかるように声音を変えているが、そんなことより引っかかった事がある。
その“知り合い”とやらについてだ。
「…それって…、もしかしてムーアって人…じゃ?」
一拍、それくらいの間一瞬息を飲み、まず彼女は驚きが先走る。
「え!?はい、その通りです!クロキさん、ご存知なんですか?」
思った以上の食いつき加減、これ間違いなくあの日見たあの女性だよ、雰囲気がかなり違うけど…。
「…あー、いや、…その。」
まずった…、どう話したら…。
「まぁ、知り合い…かな?」
あの時の人だって事が確認できたけど、まさか亡くなったなんてこの場でいうわけにも…。
「どんな人なの?」
「ムーアさんは、孤児院のみんなのお兄ちゃんでしたね。人が良くて、ちょっと子供っぽいとこもあるんです。」
…あぁ、うん。多分本人だ…。ついでに言えば、酒に弱くて言葉足らず。
平気で説明前に実験とかしてくれちゃう人だよね。
「確かにムーアには村で結構お世話になったよ。」
取り敢えず、下手なことを言わなくて済む様に地雷は避けよう…。
「ムーアさん、お人好しなとこがあるから、お節介じゃなかったですか?」
「あー、確かに。けど、助かることも多かったよ。」
銃の術式とか、本当に頼りっぱなしだった。
「昔のアルス様みたいですね。」
「え、そうか?」
調子のいい笑顔で王子はカリンさんに振り返るが…。
「その方ほど人が良いかは別ですが。」
ズバッと人の良さを比較されている。
「いやちょっと、まるで俺が人が悪いみたいじゃないですか?」
「良いつもりだったんですか?」
ここに来て容赦のない物言い。本当に2人が対等なんだと確認できた。
というか唐突に辛辣な気もするのだが。
「…カリンさんって、」
「結構王子に厳しいんだな(苦笑)」
予め打ち合わせていたかのように言葉が繋がる。
「いえ、これでも普通なつもりですよ。」
「うんうん、俺もその程度じゃへこまないし。」
特に何でもないって風にケロっとしてるが、ここにいる彼は仮にも王子。
「いや、そういう問題か?」
「まぁ、誰かと比べること自体がナンセンスだろ?俺は俺だ。」
頓着がないのか、俺自身、敬語らしい敬語も使っていないから人のこと言えないが。
そうして俺たちは、各々のカップの中身が空になるまで話し続けた。
その内、1時間という時間はあっという間に過ぎ去り、別れの時が来た。
「それじゃあ、俺達は学園の辺りにいるから、用が無くても寄ってくれて構わないよ。」
そこは用が有ればじゃないのか…。とか思いつつ。
「…そんな気軽に友達の家行く感覚で行けないだろ。」
平民と王子、ミスマッチな身分の差とかなぁ。
「おぉ、良いなそれ(笑)」
「い、良いんですか?(汗)」
なんか王子か?って疑いたくなる軽さなんだよな…。
「屋外はともかく、私室であれば問題ありません。」
あくまでも私的な場面に限定してるとカリンさんは申すのだが…。アルスの口ぶりから、いつでもどこでもフレンドリーがキャッチコピーに聞こえてならないんだが…。
「…行く時は気をつけるよ。」
主には出待ちのファンとかに因縁つけられないように。
ファンがいるのか知らんけど。
「じゃあ、二人ともまた会おう。」
フードを深く被り直し、カリンさんは浅いお辞儀を一度する。
俺と彼女は姿が見えなくなるまで彼らを見送り、その内隣の彼女になんと声をかけるべきか考え出した。
「…それじゃあ、俺も、もう。」
結局、ろくに思いつかなかったけど、なんとか声は絞りだせた。
「あ、…はい。…あの、またお会いできますか?」
「え…?」
想定外の言葉に呆気に取られる。
そんな言葉、今までの人生でかけられたことなんてない。
ついでに、そんな上目遣いも動揺を誘ってくる。
「あぁ、…勿論。縁があれば、また会おう。」
なんてことない、動揺を悟られないよう、無難な返しをしておく。
「はい!」
今まで向けられたことないような、とびきりの笑顔で見送られながら
乾いた口の中、誰にも聞かれないよう。
「さて…。宿、決めないとな…。」
そう、呟きながら。
ーーーーーその一方で。
彼らと別れた後、変わらず大通りを避けつつ城へと向かう。
「どういうつもりなんですか?」
「ん?何が?」
少し怖めの、真面目なトーンで問い詰められる。
「あんな怪しい方を友人にだなんて…、いつもの貴方らしく…。」
呆れているのか、二言目には少し力が抜けている。
「感だな。」
「…感ですか。」
サラリと根拠のない自信を自信ありげに言い切る。
「確かにカリンの主張ももっともだ。あんな常識外れな奴、異常だもんな。」
特別な目を持っていない俺ですら、異質なアレを感じられる位だ。
「…なら。」
言いたい事はひしひしと伝わってくるが、説明できる材料は少ない。
故に一言。
「だから感なんだ。」
過信と取られてもおかしくはない発言だが、ピリピリと運命を感じずにはいられない。
そんな俺を見て、彼女はため息をつきながら。
「…“ソレ”、理解してあげたいけど、まだ信頼できそうにないわよ?」
だそうだ。
珍しく口調が崩れている。それだけ呆れられているということか…。
「それで十分。万が一の時は、俺がどうにかするさ。」
俺の感が、もしも悪い方向に傾くようなら…。力づくでも処理するしかない。
「あんまり無茶しないで欲しいのだけど。」
「ハハッ。善処するよ(苦笑)」
俺のから笑いは、果たして彼女にどう映ってるのやら。
「…ズルい人です。」
昔のようにプイッと顔を背けられてしまう。
そんな態度をどうこうしようか…なんて思ったわけではないが、唐突に大通りへの道筋へと進路を変える。
「…っと、カリン、腕借りるぞ。」
時間的短縮を兼ねて、スキルの発動の為にカリンにスルッと腕を絡ませ、俗に言う恋人繋ぎというやつをする。
「?!で、殿下、」
珍しく狼狽してるようで、このままからかってやりたいところだが、グッと我慢する。
「普遍の姿形」
他人の意識を集めないスキルを行使する。
「大通りから行くぞ。」
意図を理解したのか、大した反応はそれ以上なくされるがままだ。
「はい…、」
側から見ればお祭りを楽しんでいるカップルのように見られているはずだが…。
どうやらそんな輩は俺たちだけじゃないらしく、割とそこかしこに腕を組んでいる奴らがいる。
人混みのせいで若干の歩きにくさはありつつも、広い道路を隙間なく埋め尽くすほどでもない。
…このまま、昔を思い出してそこらへんの屋台に寄り道したり、イベントに参加したりしたい衝動もあるが…。
流石にそんなことする暇も余裕もない。
我儘ってのは日に何度もするもんでもないしな。
それ以前に、これ以上彼女を俺の為に拘束しておくのも気が引ける。
頭の片隅でそんな思考に耽りながら、カリンは何か思い出したかのように顔を上げる。
「そういえば、先ほど“学園の辺り”と言ってましたが、寮に入るのでしょうか?」
「うん?そのつもりだけど。」
あの辺りには寮以外に宿泊施設なんて存在しないから、消去法で寮生活になるのは間違いない。
「…となると、私とは離れてしまいますが…。」
そうなった場合、万が一だが即座に駆けつけられないかもしれないという懸念が出てきてしまう。
まさか男子寮に女1人が入るわけにもいくまい。
「あぁ、心配いらない。その辺はちゃんと考えてある。」
「そうなのですか?」
一体どんな考えなのか?疑問には思うが取り敢えずは置いておく。彼も完全に把握しているとは限らないからだ。
「その代わり、カリンが当初予定してた学生ってのとは、少し違う扱いになるらしい。まぁ、その方が楽みたいだからそれで妥協してくれ。」
そもそも学生という身分が与えられる予定だったこと自体が初耳なのだが…、それを気にした風もなくフォローをしておく。
「妥協もなにも、私は学びに来たわけではありませんから…。」
「ふーん?大陸有数の魔道学校を前にして、学びに来たわけじゃないねー?」
唐突に含みのある言葉を口にされ、若干だが私をイラつかせる。
「…なんですか、その意地悪なトーンは」
けれど、その程度で怒りを露わにすることはなく、平然としていられる。
「仕事もいいけど、その独学の目とかを学ぶ良い機会なんじゃないかって思って。」
「別に…、不自由してないから問題ありません。」
「素直じゃないなぁ。」
尚も思ったことをそのまま口に出し、結果として怒りを助長させてしまう王子。
「誰のせいですか!」
当然、こう言われるのも必然なわけで…。
慌てて口に人差し指を当てるジェスチャーをする。
「っとと、流石に叫ぶのはやめてくれ。俺も悪かった。」
ハッとして慌てて口を抑える。
「…申し訳ありません。」
「まっ、嫌が応にも俺の付き添いでいるわけだから、自然と授業も聞けるよ。」
パチッと女殺しのウインク一つ向けて、謝罪代わりに握っている手をグニグニいじられる。
「…私の仕事は、貴方の警護なんですよ?」
「俺なら一個小隊に不意打ちされない限りはどうにかなるさ。それに、学園内なら安全だろ。多分。」
寧ろ襲撃事件なんて起きようものなら裁判沙汰待った無しだろうに。
しかも一国の王子相手に喧嘩売るとか、国に喧嘩売るのと等しいレベルだ。
「能天気なんですから…。」
今に始まった事ではないにしろ、彼は自分のことを軽んじている節がある。
「寧ろ信頼してると言って欲しいな。」
都合のいいように言葉を並べて…。目の奥の輝きが隠しきれていませんよ。
「…そんな悪い目をしてる人をですか?」
エッという顔を隠さずに表に出す。そんな反応がまた態とらしい。
「…バレてた?」
「何年の付き合いだと思ってるんですか」
正確にはそこまで長い付き合いではないが、時間では語れない繋がりはある。
「楽しみを作るくらいいいだろ。」
「私は面倒事じゃないのを祈るばかりですよ…。」
いつも通りのやりとり。その結果は大抵の場合、丸く収まる事が殆どだ。
「ほどほどにしないと、助けてあげないからね。」
そう言いながら、またと無い彼の隣に居られるこの時間を、彼女は楽しんでいるのであった。




