第23話 王都ソラニア
眠れぬ夜を過ごし、夜明け前には宿を出ていた。
…かった。
昨晩は眠ろうと思っても眠れず、精神的にゴチャゴチャしている時と同じ症状に見舞われた。
故に、安眠を得るために残っている木で剣の生成、ナイフの生成、各所防具の生成、荷物整理などなど、色々と気を紛らわせ、結果的に魔力を消費した疲労で睡魔がやってきた。
ゲートって中で小分けに整理できるらしく、バラバラと散らかっていた小銭やら武器も片付けられた。
斧やら槍やら蒼玉やらは売るにしては惜しい気がしてならないので、扱いに困っている。
そのまま昼前まで寝過ごし、寝ぼけ眼をこする。
(つーか、昨日タダ働きじゃん…。)
喧嘩別れ…で合っているのやらなんやら、とりあえず、顔を合わせづらい関係になってしまった上で取り立てに行けるだろうか、いや無理だ。
「はぁ…。」
たったの1日であれだけ気まずい関係を築けたのも初めてだ。二度とあの話題をしたいとも思えない。
宿の受付に鍵を返し、適当に安いパンを買って齧る。
取り敢えずはギルドの方面へ歩き出し、借りた本を返してから移動しようと思う。
心に棘が刺さったような、そんなスッキリしない感じがしている。
それと同時に、理解されなかったことに対するイラつきも生じる。
嘘なんて吐いていないというのに、なぜ俺が警戒されなきゃならないのか。
分かっちゃいるが、納得できない。
歩幅がいつもより広く、特に急いでるわけでもないが、つい早歩きになってしまう。
割とすぐにギルドへ到着し、受付のお姉さんと会話することもなく返却は終わった。
美味いとも不味いともいえない、普通な食事を隣で細々と摂り、誰に気付かれるわけもなく出て行った。
着いて数日、顔馴染みなんているわけもない街で、誰かが話しかけてくることもなく、一昨日軽く返り討ちにした奴らの姿もなく、平穏にその近辺を離れた。
道なりに歩いて行くと、広場みたいな円形の開けた場所に出た。
中央にはよく分からない銅像が鎮座しており、その周りには屋台やら呼び込みの店員とかがチラホラといた。
そんな中、掲示板みたいな物がはじの方にあり、覗いてみると色々と紙が貼ってあった。
店の広告、イベント紹介、人探し…。ジャンルを問わず、様々なポスターがある。
そして、その隣には看板一つ使って書かれた周辺地図が幸運にも置いてあった。
(おっ、)
大まかな地形を看板に書いてある地図から頭に入れ、出入り口の方角を確かめる。
そんなザッと流し見しているとあるマークに目が止まる。
何か、トロッコみたいなマークだ。
(…なんだコレ?)
広場のすぐ近くに書いてあり、少し気になるマークだった。
真っ先に思い浮かんだのは郵便局、的な何かだと
まぁ、そんな自問自答しても分かるわけがないので、隣で同じ様に広告を見ている男性に話しかけてみる。
何か、「あぁ、田舎モンか」みたいな反応が垣間見えたこと以外は、特に何事もなく教えてもらえた。
結論から言うと、馬車乗り場、というバス停みたいなシステムがこの世界にはあるらしい。
定額の運賃を払えば街から街への移動が可能という画期的なサービスだ。
ただし、そこまで正確な出発到着時刻は分からず、だいぶ曖昧な時間設定がされている。
時刻表みたいな看板が次の到着時刻を示しているのだが…。
贅沢慣れというかなんというか、基本電車しか使わないあの頃は、ここまで幅のある遅れなんて経験したことがなかった。
それがどうだ。既に30分の遅れですよ。ダッシュで向かったほうが俺的には良かったんじゃないの?と思わずにいられませんよ。
そのイライラが他人にも目視出来てしまうほど、不機嫌オーラが滲み出る。端的に言えば貧乏揺すりしてるのだ。
心に余裕なんて無く、早く来ないかとさらに足が激しく動く。
そもそも、1日に5本しか走ってないってなんだよ。
運良く昼の便が近かったから良かったものの、それ逃したら3時間は待たなきゃならないのよ?
自転車とか車ないんだから本数増やすべきでしょうに…。
無意識の内にネガティブな思考ばかり、不満ばかりが募る。
結局、さらに30分ほどの遅れの後、馬車はやって来た。
1人大銅貨5枚を払い、馬車に乗り込む。
得てして一番乗りという形で乗ったわけだが、馬車の大きさに対して乗車人数が中々多く、ろくに足も伸ばせない状態になってしまった。
ストレスが溜まるばかりで吐き出せない時間は続く。
道中、ガタガタと雑音がイライラを助長させること以外は特にこれといって何もなく、なかなかの速度で馬車に揺られ続ける。
たまに、運転手…であっているのか、馬を操る人のそばに陣取っているわけだが、ソイツがチラチラと何度か乗客の方を見たりしている。
が、それだけで何かあるわけでもなく、車内販売的な何かも無く、ただただ静かにしている。
現実の移動手段同様、見知らぬ人間が見知らぬ人間に声をかけるなんてこともなく、人の会話といえば、元から知り合いの人間同士がしているだけだった。
そんなのも1組2組の話で、後の面々は読書や睡眠、後はボーッと外の景色を眺めるだけの者が多い。
俺もその例外ではなく、ひたすら休む間もなく走りっぱなしの馬を視界に入れつつ、チラホラと聞こえてくる会話を拾いながら遠くの景色を眺めている。
なんか、売り時だとか稼ぎ時だとか…。
走り出して数時間、多分2時間くらい経った頃。
漸く遠目にでかい建造物が見えてきた。
どこぞの、東京を語る東京にない遊園地の城のイメージみたいな、そんな期待を裏切らない城のそば…というか下には、今まで見てきた街とは一線を画す違いがあった。
もう、単純な感想しか言えないが、デカイのだ。
遠目だから何となくインパクトが薄いが、それでも広いのだ。
端がどこにあるのかよく分からない感じである。
あぁ、コレが国ってやつなんだな。
「あぁ、そういえば、今日はいつもの場所に停められないので、門の前と停めさせてもらいますので、ご了承くださーい。」
サラリと大事な事を、何でもないかのように御者は唐突に言いのけた。
いや、定位置とか知らないけどさ、あんなだだっ広い街…いや、国?の入り口で降ろされるって…。
(マジか…迷いそうだな。)
数十分後。本当に門の前で降ろされ、御者は衛兵について行ってしまった。
「申し訳ございません!安全対策の為ナンバーズカードの拝見をしますので、一列にお並びください。」
鉄製の鎧を纏う、そこそこ顔にシワが刻まれた男は、門に造られている入国審査所とでもいうような所へ誘導している。
機械で読み込む様なだけみたいで、5分とかからず中へは入れた。
しかし、入ってからが大変だった。
なんか、大通りの節々には大々的に色鮮やかな飾り付けがなされ、あちらこちらで屋台も見受けられる。
この世界のイベントについて詳しくはないが、なんかこう、祭り的なイベントだということだけがヒシヒシと伝わってくる。
辺りはそこら中でワーワー騒ぎ立て、一直線に城までのルートが人で埋まっている。
普段なら、お、ちょっと覗いてみるか。程度には好奇心が湧くのだが、生憎と気分じゃないのか、サッサと横道に入る。
やかましいばかりか、無駄に熱気を放つ人混み。
そんな状況に、どこか何かにイラついて仕方がない。
こちらも人の通りは多く、思うように1人になれない。
が、確実に人の数は減っているので、このまま歩き続ければどうにかなりそうだ。
「やっぱ、都会なんだな。」
チョロっとあまり人が通らなそうな道を進んでるわけだが、それでも道は綺麗に整備されており、今朝までいた街とは大違いなのだと思わされる。
こんな大通りから離れた立地にもちょっとした店はあり、穴場的な店が無いかと気になってしまう。
まぁ、実際問題そんな店がありそうには見えないのだが…。
取り敢えず、ぶらぶらとテキトーに細道を歩く。
「いや、やめてくださいっ!!」
少し小走りで角を曲がってみると、少し広くなった道に数人が固まっている。
見れば、ガラの悪い連中が女性を取り囲んでいるようだ。
祭り時なんだから、大人しくナンパ程度で済ませばいいだろうに…。
触らぬ神に…とも言うし、見なかったことにしようとも思った。
が、体はそう上手く動かない。
「…その辺にしておけ。」
なんのつもりだろうか…。
「はぁ??」
相手は5人位いる。
「誰?キミ。」
どいつもこの間の奴とは違って武装している。
「彼女が嫌がってるだろ。」
ただで済むはずがない。
「ギャハハっ!!「嫌がってるだろー?」だとよ!」
ゲラゲラと口泡が飛んでいる。
「今時ダッセーカッコw」
胸の内が気持ち悪い。
「痛い目見る前に失せな。」
目の前で襲われているのを見てると…。
「やめる気は無いんだな…。」
放っておけるわけもない自分の性格が恨めしい。
「だったらなんだ、よっ!!」
言うが早いが、綺麗にストレートに、腹パンが飛んで来た。
「っ!!てぇぇぇぇ!!」
しかし、俺は痛みに悶える事もなく、平然と変わらぬ立ち位置にいる。
殴られる直前、体の前面を服の下でゼリーと硬質な素材で覆っておいた。
鉄板を殴ったようなもんだからな、痛いのも当たり前だ。
その隙に相手の両肩をつかんで膝蹴りを入れる。
「ガハッっ…!」
完全に甘く見ていたのだろう。当然だ、こんな覇気もないポッと出の奴なんか、味方の数を鑑みれば恐れるに足りない筈だったのだから。
「…オイオイ、大人しくしときゃあ一発で済んだってのによぉ。」
ギラッと腰の剣を引き抜き、ヤル気であることを示す。
「…君!隙を見て逃げてくれ!!」
すかさずゲートから剣を取り出し、大声で怒鳴る。
「逃がさねぇよっ!!」
斬りかかってくる男の剣を、ただ真正面から受ける。
「クッ!!」
重い、今までの誰よりも力強い剣圧。
即座に横から複数の石の弾が飛んでくる。
避けきれずに脇腹に当たってしまったが、ギリギリカバーしてある範囲内だったので、ダメージは少ない。
「オラァ!!」
急激に剣から放たれる気配に全身が逃げろと警告してくる。
バックステップで即座に回避しようと一歩後ろに下がる。
が、そうは上手く逃がしてもらえず、石の弾が足に命中する。
「っ!!!」
完全に想定していなかったので、軸足を取られて後ろに倒れそうになってしまう。
「このっ!」
倒れきってなしまったらやられるのは明白。その前に、咄嗟に片腕をついて側転をする。
しかし、どうにか体勢を立て直しても、石の弾は止まない。
急造のナイフでその幾らかを打ち落とし、どうにか剣を持ち直す。
「死ねえぇ!!」
一直線に脳天目掛けて迫ってくる剣をすんでのところで受け止め、またも鍔迫り合いになる。
が、二度も同じことを繰り返す気はないので、隙だらけの腕にナイフをブッ刺す。
「ってえぇぇぇ!!!?」
そのまま力の緩んだ剣を押し返し、空いた股間に一撃ーーー。
男はゆっくりうずくまり、後ろの仲間の何人かは痛そうに一部を抑えている。
…この裏技、便利だけど使わなくて済むようになりたいとは思う。男として。
が、そんな中でも魔法はブレず、正確に俺を狙って放たれる。
もう仕方ないので顔だけ左手で覆い、牽制として石を放つ奴に剣をぶん投げる。
「おわっ?!」
サッと避けられ…。てしまった。手前の奴には。
「ってえぇぇぇ!!?」
避けた代わりに、後ろの奴の脇腹に刺さってしまっている。
そいつは軽装な装備だったので、軽々と血が吹き出してる。
そんな仲間の悲鳴に一瞬目を向け、再度魔法を放つのに集中し出す。
「クソッ、この野郎!!」
さっきより一回り大きい礫を放ち出される。
が、その分命中精度が落ちるようで軽々と避けられた。
「スーッ、ハー。」
いい加減イライラしてきたので、即席でもう一本ナイフを作り、二刀流で石を打ち落としてダッシュする。
致命的な一撃以外、主に顔面以外の一撃は放置し、一瞬で間を詰める。
無論相手も後ずさるが、かなりの至近距離になったところで手持ちのナイフを足に投げつけてやる。
足元への攻撃は想定していなかったのか、割とすんなり腿のあたりに命中した。
「っ!!?」
その瞬間、ピタッと魔法が止まりチャンスが訪れる。
全力で駆け出し、魔法使いめがけて渾身の飛び蹴りを食らわせる。
「ガハッ!!!?」
勢いよく後ろに吹き飛び、ゴロゴロと転がって仰向けに地面へ倒れた。
残りは女の子の側に立ち尽くしてる男ただ一人。
恐らく、かなりの形相でそいつを睨みつけ、ユックリとそいつに近寄る。
すると、男は両手を挙げて一言。
「ちょ、降参降参。俺戦えねーし。見逃してくんね?」
調子のいいセリフだが、これ以上やりあう気も無いので、素直にその言葉を信じる。
「…ならさっさと行け。」
低く、冷たい声で一瞥する。
聞くが早いが、そそくさと仲間を回収しに行った。
「君、大丈夫か?」
襲ってくる様子がないと確認してから、彼女の元へ駆け寄る。
「は、はい。助かりました。」
紫の髪に青い瞳…、こういうのを碧眼というのだろうか。
「怪我も…なさそうだね。」
一度、見かけたことがあるような気もしたが、他人の空似だと思い直す。
「…じゃあ、平気そうだし、俺行くね。」
そのまま真っ直ぐ、すぐに角を曲がろうと一歩を歩き出したその時。
その行く手を阻むように、いつの間にか見知らぬ2人が立っていた。




